「みつぐさんを解放しなさい。私は彼の子を妊娠しているの。」…

「みつぐさんを解放しなさい。私は彼の子を妊娠しているの。」...

「みつぐさんを解放しなさい。私は彼の子を妊娠しているの。責任取ってもらうから。」

派手なメイクで着飾った女、さやかの絶叫が、鬼家の正月の広間を切り裂いた。私の夫の愛人を名乗る彼女は、親族が揃う場の真ん中で妊娠という爆弾を投下したのだ。

「何かの間違いだ。俺はこんな女なんて知らん。」

必死に否定し、顔面を蒼白にする夫。だが、さやかは勝ち誇ったようにスマホの密写真を見せつけ、さらに声を荒げる。

「よくも抜けぬけと。私と結婚しないって言うなら訴えてやるから。」

地獄のような空気の中、私は胃を押さえて広間へと足を踏み出した。

その瞬間、それまで強気に乱していたさやかの顔から一気に血の気が引いていった。

「私がみつぐの妻よ。」

「へ、嘘でしょ?」

震える声でつぶやき、がたがたと膝をつくさやか。彼女が奪おうとしていた男の妻は、高校時代、寸前まで退学になりかけていた彼女を必死に救い、就職先まで世話した恩師。私だったのだ。

私はまり子、42歳。元高校教師で、今は専業主婦をしながら夫のみつぐと暮らしている。もう20年ほど前のことだった。

私の叔父である岡村茂は、みつぐが勤務する大手企業の社長を務めている。ある時、その叔父に頼まれ、彼が主催する若手社員との交流会に参加した。私は早くに両親をなくしており、それ以来、叔父が親代わりとなってくれていたため、断ることなどできなかった。

スタッフの一人として若手社員たちの世話をしていると、叔父が一人の男性を連れてやってきた。それがみつぐだった。

「彼は我が社の期待の星なんだ。」

叔父の話では、みつぐは仕事熱心で出世願望に溢れているという。

「僕は社長を見習っているだけですよ。」

みつぐは謙虚な姿勢を見せたが、それがむしろ頼もしく見えた。社長である叔父に対しても物おじせずに話す姿は、とても印象的だった。

「まり子もそろそろ身を固めた方がいいだろう。」

どうやら叔父は、私に結婚相手を紹介するために交流会に呼んだらしい。まんまと嵌められた。多少悔しい気持ちが湧いたものの、みつぐと話してみると会話も楽しく、私たちはすぐに打ち解けた。

みつぐの両親は町工場を経営しており、叔父の会社も仕事を依頼しているという。私の一族は地元でも名の知れた有力者が多く、その親族と交流のある人であれば素性も信頼できる。それに加え、みつぐの人柄には信用できるものがあった。

交際を始めた後も、みつぐは私のことをとても大切にしてくれ、何かと理由をつけてはサプライズプレゼントを用意してくれた。一年後、私は彼のプロポーズを受け入れ、結婚することにした。

しかし今思えば、みつぐは私のことを愛していたわけではなかったのかもしれない。みつぐにとって、私との結婚は出世街道まっしぐらとなる近道だった。私と結婚すれば、社長である叔父も一層ひいきしてくれるだろう。その思惑通り、結婚後、みつぐは叔父や私の親族のコネを利用して、驚異のスピード出世を果たしていった。

それでも、みつぐは家庭のことも大切にしてくれ、私は幸せだった。結婚して一年後には娘も生まれ、まさに順風満帆な日々だった。家でのみつぐは家事を手伝ってくれ、娘の面倒もよく見てくれた。仕事で疲れているにも関わらず、帰ってきたら真っ先に娘をお風呂に入れてくれ、休日には私が行きたいところに連れて行ってくれたのだ。

どんなに出世しても決して驕らず、周囲に気を配るみつぐの人間性が、私は大好きだった。娘はよく笑う明るい子に育ち、家族関係は良好。みつぐは何年経っても変わらず私を愛してくれている。そう思っていた。

しかし、そんな穏やかな暮らしに暗雲が立ち込めた。

みつぐと結婚して15年が経った頃、高校の同窓会の案内状が届いた。かつて私が担任として受け持っていたクラスからの招待状だ。

「当時の教え子たちの成長を見るのが楽しみだわ。」

「どうしてそう思うの?」

「なんとなくだよ。俺も10年前とは大きく変わったしな。」

みつぐはまるで知っているかのような口ぶりだった。当時は高校生だった教え子たちも、社会に揉まれ変貌を遂げているものがいてもおかしくない。私はその違和感を深く考えなかった。

