「あんな貧乏人と結婚するなんて絶対嫌よ。大事な娘を田舎の海風にさらす生活なんてさせられないわ。」
姉の玉木の見合い相手が、田舎町で漁師をしている男性だと知った姉と両親は激怒した。高額な結婚相談所の費用を支払ったばかりの両親は、このまま破談にする決断もできず、やがて思いついたように父が声を上げた。
「そうだ。真子を身代わりにしよう。」
私は山川真由子、32歳。専業主婦をしながら夫の英作と義両親の4人で暮らしている。ただ、英作と結婚したのはまだ最近のことだ。
結婚する前の私は、両親と姉の玉木と共に実家で暮らしていた。父は中小企業の会社員で、母は専業主婦。一見どこにでもある普通の家族だが、その内情は悲惨なものだった。
同じ家に生まれた姉妹だというのに、両親はなぜか玉木ばかりを可愛がった。何をするのも玉木が先で、私が泣いて抗議しても「お姉ちゃんが一番」と怒られる。物心着いた頃には、すでに玉木中心の生活が作られていた。
両親は玉木が欲しいと言えばどんなものでも買い与え、やりたいと言うことは何でもやらせた。私が「お姉ちゃんばっかずるい」と言っても、「お姉ちゃんだから許されるの」とよくわからない理由を告げられ、私はいつも我慢を強いられる。
小学生の頃のことだ。運動会があり、両親は手作りのお弁当を持って応援に来てくれた。玉木が徒競走に登場すると、誰よりも大きな声で「頑張って」と聞こえる。しかし、そのすぐ後の競技に私が登場すると、両親は揃ってどこかに行ってしまった。その後の競技も、玉木の時は盛大な歓声を送っているというのに、私の時は何ひとつ聞こえない。
その様子に気づいたクラスメイトが「お前、親に嫌われてるのか」と私をからかい始め、恥ずかしい思いをした。
その日家に帰った後、「どうして私の応援はしてくれないの」と母親に尋ねてみた。
「足が遅い。お前を応援しても無駄でしょ。」
母の言う通り、私は運動が苦手で、走ってもいつも後ろの方にいる。それに比べ玉木は運動神経が良く、リレーの代表に選ばれるほどだった。でも、だからと言って運動会の応援にまで差をつける必要があるのだろうか。
「私も頑張ったよ。」
「だから何?頑張っても結果が出せないなら意味ないわ。」
結局母から納得できる説明は聞けず、私は一人部屋にこもって泣いた。
子供の頃から、両親は玉木に新しい服を買い与えても、私には「もったいない」といつも姉のお下がりを着せた。学校の制服ですら、新しいものを買ってもらった記憶はない。その上、両親は玉木を可愛がって家の手伝いもさせず、雑用はいつも私に押し付けてきた。
そればかりか、学校でテストがあると両親は必ず私と玉木を比較した。玉木は勉強もよくでき、テストではいつも90点以上を取ってくる。それに比べ私は常に80点程度で、人並みにしか勉強ができなかった。
ある日、中学生だった玉木が期末テストで100点を取った。
「100点なんて、さすが私の娘ね。今夜はお祝いしましょう。」
母は近所にある玉木の好きなお寿司を注文した。しかし、届いた寿司はなぜか3人前だった。その日の夕飯時、食卓に座った私の前に母は小さなおにぎりを置いた。
「あんたは何もいいことしてないでしょ。だからお寿司は食べさせない。」
3人が美味しそうにお寿司を頬張っているのを見ながら、私は与えられたおにぎりを食べた。
「悔しかったら、あんたもテストで100点取ってみなさい。」
玉木は嫌味な笑みを浮かべ私を貶めた。
「そんなことを言ったら真由子が可哀想だろ。こいつは何をしてもダメなやつなんだ。」
父は大笑いしながら私のことを馬鹿にした。悲しくて仕方なかった。何をしても両親に認めてもらえないばかりか、家族全員から貶められる。どうして私ばかりがと考えてみても、理由など分からなかった。
