「三十年だ。何を食っても土くれだった。それなのに、この一杯にだけ味がある」…

「三十年だ。何を食っても土くれだった。それなのに、この一杯にだけ味がある」...

三十年の間、何を食べても土の味しかなかった。それなのに、この一杯にだけ味がある。崩れかけた料理屋の台で、ぼろをまとった老人が、両手で器を抱えたまま声を殺して泣いていた。その前には、しゃもじを握ったまま立ち尽くす十二歳の子供がいる。やがてその店の前に人の列ができるようになったが、あの涙の奥には、その子供さえ知らない三十年分の話が沈んでいたのである。

話は、五条家から一里ばかり川を下った柳瀬の河岸から始まる。船が着くたびに、塩や俵物が土手へ吐き出される。沖仲仕がそれを背負い、岸を染みながら坂を登っていく。その河岸の片隅に、屋根の片方が落ちた料理屋が一軒あった。鍋からは湯気が立っているのに、円台に座る客は一人もいない。守っているのは「おきよ」という女だった。四十六で亭主に先立たれ、それから三年、一人でこの店の前に座り続けている。店の向かいには、瓦屋根の大きな料理屋が構えていた。看板には「満腹」の三文字。船を降りた者たちは皆、そちらの店へ足を向けた。

その日、たった一人の客だった塩の行商は、汁を半分残して腰を上げた。
「女将さん、これは辛くもねえし、薄くもねえ。」
「それなら、結構じゃありませんか。」
「そうじゃねえ。味がねえんだ。」
おきよは何も言い返せなかった。辛いと言われたら塩を減らせばいい。薄いと言われたら足せばいい。だが「味がない」と言われて、どこをどう直せば良いのか、三年かかってもわからなかった。店は一日中、強い日差しに照らされていた。弱い日には長屋の者が火を貸してくれるが、焚き木を買う銭がない。それに、客の来ない店の前で半日待つほど、おきよの心は落ち着いていなかった。

その同じ河岸、桟橋の下の石橋の影に、痩せた子供が一人座り込んでいた。十二歳、「こげ」と言った。三日何も食べていない。それでも腹が減ったと泣きはせず、目を閉じて鼻をひくつかせていた。イノシシの油。その下に醤油、そのまた下にニンニク。大きな家から来る匂いを、そうやって三つに割った。それから首を反対へ向けた。ずっと下流の方から、骨を煮る匂いが古い料理屋の方から漂ってくる。火が強すぎる。子供は目を閉じたまま呟いた。
「水を刺すのも遅かった。あれじゃ骨が驚いて、味が出ない。」
三日食べていない子供が、他人の店の心配をしている。こんな子供が、この世のどこにいるだろうか。

こげがそんな花と下を持つようになったのには、訳があった。話は海の向こう、五里の沖に浮かぶ小さな島から始まる。こげはその島で生まれた。父の顔も母の顔も知らない。育ててくれたのは祖母のお峰一人だった。お峰は干潟で貝を掘り、山で野草を摘んで、孫の口を養った。米は年に何度も口に入らなかった。それでもこげは、自分の家の飯が世界で一番うまいと信じて育った。
「ばあちゃん、なんで今水を刺すの?」
「音を聞きな。鍋が泣く音さ。」
こげは鍋に耳を寄せた。シュウシュウと立っていた音が、ふっと低くなっている。
「本当だ。低くなった。」
「そこで刺すんだよ。目で見て刺すんじゃ、もう遅い。」

ある春のことだった。米はとうに空になり、こげは三日、水しか飲んでいなかった。天井を見上げて横になっていると、台所から湯気が上がっている。
「ばあちゃん、何してるの?」
「起きて座りな。寝たまま食うもんじゃない。」
行くと、お峰が蒸し器の蓋を取った。青みが勝った塊が三つ。よもぎに麦のぬかを混ぜて蒸したものである。ぬかは元々、人の食い物ではなく、牛馬の飼料に混ぜるものだった。
「これ、ぬかじゃないの?人がぬかを食べるの?」
「食べれば、人の食い物さ。」
こげはかじった。ザラザラして渋くて、喉に引っかかった。それでも噛むうちによもぎの香りが立ち上がり、腹の底が温かくなった。子供はその場で三つ食べ切った。
「ばあちゃん、これ、なんでこんなにうまいの?」
その時になって、お峰はようやく笑った。
「うまい味ってのは、うまい材料から出るんじゃない。食べる人の空腹を知っている手から出るんだよ。」

