義母が投げつけた言葉に、私は無言で受け流すことしかできなかった。
「小太郎のおかげで贅沢できるんだから感謝しなさい。この寄生虫嫁目が」
目の前でふんぞり返っている夫の小太郎は、自称・有名漫画家。義両親は息子が年間数億円を稼いでいると信じ込み、私のキャリアを「腰かけ同然」と嘲笑っている。
「息子と3人でハワイに行ってくるわ。あんたは家で指を加えて留守番してなさい」
「わかりました。どうぞ存分に楽しんできてくださいね」
私は微笑んで彼らを見送った。そう、これが最後の家族サービスになるとも知らずに。
彼らがハワイで羽を伸ばしている頃、私は静かにスマホを取り出した。
「あ、もしもし。カードの紛失届をお願いします。ええ、今すぐ止めてください」
さらに手配しておいた業者が自宅に到着し、鍵が次々と交換されていく。数日後、ハワイから浮かれた様子で帰国した3人を待っていたのは、想像を絶する光景だった。
—
私はのり子、30歳。外資系企業Yカンパニーでシニアマネージャーとして働きながら、4歳年上の夫・小太郎と暮らしている。
大学生の時にアメリカへ語学留学した際、今の会社と出会った。Yカンパニーは複数の海外拠点を構える大企業だ。その会社がインターンを募集すると聞き、私はすぐ応募した。CEOは個人の能力を高く評価してくれ、インターンだからといって特別扱いすることもない。その社風に引かれた私は、大学卒業後そのまま就職することにした。インターン時代の実績が考慮され、日本のシニアマネージャーとして働くことになり、年収は2000万を超えた。
小太郎と出会ったのは、私が日本で働き出してすぐの頃だ。仕事で訪れた企業の担当者として現れたのが小太郎だった。当時の彼はコミュニケーションが苦手なようで、こちらから問いかけないと必要な情報も出てこない。仕事の相手としてはどこか頼りない気もしたが、その反面、夢の話になると目を輝かせていた。
「どうして企業で働いているの?」
「そりゃ生活のためだよ。だけど俺は絶対夢を叶える」
現実にもがきながらも自分の夢を追いかける小太郎は、とても魅力的に見えたのだ。それから時々プライベートでも会うようになり、2年ほど経った頃、彼から結婚してほしいと言われた。私は彼との人生を選んだ。
結婚と同時に都内に家を建て、同居生活が始まった。小太郎は毎日真面目に働きながら、創作活動にも力を入れているようで、そんな彼の役に立つならと休日には旅行にも出かけ、夢を応援していた。私たちの結婚生活は穏やかなものだった。小太郎は気が利く方ではないが、私がやることに文句も言わない。外に行くよりも家の中で過ごすことの方が好きだったようだが、アクティブに働きたい私に付き合ってくれた。そんな小太郎の優しさが、私は心地よかった。
しかし、3年前に小太郎が「漫画家に専念する」と宣言して退職して以来、私の生活は大きく変わった。
小太郎は毎日リビングで漫画の描き方動画を視聴して時間を過ごすようになり、生活はあっという間に乱れていった。朝は私が仕事に出かける時間になっても起きてこないことが増え、1日中ソファーでゴロゴロと寝転んでいる。私が仕事に行っている間に食べたもののゴミも放置し、自分が使った食器さえ洗わずにテーブルに残されている。
「食器くらい片付けてよ」
「家事は女の仕事だろ。俺は創作活動で忙しいんだ」
日中ずっと家にいるのに家事の1つも行わず、ただだらだらと過ごす小太郎に、不信感ばかりが募った。
それに加え、小太郎は結婚して以来一度も漫画を完成させていない。創作活動に専念すると言いながら、漫画を書いている気配さえ感じない。家を建てる際、小太郎が創作に専念できるようにと専用の書斎まで用意したのに、使われた形跡すらないのだ。
「漫画は書いてるよ。構想を練っているところだ」
いつ問いかけても「構想が浮かばない」「いいシナリオを考えている最中だ」というばかりで、一向に進展が見られない。
「漫画を書かないなら外で働いたら?」
「そんなことをしたら、漫画を書く時間がなくなるだろう」
