「お母さんは距離も関係も遠いおばあちゃんだから。」
嫁のかおりさんの口から出たその言葉に、えみ子さんの心は一瞬で凍りつきました。68歳の高野えみ子さんは、38年間保育士として働き、5年前に夫を亡くしてからは一人暮らしをしています。
数週間前、息子の大輔さんからの電話にえみ子さんの心は躍りました。
「母さん、今度、洋太と美沙に会いに来ない?」
7歳の洋太君と4歳のみさちゃん。可愛い孫たちとの久しぶりの再会です。えみ子さんは徹夜で、洋太君には恐竜のセーターを、みさちゃんには花柄のカーディガンを編み上げました。保育士として、子どもたちのために手作りすることが何よりの喜びだったのです。
ようやく家族の時間が戻ってきた。そう信じて新幹線に乗ったえみ子さんでしたが、まさか息子夫婦の家で、これほど冷たい現実が待っているとは思いもしませんでした。
えみ子さんとかおりさんの関係は、最初からこのようなものではありませんでした。8年前、大輔さんがかおりさんを紹介してくれた時のことを、えみ子さんは今でも鮮明に覚えています。
「お母さん、保育士さんだったなんて素敵です。私、子供の頃から保育園の先生に憧れていたんです。」
当時31歳だったかおりさんはそう言ってえみ子さんの手を握り、心から尊敬しているような眼差しを向けてくれました。結婚式の準備ではえみ子さんに何度も相談を持ちかけ、新婚旅行のお土産選びまで一緒に悩んでくれたものです。
そして1年後、洋太君が生まれた時のことです。かおりさんは産後の疲れた体でえみ子さんに電話をかけてきました。
「お母さん、どうしよう。洋太が泣き止まないんです。保育士さんだったお母さんなら何かコツを知ってるかと思って。」
えみ子さんはすぐに息子夫婦のマンションに駆けつけ、3日間泊まり込みでかおりさんの育児を手伝いました。夜中の授乳、おむつ替え、そしてかおりさんの体調管理まで、38年間の保育士経験を総動員して支えたのです。
「お母さんがいてくれて本当に良かった。この子の育児、私1人じゃ無理でした。」
涙を流して感謝するかおりさんを見て、えみ子さんは心から嬉しく思いました。その後も洋太君の夜泣きが続いた時期には週末ごとに手伝いに通い、離乳食のレシピを教え、保育園選びの相談に乗りました。経済的な援助も惜しみませんでした。新婚当初のマンション購入では頭金として500万円を援助し、洋太君の保育園入園金に20万円。みさちゃんが生まれた時のベビー用品一式、そして洋太君のランドセル代まで。えみ子さんは夫が残してくれた遺産と自分の退職金を、まるで自分の娘のようにかおりさんたちに注いでいたのです。
「お母さん、いつもありがとうございます。私たち、お母さんがいなかったらやっていけません。」
かおりさんの言葉は本心のように聞こえ、えみ子さんも「家族なんだから当然よ」と微笑んで答えていたのです。
しかし、変化の兆しは約5年前のコロナ禍から始まりました。
「お母さん、申し訳ないんですが、しばらく訪問を控えていただけませんか? 子どもたちが感染したら困りますので。」
かおりさんからの電話は以前の温かさを失い、どこかよそよそしいものになっていました。えみ子さんは理解を示しました。確かに小さな子どもたちの安全が最優先です。しかしその頃からかおりさんの態度は明らかに変わっていました。月に1度は必ずあった電話も、えみ子さんからかけなければ連絡が取れなくなりました。そして電話に出ても、かおりさんの声は機械的で冷たいものでした。
「忙しいので、今度にしてください。」
「子どもたちは手がかかって大変なんです。」
「また今度、時間がある時に。」
その度に息子の大輔さんが仲裁に入ります。
「母さん、香里も大変だから。子育てと家事で神経質になってるんだ。」
優しい息子はいつも妻をかばい、えみ子さんに我慢を求めました。保育士として多くの母親を見てきたえみ子さんには、かおりさんの変化の理由は分かっていました。しかし、家族の平和のために、えみ子さんは何も言わずに距離を置くことにしたのです。
そして今回、久しぶりにかかってきた大輔さんからの電話でした。
「母さん、今度、洋太と美沙に会いに来ないか。香里も久しぶりに母さんに会いたがってるよ。」