その秋、お峰は病についた。四日目の明け方、こげを枕元に呼んだ。手は氷のように冷たかったが、目は澄んでいた。
「そこの棚の物を下ろしておくれ。」
こげが下ろしたのは、油で黒くなった古い地本だった。
「これ、何?」
「ばあちゃんの、料理の書き物さ。」
「早く治って、教えてよ。」
老婆は孫の手首を掴んだ。力などないはずなのに、その手は強かった。
「一つだけ覚えておきな。いつか一番尊いお方がお前の前に来たら、一番粗末なものを差し上げなさい。」
「首を跳ねられちゃうよ。」
「その時は、このババのせいにしな。」
それが最後の言葉になった。こげは祖母を裏山に埋め、石を一つ立て、よもぎの餅を三つ供えた。それから本と、鉄の鍋を抱えて船に乗った。十歳だった。

それから二年、子供は他人の台所で水を組んでは飯にありつき、碗を洗っては小銭をもらって歩いた。ある家では盗みの疑いがあると濡れ衣を着せられ、何も言えずに追い出された。祖母の鍋はやがて底が抜け、一里ほど離れた辻道の裏に埋めた。探しに来ると土に約束して、懐に残ったのは本だけだった。そして今、こげは石橋の影に座っている。三日何も口にしていない。それでも鼻は、他人の店の匂いばかり嗅いでいる。子供は立ち上がった。
「言いに行かなきゃ。まず火を弱くしろって。」

店に影が一つ入ってきた。おきよは顔を上げて目を細めた。紙子を着た子供が、店のすぐ前に立っている。
「お前さん、何してんだい?ここは、食べ物を売る店だよ。」
「火が強すぎる。骨が驚いちゃう。」
おきよはしゃもじを持ち上げて、そのまま下ろした。打つつもりだったのではない。力が抜けたのだ。朝には味がないと言われ、今度は十二の子供に骨がもったいないと言われた。それからおきよは、子供の足元を見た。ひび割れた足の裏に、血の乾いたかさぶたがいくつも張り付いている。腹は、背中にくっついていた。
「お座り。食べていきな。」
こげは碗を両手で受け取った。だがすぐには食べなかった。鼻を近づけ、汁を一さじだけ口に含んで目を閉じた。
「三日食ってないんだろう。何してるんだい?」
「初めは水がやっと震えるくらいで煮る。それから少しずつ火を上げる。骨から全部出すには、時じゃなくて順番がいるんだ。」
十二の子供の口から出るような言葉ではなかった。
「どこで習ったんだい?」
「ばあちゃんに。」

おきよは、一晩だけだよと自分に言い聞かせて、子供を納屋に寝かせた。ところが明け方、店の前に小さな明かりがあった。こげがしゃがみ込んで、枯れ枝を一本ずつ火に置いている。
「うちの焚き木を燃やす気か。」
「焚き木は使ってない。落ちてる枝を拾ってきた。」
店の汁は、澄んではいなかった。かすかに震え、菊くなるような音を立てている。一刻ほど経った頃、子供が不意に身を起こした。硬い灰を一つ火に仕込むと、炎が立った。しばらくして、黄色く濁った粘りのある泡が浮いてくる。こげはしゃくでそれをそっとすくい、捨てた。一度、二度、三度。
「もったいない。」
「これを捨てないと、汁が澄まない。」
日の出が登る頃、汁が仕上がった。おきよは一さじすくって口に入れ、そのまま動かなくなった。同じ骨、同じ鍋なのに、汁は乳のように白く、後口に甘みが残った。
「お前、何を入れたんだい?」
「何も入れてない。抜いたものならある。」
「何を抜いたって?」
「獣臭さと、灰だ。」
おきよは声を上げて笑った。三年ぶりの笑いだった。それから、うちの人が作ってた汁に似てるとだけ言った。
「なあ、こげ。こげって、何の名だい?」
「ばあちゃんがつけた。米が切れると、鍋の底をかいて食べさせてくれたんだ。米がなくても、鍋の底にはお焦げがあるって。」
こげは懐から古い地本を出して、膝の上で開いた。おきよが覗き込んで首をかしげた。
「なんだ、この料理書は。『鍋が泣いたら水を刺し、泣きやんだら火をあげよう』。それだけかい?何目に入れろとも、何国にろとも書いてない。」
「ばあちゃんが言ってた。数を描いたら、それは他人の腕になるって。」
おきよは腕組みして、本の尻を指でつまんだ。一番後ろの二枚が油を吸って、一枚のように張り付いている。爪を立ててみたが、剥がれそうで剥がれない。
「おい、この二枚、くっついてるよ。」
「ばあちゃんの本だから、破いちゃいけない。」
「そうか。なら、大きくなったら、ばあさんの言葉遊びがもう一枚増えるだけだろうさ。」