仕事もせず、漫画も書かず、紐のようにぶらぶらした生活を送る彼に、私は嫌気が差していた。毎日働きながら家事の全てを行い、家計を支え、その上実家に仕送りまでしているのに、小太郎から感謝されることもない。これなら1人で暮らしている方がマシだと、何度思ったことか。そんな生活が1年も続くと、我慢も限界に達していた。
ある日、仕事から帰ると、小太郎はリビングのソファーでいびきをかいて寝ていた。床には彼が見ていたであろうタブレットが転がっている。どうやらまたくだらない動画を見ながら寝落ちしたようだ。
「いい加減にしなさいよ!」
私の怒鳴り声に、小太郎は驚いた様子で飛び起きた。
「漫画も書かずに1日中だらだら過ごして。そんなことなら外で働きなさい」
「なんだよ。ちょっと寝ちゃっただけじゃないか」
「毎日毎日くだらない動画ばかり見て。本気で漫画家になりたいなら作品を書いて編集者に持ち込みなさいよ」
小太郎が働かないことが気に入らないのではない。私は彼が夢を口にしながらニート生活を送ることが許せなかったのだ。
「くだらない動画なんかじゃない。これはちゃんとした創作活動だ」
「漫画も書かずに何が創作活動よ。ただだらだら過ごしているだけじゃない」
「うるさい。俺の創作活動の邪魔をするな」
小太郎は逆切れし始めた。私に本当のことを言われ、何も言い返せなくなってしまったのだろう。その後は話をそらすように私に暴言を浴びせ、部屋にこもってしまった。
その翌日、義母からクレームの電話がかかってきた。どうやら小太郎が愚痴をこぼしたらしい。
「小太郎のおかげで贅沢な暮らしができてるっていうのに、何の感謝もせずに文句ばかり。あなたは嫁としても自覚が足りないわ」
小太郎は義両親に対して、SNSで話題の有名漫画家のペンネームを出し、さも自分が書いた作品のように振る舞っていた。漫画など1作も書いていないのに、義両親への見栄のため「これは俺の別名義だ」と言い、年間数億円稼いでいると虚言していたのだ。
「私は自分の収入で生活しています。夫婦なんですから、お互いに指摘し合って何が問題なんですか?」
「お黙りなさい。あなたの仕事なんて腰かけ同然みたいなものでしょ。あなたが小太郎の収入で贅沢三昧しているって、ちゃんと聞いてるんですからね」
小太郎は義両親に事実をねじまげて伝えているらしい。真実は、私の収入に頼り贅沢三昧をしているのは小太郎の方だというのに。義両親は彼の言葉を信じて疑わなかった。無理もない。小さな町で働き、昔から苦労してきた義両親にとって、自称有名漫画家の小太郎は唯一の誇りなのだ。義実家への仕送りも小太郎の名前で振り込んでいるため、私が送金しているとは夢にも思っていないのだろう。
小太郎の嘘とはいえ、義父がそれを活力に頑張っていると思うと真実を明かすこともできず、私は何も言わずに過ごしてきた。今思えば、それが間違っていたのかもしれない。
小太郎は嘘に嘘を重ね、私のカードで義両親に大盤振る舞いをするようになり、それと同時に義母の嫌がらせが始まった。義母は顔を合わせるたび、私のことを「天才息子に吸いつく蛭」などと罵って嫌味を言ってくる。私の仕事を説明しても、そもそも横文字に弱い義母には理解できないようで、「シニアマネージャーだかなんだか知らないけど、初級事務員でしょ」と言い放つ。息子が可愛いのは理解できるが、だからといって必要以上に嫌がらせを受ける覚えもない。しかし、間もなく還暦を迎える義母に向きになって言い返すのもどうかと思い、私はあえて何も言わなかった。
ある日、仕事から帰ると、リビングから小太郎と義母の話し声が聞こえてきた。
「私の息子が今や大人気の漫画家だなんて、本当に鼻が高いわ」
「こんな程度で満足しちゃだめだ。俺はもっと有名になるからな」
「さすが小太郎ね」
小太郎と義母は相変わらず嘘の話に花を咲かせているようだ。私は呆れながらリビングの扉を開けた。
「息子が稼いだお金で、よくそんな高い服が着られるわね」
仕事から帰った私を見るなり、義母は軽蔑そうに眉をひそめ、睨みつけてきた。
