「AIを搭載したオーブンレンジを作る。そのセンサーを今すぐ作ってくれ」
取引先の社長・井上は、高圧的な態度でそう言い放った。具体的な仕様を尋ねても、「そんなものは後で担当者が説明に来る」と一蹴される。
俺の名前は小林。35歳で父の工場を継いで経営している。かつては大手電気メーカーでセンサー開発のエンジニアとして5年間働き、最先端の技術を学んだ。いずれ父の小さな工場にその技術を持ち帰りたいと思っていた矢先、30歳の誕生日に父が突然「工場を譲る」と言い出したのだ。
井上は、俺が工場を継ぐ前に取引が始まった家電メーカーの2代目社長。50代の太った男で、若造が継いだ工場なんて信用ならないと思っているのが丸わかりだった。
俺には技術力を持った職人たちがいる。胸を張って工場を経営してきた。
呼び出されて井上の会社に向かうと、エントランスに見覚えのある警備員の姿があった。根本だった。高校の同級生で、ラグビーをやっていた大柄な男。俺が勉強を教えたのがきっかけで仲良くなったのだ。
名刺を渡し、「連絡してくれ」と言ってその場を離れた。懐かしさでテンションが上がりながら会議室に向かうが、井上は来ない。いつものように30分ほど待たされ、ようやく現れたと思ったらあの一言だった。
担当者の説明を受け、うちはセンサーを含む内部機構を作ることになった。AI搭載の家電は近年増えてきており、うちも他社へ納品している。だからそこまで難しい話ではない。
ただ、井上は相変わらず「担当者がお前のところがいいと言うから話を進めているが、俺としてはもっと大手のちゃんとした工場に頼みたいんだよな」と漏らす。担当者が慌てて頭を下げるのを見て、俺はどこか呆れながらも仕事を引き受けた。
その夜、根本から連絡があり、居酒屋で待ち合わせた。15年ぶりにまともに話す間柄だ。根本はスポーツ用品を作る会社を立ち上げたいらしく、その開業資金を貯めるために警備員として働いているという。他にジムでも働いているらしい。スポーツ万能な根本らしいと思った。
「AIってなんかすごいんだろうってイメージだけど、俺にはさっぱりだよ。俺はやっぱりラグビーが好きだから、ラグビーを広めるような活動をしたり、役立つ用品を作ったりしたいんだよね」
「AIを活用したスポーツ用品なんて作れたら面白いかもな」
根本はそう笑った。その場の思いつきで口にしただけだろう。だが、俺の頭の片隅にその言葉が張りついた。
翌日、井上の会社から発注書を受け取った。開発期間は3ヶ月。正直言ってギリギリの期間だ。だができないことはない。俺は職人たちと構想を練り、すぐさま開発に取りかかった。
俺たちはノウハウを駆使して最適な部品を開発し、1ヶ月でほとんど形になった。なんとか間に合いそうだと胸を撫で下ろしたその時、工場のドアが開き、カツカツという足音が聞こえてきた。井上だった。
「いで社長、どうされました?」
俺が出迎えると、井上は鼻を抑えながら言った。
「なんだこの油臭い工場は。早くなんとかしろ」
俺は感情を抑えて応じる。
「申し訳ないですね。センサー開発もこの設備がないとできませんので」
井上はわざとらしく鼻を押さえながら、予告を告げた。
「予定が変わった。あと1ヶ月で仕上げてくれ」
「1ヶ月? そんな短縮は無理ですよ」
俺は率直に答える。だが井上は引かなかった。
「競合他社から似たような品が発売されることになった。その発売時期が2ヶ月後。それより前に発売しないと売上に支障が出る」
「話は分からないでもないが、そんな無茶な。1ヶ月も早くなるなんて物理的に無理です」
「1ヶ月くらいこの工場を休みなく動かし、お前たちが寝る間を惜しんで働けばどうにでもなるだろう」
どんな労働基準法だと思わず苦笑いが出た。だが、井上は本当に期間を短縮するつもりらしい。
「期日までに完成しなければ違約金を支払ってもらうからな」
そう言い放って帰っていった。