えみ子さんの心は躍りました。ようやく関係が修復されるのかもしれない。そう信じて、えみ子さんは丁寧に準備を整えました。
ところが、約束の日に息子夫婦のマンションを訪れたえみ子さんを待っていたのは、想像を絶する冷たい扱いでした。玄関に現れたかおりさんの表情は、明らかに迷惑そうでした。
「あ、来ちゃったんですね。コロナ大丈夫ですか? まさか熱とかないですよね。」
言い方は、まるでえみ子さんが病原菌を運んでくる厄介者であるかのようでした。
「もちろん大丈夫よ。検温もしてきたし、手指消毒もしてきたわ。」
えみ子さんが答えると、かおりさんは露骨に嫌そうな顔をしました。
「ま、とりあえず上がってください。でも、子どもたちに触る前にしっかり手を洗ってくださいね。」
リビングに通されても、かおりさんの態度は変わりませんでした。えみ子さんが差し出した手編みのセーターを見ても、「ありがとうございます」という言葉すらありません。そして決定的だったのは、洋太君とみさちゃんがえみ子さんに駆け寄ってきた時でした。
「バーバ!」
無邪気に抱きつこうとする孫たちを、かおりさんは静止したのです。
「陽太、美沙、ちょっと待って。まず手を消毒してから触ってね。それと、あまり長時間はダメよ。」
保育士として38年間、何千人もの子どもたちと接してきたえみ子さんにとって、この扱いは屈辱的でした。まるで自分が病原体であるかのようなかおりさんの態度に、えみ子さんの心は深く傷ついたのです。
えみ子さんがかおりさんの冷たい態度に困惑していると、突然玄関のチャイムが鳴りました。
「あ、ママが来た。」
かおりさんの表情が一変します。先ほどまでの冷たい仮面が外れ、まるで別人のような明るい笑顔になったのです。
「ママ、お疲れ様。」
玄関から響く元気な声と共に現れたのは、かおりさんの実母である佐藤洋子さんでした。62歳の洋子さんは、えみ子さんより6歳年下で、元銀行員らしいきりっとした印象の女性です。
「香織ちゃん、今日は義理のお母さんも来てるのね。」
洋子さんはえみ子さんに軽く会釈をすると、すぐにかおりさんとの会話に夢中になりました。
「洋太君、美沙ちゃん、ばーばよ。」
洋子さんが手を広げると、洋太君とみさちゃんは迷うことなく駆け寄っていきます。先ほどえみ子さんには「消毒してから」と静止したかおりさんが、今度は何も言いません。
「うちの母は週3回も来てくれてるので、子どもたちも慣れてるんです。」
かおりさんの説明に、えみ子さんは愕然としました。週3回。自分は2年間もほとんど会えずにいたのに、洋子さんは頻繁に孫たちと触れ合っていたのです。
「でも、義理のお母さんも、遠いところから大変でしたね。」
洋子さんの言葉は表面的には気遣いを示していましたが、その口調には「たまにしか来ない人」というニュアンスがありました。
「おばあちゃん、昨日も来てくれたよね。お菓子持ってきてくれた。」
洋太君の無邪気な言葉に、えみ子さんの心はさらに沈みました。昨日も来ていた。つまり、コロナを理由に自分を遠ざけていた間も、洋子さんは自由に孫たちと会っていたのです。
「そうそう。この前の日曜日は動物園に行ったのよ。洋太君がライオンを見て大興奮だったのよね。」
洋子さんの楽しそうな話に、かおりさんも嬉しそうに相槌を打ちます。えみ子さんは心の中でつぶやきました。私は感染源で、かおりさんのお母さんは安全。そういうことなのね。
昼食の時間になると、かおりさんの差別的な扱いはさらに露骨になりました。洋子さんの前には手作りの天ぷら定食が並べられます。エビ天、なす天、かぼちゃ天、そして炊きたてのご飯と具だくさんの味噌汁。明らかに時間をかけて準備された心のこもった食事です。一方、えみ子さんの前に置かれたのは、コンビニの幕の内弁当でした。
「お母さんは薄味がお好みでしょう。そのお弁当、塩分控えめって書いてありましたし。体にいいと思って。」
かおりさんの説明は、理屈として筋が通っているように聞こえます。しかしえみ子さんには、言い訳にしか聞こえませんでした。38年間の保育士経験で培った人間観察力が、かおりさんの本音を見抜いていたのです。
「なんでバーバのお弁当、違うの?」
洋太君の純粋な疑問に、その場の空気が一瞬凍りつきました。大輔さんは慌てたように咳払いをし、かおりさんは作り笑いを浮かべます。