玉木は両親から可愛がられていることを鼻にかけ、機会があるごとに私をいびってくる。自分で壊したものを私のせいにして両親に報告し、私が罰を受けるのを笑いながら見ていることもあった。私が大切にしているものをどこかに隠してしまったり、取り上げられることなど日常茶飯事だった。
しかも玉木が何をしても、両親は決して彼女を咎めず、全て私が悪いと叱られる。
中学に上がる頃には家事をしろと命じられ、部活もさせてもらえなかった。家の中に私の居場所はない。虚しさと悲しさばかりが込み上げる。それでもまだ自分で稼ぐこともできない私は、実家に留まるしかなかった。その頃から私は言葉もほとんど発しない生活を送った。
いつしか玉木と両親は、私のことを名前で呼ばなくなった。「雑用係」「グズ」と呼ばれても反応しないと、容赦なく物が飛んでくる。何を言いつけられても「はい」以外の言葉は許されない。反抗でもしようものなら「生意気だ」と物置きに閉じ込められてしまう。
それでもいつか自由になれる日が来ると信じていた。玉木が大学を卒業し、就職すれば一人で暮らし始める。玉木がいなくなれば、少しは両親の態度も変わるのではないかと淡い期待をしていた。
しかし両親は、玉木が大学を卒業した後も「社会の汚れに触れさせたくない」と言い、就職もさせず実家で生活させることにした。
その現実に落胆した私は、遠方の大学を受験して家から離れる計画を立てた。
「私も大学に行きたい。」
「なんだと?そんな金がどこにあるって言うんだ?あんたを大学に行かせるくらいなら、玉木に投資してる方がマシだよ。」
「大学の費用は奨学金を受けながら自分で出すわ。」
「うちは貧乏なんだ。役に立たない勉強に金を使うなら家に金を入れろ。」
一括されてしまった。
仕方なく私は高校を卒業後、実家から近い企業に就職した。毎日朝から家事をして仕事に出かけ、帰ればまた家事に追われ、私の生活に自由などなかった。その上、働いて得た給与はそのほとんどを両親に没収されてしまった。
そのお金が玉木に使われていたことを、私は知っていた。一日中、特に何もせず友人との集まりやSNSの投稿に明け暮れている玉木は、私の給与を使い美容にお金をかけ、ブランド品を買い漁っている。それでも私が文句を言うことは許されない。この頃には私は完全に心を閉ざしていた。
仕事が終わり、家に帰ればすぐに夕飯の支度が待っている。家中ピカピカに掃除して洗濯をして、休日には庭の草むしりや家の補修までやらされた。しかし、誰一人として私に感謝した者はいない。「低学歴の出来損ない」と名指しで言われ続け、私の尊厳などどこにもなかった。
数年後、両親は玉木にいい結婚を望み、お見合いを計画した。「資産家か医者の温造士がふさわしい」と自分たちの目に叶う相手を探していたようだが、そのせいか玉木は36歳になっても独身のままだった。
焦った両親は、結婚相談所が主催する代理婚活サービスを利用することにした。入会するだけでも数十万というお金がかかる。それでも玉木にいい縁が見つかるならと、両親は高額の費用を投じた。
数ヶ月後、結婚相談所から一人の男性が紹介された。「年収の資産家だ」という男性は山川英作といい、まだ40代のやり手実業家だと聞かされ、両親は「玉木にうってつけだ」と大喜びしていた。
それからというもの、数日後に行われるお見合いに向け、玉木は入念に準備を進めた。しかし当日、お見合いの席に現れた英作を見て激怒した。
英作は真っ黒に日焼けした顔に粗末な身なりで、とても実業家には見えなかった。その上、書類に書かれた住所はY県M村となっており、職業も漁師となっていた。お見合いの席でも英作は魚の話しかしない。うまい魚の見分け方や、おすすめの漁師飯の話をしている。
玉木はすっかり興味をなくしたようで、面倒そうに話を聞き流していた。家に帰ってからも両親の怒りは収まらず、3人で英作の悪口を言い合っていた。
「ただの田舎の貧乏じゃないか。騙されたわ。」