俺は職人たちに事情を話すと、職人たちは「やってやりましょうよ」と井上への対抗心と職人の意地で立ち上がった。俺も腹を括り、少しでも早い完成を目指して働いた。
1ヶ月後、井上の会社から新製品発表会の知らせが届いた。細かいことは相変わらず担当者任せなので、担当者が不安そうに「小林社長、間に合いそうですか」と聞いてくる。
「まあ、なんとか」
俺は引きつった顔で答えると、担当者は気を使ってくれた。
「この日は外観だけの披露です。最悪センサーが未完成でも、外側だけなんとかなっていればこちらでなんとかしますから。来週の実演会までにゆっくり仕上げてください」
実演会。そんな話は聞いていなかったが、担当者が電源を入れないと約束してくれるなら、今日は外観だけでも問題ない。
発表会当日、俺は朝から作業着姿で会場入りし、ギリギリまでセンサーの調整を続けていた。あと少しというところで担当者がやってきて、俺から本体を受け取ろうとする。
「小林社長、本当にありがとうございます。今日は外観だけの披露ですので、これで十分です」
「でも、あと10分あれば最終調整が…」
「今日は絶対に電源を入れませんから。来週の実演会までにゆっくり仕上げてください」
担当者は俺を安心させるように笑顔で言った。俺は本体を渡し、ロッカー室でスーツに着替えることにした。
ロッカー室で作業着を脱ぎながら、俺は少し複雑な気持ちになった。最終調整は間に合わなかったが、それでも俺たちの技術が世に出る日だ。井上は俺たちを見下しているが、この製品の心臓部はうちの工場で作った。その誇りだけは誰にも奪わせない。せめて発表会くらいはきちんとした格好で立ち合おうと、ネクタイを締めて会場へ向かった。
そこで警備服姿の根本を見かけた。
「お疲れ」
俺が手を挙げると、根本も手を挙げて答える。今日は関係者や取引先、株主など300人ほどが集まる先行お披露目会らしい。本格的な実演は来週のバイヤー向け実演会で行うとのことだ。俺は会場の隅の方で、着慣れないスーツ姿で立っていた。
しばらくすると発表会が始まった。井上は壇上に上がり、得意げに語り始める。
「我が社の新製品は最先端のAI技術を搭載し、家庭の料理を革命的に変えるでしょう」
招待客が拍手をする。井上は調子に乗ったように続けた。
「もちろん、全て我が社の自社工場で開発しました。我が社の技術の結晶です。本日は完成した外観をお披露目し、来週バイヤーの皆様の前で実際の調理をご覧いただきます。最高の状態でお見せしたいので、本日はお預けということで」
会場から笑いが起きる。俺は思わず眉を潜めた。自社工場? 内部機構は全てうちで作ったのに、何を言っているんだ。
すると井上の視線が俺を捉えた。井上は一瞬罰が悪そうな顔をしたが、すぐに表情を変えて俺を指さした。
「ああ、そこにいるスーツが似合っていない男。あれは下請けの工場の社長なんですが」
会場がざわつく。井上はさらに続けた。
「本日のイベントは関係者のみご招待です。おかしいですね。下請けを招待した覚えはないのですが」
そして入口に立っていた根本を手招きした。
「油臭い底辺工場が紛れ込んでいるぞ。このイベントには招待していないはずだ。おい、警備員。さっさとつまみ出せ」
俺は思わず声を漏らしてしまった。招待していない? この製品の大半はうちの工場の技術でできている。井上たちが自社工場で作っているのは外側だけだ。もしかしてうちの技術を盗み出そうという気か、冗談じゃない。
周りの招待客も俺の方を見てざわざわし始めた。その瞬間、こんなところにいることに腹が立ち、俺は叫んだ。
「私がいないと発売中止ですが、帰りますね!」
井上は聞こえないふりをしていたが、横を向いて明らかに俺を馬鹿にした笑いを浮かべた。きちんと聞こえていたのだろう。
そこへ根本が来て、俺の腕を掴みながら小声で言った。
「小林、とにかくこっちへ」
会場を出て誰もいない場所で、根本が心配そうに俺を見る。
「あの井上って野郎、ムカつくな」
「まあ、いつものことだよ。それより来週の実演会って何か聞いてるか?」