当日、会場を訪れると、かつての高校生たちは一様に大人になっており、それぞれが自分の人生をしっかりと歩いている様子を見せてくれた。企業に就職し活躍している子。結婚して家庭を持っている子。独立し、奮闘している子。様々な道を歩いていても、夢に向かってしっかりと足元を踏み固めている姿を見ると、とても誇らしい気持ちになる。

その中で一際目立っていたのが、さやかだった。

さやかは髪を金髪に染め、派手なメイクで着飾っていた。かつての同級生たちが久しぶりの再会で近況を報告し合う中、さやかは腕にはめたブレスレットを見せつけ、彼氏自慢を始めた。

「ハイスペ彼氏にもらったの。」

しかし、そのブレスレットを見た瞬間、私は違和感に襲われた。

「そのブレスレットはどこで買ってもらったの?」

「さあ、分からないけど、彼はね、私のことが大好きなんだって。いつも素敵なプレゼントをくれるのよ。」

さやかは嬉しそうに笑っていたが、私の胸中は穏やかではなかった。さやかがつけていたブレスレットは、数日前、私の誕生日にみつぐからプレゼントされたものと同じデザインだったのだ。

私はブレスレットを受け取り、細部まで確認してみると、同じ刻印が押されている。細かな装飾や色遣いまで完全に一致していた。

まさか、さやかの彼氏というのはみつぐなのではないか。私はみつぐの浮気を疑った。

しかし、家でのみつぐに不審感を抱いたことなど一度もない。仕事が終わればまっすぐ家に帰ってきて家事を手伝ってくれる。私と一緒にいる時はスマホもほとんど触らず、休日は仕事が入らない限り家族と過ごしているのだ。

偶然の一致だろうか。みつぐがブレスレットを買った店で、たまたま同じものを購入した人がいる。ただそれだけのことかもしれない。私は自分に言い聞かせた。

しかし数日後、仕事から帰宅したみつぐのスーツから、女性用の香水の匂いがした。同窓会でさやかがつけていたものと同じ、甘いバニラの香りだ。

「仕事の後、誰かと会ってたの?」

「いや、まっすぐ帰ってきたよ。」

みつぐの返事には淀みがなかった。その様子に嘘は見られない。私の思い過ごしだろうか? そう思いながらも疑いの気持ちは収まらず、私はさやかのSNSを覗いてみることにした。

しかし、彼女のアカウントからは怪しいものは見つからなかった。ブレスレットも香水も偶然の一致だったということか。みつぐは仕事柄、女性の顧客と会うこともある。その際に香りが移っただけという可能性も否定できない。何より、最愛の夫を疑う自分に嫌気がさした。

杞憂するのはやめよう。そう思った時、スマホに流れていたSNSの投稿が目に入った。

そこには、みつぐらしき男性と仲睦まじく手をつなぐさやかの姿があった。そのアカウントを詳しく見ていくと、次々と二人のツーショット写真が出てきた。男性の顔ははっきり映っていないものの、身につけているスーツや映り込んでいる時計はみつぐのものと同じ。

決定的だったのは、さやかが男性と訪れたというレストランでの写真だ。その写真に映る男性の首には、父の日に私が娘と一緒に送った特注のネクタイが締められていた。

投稿された日は、みつぐが休日出勤だと言って出かけた日だった。

間違いない。みつぐとさやかは不倫関係にある。そう確信した私の手は怒りに震えていた。

さやかは裏アカウントを作り、過去一年に渡るみつぐとの交際記録を投稿し、そのどれにも自慢げなコメントがつけられている。「彼に愛されてて幸せ」「早く彼と結婚したい」と書かれたコメントは、私への挑戦状のようにも感じた。

さやかはみつぐの妻が私だということを知っているのだろうか。もし知っていて不倫しているのであれば、許しておけない。そして何より、私を騙し、家族を裏切り続けているみつぐに腹が立つ。

その日、私はみつぐと同じベッドに入ることも嫌になり、リビングのソファーに横になった。眠ろうとしても、頭にはさやかの嬉しそうな顔が浮かんでくる。結局その夜は一睡もすることができず、朝を迎えた。