「陽太、そんなこと聞いちゃダメよ。おばあちゃんはお弁当が好きなのよね。」
かおりさんはえみ子さんに同意を求めるような視線を向けました。えみ子さんは微笑みながら頷きましたが、心の中では涙が溢れそうでした。
「そうよ、洋太君。おばあちゃんはお弁当で十分よ。」
大輔さんは終始無言でした。自分の母親が明らかに差別的な扱いを受けているのに、何も言おうとしません。妻に逆らうことを恐れているのか、それとも気づいていないふりをしているのか。いずれにしても、えみ子さんにとっては息子の沈黙が一番辛いものでした。
食事中、洋子さんとかおりさんは楽しそうに会話を続けます。みさちゃんの習い事の話、洋太君の小学校での出来事、近所のママ友の噂話。まるでえみ子さんがいないかのように、二人だけの世界で盛り上がっていました。
「あ、そうそう。来週のみさちゃんの発表会、ママも来てくれるんだよね。」
「もちろんよ。孫の晴れ姿を見逃すわけにはいかないわ。」
えみ子さんは初めて発表会のことを知りました。招待されなかっただけでなく、誰も教えてくれなかったのです。
食後、えみ子さんが少し体調の悪さを感じて洗面所に向かおうとした時、廊下で聞こえてきたかおりさんと洋子さんの会話が、えみ子さんの心に致命的な傷を与えました。
「で、香織ちゃん、大変ね。義理のお母さんも来る度に気を遣うでしょう。」
「そうなんだよね。ママと違って、何というか、距離感が分からないというか。」
「分かるわ。私たちの時代とは違うものね。今の義理の親って、遠慮が足りないのよ。」
「うんうん。ママは私たちの生活を理解してくれるけど、あちらのお母さんは昔の感覚のままで。」
えみ子さんは立ち尽くしました。昔の感覚。遠慮が足りない。距離感が分からない。これが38年間、子どもたちのために尽くしてきた自分への評価なのでしょうか。洗面所で自分の顔を見つめながら、えみ子さんは心の中でつぶやきました。私は邪魔な存在なのね。コロナは後付けで、本音は最初から来て欲しくなかったのね。
リビングに戻ると、決定的な瞬間が待っていました。みさちゃんがえみ子さんに近づいてきて、手編みのカーディガンを触ろうとした時のことです。
「美沙、ダメよ。お母さんは、距離も関係も遠いおばあちゃんだから。」
かおりさんの言葉に、みさちゃんは困惑した表情を浮かべました。
「でも、バーバでしょう。」
「そうね。でも、近いバーバと遠いバーバがいるのよ。美沙は近いバーバの方がいいでしょう。」
その瞬間、えみ子さんの中で何かが音を立てて崩れました。38年間、何千人もの子どもたちを見てきたえみ子さんには分かりました。みさちゃんの混乱した表情、洋太君の戸惑った様子。子どもたちは大人の理不尽な区別に困惑しているのです。この子たちには何の罪もない。でも大人の都合で、そこに序列をつけられている。えみ子さんは静かに立ち上がりました。
「そろそろ、おいとまさせていただきますね。」
「あ、そうですか。お疲れ様でした。」
かおりさんの返事は、まるで厄介な客が帰ってくれてほっとしているかのようでした。玄関まで見送りに来たのは大輔さんだけで、かおりさんは洋子さんとのおしゃべりを続けていました。
帰りの電車で、えみ子さんは窓に映る自分の顔を見つめながら、静かな決意を固めていました。もう十分よ、かおりさん。あなたのゲームには、もう付き合わない。電車が夕日の中を走る中、えみ子さんの心には、保育士として培った冷静な観察眼と、母親としての尊厳を守る決意が静かに燃えていたのです。
息子夫婦の家から戻ったえみ子さんは、一人暮らしの静かな家で深いため息をつきました。玄関に置かれた手作りのお手玉セットは、結局渡すことができませんでした。38年間保育士をやってきて、人を見る目だけは自信があったのに。えみ子さんは今のテーブルに座り、今日の出来事を冷静に振り返り始めました。保育士として、問題のある保護者と向き合う時、必ず最初にすることがありました。それは感情的にならずに事実を整理することです。
