「誕生日、家でやらないか?家族だけで、ささやかに」
電話の向こうで母が言った。私は34歳、来週で35歳になる。ずっと楽しみにしていた誕生日だった。女友達のサラ、ケイティ、ジェナと、街のイタリアンレストランでお祝いする予定を立てていた。新しいワンピースも買った。予約も済ませてある。
なのに、電話を切った後、私はサラに予定変更の連絡をしていた。
「サラ、ごめん。誕生日、家族と過ごすことになりそう」
沈黙の後、サラの呆れた声が返ってきた。
「メル、あなた、彼らのこと分かってるでしょ。今まであなたを一番に考えたことなんてある?一度だって」
彼女の言う通りだった。私はIT企業のマーケティング部で働いていて、決して高給取りではない。それでも10年以上、必死に貯金してきた。狭いワンルームに住み、週末は内見に出かけ、200,000ドルの夢をコツコツ積み上げてきた。マイホームを買う、という夢を。
けれど、私は両親の承認が欲しかった。兄のジェイクは37歳。幼い頃から両親の目には、彼だけが映っていた。今は妻のリサと二人の子供、エマとタイラーと暮らしている。彼は起業して、うまくいっているように見えた。両親は兄を誇りに思い、私のことは、まるで背景のようにしか見ていなかった。
それでも、私は生まれて初めて、自分を祝ってもらえるかもしれないと思った。幼い頃から、母の視線はいつもジェイクに向いていた。家族の食卓はいつも、彼の話で持ちきりだった。私はただ、微笑んでうなずくことだけを覚えた。
――誕生日当日。
私は青いワンピースを着て、お気に入りのチョコレートケーキを買って、実家に向かった。家に着くと、ドアが開く前に母が笑顔で出てきた。
「おめでとう、メル!」
中に入ると、そこは飾り付けで溢れていた。風船、紙吹雪、そして「HAPPY 35TH BIRTHDAY MELISSA」と書かれた大きなバナー。34年間、この家で私の名前が飾られたことなんてなかった。
「気に入った?」母は、緊張した様子で聞いてきた。
「すごく綺麗だよ、ママ。ありがとう」
リビングには、家族全員が揃っていた。父は私の好きなシチューやガーリックマッシュポテトを作ってくれていた。暖炉には薪がくべられ、家族の笑い声が響いていた。夕食の席で、父がグラスを掲げた。
「メルの35歳の誕生日に、乾杯!」
皆がグラスを打ち鳴らした。私は胸が熱くなった。もしかしたら、彼らは変わったのかもしれない。そう思った。
しかし、会話が進むにつれて、妙な違和感を覚え始めた。
「ねえ、覚えてる?メルが7歳の時、母の日にケーキを焼こうとして、大失敗したこと」母が笑いながら言った。
「ああ、あの時の彼女の誇らしげな顔!プラスチックの花をデコレーションに使ってさ」
「ちょっと待って、それ、私じゃないよ。ジェイクでしょ?」
「それに、キャンプに行った時、あの子が釣った巨大な魚!興奮して桟橋で飛び跳ねてたわよね」
「それもジェイクだよ。私は、釣り竿すら触れなかった」
彼らは、私の幼少期の話をするたびに、実はジェイクの思い出を話していた。でも、まるで私の話のように、嬉しそうに語っていた。私は、その場にいることすら許されなかった、過去の自分を思い出していた。そして、訂正することもできずに、ただ笑顔を保ち続けた。
――食後、リビングでプレゼント交換になった。
「さあ、プレゼントよ」母が言った。
父が、綺麗にラッピングされた箱を差し出してきた。私は期待に胸を膨らませながら、慎重に開けた。中には、白い箱。蓋を開けると、中には一枚の紙が入っていた。
それは、レシート。ジェイクの名前が書かれ、120,000ドルの金額が赤字で印刷されている。
「……これ、何?」私は、意味が分からずに尋ねた。
「メル、聞いてちょうだい」母が真剣な顔で言った。「これはね、私たちがあなたをどれだけ愛しているかの証よ。あなたのために、素敵なパーティーを用意したでしょ?今度はあなたが、家族を愛していることを示す番よ」