結婚相談所に高額の費用を支払ったというのに詐欺のような案件だと両親は怒り狂ったが、見合いを断ればまた高額の費用を支払わなければならない。
「でも、結婚相談所がちゃんと調査もせずに紹介したとは思えないわ。もしかしたら正体を隠しているのかも。」
「そうね。その可能性もあるわ。もう少し様子を見てみましょう。」
わずかな期待を抱き、英作とのやり取りを続けてみることにした。しかしその後も英作から送られてくる写真は、ボロボロの作業着に長靴を履き、首にはタオルが巻かれ、軽トラックに乗っているものばかり。「今日は時化で漁に出られない」と投げやりなメールに、3人は絶望した。
数日後、結婚相談所から英作が結婚を望んでいると連絡が来た。
「あんな貧乏人と結婚するなんて絶対嫌よ。」
「玉木を田舎の漁師になんかやがせないわ。」
玉木も両親も、英作との結婚は受け入れられないと結論を出した。しかし、結婚相談所に支払った費用を無駄にもしたくない両親は頭を悩ませた。
「そうだ。真子を身代わりにしよう。」
「いい考えね。」
「賛成。お父さん、それだ。」
3人は私に玉木のふりをして英作と結婚しろと言う。
「顔でバレちゃうんじゃないの。」
「どうせ田舎のモテない漁師に、女の顔の区別がつくか。」
両親は完全に英作を見切っているようで、大笑いしていた。
「大金が無駄にならず、厄介者もなくなるなんて。一石二鳥ね。」
玉木の身代わりになるのは嫌だった。しかし、両親の命令に逆らうこともできない。
「お前は玉木として英作の嫁になるんだ。いいな。」
「……わかりました。」
生まれてからずっと、私の人生は私のものではなかった。両親の思い通りに動くだけの毎日。逆らうこともできず、いつしか従うのが当たり前になっていた。心のどこかで「嫌だ」と叫んでいる自分もいるが、声に出すことなどできない。言えば容赦なく手が飛んでくる。玉木の付属品のような生活を、私は受け入れるしかなかった。
その後、結婚の話を伝えた両親の元に、英作側から結婚式は少し先にして欲しいと依頼があった。漁師にとって繁忙期を迎え、式に割く時間がないという。
「こんなこと言ってるけど、きっとお金が用意できないのよ。全く、式も挙げられない貧乏人が玉木と結婚しようなど、厚かましいにもほどがある。」
両親は英作を嘲笑っていた。
数日後、英作が軽トラックで迎えに来た。両親は白々しい演技で私を玉木と呼び、「元気でね」と涙を浮かべ送り出す。
私の中には不安が渦巻いていた。すでに入籍は済ませているとはいえ、もしも私が偽物だとバレてしまったら、英作は私を追い出すのだろうか。両親が高額な違約金を支払うことになったら、またひどい目に合わされる。実家から出られたのは嬉しいことだが、英作に正体がバレないかと肝を冷やしていた。
隣で運転している英作は、よく見ると綺麗な顔立ちをしている。窓から日が差すと英作の焼けた肌がキラキラ輝き、私は見とれてしまった。
「どうかしたか?」
「いえ。あ、あの、私も働こうか。」
英作は大笑いして、その必要はないと言った。
「君の口座に毎月1000万入金する。そのお金で生活してくれていい?」
「えっ、1000万?」
驚く私を英作は笑顔で見つめ、身の上を明かしてくれた。
英作は10年前に地元の漁師仲間たちと漁業法人を立ち上げ、現在は年商30億から50億円を誇るやり手の実業家だった。最新の急速冷凍技術を開発して特許を取っていた。伝統的な一本釣りを守りつつ最新技術を自社開発し、ドバイやニューヨークの高級な星付きレストランと直接契約を結ぶ、超良運の持ち主だった。
「でも、どうして正体を隠してたの?」
「そりゃ、金目当ての奴らを寄せ付けないためさ。」
英作は本来、自力での婚活が難しく、結婚相談所に登録したという。しかし、いざ紹介されて会ってみても、収入の話や家柄ばかり質問され、自分の本質を見ようとしない相手が多かった。そこで見合いとはいえ、粗末な格好で普段通りの自分で行こうと決めたらしい。