まず、事実を確認しましょう。えみ子さんは押入れの奥から古いファイルを取り出しました。そこには、これまでかおりさんたちに援助してきた全ての記録が丁寧に保管されていました。マンション購入時の頭金500万円。銀行振り込みの控えと大輔さんからの領収書も残っています。洋太君の保育園入園金20万円。みさちゃんの出産祝いとベビー用品30万円。洋太君のランドセル代8万円。その他、誕生日やクリスマスのプレゼント、七五三の着物代、習い事の月謝サポートなど、細かく記録された援助の数々。総額で1000万円近く。えみ子さんは電卓を弾きながら、自分でも驚く金額に目を見張りました。夫の遺産と自分の退職金の大部分が、息子家族のために使われていたのです。
でもお金が惜しいわけじゃない。問題は心よ。えみ子さんは贈与税の申告書も確認しました。税務上も全て適切に処理された、正当な家族への援助でした。しかしその見返りが、今日のような扱いではあまりに悲しい。かおりさんは計算高いタイプね。保育園でも、こういう保護者がいたわ。えみ子さんの脳裏に、保育士時代の記憶が蘇りました。表面的には誠実に振る舞いながら、裏では他の保護者の悪口を言い、先生たちを利用しようとする母親。かおりさんもまさにそのタイプでした。でも今回は、孫たちのためにもこのままではいけない。えみ子さんは、みさちゃんの困惑した表情と洋太君の戸惑った様子を思い出しました。子どもたちは何も悪くありません。むしろ、大人の都合で祖母を区別されることで、健全な家族関係の認識が歪められているのです。
翌日、えみ子さんは行動を開始しました。まずは情報収集です。近所のコミュニティセンターで開催される趣味の教室に参加したえみ子さんは、元同僚の保育士である山田さんと久しぶりに再会しました。
「えみ子さん、息子さんの奥さん、かおりさんでしたっけ? こないだママ友仲間で話題になってたわよ。」
山田さんの言葉に、えみ子さんは耳を済ませました。
「どんな話なの?」
「あの方、よく義理のお母さんの愚痴を言ってるって。古い考えで困るとか、距離感が分からないとか。」
えみ子さんは表情を変えずに相槌を打ちました。
「そうなのね。若い世代は大変ね。」
「まあそうだけど、でもかおりさんの場合、ちょっと露骨すぎるって評判なのよ。実のお母さんとは仲良しなのに、義理のお母さんにはすごく冷たいって。」
続けて、えみ子さんは近所の美容院でも情報を収集しました。担当の美容師さんも、かおりさんのことをよく知っていました。
「あ、あの方ね、佐藤洋子さんの娘さんでしょう。洋子さん、よく娘さんの義理のお母さんの話をされるのよ。」
「どんな話を?」
「娘の義理のお母さんは昔の人だから困るとか、もう少し遠慮してくれればいいのにとか。でも洋子さんご自身も週に3回もお孫さんに会いに行ってるって聞いたけど、ちょっと矛盾してるわよ。」
えみ子さんは静かに微笑みました。そう、遠慮が足りないのね、私は。その夜、えみ子さんは夫の遺影の前に座り、静かに語りかけました。
「あなただったらどうするかしら? でももう分かってるのよ。私がすべきことが。」
えみ子さんは保育士として学んだ重要な原則を思い出していました。問題行動を起こす子供や保護者に対しては、感情的になってはいけない。冷静に、しかし毅然とした態度で対応する。そして適切な境界線を設けることが大切だということを。かおりさんは私をATMのように思っているのね。でもATMにも利用限度額があることを、教えてあげなければ。えみ子さんは机の上に援助記録のファイルを広げ、今後の方針を静かに決めました。もう無条件の援助は終わり。これからは、援助の経緯と感謝を示してもらいましょう。
月曜日の朝、えみ子さんは大輔さんの携帯電話に連絡を入れました。
「大輔、お疲れ様。今度、時間のある時に大切な話があるの。」
「母さん、どうしたの? 改まって。」
「これからの家族のあり方について、きちんと話し合いたいのよ。かおりさんもご一緒に。」
電話の向こうで、大輔さんが戸惑っているのが分かりました。
「何か問題でもあったの?」
「問題ではなく、正義よ。38年間保育士をやってきた母の、最後のお仕事と思ってちょうだい。」
えみ子さんの声は穏やかでしたが、その奥に秘められた決意の強さを、大輔さんも感じ取ったようでした。
「分かった。今度の土曜日はどうかな?」
「ええ、それで結構よ。孫たちのためにも、きちんとした話し合いが必要な時期ね。」
電話を切った後、えみ子さんは深く息を吸いました。いよいよ始まります。38年間の保育士経験を生かした、静かで効果的な「教育」の時間が。