「ああ。来週バイヤーを集めて実際に動かして見せるらしい。VIP向けの実演会だって」
俺は頭の中で計算した。来週、あと5日か。
「なあ、根本。その実演会、お前も警備で入るのか?」
「多分な。今日みたいな大きいイベントは、俺たち警備会社が入ることになってる」
俺は少し安心した。根本がいるなら、何かあっても味方がいる。
「分かった。また連絡するよ」
根本と別れ、俺は工場へ戻った。発表会は成功したらしいが、俺の中では次の実演会への不安が膨らんでいた。
発表会から3日後、俺は工場で別の取引先の仕事に取りかかっていた。その時、携帯が鳴った。井上の会社の担当者からだ。
「小林社長、お疲れ様です。あの、実は…」
担当者の声が沈んでいる。
「どうしました?」
「実演会の件なんですが、井上社長が小林社長は呼ばなくていいと…」
俺は思わず声を荒げた。
「実演会で使うなら、こちらで調整してから持っていかないと。未完成の試作機をそのまま動かすなんて、絶対に問題が起きます」
「それが、井上社長がもう完成したと言っていまして…。こちらの技術者が少し手を加えれば、小林社長の協力なしでも動かせるとのことで…。大変申し訳ありません」
俺は頭が真っ白になった。勝手に手を加える? センサーの調整はうちのノウハウなしでは不可能だ。
「あのセンサーはまだ未完成です。勝手に動かせば誤作動を起こします。最悪、加熱して煙が出るかもしれません」
「それは分かっているんですが、井上社長が聞く耳を持たなくて…」
担当者は困り果てた様子だった。
「せめて実演会には立ち合わせてください」
「すみません。それも難しいと、井上社長が『小林は来るな』と明言していまして…」
俺は深く息を吐いた。
「分かりました。ただ、何かあってもうちは責任を負いません。そのことは井上社長に伝えてください」
「はい。申し訳ございません」
電話を切った後、俺は根本に連絡した。
「根本、実演会の日、俺も会場に行く。招待されてないけど、どうしても見ておきたい」
「了解。入り口で待ってる。俺が警備員として案内するよ」
根本の言葉に少し気が楽になった。
実演会前日の夜。俺は工場で別の取引先向けのセンサーを見つめていた。こちらは順調だ。きちんと評価してくれる取引先のために、俺は誠実に仕事を続ける。井上のオーブンレンジ。あの未完成の試作機は、俺が警告したのに無視された。あのまま使えば絶対に事故が起きる。だがもう俺の知ったことではない。明日の実演会で井上がどんな恥をかくか、この目で確かめるだけだ。
実演会当日。俺は根本に連絡し、会場の裏口で待ち合わせた。根本が警備服姿で手を振っている。
「小林、よく来たな」
「悪いな、仕事中に」
「いいって。俺も気になってたんだ。あの井上が本当にお前抜きで完成させたのかって」
根本は俺を会場の端、スタッフ用の出入り口近くに案内してくれた。ここなら目立たない。会場には大手スーパーや家電量販店のバイヤーたちが20人ほど集まっていた。俺は腕を組み、静かに井上を待った。
井上が壇上に上がった。
「本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。先日の発表会でご覧いただいたAI搭載レンジですが、ついに完成いたしました」
バイヤーたちが拍手をする。井上は得意げに続けた。
「当初、外部の協力工場に依頼していた部分もありましたが、我が社の技術者が総力を挙げて改良し、全て自社で完成させることができました」
その瞬間、俺は拳を握りしめた。嘘だ。井上は俺たちの技術を自分のものにしようとしている。
「それでは実際にご覧いただきましょう。本日は鶏肉のグリル調理をお見せします」
井上の合図でスタッフが鶏肉をオーブンレンジに入れた。井上が誇らしげにボタンを押す。
「本機が食材を自動検知し、最適な温度と時間で調理します」