玉木と両親は英作の見た目だけで彼を軽蔑し、収入も聞かずさっさと見合いを終わらせたのだ。
「じゃあ、どうしてこの結婚を?」
「そりゃ、君だったからだよ。」
英作は玉木を気に入ったというのか。やはり私が玉木ではないことがバレたら、愛想を尽かされるのかもしれない。
しばらくして、英作は大きな屋敷の前に車を停めた。巨大な塀に囲まれ、中の様子は見ることができない。
「ここに何か用があるの?」
英作は大きな声で笑い、「ここが俺の家だ」と告げた。
「もしかして、ここがあの山川邸?」
「ああ、そうだよ。」
英作の家はSNSでも話題で、近隣から敬意を込めて「山川御殿」と呼ばれていた。情報に疎い私でも知っているほど有名だった。
門が開き、車で中に入ると、趣のある日本庭園が広がっている。その奥にあるガレージには高級車が何台も駐まっていた。その横に車を停めた英作は「ちょっと待ってて」と言い、どこかに電話をかけ始めた。流暢な英語で会話をし、笑顔を見せている。
「すまなかった。ドバイの王族との商談がどうしても外せなくてね。」
驚いたことに、英作はスマホの通話だけで数億円規模の契約をまとめたという。
「それじゃあ、行こうか。」
驚きのあまり呆然とする私の手を引き、家の中に招き入れてくれた。玄関を開けると、複数の社員たちが出迎える。英作は一人一人に的確に指示を出し、私を広間へと連れて行ってくれた。
広間に入ると豪華な食事が用意され、義両親が笑顔で待っている。大きな屋敷に豪華な食事。見たこともないような光景に、私は言葉が出てこなかった。夢を見ているのではないか。
「よく来てくれたわ。これからよろしくね。」
「これからは君の家になるんだ。気楽にしてくれていいからね。」
義両親の言葉に、現実だと実感する。英作はまずは食事をしようと言ってくれるが、緊張で私は固まってしまった。まさか私があの山川御殿の主である資産家の妻になったということか。場違いな立場にさえ感じていた。
その時、英作の漁師仲間たちがやってきた。
「みんな、俺の嫁を見たいってうるさくてな。」
英作は苦笑いを浮かべているが、どこか嬉しそうだ。
「ごめんなさい。こんなに立派な人だったなんて思ってなくて。私に英作さんの妻が勤まるとは思えなくて。」
私は正直に気持ちを伝えた。今なら断るのが早い方がいい。英作の元を離れても実家に帰れるわけではないが、それでもこのまま騙したまま居続けることなどできなかった。
「何も心配することはない。君は自由に過ごしてくれたらいい。時々、俺の話を聞いてくれるだけで十分だよ。」
英作の言葉に義両親も微笑みを浮かべ、漁師仲間たちも「困ったことがあれば、俺たちが味方になる」と温かく迎え入れてくれた。
「でも、あの、私、本当は……」
「大丈夫。俺は君に惚れたんだ。」
本当のことを言おうと勇気を振り絞ったのだが、英作は私の言葉を遮った。その様子は、すでに全て知っているかのようだった。
翌日から、私は積極的に家事を行った。深夜に漁に出かける英作のため、温かいコーヒーを入れ、漁から戻ってきたその他のために料理を作る。大量に作るのは大変だったが、皆が笑顔で「うまい」と食べてくれると、作りがいもあった。
やがて町では私の料理が評判となり、漁業組合の婦人会では料理を習いたいと言ってきてくれる人も現れた。義両親は私のことを「働き者のいいお嫁さんだ」と褒めてくれ、次第に自信を取り戻していった。
実家ではずっと貶められていた。私が家事をするのは当たり前で、文句を言われても感謝などされない。それなのにここでは、みんなが「ありがとう」と笑顔を見せてくれる。シンデレラにでもなったような気分で、私は英作と結婚したことを喜んでいた。