「つまり、どういうこと?」
ジェイクが前に出てきた。
「メル、正直に話すよ。ビジネスがうまくいかなくて、銀行に大金を借りてるんだ。早く返済しないと、家族全員、家を失う」
「それは大変だね……で、それが私と何の関係が?」
「払ってくれ」父が、当然のように言った。
「は?冗談でしょ?」
「あなた、貯金があるでしょ。200,000ドル。ジェイクの借金を払っても、まだ十分残るわ」母が言った。
「そのお金は、家を買うための貯金なんだよ!10年間、ずっと我慢してきたんだ!」
「ジェイクには家族がいるんだ」父が一蹴した。「安定した家庭が必要なんだよ。あなたには子供がいないでしょ。この家族のために、役立ってくれてもいいじゃないか」
瞬間、頭に血が上った。
「……いや、払わない。これはおかしいよ。祝ってくれるから来たのに、借金の肩代わりを要求されてるんだよ?」
「これは、家族として当然の義務よ」母は冷たく言った。
「あなたがジェイクを助けないなら、あなたはこの家族の一員じゃない」
「なら、私はこの家族の一員じゃないね」
私は箱をテーブルに置き、振り返らずに玄関へ向かった。父が何か叫んでいたが、聞こえなかった。ドアを開け、外に出ようとした瞬間、何かが後ろ脚にぶつかった。
振り返ると、床には私が買ってきたケーキが散乱していた。ジェイクが、空の手で、そして満足そうな笑みを浮かべて立っていた。
「おっと、悪いね」
私は何も言わず、家を出た。
――翌日、私は仕事を休んだ。心が空っぽだった。サラに電話をして、イタリアンレストランで会った。彼女は私の話を聞き終えると、拳を震わせた。
「あいつら、よくも……!あなたに、お金を引き出させるための偽の誕生日パーティーを開いたの?そして、断ったらケーキを投げつけるなんて?」
「もういいの。あの人たちとは、終わりにしたい」
「それが正解よ。あんたは、自分の人生を生きるべきよ」
その後、ケイティとジェナも合流し、三人は口を揃えて言った。
「あの家を買いなさいよ。あいつらに、あなたの人生を台無しにさせちゃダメ」
私は不動産エージェントのレベッカに連絡をした。彼女はすぐに、新築の可愛い家を見つけてくれた。小さくても、庭付きで、私がずっと夢見ていた家だった。キッチンも、リビングも、すべてが完璧だった。
「決めた。ここにします」
二週間後、鍵を受け取り、私は新しい家で泣いた。今度は、嬉しさの涙だった。
引っ越しの準備が終わり、私はSNSに家の写真を投稿した。新しい家、新しい章の始まり。すると、あっという間に家族からのコメントが殺到した。
「兄が家を失うというのに、よくもまあ自分勝手に家なんて買えたわね」――母。
「家族より自分の快適さを選ぶなんて、最低な妹だ」――ジェイク。
私は怒りが込み上げてきた。彼らは、私が拒否して家を買ったことだけを切り取り、なぜ拒否したのかを一切伏せている。だから、私は真実を投稿することにした。
「なぜ私が家を買うことになったのか、真実を話します。両親は10年以上、私の誕生日を無視してきました。それが突然、家族でお祝いしようと言い出した。家は飾り付けられ、私の大好きな料理が振る舞われました。でも、彼らが語る『私の思い出』は、すべて兄の思い出でした。そして、プレゼントとして渡されたのは、兄の120,000ドルの借金の領収書。貯金で借金を返済するよう、強要されたのです。断ると、私は家族の一員ではないと言われ、ケーキを投げつけられました」
すると、親戚たちからコメントが相次いだ。
「ひどすぎる」「何てことを」「メルの味方だ」
さらに、私は彼らから送られてきたメッセージのスクリーンショットを投稿した。「自分勝手」「家族を潰す気か」という、罵詈雑言の数々。彼らは何も言い返せなくなった。
――あれから4ヶ月。