「さやか、眠れなかったのか?」

「え、少し考え事をしてて。」

「何かあったら相談してくれよな。夫婦なんだし、一人で抱え込むな。」

私が不倫に気づいていることを知らないみつぐは、いつも通りの笑顔を見せている。こうやっていつも私を騙してきたんだ。みつぐの全てが信じられなくなった。妻思いの夫、家族思いの父を演じながら、裏では若い女と楽しんでいるのだ。

いつも通り仕事に出かけていくみつぐの背中を見つめながら、私は真実を明らかにすることを誓った。

みつぐが自分で浮気を認め、心から反省するなら、もう一度彼を信じてもいい。しかし、今のまま私と娘を騙し続けるのであれば、離婚も辞さないだろう。

その日の夜、私はわざとらしく高校教師時代の思い出話を始めた。

「この前同窓会に行ったでしょ。そこに来ていた当時の教え子たちの変貌に驚いてしまったの。」

「そんなに変わった子がいたのか。」

「ええ、髪は金髪だし派手なメイクをしてね、ハイスペの彼氏ができたってブレスレットを見せてくれたわ。」

金髪にブレスレットと聞き、みつぐは頭にさやかを思い浮かべたのだろう。明らかにそわそわし始めた。

「高校の時も手のかかる子だったけど、今も誰かに迷惑かけてるんじゃないかって心配だわ。」

「それは大丈夫だろう。きっと今はまともに生きてるよ。」

みつぐはさやかを擁護するかのように話している。

「彼女を知ってるの?」

「そんなわけないだろ。それよりさ、今度の週末、家族旅行に行かないか。」

みつぐはあからさまに話をそらそうとした。

「いいわね。どこに行こうか。」

私が旅行に興味を持ったと思い、みつぐはほっとした表情を浮かべた。

「あ、思い出した。その彼女が見せてくれたブレスレットが、この前あなたがくれた誕生日プレゼントと同じものだったのよ。すごい偶然があるものね。」

みつぐは分かりやすく動揺を見せる。

「それにしても、あんな高価なプレゼントをくれるなんて、彼女は愛されてるのね。」

「それはどうかな。物の値段と愛情は比例しないだろう。」

「そうかしら。安物の香水をつけてる彼女なら、もっと安価なものでも喜ぶと思うけど。」

みつぐは額に汗を浮かべ、必死に話を旅行に戻そうとした。

翌日、いつもより早く帰ってきたみつぐは、大きなバラの花束を抱えていた。

「いつも家事を頑張ってくれてるから、お礼だよ。」

みつぐは他にも、私が好きなスイーツショップでケーキも買ってきたという。どうやらさやかとの関係が私にバレないよう、機嫌を取りたいようだ。これまでの私なら大喜びして満面の笑みを見せるのだが、みつぐの裏切りを知ってしまっては素直に喜べない。

「なんだ、嬉しくないのか?」

「嬉しいわよ。ありがとう。だけど今ダイエットをしているから、控えているのよ。」

「そうなのか。それじゃあ明日は別のものを買ってこよう。」

みつぐは翌日も早くに帰ってきて、私の機嫌取りに務めた。

数日後、法事のため親族一同が集まることになった。その席でもみつぐは、社長である叔父の機嫌を取ろうと必死にへつらっている。それに加え、親族たちの前で私のことを大げさに褒めちぎるのだ。

みつぐは私と結婚して以来、ずっと私や叔父の機嫌を取り続けて出世してきた。その裏で浮気しているとは夢にも思わず、私はいい夫と結婚したと喜んでいたのだ。まんまと騙されていた自分が情けない。みつぐの愛想笑いを見ているうち、私は自分のうちに冷たい感情が湧き起こるのを感じていた。

これ以上、みつぐと夫婦でいたくない。そう思った私は、みつぐとの結婚生活に終止符を打つことにした。

その年の年末、私は買い物帰りにさやかが住むマンションを訪れた。正月の集まりにさやかも招待するためだ。

私は「私は負けない。正月休みは夫の実家で家族と過ごす」と挑発の手紙を書き、さやかのポストに投函した。誰よりも負けず嫌いの彼女であれば、きっと挑発に乗ってくるだろう。

そして迎えた正月。義実家に親族たちが集まった。男性たちが挨拶を交わし、談笑する中、私は義母と共に台所で昼食の準備をしていた。その時、広間から甲高い女性の声が聞こえてきた。