数ヶ月後、漁の繁忙期が終わり、英作と私の結婚式が執り行われた。大勢の招待客が私たちを祝福してくれている中、両親は不機嫌そうにしている。私の結婚式など参加したくなかったのだろう。しかし玉木の代理で来ている以上、無視するわけにもいかず、しぶしぶ参加したのだ。英作が豪華な結婚式を挙げてくれたというのに、「必死に書き集めた金で挙げた結婚式に価値はない」と貶していた。
しかし、その翌日、怒り狂った様子で玉木と両親が自宅に乗り込んできた。前日の結婚式の様子がネットニュースに流れ、英作の正体を知ったという。
「この女は偽物よ。本物の玉木は私。英作さんは騙されてます。」
3人は英作に今すぐ私と離婚し、玉木と再婚するように迫った。英作との結婚を妬んだ私が、玉木を実家に監禁し、両親を脅し、姉のふりをしたという。
「そんなこと、私してないわ。」
「黙りなさい。実の姉を落とし入れるようなことをして、どこまで歪んでるの?」
両親は私が逆らわないと思っているのだろう。私を睨みつけ、「余計なことを言うな」と圧力をかけてくる。
しかし、その様子を見ていた英作は大声で笑い出した。
「最初から知ってますよ。」
豪快に笑い飛ばした英作に、私はあっけに取られてしまった。
「どうして?いつから気づいてたの?」
「迎えに行った時さ。あの時、玄関から出てきたのが君だったから、僕は連れて帰ったんだ。もし姉の玉木だったら、あの場で断るつもりだった。」
英作は、いくら姉妹とはいえ顔立ちの違う2人を見間違うはずがないという。その上、婚姻届を出す時にも戸籍謄本を確認し、私が玉木ではなく妹の真由子だと分かった上で結婚したという。
「経営者としてリスク管理は徹底している。当然、玉木さんのことも調べさせてもらったよ。」
英作はお見合いの席での玉木の傲慢な態度を不審に思い、調査会社を使って家族についても調べたそうだ。その時点で玉木に妹がいることを知り、私が家族からひどい扱いを受けていたことも把握済みだったという。
「近所でも姉妹の扱いが違いすぎるって噂になってましたよ。」
「それは当然じゃない。だって私は両親の大切な娘なんですもの。出来損ないの妹よりもはるかに優れているのよ。」
小さい頃から両親に大事に育てられた玉木は、自分のことを女王様だとでも思っているようだ。
「真由子と結婚してよかった。しばらく一緒に暮らしてみて、心からそう思う。僕は真由子を愛してる。分かったら、部外者は帰ってくれないか?」
英作は堂々と胸を張り、3人の前で私を手放すつもりはないと宣言した。
「何よ、そんな出来損ないのどこがいいっていうの。こうなったら、私たちもここで暮らすわ。真由子だろうが、私たちの娘と結婚したことに変わりないんだ。親には娘と一緒に暮らす権利がある。」
玉木と両親は大きな声でわめき散らし、山川御殿に上がり込もうとした。
「私は英作の妻です。山川家に嫁いだ時、あなたたちとは親子の縁も姉妹の縁も切りました。だからあんたたちは、私の家族じゃない。」
「真由子、よく言った。」
英作の合図と共に、部屋の中に漁師仲間たちが続々と入ってきた。
「真由子さんは俺たちの大事な家族なんだ。もう好き勝手にはさせねえ。」
屈強な男たちが口々に言いながら、玉木と両親を取り押さえていく。そのまま玄関に放り出され、「二度と来るな」と塩を巻かれながら3人は追い出された。
しぶしぶ山川御殿を後にした3人は、とぼとぼと駅まで歩き電車を待っていた。しかし、噂を聞きつけた地元住民に冷たい視線を向けられたそうだ。小さな田舎町では悪い噂ほど早く伝わる。山川御殿の若奥様を虐げたクズ家族として、3人のことが伝えられたのだ。
「こんなことなら、最初から英作との結婚を受け入れておけばよかった」と玉木は悔しがっているだろう。
それにしても、英作はどうして私を選んでくれたのだろうか。偽物だと分かって、どうして結婚してくれたの?