土曜日の午後、えみ子さんは息子夫婦の家を訪れました。今回は手ぶらです。手編みのセーターも、お菓子も、何も持参しませんでした。
「母さん、今日は何の話?」
大輔さんが心配そうに尋ねると、えみ子さんは穏やかに微笑みました。
「大切なお話よ。かおりさんもいいかしら?」
リビングにはかおりさんも座っていましたが、その表情は明らかに警戒心に満ちていました。えみ子さんが大きなファイルを持参していることに気づいているからです。
「では、始めさせていただきますね。」
えみ子さんはテーブルの上にファイルを広げました。その中から銀行の振り込み明細や領収書を、一枚一枚丁寧に並べていきます。
「これは、あなたたちへの援助記録です。マンション購入時の頭金500万円、保育園入園金20万円、ベビー用品代30万円……」
えみ子さんの声は感情を込めず、まるで保育園の保護者会で報告をするかのような事務的な調子でした。
「総額で928万円になります。全て適切に贈与税の申告も済ませてあります。」
かおりさんの顔が青くなりました。大輔さんも驚いた表情を浮かべています。
「母さん、急にそんな話をして……」
「今後の援助について整理が必要だと思いまして。実は昨日、ファイナンシャルプランナーの方に相談したのよ。」
えみ子さんは新しい書類を取り出しました。
「私の老後資金を計算していただいたところ、これ以上の援助は困難という結果が出ました。年金だけでは不安もありますし、介護費用のことも考えなければなりませんから。」
「それは……そうですね。」
かおりさんの声は小さく震えていました。
「そこで、今後は援助を停止させていただくことにしました。もちろん、これまでのことについて返済を求めるわけではありません。家族ですもの。」
えみ子さんは優しく微笑みましたが、その笑顔には冷たさも含まれていました。
「でも母さん、みさの習い事の……」
かおりさんが慌てて口を開きかけると、えみ子さんは静かに手を挙げました。
「かおりさん、先日おっしゃいましたよね。『お母さんは距離も関係も遠いおばあちゃんだ』と。であれば、遠いおばあちゃんが負担すべき責任も、それに応じたものということになりますね。」
かおりさんの顔が真っ赤になりました。自分の言葉が録音されていたのかと思ったのでしょう。
「それは……その時は……言葉の……」
「いえいえ、おっしゃる通りです。私も反省しました。確かに、距離感を間違えていたかもしれません。」
えみ子さんは保育士として問題ある保護者と対応する時の技術を使っていました。相手の言葉を逆手に取り、論理的に追い詰める手法です。その時、玄関から洋太君が学校から帰ってきました。
「ただいま。あ、バーバ!」
洋太君はえみ子さんを見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきました。
「洋太君、お帰りなさい。」
「バーバ、今度の運動会、来る?」
洋太君の無邪気な質問に、かおりさんが慌てて割り込みました。
「陽太、おばあちゃんは忙しいのよ。それより宿題は?」
しかし、えみ子さんは洋太君にしゃがんで目線を合わせました。
「運動会、いつかしら?」
「来週の日曜日。かけっこに出るんだ。」
「それは楽しみね。おばあちゃんも見に行きたいわ。」
かおりさんの表情がこわばりました。
「でも、保護者以外は……」
「大丈夫よ。学校に確認してみますね。祖父母の参観も認められているはずです。」
えみ子さんは立ち上がると、大輔さんに向き直りました。
「大輔、運動会の件、後で詳しく教えてちょうだい。洋太君の頑張ってる姿、是非見たいの。」
「ああ、分かった。」
大輔さんは妻と母親の間で、完全に板挟み状態でした。
その夜、えみ子さんの元に大輔さんから電話がかかってきました。
「母さん、今日は驚いた。でも、香里も反省してるよ。」
「そう、それは良かったわ。でも大輔、私からもお願いがあるの。」
「何?」
「これからは、家族として対等な関係を築きたいの。お金を出すから大切にしてもらうという関係ではなく。母さんは38年間、たくさんの家族を見てきた。健全な家族関係には、お互いの尊重が必要なのよ。」