「仕事上必要なことなので」
「大した仕事もしてないくせに、格好をつけるだけ無駄よ」
義母は私がつけているアクセサリーにも目を光らせ、「無駄遣いだ」と非難した。
「あなたの贅沢のために小太郎が稼いでいるんじゃないのよ。ちょっとは身の程をわきまえなさい」
義母に叱られている私を見て、小太郎は嬉しそうに笑っている。真実を明かさないまでも、せめて妻をかばって義母を止めることくらいできないのだろうか。私は小太郎の人間性さえ信じられなくなっていた。
それに加え、義母は私の私物が気に入ると「これは元々私のもの」と身勝手な理屈を持ち出し、無断で持ち帰ってしまう。気分のいいことではないが、それでも私は何も言わなかった。この時すでに、私は小太郎との離婚を決意し、密かに準備を進めていたのだ。
終わりが見えているのに、無駄な争いをするだけ無駄というもの。義母や小太郎に腹が立たないわけではなかったが、私は沈黙を守り続けた。
その数日後、私は出張で3日間家を開けることになった。数日間とはいえ小太郎から離れられると思うと、心なしか背中が軽い。小太郎の存在が私の重荷になっていると実感した私は、離婚を決めて正解だったと改めて思った。
仕事は順調に進み、予定よりも早く終わってしまった。1人の休暇を楽しもうかとも思ったが、家の中はきっと荒れ放題なのだろうと思うと、ゆっくりもしていられない。不本意ではあるが、私は1日早く自宅に戻ることにした。
家に帰ると、リビングから小太郎と女性の声が聞こえてきた。聞き覚えのないその声に、嫌悪感が湧き起こる。どうやら私が留守の間に、小太郎が女性を連れ込んだようだ。
部屋のドアを開けると、小太郎は驚いた顔を見せた。
「帰ってくるのは明日じゃなかったのか」
「仕事が早く終わったのよ。それより、どなた?」
私の姿を見た女性はとっさに小太郎から離れ、「彼から招待された」と答えた。小太郎は有名漫画家だと偽り、SNSで女性を誘ったようだ。
「そう、残念ね。この人、無職で貯金ゼロよ」
女性は小太郎の言葉を信じ、有名人と仲良くなれると思ったのだろう。「嘘つき」と罵り、がっかりした様子で帰って行った。
「なんでばらすんだよ」
「あら、本当のことじゃない。嘘ついて誘って、後で訴えられたらどうするの? それよりよく平気な顔で堂々と浮気ができるわね」
「うるさい。これも創作活動の一環だ」
小太郎は「創作活動」と言えば何でも許されるとでも思っているのだろうか。私がいなければ食べていくことすらできないのに、少しも悪びれることなく浮気までしている。
「創作活動だって言うなら、きっといい漫画が書けるんでしょうね」
「お前が邪魔したから書きも失せた。責任取れ」
「そういうセリフは、これまでちゃんと作品を書いている人が言うのよ。あなた、何か作品出してたっけ?」
小太郎はいつまで自分の嘘に酔い続けるのか。有名漫画家の名語り、周囲からちやほやされる。自分が本当に有名になった気になっているのだ。
「いい加減、嘘つくのやめたら?」
「うるさい。俺は時期に有名になるんだ」
「作品も作らず、できるわけないでしょ。中学生じゃないんだから。いい加減、現実を見たらどう?」
私に詰め寄り、小太郎は逆切れして怒鳴り始めた。しかし、私は相手をする気にもならなかった。小太郎と離婚した後の新居も決まり、家具や家電も買い揃えた。あとはそれらが搬入されるのを待つだけだ。もうすぐ小太郎と離婚できると思うと、彼の怒りに応じるだけ馬鹿らしかった。
しかし、小太郎の気は収まらなかったようだ。翌日、義両親が顔を真っ赤にして乗り込んできた。
「小太郎の大事なアシスタントを追い出したそうじゃないの」
どうやら小太郎は下心で呼び寄せた女性のことを「アシスタント」と偽ったらしい。
「そのせいで連載までなくなって、小太郎の人気が落ちたらどう責任取るつもり?」
「連載ですか?」
私は呆れて、何も言葉が出てこなかった。
「小太郎のアシスタントに焼きもち焼いてる暇があるなら、ちょっとは夫のために尽くしたらどうなの?」
「十分尽くしてるはずですが」