三日目、あの塩の行商がまた来た。一さじ、二さじ、三さじとすする。それから汁を一息に飲み干した。
「店さん、嘘をつきなさんな。人の腕が三日で、こうも変わるものかい。明日、うちの仲間を八人連れてくる。」
その夜は十二人になっていた。三日前、一人だった店である。おきよは台所へ駆け込んで、鍋の前に立つ子供の背中をぴしゃりと叩いた。
「痛い。なんで叩くの?」
「気に入ったからだよ。気に入ったから。」

ところが翌朝、骨を買いに行った者が、手ぶらで戻ってきた。桃屋の亭主が、品がないという。おきよが自分で行くと、亭主は顔を上げられなかった。
「女将さん、俺にも暮らしがある。昨日、満飯の手下が来て、『骨はどこへ行ってるんですか』と聞いていった。聞くだけじゃないか。その聞くってのが、怖いんだよ。」
帰り道、道端の女たちが噂をしていた。
「あそこの汁は、犬の骨を使ってるらしいよ。」
「獣の骨を買う銭が、どこにあるのさ。」
おきよはその場に釘付けになった。三年、なぜ客が来なかったのか、その時になってようやくわかった。まずいから来なかったのではない。誰かが来させなかったのだ。

その日の昼過ぎ、庭に三つの影が入ってきた。裏に紋を張った黒羽織りに、三つ物の根付け、短い髭。満腹の主人、金兵である。かつて他家に集まる御用を握り、今は町屋の重だった。
「隣同士、顔を見に来て悪いか。」
金兵は円台の上を指先でなぞり、その指を払った。それから懐から紙を取り出し、ひどくゆっくりと開いて見せた。
「これが何か、分かるか?」
「うちの人が書いた、借用証文です。」
「その通り。三年、前の店に金を貸している。木屋の引居からな。その金が滞ったのは、誰のせいだかご存知ですか?」
「うちの人は、満飯と商いで争って、倒れたんですよ。」
「さあ、私の知ったことではない。」
金兵は円台に落ちていた米粒を指先でつまみ、口に入れた。
「米は一粒も粗末にするものではない。植えた者として、物が捨てられているのを見ていられんのだ。」
「旦那様が植えたことが、終わりで…」
それを金兵は遮ったように、懐から新しい借用証を開いた。
「木屋は先月、国へ引っ込んだ。立つ道すがら、これを私に八両で売っていった。これからは、私に返してもらう。利を足して、十三だ。」
「三年、私は利だけは欠かさず収めてまいりました。」
「それは木屋の話だ。私には、私の話がある。」
金兵は証文の先で、店の屋根をさした。
「十日間やる。十日のうちに十三両。返せぬなら、この地面をこちらへ渡してもらう。」
「この土地は、うちの人の親の代から守ってきた土地です。」
「だからこそ、惜しいのだ。あちらの家は、馬屋を広げる場所がいる。ここが、ちょうど良い。」

その時、こげが前に出た。
「なぜ桃屋は、骨を売らないんですか?旦那様が聞いたら、売る人は売れなくなる。ご存知ですか?」
金兵は子供の前にしゃがみ込み、顔を近づけた。
「世の中には力というものがある。力のあるものがただ尋ねれば、力のないものは答えねばならん。それが悔しいか?」
「悔しくありません。卑怯です。」
門番が手を振り上げた。おきよが子供を抱いてかばった。だが金兵は声を上げて笑った。
「ものが活用が嫌なら、勝って見せろ。」

その夜、米びつの蓋を開けた。そこが見えていた。手を入れてかき寄せても、二食分もない。
「これでしまいだよ。十日で十三両、一日に一両と汁かけ飯がいっぱい十六文だから、一日に三百二十五杯。一日に三百二十五杯。うちの人が生きてた頃だって、百を超えたことはないんだよ。」
「だから、やったことのないことをやるんだ。」
おきよは子供を見た。
「三百二十五杯なんて、どうやって売るんだい。」
「夜けだ。私の担ぎが、一番乗りより前に家を出る。飯に水をかけて、かき込んで出てくる人たちが、目の前に熱い汁があったら、食べないかな。」
「銭がないんだよ。十六文だ。」
「ちょっと一つを担いだが、夜明けに開ける店なんてない。だから開ければ、うちだけになる。向いは一人前百二十文の料理を出す店です。十六文の真似はできない。」
おきよはその場にへたり込んで、子供を見上げた。
「お前、本当に十二か?」
「十二です。けど、骨がないんだよ。」
「まずい。飯を落として売るのかい?」
「骨は、明日頼みに行ってみます。」

