私が妊娠6ヶ月のお腹を抱えて冷たいコンクリートの上に倒れた時、姑は私の髪を掴みながらこう叫びました。「貧乏人のくせに、うちのお金を盗むなんて!」夫はドア一枚隔てた向こうで、私の必死の訴えを無視しました。「信じて」と泣き叫んでも、返ってきたのは「母さんがそんなこと言うはずがない」という冷たい言葉。携帯も財布も持たず、裸足のまま雨に打たれた私は、警備員さんから借りた携帯で、ある番号をプッシュしま…

私が妊娠6ヶ月のお腹を抱えて冷たいコンクリートの上に倒れた時、姑は私の髪を掴みながらこう叫びました。「貧乏人のくせに、うちのお金を盗むなんて!」夫はドア一枚隔てた向こうで、私の必死の訴えを無視しました。「信じて」と泣き叫んでも、返ってきたのは「母さんがそんなこと言うはずがない」という冷たい言葉。携帯も財布も持たず、裸足のまま雨に打たれた私は、警備員さんから借りた携帯で、ある番号をプッシュしま...

「ここにあった50万円。あんたが盗んだんだろう」

姑・ふみ子の声がリビングに響いた。その鋭さに、壁の額縁が微かに揺れた。私はソファからゆっくりと立ち上がった。妊娠6ヶ月の重い体を支えながら、精一杯の落ち着きを保って首を振った。

「違います。お義母さん、私じゃありません」

瞬間、ふみ子の手が稲妻のように動いた。私の髪を掴み、玄関へと引きずり始めたのだ。

「貧乏人のくせに、うちのお金を盗むなんて!」

29歳の私は、妊娠中の体で抵抗することもできなかった。お腹を守ることで精一杯だった。玄関のドアが乱暴に開けられ、私は冷たい廊下の床に突き飛ばされた。

「二度とこの家の敷居をまたぐんじゃないよ!」

バタンという音とともに、ドアは閉ざされた。隣の家からは、誰かが息を殺している気配がした。でも、誰も出てこなかった。

私は携帯電話も財布も持っていなかった。裸足のまま、雨が降り始めた廊下に一人取り残された。お腹の中で赤ちゃんが動いた。

「ごめんね、赤ちゃん」

私は壁に手をつき、必死に立ち上がった。震える手で玄関のドアを叩いた。

「道彦さん、お願い、開けて。私、本当にやってないの。信じて」

しばらくして、中から夫の冷たい声が聞こえてきた。

「母さんがそんなことを言うはずがない。お前、何か隠してるんじゃないのか」

その言葉は刃物のように私の胸に突き刺さった。3年前、永遠の愛を誓ったあの男が、ドア一枚隔てて私を疑っている。

「道彦さん、私、本当に悔しいの。お願い」

返事はなかった。やがて、リビングの電気が消える音がした。夫は、妊娠中の妻を廊下に置き去りにして、寝てしまったのだ。

どれくらいの時間が経っただろう。私は壁に背をつけ、膝を抱えて座り込んだ。裸足のつま先は感覚を失いかけていた。夜の10時を告げる鐘の音が遠くで聞こえた。この時間なら普段は、夫と一緒にソファでテレビを見ている頃だった。

その時、階段の方から足音が聞こえた。ゆっくりとした、重たい足音。暗闇から現れたのは、警備員の制服を着た50代の男性だった。

「もしもし。こんな夜中に、ここで何をされているんですか?」

私は唇を震わせながら答えた。

「ちょっと、外に出ていただけなんです」

警備員の徳田さんは、腕にかけていた灰色の毛布を私にそっとかけてくれた。その温かさに、また涙が溢れてきた。

「ご家族に電話しなさい」

徳田さんは、自分の携帯電話を私に手渡してくれた。震える指で、実家の電話番号を押す。呼び出し音が数回鳴り、受話器の向こうから低くしっかりとした声が聞こえた。

「もしもし」

「お父さん…」

「みなか? どこだ? 今どこにいる?」

「世田谷のマンションの廊下です」

「そこから動くな」

電話は切れた。私は携帯電話を胸に抱きしめた。お腹の赤ちゃんが動くのが分かった。

それからどれくらい経っただろう。下の階から急ぎ足の音が聞こえ、暗闇の中から一人の男性が駆け寄ってきた。黒いコートを着た、50代の男性。

「みな!」

「お父さん!」

私は父の胸に抱きついた。全身の力が抜け、涙が溢れ出した。父は私を強く抱きしめ、頭を撫でてくれた。徳田さんは、静かに階段の方へと下がっていった。

その日、日付が変わる頃。東京・霞ヶ関の高層ビルで、一人の男性が机に向かっていた。私の父、健二郎。彼の前には、マンションの見取り図やCCTVの配置図、病院の診断書が広げられていた。