どうやら私の思惑通り、さやかが乗り込んできたらしい。

「みつぐさんを解放しなさい。私は彼の子を妊娠しているの。責任取ってもらうから。」

さやかは強硬手段に出たようだ。みつぐの子を妊娠したと、結婚を迫っているのである。その様子を、私は隣の部屋でこっそり覗き見ていた。

「何かの間違いだ。俺はこんな女なんて知らん。」

「知らないですって。私だけを愛してるって言ったじゃない。」

「人違いだ。俺は知らない。」

親族たちの手前、みつぐは必死に否定している。

「よくもそんなことが言えるわね。私と結婚しないって言うなら訴えてやるから。」

さやかの乱入に、親族たちは困惑したように眉を潜めた。

「みつぐ君、これは一体どういうことだ?」

「本当に知らないんです。この女、何か勘違いしているようで。」

「よくも抜けぬけと。証拠ならあるんだから。」

さやかはスマホを取り出し、みつぐと一緒に映った写真を見せつけた。

「ああ、思い出した。前に談合があって、一度だけ食事に行ったんだ。でもそれだけです。子供なんて……僕はまり子を裏切ったりしません。」

みつぐはあくまで否定し続けるようだ。私は呆れてしまい、広間に顔を出した。

その途端、それまで激昂していたさやかの顔が一瞬で青ざめた。

さやかは、自分が奪おうとしていた男の妻が、かつての自分の恩師である私だという事実を知らなかったようだ。

「どうして先生が……私がみつぐの妻よ。」

さやかは高校時代、問題ばかりを起こした。校内での喫煙に加え、他校の生徒との喧嘩やトラブル、警察に補導されたことも何度あるか分からない。処分を受け、次何か問題があれば退学になると言われても、さやかは反省することなく問題を起こし続けた。

そして卒業まであと三ヶ月と迫った頃、ついにさやかに退学処分が下された。その時になって初めて焦ったさやかは、私に更生を誓い、卒業したいと訴えてきた。

私は必死に周囲を説得し、卒業までにさやかが問題を起こすようなら自分が責任を取ると約束して、彼女の処分を取り消してもらった。その甲斐あって、さやかは無事に卒業することができた。さらに、さやかが卒業後安心して働けるようにと企業に頭を下げて回り、就職先も見つけてやった。

さやかにとって、私は頭が上がらない相手なのである。

「私……知らなくて……みつぐさんの奥さんが先生だって知ってたら、こんなことには……」

「あのね、そもそも家庭のある人を略奪しようって考えることがおかしいの。手を出したみつぐも悪いけど、相手が誰であろうと、既婚者と恋愛するなんてありえないのよ。」

さやかは下を向いたまま、顔をあげようとしない。

「あなた、職場ではほとんど仕事に身が入ってないみたいね。」

「あの、それは……」

さやかはネイルが剥がれるからと与えられた業務を避け、同僚たちに負担を押し付けていた。仕事は退屈凌ぎに過ぎないと、真面目に働かないのだとか。さやかを雇用してくれた会社の社長から度々相談を持ちかけられていたが、その度に解雇だけは勘弁してやって欲しいと頼んでいた自分が馬鹿らしい。

「お願い……みんなには黙っていて。」

さやかは他の同級生たちに自分の失態を知られたくないらしい。他の教え子たちの中には、高級官僚のエリートと結婚した者や、イケメンモデルを夫に持つ者もいる。さやかは彼女たちにライバル心を燃やしていたのだ。みつぐが仕事で彼女の務める会社を訪れた際、仕事を理由に連絡先を交換し、その後もアピールしたのだとか。

大手企業で働く高級取りと結婚し、周囲に自慢したかったのだろう。しかし、だからと言って家庭を壊していい理由にはならない。

「あなたとみつぐが関係があったって証明できる?」

「はい。全部正直に話します。証拠も見せます。本当にごめんなさい。だから同級生たちには黙っていてください。」

「あなた次第ね。」

さやかはスマホを取り出し、みつぐとの過去のLINE履歴を見せた。そこには、みつぐが私のことを「つまらんババア」「プレゼント攻撃で喜ぶなんて単純すぎる」と馬鹿にするような内容が書かれていた。さやかとのやり取りの中で何度も私のことを貶し、出世のために結婚しただけだと断言している。

さらにみつぐは、私だけでなく社長である叔父のことも「社長は俺がいなきゃ自分で何も決められない」と愚痴っていた。さやかに対して自分を大きく見せ、格好をつけたかったのだろう。だとしても、私の夫だと思い親切にしてきた叔父に対しては、面白くない。

