あの夜、私はただ自分の植えた薬草が雨で流されないか心配で山を登っていた。そんな私が、偶然見てしまったのだ。黒いレインコートの男たちが老人を穴に突き落とし、土を被せる瞬間を。男の一人がこう言い放つまで聞こえた。「会長、息子さんが切にお願いされておりました」。血まみれの手が泥の中から伸びてきた時、私は自分が何をしているのか分からなかった。ただ、この老人を助けることが、自分の命まで危険に晒すことだ…

あの夜、私はただ自分の植えた薬草が雨で流されないか心配で山を登っていた。そんな私が、偶然見てしまったのだ。黒いレインコートの男たちが老人を穴に突き落とし、土を被せる瞬間を。男の一人がこう言い放つまで聞こえた。「会長、息子さんが切にお願いされておりました」。血まみれの手が泥の中から伸びてきた時、私は自分が何をしているのか分からなかった。ただ、この老人を助けることが、自分の命まで危険に晒すことだ...

激しい雨が山全体を叩きつける深夜、坂本静は長靴を泥に沈めながら山道を登っていた。昼に植えた薬草の苗が流されていないか心配で、懐中電灯を手に斜面を進んでいた。

ふと目を上げると、遠くの橋に黒い車が二台停まっているのが見えた。静は本能的に光を消し、岩陰に身を潜めた。

黒いレインコートの男たちが、縛られた老人を後部座席から引きずり出した。地面に叩きつけられた老人に、男の一人がナイフを突き立てた。「会長、もう楽にお休みください。息子さんが切にお願いされておりました」

静は手で口を塞いだ。男たちは刺された老人を穴に放り込み、土を被せていった。財布も携帯も燃やし、証拠を完全に消してから車で去っていった。

車の音が完全に消えると、静は狂ったように穴へ駆け寄り、素手で土を掘り始めた。「しっかりしてください! どなたか、どうか!」

爪の間に土が食い込み血が滲んだが構わなかった。やがて土の中から震える手が現れた。静は老人の上半身を引きずり上げ、口に詰まった泥を吐かせると、自分の上着で腹の傷を強く押さえた。

「おじいさん、私の声が聞こえますか? 意識を失っちゃだめですよ!」

老人はかすかに目を開け、「た、助けてくれ」と絞り出すように言った。

静は自分よりはるかに大きな体を背負い、ぬかるむ坂を必死に登った。山奥の小さな山小屋に辿り着くと、古びた板の間に老人を寝かせた。かつて看護師だった記憶を頼りに、静は消毒した針と糸で傷口を縫い合わせた。