新しい家での生活は、驚くほど平和だった。友人たちを招いて、引っ越しパーティーも開いた。あの日々が、嘘のように感じられるほど。
ある土曜日の朝。私はパンケーキを焼き、コーヒーを飲みながら、朝の陽射しを楽しんでいた。すると、玄関のベルが鳴った。
ドアスコープを覗くと、そこにはジェイクとリサ、子供たち、そして両親が立っていた。全員、スーツケースを抱えて。
私はドアを開けた。
「何か用?」
「ちょっと、通してくれる?」リサは、私を押しのけて家の中に入ってきた。「素敵な家ね、メル」
「ちょっと、勝手に入らないで」
「メル、話を聞いてくれ」ジェイクが言った。「銀行に家を追い出されて、俺たち、もう住む場所がないんだ」
「……それで?」
「家族で話し合って、決めたんだ」父が言った。「ここに住ませてもらうことにした。俺たちが立ち直るまで」
「は?何を馬鹿なこと言ってるの?」
「子供たち、上で部屋を選びなさい!」リサが、まるで自分の家のように階段を上がっていく。
「ちょっと、待って!誰がそんなこと許可したの?」
「メル」母が、昔いつも使っていた見下すような口調で言った。「早く、兄さんの家族のために夕飯の支度をしなさい」
私は、キッチンに戻り、スマホを取り出した。震える手で、911に電話をかけた。
「私の家に、勝手に入ってきた人たちがいて、立ち退いてくれません。退去を何度も求めています」
10分後、警官が二人、家にやってきた。
「こちらが所有者ですか?」警官がジェイクに尋ねた。
「いや、彼女が所有者です」ジェイクは指を私に向け、落ち着いた口調で言った。「ただ、家族で大変な時期を過ごしていて……」
「私はメルです。この家の所有者です。この人たちは、私の許可なく入ってきて、立ち退こうとしません」
「あなたは、この方々に立ち退いてほしいのですか?」警官が確認した。
「はい。今すぐ」
「お聞きの通りだ。すぐに荷物をまとめて、立ち去ってくれ」
「ちょっと待ってください!私たちは家族なんです!」リサが叫んだ。
「関係ありません。彼女の家であり、彼女のルールです」
20分後、彼らは全員、家から連れ出された。車に向かう母が、振り返って怒鳴った。
「裏切り者!自分の家族を裏切るなんて!」
私は何も言わず、ドアを閉め、鍵をかけた。
翌日、警備会社に連絡し、防犯カメラとアラームを設置した。二度と、あんな思いはしたくなかった。
――あれから、また数週間が経った。
いとこのマイクから、噂を聞いた。ジェイク一家は、両親の家に転がり込んでいるそうだ。家は手狭で、皆、不満が溜まっているらしい。彼らは相変わらず、私の悪口を言いふらしているらしいが、もう誰も相手にしていない。
「先週のバーベキューでも、ジェイクがお前の悪口を延々と言ってたよ。そしたらトムおじさんが『自分の蒔いた種だろ。姉さんのせいにするな』って、言ってくれたんだ」
リサの両親も、彼らの借金の申し出を断ったらしい。「あの子たちにしたことを考えなさい」と。当然だと思った。
私は、あの日以来、両親とも兄とも会っていない。連絡も取っていない。たぶん、この先も会うことはないだろう。
彼らは私に、自分たちが何者であるかを教えてくれた。私は、彼らが私を何だと思っているかを思い知った。
だから、私は今、幸せだ。
趣味のガーデニングを始め、ゲストルームを塗り替え、犬を迎えることを考えている。友達が週末になると遊びに来て、ディナーパーティーを開く。
時々、「家族を恨んでいないの?」と聞かれる。でも、私は恨んでいない。もう、どうでもいいのだ。
彼らは、愛を装い、私の貯金を奪おうとした。断れば、家族の名誉も、最後の一欠片さえも、投げ捨てた。あの人たちが、私に教えてくれたのは、ただ一つ。
血の繋がりよりも、私を大切にしてくれる人を、私は選んでいいのだと。そして、私はもう、自分の人生を生きていく。