「お前は俺をそんな風に思っていたのか。」

この日は、日頃から世話になっているからと、みつぐが叔父を招待していたのだが、どうやら裏目に出てしまったらしい。

「それは、その、ちょっと見栄を張っただけで、決して本心なんかじゃありません。」

みつぐは顔面蒼白になり、さやかの腕を引っ張り、強引に実家から追い出そうとした。

「ちょっとやめて。私にはこの子を産んで育てる義務があるの。」

さやかはお腹をかばうようなそぶりを見せる。しかし、さやかが妊娠していることには疑問があった。数日前のクリスマス、彼女は友人たちとお酒を飲んで楽しんでいたのだ。その様子がさやかのSNSにしっかり残されている。

「あなたは本当に妊娠しているの?」

私はスマホを取り出し、彼女のSNSの投稿を見せつけた。

「そ、それは……」

「もう嘘はやめなさい。」

私が一括すると、彼女は妊娠が虚偽だったと認めた。

「こうするしか、みつぐさんと結婚できないと思って。」

さやかは涙を浮かべ、私に頭を下げた。

「ほら見ろ。こいつは嘘つきなんだ。」

みつぐは、さやかのSNSの書き込みも画像も、LINEの履歴さえも、全て彼女の自作自演だと主張したのだ。

「いくら何でも、全て彼女の創作だとは無理があるでしょう。」

「だけどこいつが嘘つきだってことは分かっただろう。俺は本当に何もしてないんだ。」

みつぐは、あくまでさやかに一方的に言い寄られていただけだと言い張った。

「仕事の関係もあるし、断りきれずに会ったことはあるけど、それだけだ。頼む。信じてくれ。」

みつぐは必死に訴え、他の親族たちにも「さやかに騙された」と許しを乞うている。

「いい加減にしなさい。さやかは確かに間違ったことをしたわ。だけどあなたも彼女の誘いを断らなかった。そればかりか、私たち家族を騙して彼女と関係を持っていたことは、紛れもない事実だわ。」

言い訳を繰り返し、全てをさやかのせいにするみつぐに腹が立った。

「待ってくれ。誤解なんだ。俺はまり子たちが一番大事なんだ。」

「いいえ。あなたが私と結婚したのは自分のため。私の親族と繋がれば、今後の生活は安泰だって思ったんでしょ。」

みつぐは私と結婚する際、友人たちに「逆玉だ」と自慢していたそうだ。

「最初はそうだったかもしれないが、今は本当にまり子を愛してる。」

「じゃあ、なんで浮気なんてしたの? それも、さやかが私の教え子だって知ってたわよね。」

みつぐは私がさやかの恩師だと知りながら、彼女と関係を持ち続けていた。バレないと思っていたのよね。

「それは……最近まで本当に何も気づかなかった。」

「だから余計に許せない。私たち家族を欺きながら、私の教え子まで騙してた。」

みつぐは私と離婚する気などないにも関わらず、さやかには「一緒になりたい」と告げていたのだ。

言い訳ができなくなったみつぐは、義両親に助けを求めた。しかし、義両親の会社は叔父の会社との取引で成り立っている。義両親がみつぐを庇えば、叔父の会社との取引が停止されてしまうかもしれない。そうなれば、義両親の町工場で働く社員たちも路頭に迷うことになってしまう。

それを懸念した義両親は、みつぐを突き放し、勘当を言い渡したのだ。親族たちに白い目を向けられ、みつぐは項垂れている。

「残念ね。このまま家族三人で幸せに暮らせると思ってたわ。」

「だけど……頼む。許してくれ。俺は……」

「いいえ。許すことなんてできない。あなたとは離婚よ。」

私は記入済みの離婚届を突きつけた。

「だ、離婚には応じない。俺の妻はまり子だけなんだ。」

みつぐは離婚届を破り捨て、激しく抵抗を見せた。

「見苦しいにもほどがあるな。」

叔父が声をあげると、みつぐの顔は真っ白に染まった。

「俺が離婚の保証人になってやろう。あくまで協議離婚に応じないというなら、弁護士もつけてやる。」

叔父は全面的に協力すると申し出てくれた。これ以上の味方はいない。

私はみつぐとの離婚に合わせ、彼とさやかの双方に対して慰謝料を請求すると宣言した。

「同級生たちが知るのも時間の問題ね。」

さやかの言動をよく思っていない同級生たちは大勢いる。さやかは負けず嫌いの性格からか、同級生たちのことを馬鹿にしてきたのだ。みつぐと付き合うようになってからは、彼の話を信じ、「結婚したら上流階級の仲間入りだ」と誇張して回り、自分がカーストのトップだと自慢していた。そんな同級生たちに真実を知られたら、彼女の立場は一気に地に落ちるだろう。