彼は冷たい声で電話に言った。

「私の娘ではなく、妊娠中の女性が暴行を受けた事件として進めろ」

そして、私にメッセージを送ってきた。

「みな、ちゃんと寝ているか? お父さんが片付ける。お前は赤ちゃんのことだけを考えなさい」

2日後、午前10時。マンションの前に黒いセダンが止まり、スーツ姿の男性が2人、151号室のインターホンを押した。ドアを開けたふみ子の顔色が、一瞬で変わった。

「法律事務所、海純の者です。鈴木ふみ子さんでいらっしゃいますか? 暴行、侮辱及び虚偽告訴に関する事実確認書をお届けに参りました」

「虚偽告訴ですって? 私が何をしたって言うの!」

弁護士は表情を変えず、封筒を差し出した。

「書類をご確認の上、1週間以内にご連絡ください」

その日から、ふみ子の家は奈落の底へと落ちていった。さらに2日後、マンションの前に放送局の中継車が3台並んだ。妊娠中の嫁への暴行事件として、ニュースが全国に流れたのだ。

「被害者は鈴木正国健二郎早朝の令嬢。皆さん!」

テレビの画面に、自分の家の前の映像と、私の名前が表示された。夫の道彦は、両手で顔を覆った。

「お前、健二郎早朝の娘…」

夫は言葉を終えられなかった。その日以降、彼の会社にも迷惑がかかった。会社のイメージが地に落ちたとして、道彦は退職に追い込まれた。

家に帰った道彦は、酒をあおった。そして、私に電話をかけてきた。

「お前のせいで、全部めちゃくちゃだ! 会社を首になったんだぞ! 俺の人生、もう終わりだ!」

私は、静かに言った。

「終わったのはあなたの人生じゃないわ。仮面よ。あなたが被っていた仮面がね」

電話を切った。夫の最後の言葉が耳に残っていた。「仮面」。彼は本当に仮面を被っていたのだろうか。それとも、それが本当の姿だったのか。

数週間後、吉佐の家の玄関には「競売予定」のステッカーが貼られ、銀行からは3200万円の一括返済要求の通知が届いた。借金の返済ができず、家を失ったのだ。

そして、裁判の日が来た。私は法廷で、あの日の出来事を証言した。

「その日の夕方、義母が50万円がなくなったと言って私を疑いました。私が違うと申し上げても信じてはくれませんでした。義母は私の髪を掴み、廊下に引きずり出しました。私は妊娠6ヶ月で、お腹を守るのに必死で抵抗することができませんでした。その後、夫は2人ともドアを開けてはくれませんでした」

裁判長が気槌を打ち鳴らした。

「被告人、鈴木ふみ子。暴行及び虚偽告訴の罪について、有罪と認める。懲役2年、執行猶予3年。また、社会奉仕活動に100時間を命じる」

ふみ子の顔から、血の気が完全に失われていた。私は、被告席を見つめた。彼女は深くうなだれたまま、動かなかった。

「行こう」

父が言った。私はゆっくりと立ち上がり、法廷を出た。

「辛かっただろう」

父が尋ねた。私は窓の外を見ながら答えた。

「いいえ。これで本当に終わった気がします」

エレベーターを待っていると、後ろからふみ子が歩いてきた。私たちの目が合う。一瞬の沈黙。彼女は口を開きかけて、また閉じた。エレベーターのドアが開き、私たちは中に入った。閉まる直前、ふみ子が壁にもたれて座り込むのが見えた。

裁判は終わったが、何も終わってはいなかった。執行猶予で釈放されたふみ子は、世間の厳しい視線にさらされ続けた。スーパーでは主婦たちの噂話が聞こえ、かつての友人たちは彼女を避けた。家の中は、刑務所よりも息苦しかった。夫の道彦は部屋に閉じこもり、一言も話そうとしなかった。

