「どうして来ないと思うの?会社のパーティーですもの。それに、この会社の筆頭株主はまだ私ですから」
木村レナは一瞬微笑みを固めたが、すぐに優雅な笑みを取り戻した。彼女は私のために特別に調合された「ブルーラグーン」という青いカクテルを注文し、私へのお詫びの印だと微笑んだ。その青い液体はまるで宝石のように美しかった。しかし、私は知っていた。あの中に、普通の酒やシロップだけが入っているわけではないことを。彼女は私を貶めるための毒を、その美しい姿に偽装していた。
私は彼女の罠だと直感した。そして、夫の鈴木浩司が私とカクテルグラスをこっそり盗み見る視線を捉えた。期待とわずかな罪悪感が入り混じった目だった。彼らは共謀して、私に高い代償を払わせるつもりだったのだ。
だが、彼らは間違っていた。この芝居の監督は、この私なのだから。
私は彼女に驚くほど優しい微笑みを向けた。「ありがとう。本当に気が利くのね。でも、私一人だけで飲むのは少し申し訳ないわ。同じものをもう一杯作ってもらって、私たち姉妹のように一緒に乾杯しない?すべての誤解を解きましょう」
彼女は断れなかった。私と乾杯することは、彼女にとって愛人でありながら寛大な妻というイメージを強固にする絶好の機会だった。彼女は頷き、すぐにウェイターに注文した。
二杯目のカクテルが置かれた時、私は記念写真を撮ろうと提案し、彼女を引き寄せた。そして、シャッターを押す瞬間、わざと高級なクラッチバッグを落とした。中身が床に散乱する。木村レナは本能的に身をかがめて拾おうとした。
その一瞬だった。彼女の背中が視界を遮り、夫がよそ見をしたその黄金の数秒間。私の手は幽霊のように素早く、二つのグラスの位置をすり替えた。毒入りのカクテルは、今や彼女の前にあった。
「さあ、氷が溶ける前に乾杯しましょう。私たち家族の、これからの未来のために」
彼女は華やかに笑い、グラスを合わせた。澄んだ音が響き、彼女は一気に飲み干した。まるで完璧な勝利の美酒を楽しむかのように。彼女は私が薬に苦しむ姿を想像していただろう。しかし、彼女が用意した毒は、今や彼女自身の血管を静かに流れていた。
彼女が飲み終えてから、ちょうど十二分が経った頃。最初の兆候が現れ始めた。彼女の白い肌が薄いピンク色に染まり、やがて異常なほど赤くなった。彼女は息苦しそうに襟元を引っ張り、視線はとろりと潤んでいた。夫が慌てて尋ねる。「どうしたんだ?顔が真っ赤だぞ」
彼女は「お酒のせいでしょう」と言い訳したが、その目は周りの男たちを無意識に彷徨っていた。やがて彼女は夫にしなだれかかり、声は掠れていた。「浩司さん、私、体が変なんです。すごく暑くて」
パーティー会場中がざわめき始めた。会長の愛人が、大勢の取引先の前で正気を失った姿を晒している。彼女は私のために用意した芝居を、今、自ら完璧に演じていた。夫は恥辱のあまり顔を真っ赤にし、彼女を押しのけようとしたが無駄だった。
「私、部屋で少し休ませていただきます」
そう言って、彼女は予定通り、見知らぬ男に支えられてエレベーターへと消えていった。私はその背中を見送った。あの男は、彼女が私を嵌めるために雇った高橋という男。しかし彼は、今は私の手先だ。
私は夫に、彼女のことが心配だと訴えた。警備員が騒ぎを聞いたという嘘も混ぜた。彼の顔色はみるみる青ざめ、恐怖に支配された。彼は私を振り返ることもなく、エレベーターへと駆け出した。私は静かにその後を追った。
二十一階の廊下。2107号室。近づくにつれ、部屋の中から艶めかしい喘ぎ声が聞こえてきた。夫は真っ青な顔で立ち尽くし、私の心配そうな演技も虚しく、遂にマスターキーでドアを開けた。