それでも、大人として自分のやったことの責任は取らなければならない。私は教師としても、人生の先輩としても、さやかに大人のルールを教える必要があると思った。

「教師のくせに、騙したの?」

さやかは自分が無罪放免にでもなると思っていたのか、逆切れを始めた。

「騙してなんかいないわ。大人としてちゃんと責任を取りなさい。」

「そもそも、本当のことを打ち明けたら許すとは言っていない。それに私が許したとしても、それとは別に責任を取る義務がある。他人の家庭を壊した代償をきちんと払って、人生をやり直しなさい。」

さやかは悔しそうに唇を噛み締め、義実家から出ていった。

その後、私はみつぐに今後の話し合いは弁護士を通して連絡すると伝え、叔父と共に義実家を後にした。

数日後、叔父に紹介してもらった弁護士を交え、みつぐとの離婚協議が始まった。みつぐは最後まで離婚に応じないと抵抗を見せ、協議では決着がつかず、裁判にもつれ込んだ。しかし、みつぐが私と娘を裏切り続けていた事実は変わらない。みつぐは「二度と浮気はしない」と復縁を望んだそうだが、優秀な弁護士に敵うはずもなく、結局離婚が成立した。

離婚の条件として、私は財産分与としてみつぐの資産の半分を差し出すこと。慰謝料300万円と合わせ、養育費の一括支払い。今後は私と私の親族に一切関わらないことを約束させた。それにより、みつぐには数千万円の支払いが命じられた。

住んでいた家は結婚当初に叔父が私に贈ってくれたもので、財産分与の対象にならず、離婚の成立と同時にみつぐには退去命令が下された。

同時に、みつぐは会社でも窓際部署に左遷されることとなった。それまで私の夫ということで協力してきた親族たちが一斉に担当者変更を申し出たのだ。取引先からの信頼を失っては、役員たちも彼を擁護できない。それに加え、叔父にして彼を注意できなかった役員たちも、関係が切れたと知り、次々にみつぐの不満を漏らし始めた。叔父も社長として黙っていることができず、やむなく左遷することにしたのだとか。

順調に出世街道を歩いていたみつぐの転落を、周囲の人々は面白おかしく囁いた。みつぐは周囲の好奇の目にさらされることとなり、耐えきれなくなった彼は、自ら退職を願い出ることを選んだらしい。

家も収入もなくなったみつぐは、私への支払いを済ませ、わずかに残ったお金で安アパートに引っ越し、再就職を試みたそうだ。しかし、同じ業界ではすでに噂が回っており、どこも雇ってもらえず、仕方なく今はスーパーの店員として働いているのだとか。給料はこれまでの3分の1に減り、慣れない作業に悪戦苦闘しているらしい。

一方のさやかは、私に慰謝料を支払った後、職場を首になったそうだ。さやかはみつぐを疫病神と知り、SNSアカウントも閉鎖してしまった。かつての同級生たちはさやかの転落を知り、皆一様に彼女を笑い物にしたのだとか。それに腹を立てたさやかは、同級生たちの家に落書きを残し、その後行方をくらましてしまった。

今頃、これまでの自分を悔いてくれたらいいが、それも期待できないのだろう。教え子が道を踏み外してしまったことは残念でならないが、やり直すチャンスはきっとあると信じて、前を向いて欲しいものだ。

その後、私は叔父の支援を受け、教師時代の経験を生かしてフリースクールを開設した。世の中には様々な事情で不登校になっている子供が大勢いる。そんな子供たちのために、勉強を教えながら、社会に向き合う力をつけて欲しいと願ってのことだ。その中には、かつてのさやかを思い出させる生徒もいるが、正面から向き合うことで彼らを支えられたらと思っている。

高校生になった娘も時々手伝ってくれ、スクールは人気を集め、多くの生徒が通うようになった。これからは子供たちのために生きていこう。教師としての思いが、今の私を支えてくれている。そのことを実感しながら、人生の第三章を楽しんでいる。

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