1週間後、雨の降る夜。私は道彦と、小さなカフェで会うことにした。彼は別人のように痩せ細り、髭を生やしていた。テーブルの上には、一枚の書類が置かれていた。

「離婚届」と書かれている。

「俺は、もう全てを失った。会社も、家も、もう何もかも…。それでも、もう一度だけ、やり直せないか」

私は静かに首を振った。

「あの時も、あなたは私を信じなかった。廊下で一人でいた時、ドアの前で泣いていた時、あなたはドア一枚開けてくれなかった」

「ごめん。本当にごめん」

「『ごめん』という言葉だけでは、足りないわ」

私はカバンからペンを取り出し、テーブルに置いた。

「これは復讐じゃないわ。整理するのよ。私たち二人のために」

道彦は震える手でペンを握り、署名欄を見つめた。そして、ゆっくりと名前を書き始めた。書き終えた瞬間、彼は尋ねた。

「本当に終わりなのか?」

「ええ、終わりよ」

私は自分の名前の横に署名をした。

「子供は俺の子だろ」

道彦が私のお腹を見ながら言った。声は震えていた。

「子供は私と一緒にいます。親権は私が持ちます。面会交流権は裁判所が決めるでしょう」

私は立ち上がった。

「元気でね」

その言葉に、呪いも祝福もなかった。ただ、事実を述べるだけだった。私は傘を手に取り、雨の中へと歩き出した。道彦の姿が、ガラス張りのドアの向こうで見えなくなるまで、私は振り返らなかった。

数ヶ月が経ち、春が来た。私は病院の窓際に座っていた。膝の上には生まれて1ヶ月になる女の子、さやが眠っている。小さな指が、私の手をぎゅっと握っていた。

「大丈夫よ。もう全部終わったの。私たち2人で、ちゃんと生きていこうね」

病室のドアが開き、父が花束を持って入ってきた。黄色いバラだった。

「名前は決めたのか?」

「さやです。鈴木さや」

「いい名前だな」

私は窓の外を見た。

「財団の設立準備が終わったの。来月から始められるわ。DV被害者を支援するのよ。法律相談、心理カウンセリング、シェルターの運営までやるの。私みたいに辛い思いをしている人たちが、一人じゃないってことを知ってほしいの」

父は誇らしげな表情で、私を見ていた。

1週間後、退院の日。私はさやを抱き、新しく借りたマンションへと帰った。そして、財団の設立式に臨んだ。ビルの5階、ガラス張りのドアの上には「一般財団法人 みな財団」と刻まれた看板がかかっていた。壁には「私たちはあなたのそばにいます」というスローガンが掲げられている。

拍手の中、私は挨拶をした。

「ありがとうございます。皆さんで、良い仕事をしていきましょう」

それから1ヶ月後。財団には、毎日のように相談の電話がかかってくるようになった。ある日の午後、相談室で30代の女性が向かいに座っていた。目元に痣があり、手が震えている。

「どこから話せばいいのか、分かりません」

「ゆっくりで大丈夫ですよ。時間はたくさんありますから。ここは安全な場所です。誰もあなたを裁いたりしません」

女性の目から涙が溢れた。

「私も、同じような経験をしたんです。だから、あなたの気持ちが分かります。怖くて、孤独で、どこから始めればいいのか分からなくて、途方に暮れますよね」

女性は顔を上げて、私を見た。

「どうやって、抜け出したんですか?」

「一歩ずつでした。助けを求め、信じられる人を見つけ、自分自身を守る方法を学びました」

私は女性の手を軽く握った。

「あなたにもできます。私たちが一緒にいますから」

相談が終わり、私は窓際に立った。外を見下ろすと、通りには人々が行き交っている。それぞれの人生を生きている。私は自分の手を見下ろした。以前は震えていた手。今は、安定していた。しっかりとしていた。

日が暮れ、空がオレンジ色に染まった。私は荷物をまとめ、帰宅した。新しく借りたマンションは、大きくはないけれど温かい家だった。さやはベビーベッドで眠っている。

私はリビングのソファに座り、窓の外の夜景を眺めた。夜が更けていく。星が一つ、二つと瞬き始めた。

私は目を閉じた。深く息を吸い、吐き出す。穏やかだった。久しぶりに感じる、本当の平和。

1年前の今頃、私は廊下で泣いていた。ドアを開けてくれない人々のせいで、絶望していた。でも、今は違う。自分の仕事があり、子どもがいる。目標がある。もう、誰かに依存することはない。自分で立つことができたのだ。

時計の秒針の音だけが、静かに響いている。私はそっと微笑んだ。

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