数日後、えみ子さんは約束通り洋太君の運動会を見に行きました。校庭で洋太君を応援していると、他の祖父母たちとも自然に会話が始まりました。
「お孫さん、元気いっぱいですね。」
「ありがとうございます。保育士をしていたので、子どもたちの成長を見るのが何より嬉しくて。」
「保育士さんだったんですか? それは素晴らしい。」
えみ子さんの周りには、いつの間にか他の祖父母や保護者が集まっていました。自然な魅力と包容力で多くの人を引きつけるえみ子さんの姿を、かおりさんは複雑な表情で見つめていました。
「バーバ、見てた? 1位だったよ。」
かけっこで1位になった洋太君が駆け寄ってくると、えみ子さんは心から嬉しそうに抱きしめました。
「素晴らしかったわ、おばあちゃん。とても誇らしいわよ。」
その光景を見ていたかおりさんの友人が、かおりさんに声をかけました。
「かおりさんのお母さん、素敵な方ね。洋太君も本当に嬉しそう。」
「え、そうですね。」
かおりさんは複雑な表情で答えました。えみ子さんが決して自分を批判せず、むしろ孫たちとの自然な関係を築いている姿を見て、自分の行動がいかに不自然で不適切だったかを理解し始めていたのです。
運動会の帰り道、えみ子さんは洋太君とみさちゃんと一緒に歩きながら、静かな勝利感を味わっていました。復讐は完了しました。しかしそれは、誰かを傷つけるためのものではなく、健全な家族関係を取り戻すためのものだったのです。
あれから1年が経ちました。えみ子さんと息子家族の関係は、根本的に変化しています。
「バーバ、今度の発表会、絶対に来てね。」
洋太君がえみ子さんに電話をかけてくる頻度は、以前よりもむしろ増えています。かおりさんを介さず、直接孫と連絡を取り合う関係が自然に築かれたのです。
「もちろんよ、洋太君。おばあちゃんも楽しみにしてるわ。」
月に1度、えみ子さんは洋太君とみさちゃんを動物園や公園に連れて行くようになりました。これは大輔さんが提案した新しいルールです。家庭での複雑な関係を避け、祖母と孫が純粋に触れ合える時間を作ったのです。
「母さん、いつもありがとう。子どもたちも毎回楽しみにしてるよ。」
大輔さんとの関係も、以前より健全になりました。妻と母親の間で板ばさみになることがなくなり、それぞれと個別に良好な関係を維持できています。かおりさんとの関係は、適切な距離感を保ったものになりました。表面的な礼儀は保たれていますが、以前のような過剰なお世辞や依存はありません。
「お母さん、お疲れ様です。」
「かおりさんも、お疲れ様。子育て大変でしょうけど、頑張ってね。」
短い挨拶程度の関係ですが、お互いに無理をしない分、ストレスも少なくなっています。
えみ子さんは現在、地域の子育て支援ボランティアとして新たな生きがいを見つけています。38年間の保育士経験を生かし、若い親たちの相談に乗る活動です。
「えみ子先生のアドバイスは本当に的確で、いつも助けられています。」
そんな声をかけられる度、えみ子さんは自分の価値を再確認できます。家族関係だけに依存しない、自分自身の社会的役割を持つことの大切さを実感しています。
「経験と知識は、私たち高齢者の大切な財産です。それを生かす場所は、家族以外にもたくさんあるんですよ。」
えみ子さんの講演活動も続いています。全国から招かれ、高齢者の尊厳と家族関係について語る機会が増えました。
「自分を大切にすることは、わがままではありません。むしろ、健全な関係を築くための第一歩なのです。」
えみ子さんの言葉は、多くの高齢者に勇気を与え続けています。息子家族との関係も新しい形で安定しています。経済的な援助は停止しましたが、本当に必要な時には相談に乗り、適切な範囲でサポートを続けています。
「困った時はお母さんに相談する。でも普段は自分たちで頑張る。これが一番いい関係かもしれない。」
大輔さんの言葉に、えみ子さんも頷きます。
「そうね。お互いに自立した関係が一番健全よ。」
夕方、えみ子さんは自宅の庭で花の手入れをしています。季節の花が美しく咲き誇り、近所の人たちからも評判です。
「今日もいい1日だったわ。」
夫の写真に向かって語りかけるえみ子さんの表情は、穏やかで満ち足りています。
「あなたなら、きっと『よくやった』と言ってくれるでしょうね。」