ドアが開いた瞬間、そこには想像以上の光景が広がっていた。ベッドの上で絡み合う木村レナと高橋。部屋は薄暗く、服は床に散乱していた。そして、ベッドの頭元のテーブルには、彼女のスマートフォンが、録画中であることを示すようにライトを点灯させて置かれていた。
夫はその場に凍りついた。彼の顔は、驚愕から怒り、そして完全な崩壊へと変わっていった。彼は理解してしまったのだ。これは浮気ではなく、仕組まれた罠であり、その罠の本来の標的が私だったことを。そして、なぜ役が入れ替わったのか。彼がゆっくりと首を回して私を見た時、その目には極度の恐怖があった。
私は彼の耳元で囁いた。「あの女が私のために用意した芝居、自分で演じる方がずっとリアルね」
高橋は録画を停止し、ポケットにしまいながら言った。「奥様、木村さんから頼まれた芝居はそろそろ終わりにしてもよろしいでしょうか?」
その言葉は夫にとって死刑宣告だった。木村レナは目を覚まし、泣き喚きながら私の罠だと叫んだ。しかし、私は高橋からスマートフォンを受け取り、彼女との会話の録音を再生した。
「計画はこうよ。あの女の飲み物に薬を入れるの。一番強力なやつ。あの女を一円ももらわずに離婚させるのよ」
部屋は絶対的な沈黙に包まれた。すべての計画が、彼女の声で明らかになった。私は彼女に警察か、映像を全ての取引先とメディアに送るか、どちらかを選ぶように告げた。彼女はただ泣き崩れるだけだった。
私は夫の前に、準備してきたファイルを置いた。離婚届、財産分与の合意書、彼が愛人を養うために会社から横領した証拠。すべてが完璧に揃っていた。「ここにサインして。子供たちは私が引き取るわ。あなたの最後の名誉は、私が守ってあげる。それが、かつて私の夫だった人にかける最後の情けよ」
彼は震える手でペンを握り、署名した。二十年間の結婚生活に終止符を打つ、その署名を。彼は何も言わず、猫背のまま部屋を出ていった。一晩で十年は老け込んだように見えた。
木村レナには、次の日に解雇通知が届くことを伝えた。そして、二度と私の家族に近づかないこと。近づいたら、映像と録音を彼女の両親に送ると。彼女はすべてを失った。
私は静かにホテルを後にし、家へと帰った。嘘と裏切りに満ちていた家は、今や本当に私のものだった。
あれから数年が経った。離婚後の生活は、驚くほど順調だった。財産分与で得たお金は、私たち家族が一生暮らしていくのに十分な額だった。本当の平和は、銀行口座の数字からではなく、家から嘘が消えたことから来ていた。空気は軽く、子供たちの笑い声が絶えなかった。
木村レナは、夫という支えを失い、上流社会からすぐに追放された。彼女は借金を返すためにマンションと車を手放し、街を去った。夫は小さなアパートで一人暮らしを始めたと聞く。私は彼らに何の感情も抱かなかった。それは自ら蒔いた種が実っただけのことだった。
今、私は静かな庭で、成長した子供たちの隣に座っている。私はもう、裏切られた妻でもなければ、復讐に燃える女でもない。ただの私、佐藤しおり。母であり、女性実業家であり、嵐を乗り越えて魂の真の平和を見つけた人間だ。
私の人生は、単なる復讐譚ではない。私が青春と信頼を捧げて学んだ、高い代償を払った教訓の物語だ。そして、それを伝えたい。犠牲が自分自身を失うことを意味してはならない。あなたが自分の独立した価値を失った時、その太陽が陰れば、あなたの世界はすべて崩壊する。だから、常に自分だけの道を、経済的な基盤を、そして自尊心を持ち続けてほしい。
雨の後には、空が晴れるだけでなく、虹もかかる。そして明日の太陽は、昨日よりも常に明るく温かいのだから。