「なんて図々しい。よくもそんなことが言えるわね」
義両親は私の言い分も聞かず、一方的に怒鳴りまくっている。
「いいか。二度と天才の邪魔をするんじゃないよ」
小太郎が語っている有名漫画家は複数の作品を世に送り出し、連日国内外を飛び回っているのに、社会の情報に疎い義両親は、彼が家にずっといることにも疑問が湧かないらしい。嘘を突き通している小太郎にも呆れてしまうが、真実に全く気づかない義両親にも疑念が湧く。義父が同僚からサインを頼まれても「個人的な要求は全部断っている」と言い訳し、原画すら見せたことがない小太郎のことを、どうしてこれほどまでに信じていられるのか。義両親の主張を聞きながら、疑問ばかりが頭に浮かんでいた。
「今度小太郎の足を引っ張ったら、離婚させるからね」
義両親に怒鳴られる私を、小太郎はニタニタと笑いながら見つめている。私が真実を告白したら窮地に追い込まれるのは自分だということにも気づいていないのだろうか。それとも、私が絶対に秘密をばらさないと高をくくっているのか。小太郎の真意を探ったが、理解などできるわけがなかった。
1ヶ月後、改めて義両親が訪ねてくると、小太郎は宣言した。
「日頃の感謝を込めて、父さんと母さんをハワイ旅行に招待するよ」
「まあ、それは嬉しいわ。だけどお金は大丈夫なの? ほら、連載も止められたって言ってたでしょ」
「それなら大丈夫だよ。実は単行本の重版が決定してね、ボーナスが数千万円入ることになってるんだ」
小太郎はありもしない話を、まるで本当の話のように語っている。その話を義両親は満面の笑みで聞いているのだ。
「息子の邪魔をした罰よ。寄生虫妻は家で留守番してなさい」
「わかりました」
義母に留守番を言いつけられ、私はほっとしていた。これで行動が開始できる。私は3人が不在にしている間に、家を出ていくことにしたのだ。
数日後、小太郎と義両親は嬉しそうにハワイへと旅立っていった。それを見届けた私は、すぐさま小太郎に持たせていた家族カードを紛失したことにして利用を停止にした。その後、自宅の鍵を交換し、法人として賃貸する契約を完了させた。以前より計画を進めていたおかげで、その日のうちに別の外国人家族が入居することになったのだ。引っ越し業者に私の荷物を新居へと運び込みも済ませた。小太郎の荷物は最低限の衣類と漫画道具を箱に詰め、玄関先に放置し、その他の不要なものに関しては管理会社に処分を委託して、私の壮大な家出が完了した。
その頃、ハワイに到着した3人は、免税店で買い物を楽しんでいたらしい。しかし、クレジットカードの決済ができず、驚いたことだろう。小太郎から私の携帯に電話がかかってきていたが、私はその全てを無視した。
その後、宿泊先のホテルへと向かった3人だが、そこでも決済ができず、部屋に入れてもらえなかったらしい。義両親はお土産代にとわずかな現金を所持していたようだが、とても払える金額ではなく、3人は公園での野宿を余儀なくされたのだとか。
その現状を、義母は私が嫌がらせをしたと思ったようだ。私のLINEには鬼のようなメッセージが何度も送られてきた。しかし、私は一切相手にせず、シカトを貫いた。
ハワイまで行ったのに、ホテルにも泊まれず、食事代も1人分しか出せない。日本に帰国したくても、チケットを買うこともできない。極限状態に追い込まれた義母は「小太郎の実力を見せてやりなさい」と息子を煽り、路上で肖像画を描いて収入を得ようとしたのだとか。しかし、小太郎は落書き程度の絵しか描けない。これまで創作活動と称してアニメ動画ばかり眺めてはいたが、お手本があっても同じように描くことすらできないのだ。それでもずっと嘘を突き通してきた手前、「できない」とも言えず、渋々肖像画を描き始めたのだとか。
案の定、小太郎の肖像画はあまりに下手すぎて、誰からも相手にされなかった。
「今日は調子が悪いみたいだ。得意な漫画の絵を書いたら、きっと売れるわよ」
義母は小太郎の下手な絵を見ても、まだ彼の嘘に気づかなかったらしい。