「それは、君がとても優しい人だって分かったからだよ。」
玉木のことを調査している中、英作は何度か実家の近所まで来ていたらしい。その時、道にうずくまっている老婆に声をかける私を目撃したのだ。老婆は急に胸が痛み出したようだが、心臓の薬を持っていないという。私は老婆のスマホを借り、彼女の家族に連絡を取り、薬を持ってきてもらうまでそばを離れなかった。しばらくして老婆の家族が訪れ、無事に回復したのを見届けた私は、急いで家に帰った。
その時の一部始終を英作は見ていたらしい。
「誰でもできることじゃない。君は立派だよ。」
英作に褒められ、私は照れてしまった。
「改めて言うよ。俺は真由子を愛してる。これから先、絶対に真由子に悲しい思いをさせない。」
「ありがとう。」
英作の気持ちが、泣けるほど嬉しかった。
数ヶ月後、玉木からメッセージが送られてきた。
「アメリカの大物投資家にプロポーズされた。これで私の勝ちね。」
玉木は私が英作に選ばれたことがよほど悔しかったのだろう。月に数百億を稼ぐ投資家と結婚すると自慢してきた。相手の男性の名前はデイビスと言うらしく、ご丁寧に顔写真まで送ってくる。デイビスはアメリカに住みながら世界各国を渡り歩いているそうだ。「結婚したら世界中旅行放題だ」と浮かれていた。
数日後、朝食を食べながらニュースを見ていると、国際ロマンス詐欺の容疑で外国人男性が逮捕されたと流れた。驚いたことに、その外国人はデイビスと名乗り、複数の日本人女性から数億円を騙し取っていたという。外国人男性は「国の文化として、結婚する女性から保証金を支払ってもらう必要がある」と説明し、金を騙し取っていた。片言の日本語で「愛してる。早く結婚したい」と言い、女性たちを騙していたそうだ。
同じデイビスという名前は気になったが、まさか玉木の婚約者ではないだろう。そう思っていたのだが、その日の夜、玉木と両親が自宅を尋ねてきた。
「お願い。少しでいいからお金を貸して。」
玉木は逮捕された自称デイビスに、結婚の保証金を払ってしまったらしい。
「だけど、そんなお金、一体どうしたの?」
「家の貯金を使ったのよ。玉木が幸せになるためならって。」
玉木は両親の貯金を全て使い、それでも足らずに借金まで抱えたらしい。それなのに相手が詐欺で逮捕されたとニュースで知り、警察署へ被害を訴えたそうだ。しかし、逮捕された外国人は組織の末端にいる実行犯で、被害者から騙し取った金はすでに海外送金されているという。日本で裁判にかけられ、その後母国へ強制送還されるそうだが、渡してしまったお金を取り戻すのは難しいと言われたそうだ。
「頼む。このままでは借金の保証人になった俺たちまで、路頭に迷うことになるんだ。」
3人は借金の肩代わりをして欲しいと頼んできた。
「悪いけど、親でも姉妹でもないあなたたちを助ける義理はないわ。」
「これまで育ててやった恩を忘れたのか?」
「育ててもらったことに間違いはない。でも、その代価はすでに払っているわ。どうしても助けろって言うなら、これまで姉さんが使ってた私のお金を先に返してちょうだい。」
「あんた、一体何様のつもりよ。」
玉木が叫んだ直後、英作が現れた。
「これ以上騒ぐなら、警察を呼べますよ。」
英作の後ろには漁師仲間たちが睨みを利かせている。その圧力に耐えられなくなった3人は、すごすごと帰って行った。
その後、3人は高額の借金の返済に追われ、夜逃げを繰り返しながら地方を点々としているらしい。両親は玉木に仕事をさせようとしたようだが、36年間働いたことがない彼女を雇ってくれるところは見つからず、「この際、誰でもいいから結婚しろ」と迫っているようだ。
私はと言うと、今は嫌な家族から完全に解放され、ようやく自分の人生を歩き始めた。英作は変わらず私を愛してくれている。優しい義両親と賑やかな仲間たちに囲まれ、海が見える漁師町で穏やかな日々を過ごしていると、これまでのことが嘘のようにも感じ、私は幸せを噛みしめている。
漁業組合の婦人会で始めた料理教室は次第に話題を呼び、SNSの投稿にはたくさんのいいねがつくようになった。それを見たテレビ局のディレクターから取材の依頼まで来るようになり、私はこの町でちょっとした有名人になっている。
それもこれも、英作のおかげである。これからも彼を支え、一生添い遂げていこう。そう心に誓いながら、今日も満面の笑みで町を歩いていくのである。


