「この素材ペラペラじゃん。強度なさすぎじゃないか。プレゼンは中止にしろ」…

「この素材ペラペラじゃん。強度なさすぎじゃないか。プレゼンは中止にしろ」...

朝の準備室に、3年分の努力が一枚の黒いシートに凝縮されて並んでいた。プレゼン開始まであと2時間を切ったその時、本社営業部長の賢場が視察と称して現れた。彼はサンプルを指でつまみ上げ、軽く曲げてみせると、乾いた声で言い放った。

「この素材ペラペラじゃん。強度なさすぎじゃないか。発表するつもりか?中止にしろ」

3年間、私はこの素材の開発に人生を注いできた。炭素繊維を何十層も積み重ねたこのシートは、アルミの3分の1以下の重さで同等以上の強度を持ち、極寒の環境でも変形しない。特許も取得し、国際的な宇宙機関の主席研究員・真辺との共同研究を重ね、今日の最終評価プレゼンを迎えたのだ。本社の営業部長に技術評価を止める権限はない。私は準備室の重い沈黙を打ち破った。

「予定通りプレゼンは行う」

岩崎が不安そうに声をあげる。「でも、部長が中止しろと…」

「賢場部長の命令は無視する。行こう」

私は胸に秘めた確信を抱えながら会場へ向かった。少し前から賢場の動きが怪しいと感じていた。営業部門が技術評価の現場に介入してくるのは異常だ。そして今朝、取締役の寺田から一通のメールが届いていた。「証拠を掴んだ。プレゼンは通常通り進めろ」と。

会場では真辺と、もう一人の男が待っていた。矢沢と名乗ったその男こそ、素材の最終採否を決める人物だ。私はスクリーンの前に立ち、プレゼンを開始した。すると扉のガラス越しに賢場の輪郭が止まった。しかし、彼は扉を開けようとはしなかった。宇宙機関の担当者がいる前で、自社の発表を妨害すれば、会社の信用を損ねることを彼自身が理解しているのだ。

プレゼンが進むにつれ、矢沢の姿勢が変わっていった。最初は腕を組んだままだったのに、次第に体を前に傾け、手帳にペンを走らせるようになった。真辺が私に向かって小さく頷く。矢沢が本格的な関心を示している合図だ。

ついにプレゼンが終わり、矢沢が質疑を始めようとしたその時、廊下から声が聞こえた。賢場が扉を開けて踏み込んできたのだ。

「本社として採用推薦は難しいという判断です。強度面で根本的な課題が残っている」

私は落ち着いて、スクリーンを前に戻した。「強度面の課題とは具体的にどの数値を指していますか?アルミ合金と比較したグラフでは、この通りアルミを上回り、国際基準も満たしています。問題はないはずです」

賢場は震える声で言い返す。「数値の問題ではない。製造コストだ。社として推薦はできない」

「確かに特許取得時点では従来品の2. 4倍でしたが、改良を重ねて昨年末には1. 6倍まで下がっています。これも本社に報告済みのはずですが。採用推薦の采配は技術部門の所管です。部長は営業部門からの視察という立場のはずです」

賢場は押し黙った。その時だ。扉が静かに開き、取締役の寺田が入ってきた。寺田は折りたたんだ書類を賢場に差し出した。

「賢場部長、これを」

書類を見た瞬間、賢場の顔から血の気が引いていく。「別室でお話ししましょう」という寺田の言葉に、賢場は一言も発さずに会場を出ていった。

質疑応答はその後40分続き、矢沢は深い理解を示して帰っていった。「前向きに検討し、改めて連絡させていただきます」

見送りを終えた後、寺田から呼び出しを受けた。そこには賢場がいた。寺田が問い詰める。

「競合メーカーの担当者と最初に接触したのはいつですか?」

賢場は何も答えない。「期間からの公募情報が公表された直後、あなたは競合メーカーの幹部と接触している。その後数ヶ月にわたり、断続的な接触と入金が確認されている」

「なぜこんなことをしたんですか?」と私が静かに尋ねると、賢場は観念したように口を開いた。

「競合メーカーから役職と報酬を条件に、このプレゼンを止めることを求められたんだ」

それなりの立場と収入があるはずの人間が、なぜ会社を裏切るのか。怒りより先に、静かな空虚さが胸に広がった。私は岩崎に事の顛末を話した。

「だったから内村さんは、部長に中止を命じられても動じなかったんですね。でも俺、今日何もできませんでした」

「そんなことはない。お前が後方から資料を差し込んでくれたおかげだ」

岩崎は小さく頷き、表情を緩めた。

プレゼンから2週間後、矢沢から正式な連絡が届いた。私が開発した新素材が、次世代観測衛星に使う素材として採用が決まったという内容だった。翌日、寺田からは賢場の懲戒解雇、そして競合メーカーとの金銭授受は背任罪として刑事手続きに移行するとの報告があった。

私はデスクの引き出しを開け、特許申請の書類と一緒に保管していたサンプルシートを取り出した。賢場が「ペラペラ」と一笑に付したあのシートだ。確かにその通りだ。だが、この薄さと軽さこそが宇宙環境に耐える条件だった。このシートがその価値を認められ、これから宇宙へ向かう。そのことに、私は静かな思いを馳せるのだった。

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