「病院には行けません。今ここで私が縫合します。痛くても少しだけ我慢してください」

意識が戻った老人は、血に濡れた指で静の手のひらに何かを書こうとした。静がその文字を見つめて尋ねると、老人は答えずに再び昏睡状態へ落ちていった。

窓の外では、遠くの山の麓から数十の懐中電灯の光が登ってきていた。静は老人を床下の貯蔵庫に隠し、平然を装って座った。

しばらくして、小屋の扉が勢いよく開かれた。黒いレインコートの男たちが懐中電灯を静の顔に照らした。

「おい、ここで一人で暮らしてるのか。さっき年寄りを見なかったか」

静はわざと焦点の合わない目をし、よだれを垂らして笑った。「おじさんたちは誰? 私のお母さんに会いに来たの? お母さんは山の神様に連れて行かれちゃったけど」

男たちは「完全に頭がおかしいな」と吐き捨て、小屋の中を適当に見回して立ち去った。静は床に伏せたまま、心臓の高鳴りを必死に抑えた。

夜が明け、深い霧が山を覆った。静は熱感知カメラに映らないよう、老人の顔と服に泥を塗り、自分の背中にロープで固定した。男たちは上空にドローンまで飛ばしていたのだ。

「じいさん、私の声が聞こえますか? もうここから出なければなりません」

老人は「私を置いて行きなさい」と言ったが、静は首を振った。「そんなことを言うくらいなら、生き延びるのを止めてください。私が助けると言ったでしょう」

静はわざと長靴の片方を反対の湿地帯へ投げ、男たちの注意をそらしながら岩壁の隙間を進んだ。滝の裏側に隠れた時、老人は濡れたビニールの塊を取り出した。

「これがあれば私の息子を破滅させることができる。金剛グループの全ての不正がここに記録されている」

「本当に息子さんがやったことなんですか?」

老人は虚ろな笑みを浮かべた。「金が恐ろしいのだよ。人を怪物に変えるのが金だ。あいつはもう私の息子ではない」

やがて殺し屋たちが捜索犬を連れて近づいてきた。静は唐辛子の粉を風に向かって撒き、犬たちの嗅覚を掻き乱した。

「私が時間を稼ぎますから、じいさんはここでじっとしていてください」

山の上の監視小屋を目指して進むと、霧の中に一本橋が見えた。橋の向こうから警察官が近づいてくる姿が見えた。

「おじいさん、警察です! 助かりました!」

しかし背負われた老人が静の肩を力いっぱい引き寄せた。「止まれ! あいつは我々の味方ではない」

警察官は橋の真ん中で拳銃を取り出し、相応した。「静さん、そこにいるのは分かっている。会長を連れて出てくれば君の命だけは助けてやろう」

静は橋のロープを支える杭を蹴り倒した。橋が大きく揺れ、警察官がバランスを崩した。

「巡査さん、あなたは私たちの村の人でしょう。どうして藤堂の人間と手を組むんですか?」

「世の中なんてそんなものさ。一生田舎の巡査をやっていても何が残る?」

その時、森の中から影が飛び出し、警察官の手首を掴んだ。元特殊部隊の田中だった。田中は警察官を素早く制圧した。

「静さん、山の中で銃声が聞こえて黙っていられるか。この方の状態はかなりひどいな」

空から巨大なプロペラ音が近づき、サーチライトの光が地面を照らした。藤堂信吾が送り込んだ傭兵たちがヘリで迫っていた。

「坂本静、あなたは今銃犯罪を犯している。会長を傷つけず直ちに外に出てこい」

「父親を殺そうとした奴らが犯罪者ですって? 本当に烏滸がましいにもほどがある」

田中は静を押し込み、旧式の貨物用ケーブルカーに乗せた。傭兵たちの銃弾が檻を貫通した。静は自分の体で老人を覆いながら、ワイヤーが切断される瞬間、谷底の冷たい水に三人で飛び込んだ。

廃校となった建物で一夜を過ごし、田中の旧知の仲間への連絡が成功した。静は弁護士のいる街へ向かうため、老人を地下室に残す決断をした。

「おじいさん、薬は必ず飲んで、何があってもここから出ないでくださいね」

老人は静の頬を撫で微笑んだ。「心配するな。早く行ってきなさい」

弁護士事務所でフィルムの内容を確認した弁護士は驚愕した。「これは信吾副会長の不正の証拠が全て入っています。これで告発できます」

その頃、金剛グループ本社の役員会議室では、信吾が父の行方不明と認知症の話を涙ながらに演じていた。「父は最近、認知症の症状がひどくなっておりました。ある日突然、衣装一枚だけを残して姿を消したのです」

その時、大型スクリーンに男たちが老人を刺す映像が映し出された。田中が会議室に潜入し、録画映像を流していたのだ。

「何をしている! すぐに消せ!」

正面扉が開き、静が入ってきた。「ここに藤堂信吾副会長の全ての犯罪の証拠があります」

さらに車椅子に乗った老人が現れ、田中に押されて議長席の前に進んだ。「皆さん、私は藤堂豪器です。私の息子が私を殺そうとしたという事実をここで明らかにしたいと思います」

株主たちが総立ちし、検察の捜査官たちが信吾に手錠をかけた。「殺人未遂の容疑で逮捕します」

連行されながら信吾は叫んだ。「父さん、どうして一度も愛していると言ってくれなかったんですか?」

豪器は静かに答えた。「金は金で買うものではない。お前がそれを知らなかったから、こうなったのだ」

会議室が静まり返った後、豪器は静に言った。「あなたのお陰で私は新しい人生を得ることができた。これからこの方を私の娘として迎えたいと思います」

静は涙を流し、その申し出を受け入れた。

一週間後、豪器と静は穏やかな日々を送っていた。しかし、突然現れた豪器の妹・藤堂英子が、「兄は認知症です」という捏造の診断書を突きつけた。

「これは大学病院の精神科の課長が直接診断したものですわ」

その直後、豪器が頭を抱えて床に倒れた。脳圧が急上昇し、意識不明の状態に陥った。静は救急処置室の前で行ったり来たりした。

医師は「数日かもしれませんし、数ヶ月かもしれません」と言った。

英子はすぐに成年後見人の申し立てを行い、裁判所に受理された。静はテレビで「坂本静は詐欺師です」と罵られる映像を見て怒りに震えた。

その夜、病室に怪しい介護士が現れた。点滴に薬物を注入しようとしているのを見つけた静は、男と揉み合いになり脇腹をナイフで切られた。駆けつけた田中が男を制圧した。静はスマホで全ての状況をライブ配信していた。

「これで英子の正体が明らかになります」

ライブ配信は全国に拡散し、市民が病院に集結した。「藤堂英子は辞任しろ! 坂本静を守れ!」

田中は英子に雇われた主治医から捏造の診断書の原本を押収し、検察に提出した。英子は「文書偽造及び殺人未遂」の容疑で逮捕された。

奇跡的に豪器が目を覚ました。静の必死の看護が実ったのだ。裁判所は英子の後見人資格を取り消し、静に臨時後見人の権限を付与した。

「静さん、私は二度死にかけた。しかし君が救ってくれた。本当にありがとう」

信吾と英子は全ての相続権を剥奪され、それぞれ懲役十年の実刑判決を受けた。

一年後、かつて静が暮らしていた山小屋の跡地には美しい図書館が建てられていた。「金剛森の図書館」という看板が掲げられ、村人の新しい交流の場となっていた。

静は裏の畑で薬草を育て、豪器は館内で村の子供たちに物語を読み聞かせていた。田中は図書館の管理室長として穏やかな日々を送っていた。

ある秋の日、豪器は静を庭に呼び寄せ、正式な家族関係証明書を差し出した。「これで法的にも完全に私の娘になった」

静は書類の自分の名前を見て感極まった。「お父様、本当にありがとうございます」

村人たちは静の勇気を称え、村の入り口に小さな記念碑を建てた。静が出版した本はベストセラーになり、多くの読者に希望を与えた。

図書館の壁には、豪器が自ら書いた言葉が掲げられていた。「真の財閥とは金の量ではなく、そばにいる人の数で決まる」

月明かりの下、二人は図書館前のベンチに並んで座り、虫の音と風の音を聞いていた。

「静さん、君に出会えたことが私の人生で最高の幸運だった」

静は豪器の手を握り、「私もです、お父様。本当の家族が何であるかを、お父様のお陰で知りました」と答えた。

遠くで鹿の鳴き声が響き、山風が木の葉を揺らした。かつて死の場所だった穴の跡には、今では美しい野生の花が咲き誇っていた。

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