ディスプレイに調理開始の文字が表示された。バイヤーたちが興味深そうに見守る。俺は胸が締めつけられるような不安を感じていた。最終調整をしていないあのセンサーが正常に動くはずがない。
最初の1分は順調に見えた。だが2分を過ぎた辺りで俺は異変に気づいた。ディスプレイの温度表示が異常に高い。250度、280度、300度。
「おい、あれ…」
俺が小声でつぶやいた瞬間、オーブンレンジからじじっという音が聞こえた。バイヤーたちも気づき始める。
「なんか変な音がしませんか?」
井上は焦った表情でスタッフに指示を出している。だがもう遅い。突然オーブンレンジから黒い煙が吹き出した。
「わあっ!」
バイヤーたちが悲鳴をあげる。同時に焦げ臭い匂いが会場に充満した。火災報知器がけたたましく鳴り響く。井上が慌ててプラグを引き抜いたが、煙は止まらない。
「避難してください!」
根本を含む警備員たちがバイヤーたちを誘導し始めた。俺もその場を離れ、会場の外に出る。外はすでに騒然としていた。俺は会場の入口付近に立ち、煙の中から出てくる井上を待っていた。
「小林、大丈夫か?」
根本が声をかけてきたが、俺は静かに首を振る。ここからが本番だ。
そこへカメラを持った報道陣が数人駆けつけてきた。火災報知器が鳴ったことで、近隣のビルから異変に気づいたらしい。先日の発表会を取材した記者もいる。
「あれは井上社長の会社だ」
という声が聞こえた。煙にまみれた井上が会場から出てくる。報道陣が一斉にマイクを向けた。
「井上社長、一体何があったんですか?」
井上は最初言葉に詰まっていたが、入り口に立つ俺の姿を見つけた瞬間、表情が変わった。井上は俺を指さして叫んだ。
「全ての責任はあの男にあります!」
報道陣が俺に殺到する。根本が俺の前に立ちはだかろうとしたが、俺は根本の肩に手を置き、前に出た。
「皆さん、落ち着いてください」
俺は深呼吸をして口を開いた。
「先ほど井上社長は全て自社で完成させたと言いました。しかしそれは事実ではありません。このオーブンレンジの内部、センサーは私の工場で開発したものです。ただし、最終調整が完了していない試作機を井上社長が勝手に持ち出し、使用しました」
報道陣がざわつく。俺は続けた。
「私は3日前、井上社長の担当者に電話で警告しました。最終調整をせずに動かせば誤作動を起こすと。しかし井上社長は私の警告を無視し、本日の実演会を強行しました。結果はご覧の通りです」
報道陣が一斉に井上に向き直った。
「井上社長、これは本当ですか? 事前に警告を受けていたんですか?」
井上は顔を真っ赤にして何か言おうとしたが、言葉が出てこない。バイヤーたちも怒りの表情で井上を見ている。
「こんな未完成品を見せられるなんて時間の無駄だ。契約の話は一旦白紙にさせてもらいます」
バイヤーたちが次々と会場を去っていく。井上は蒼白な顔でその場に立ち尽くしていた。俺は静かにその場を後にした。
その日の夕方のニュースには、煙が立ち込める会場の映像が流れた。番組によっては俺が話しているところを流し、うちの工場の名前を放送しているところもある。うちには問い合わせが殺到した。中には「是非うちのセンサーを使いたい」という申し出もあり、新たな商談にもつながった。
その後、井上の会社の株価は暴落。結局AI搭載のオーブンレンジは、後から発売される競合他社の製品の方が話題になったようだ。俺は弁護士を通して今回の違約金を井上に請求し、職人たちにボーナスを支払った。井上の会社は信用も落ち、ここからの回復は難しいだろう。根本によると、井上は日に日に痩せていっているらしい。
そんな根本は警備員を退職し、ついに起業に向けて動き出した。うちと協力し、ラグビーボールや靴にAIセンサーを搭載。選手の動きをデータ化する事業を始めた。
「小林、お前のセンサーはすごいな」
根本が俺の肩を叩く。
「だから、痛いんだよ」
俺は笑った。今後はラグビーだけでなく、他のスポーツにも広げていくつもりだ。俺たちの新たな挑戦が始まる。