「あれは商品として登録されたものだから、むやみに書くわけにいかないんだよ」
「こんな時に何を言ってるの? あなたがいまの頼りなのよ。編集者だってきっと分かってくれるわよ」
義母に煽られ、後に引けなくなった小太郎は、半泣き状態で絵を描いたらしい。その絵を、義両親は「息子は日本で有名な漫画家だ。この絵は将来何百万にもなる」と叫びながら、通行人に押し売りしようとしたそうだ。しかし、絵を見た通行人は首を横に振り、嘲笑して去っていった。
小太郎が名乗っている有名漫画家は海外でも知られており、彼の作品はすでに翻訳され、海外出版を果たしている。そのため、小太郎がどれだけ「彼だ」と言い張っても、誰も信用しなかったのだ。
3人の必死な様子は、偶然ハワイを訪れていた日本人観光客により撮影され、SNS上で動画が拡散された。「日本人の恥」とされ、小太郎たちの醜態が露呈したのだ。
その後、空腹に耐えかねた3人はレストランで食い逃げを図ったらしい。しかし、現地の屈強な男たちに阻まれ、会えなく警察に引き渡されたそうだ。3人の醜態は日本国内でも大きく報じられた。「ハワイで日本人3人が食い逃げ」「自称漫画家一家を逮捕」と、連行される小太郎たちの姿が映し出されていた。
しかし、そんな3人にも救いの手が現れたようだ。厳重注意を受け、放免された3人の前に、1人の日本人ビジネスマンが声をかけてきて、帰国費用と当座の生活費を貸してくれるという。絶望的な状況に陥っていた小太郎たちは、その話に飛びついたのだとか。
ボロボロになりながらどうにか帰国した3人は、怒り心頭で自宅へと急いだ。しかし、自宅の鍵はすでに交換済み。門を開けるためのパスワードも通じない。
「くそ。一体どうなっているんだ?」
「きっとあの女が何かしたのよ。電話にも出ないで、このまま私たちを見殺しにするつもりだわ」
小太郎は門をよじ登り、玄関のドアを激しく叩いた。しかし、誰も応答しないことに腹を立てた小太郎は、窓を割って侵入しようとしたようだ。
その直後、部屋の中から、小太郎の倍の体格をした外国人男性が現れた。
「お前、誰だ?」
驚く小太郎を、外国人はあっさり取り押さえたのだとか。無理もない。家に住む外国人家族の父親は空手の有段者なのだ。その後、外国人家族によって警察に通報され、小太郎と義両親の身柄は拘束された。
「くそ。ここは俺の家だ」
「そうよ。不法侵入はあの外国人たちの方よ」
小太郎と義両親は必死に無実を訴えている。
「いいえ、その家はそちらのご家族にお貸ししました」
私が現れると、3人は驚いた顔を見せた。
「管理会社から連絡を受けて来てみたら、随分乱暴なことをしたのね」
「今までなんで電話に出なかった? この役立たず。さっさと私たちを解放するように説明しなさい」
小太郎と義両親は、自分たちの立場も考えず、私を罵倒した。
「よくそんな強気でいられるわね」
「どういう意味よ?」
「この際だから、本当のことをお伝えします」
私は義両親に対し、小太郎は漫画家などではないと告げた。
「嘘だ。そんな出たらめを信じるな」
義両親に真実を明かされたくない小太郎は、話を妨害しようと必死だった。
「小太郎が名乗っていた漫画家は、昨日テレビの生放送に顔出し出演していたわ」
「そんなはずはないわ。だって昨日は…」
「小太郎は偽物なんです。彼の絵を見たでしょう。有名な漫画家があんな下手な絵を書くわけがありません」
義両親はハワイで1枚も絵が売れなかったことを思い出し、小太郎に疑念を持ったようだ。
「一体どういうことなの?」
「嘘だ。この女のせいで俺たちはひどい目にあったんだ」
「本当に呆れた人ね。私は自分名義の納税証明書と、小太郎の非課税証明書を取り出した。これまで家計の全てを負担してきたのは私です。小太郎は無職の無収入。これが何よりの証拠です」
義両親は「信じられない」と驚愕しながら、書類を食い入るように見つめている。
「この家を建てたのも、家計を支えていたのも、全て私です」
「それじゃあ…」
「仕送りも私が振り込んでいました」
私は口座の振り込み記録を見せた。義両親はこれまで小太郎に騙されていたことを知り、顔を青ざめさせた。
「信じるな。この女は俺たちの破滅を喜んでるんだ」
「いい加減、正直になったらどうなの? あなたはニート。これまでずっと私の収入に依存して好き勝手してきたんだから。もう十分楽しんだでしょ」
小太郎はあくまで自分は有名漫画家だと言い張っている。しかし、私が提示した書類が小太郎の嘘を証明していたのだ。真実を知り、義両親はその場に唸ってしまった。
「よくもばらしたな」
「嘘を突き通して、いいことなんて何もないわ」
小太郎は私を睨みつけていた。その後、警察から解放された3人は、顔を隠し、背中を丸めながら義実家へと帰っていった。
しかし、事態はこれだけで終わらなかった。ハワイでの一連の動画を見た本物の漫画家が、「自分の名前を勝手に使い、名誉を傷つけられた」と激怒したのだ。漫画家は記者会見を開き、「信用を守るため」と小太郎を告訴すると訴えた。その後、本当に訴えられた小太郎は警察に身柄を拘束され、詐欺未遂、著作権法違反に問われることとなった。警察署でも小太郎は自分は漫画家だと言い張っているらしい。しかし、有名漫画家の名を語っていたことは明らかで、罪を免がれることはなかった。
その後の裁判で、小太郎には執行猶予付きの懲役刑が言い渡され、同時に数百万の損害賠償の支払いが命じられた。しかし、無職で支払い能力のない小太郎は、釈放されたその日のうちに私に泣きついてきた。
「頼む。このままじゃ俺の人生が終わってしまう」
「それが私に何の関係があるの?」
「俺たちは夫婦だろう。助け合うのは当然だ」
追い込まれたからと言って、「夫婦だから助けろ」とは身の程知らずにもほどがある。自業自得でしょ。
「あなたとの婚姻関係はすでに破綻してる。だから助ける義理はないわ。それより、離婚届にサインして、慰謝料もお願いね」
私は冷たく言い放ち、離婚届を突きつけた。
「そうだ。離婚するなら財産分与があるはずだ」
小太郎は離婚に応じれば財産分与を受けられると思っているようだが、そんな都合のいい話はない。
「財産分与っていうのは、夫婦で協力して得た収入を分けるってことよ。あなたは仕事はおろか、家事もしなかったじゃない。ニートの夫に支払う義務はないのよ」
私からの財産分与を受けられないと知り、小太郎は大きく肩を落とし、帰っていった。その後、義両親に泣きつき、「これからは3人で協力して生きていこう」と誓ったそうだ。
しかし、その直後、義父は務めていた工場を解雇されてしまった。義父が務める工場は、私の親戚が経営する会社との取引で成り立っている。工場にとって、親戚の会社は売上の8割を占める最重要取引先なのだ。親戚はハワイでの醜態に加え、小太郎が有罪判決を受けたことを知り、工場側に取引停止を申し渡していた。コンプライアンス違反の社員がいる会社とは取引を見直す、と連絡を受けた工場は、会社の存続のため義父を解雇したというわけだ。
当然のことながら、それまで私が送金していたお金も停止し、義実家の生活はたちまち立ち行かなくなった。家賃が支払えなくなった義家族は、数ヶ月後、差し押さえの末に強制退去させられたらしい。わずかな貯金を使い安アパートに身を寄せた3人だが、義両親は「お前のせいで最悪だ」と連日小太郎のことを責めまくっているそうだ。
小太郎は成りすましによる損害賠償と私への慰謝料に加え、ハワイで支援してくれた日本人への返済という巨額の負債を背負ってしまった。どうやら3人を支援したのは氷結師だったようで、連日厳しい取立てに合っているのだとか。かつての自称天才は、日雇い労働で借金を返済し続ける過酷な生活へと転落していった。
その後、私は弁護士を立て、小太郎との離婚を成立させた。自由な独身生活を取り戻し、私は解放感に包まれている。仕事や趣味を通して誘ってくる男性も大勢いるが、もうしばらくは独身の気楽さを味わいたい。いつか1人に飽きたら、誰かと再婚するのもいいのかもしれないが、それまでは仕事を優先して、私の時間を楽しむこととしよう。