翌朝、こげは満腹の裏口に立った。裏木戸の脇に、肉を外したばかりの獣の骨が、桶に山と捨ててある。それを拾わせて欲しいと頭を下げた。金兵は腕を組んで子供を見下ろした。
「捨てた骨で炊いた汁を、誰が買うと思うか。」
「召し上がってみますか?」
「なぜ私が。持っていけ。捨てるものを。」
その夜、こげは板を一枚削り、隅で字を書いた。
「汁かけ飯いっぱい。召し上がってからお払いください。無銭で逃げられたら、そいつは一生、汁かけ飯の味を知らずに生きるのさ。」

鍋が一つでは、三百杯は炊けない。こげは与助街道を歩き、辻道の裏の土を掘って、赤黒く錆びた鉄の鍋を掘り出した。祖母の鍋だ。背中に背負って、転び、転がそうとしてまた転んだ。それでも一里の道を引きずってきた。明け方、庭にそれを下ろした時、手のひらはすっかり擦りむけていた。
「思い出に。女将さんが来たら、二人とも倒れる。」
第一日。まだ暗いうちに、鍋が二つ、日にかけられた。ところが太い骨のせいで、汁に獣臭さが残った。こげは、五年物の味噌を一さじ、麻の布に包んで紐で括り、汁の中にそっと沈めた。
「味噌を解いたら、それはもう汁かけ飯じゃないよ。」
「解かない。少しだけ浸すんだ。味噌が臭みを連れて出てくる。」
袋を引き上げると、汁の面に浮いていた濁りが、袋と一緒に持ち上がってきた。味噌の味は、少しもしない。三年納屋に放り込んであった鍋だった。二つの鍋に、火をかけた。一刻経っても、誰も来ない。その時、暗がりから荷を担いだ男が一人来て、店の前で足を止めた。
「こんな真夜中に、開けてるのかい。」
「銭がねえんだ。板をお読みじゃありませんか。召し上がってからで、結構ですよ。」
こげは碗に飯を盛り、汁を注いでは、霧を三度繰り返し、四度目に波々と満たして、葱を散らした。担ぎ手は一さじすすると、さじの運びが早くなり、汁まで飲み干して、しばらく座ったままいた。
「女将さん、もういっぱいくれ。今日は三担ぐつもりだったが、五担ぐ。」
その日は二十杯、三百にしかならなかった。それでも第三日には二十人が並び、第五日には、その半分になった。銭の代わりに、薪の束を置いていくものもいた。
「明日払ってくれればいいのに。」
「何を言ってる?明日も食うんだ。」

雨の日には、船が入らず、荷担ぎたちが軒下に肩を寄せ合った。こげは、残っていた蕎麦に水を打ってこね、手でちぎっては、澄んだ汁に落とした。銭のないものにも、黙って出した。三日後、その者たちは全員払いに来た。一人は、あの日荒れを食って倒れていたと言って、わらじを一足置いていった。おきよはそれを、子供の足に履かせた。

七日目、米屋が米を売らないと言い出した。市の真ん中でおきよが叫んでも、証人たちは誰一人、目を合わせなかった。
「米がなければ、飯を炊かなければいい。」
「飯なしで、汁を売るのかい?」
こげは村外れの畑を回り、刈り取りの後に残された藁を見つけた。持ち主に頭を下げ、売り物にならぬ「落ち穂」なら拾って良いと許しをもらって、日暮れまで集めて背負って戻った。
「藁の団子にします。汁に浮かべれば、飯の代わりになります。」
ところが翌朝、蒸し上がった団子は石のように硬かった。水が足りなかったのだ。担ぎ手の一人が噛んで顔を歪め、前を押さえた。
「おい、これは歯が立たねえ。」
その日、団子はいっぱいも売れなかった。おきよは器を下げながら、すみませんと繰り返した。こげは残った団子を指で押して、長いこと立っていた。
「藁が悪いんじゃない?俺の手が知らなかったんだ。」
「なら、もう一度やりな。」
その夜、子供は水を握っては開き、握っては開きした。耳たぶくらいの柔らかさになるまで水を足し、指の跡が消えぬ加減を、手で覚えた。翌朝、蒸し上がった団子はふっくらと汁を吸った。前の日に吐き出した荷担ぎたちが戻ってきて、平らげた。その者たちが市へ戻るなり、「昨日とは別物だ」と触れ回った。
「昨日のは忘れろ。今日のが本物だ。」
「昨日のも、俺が作りました。」
その日、単子の知る限り、ついに百杯を超えた。隣の宿場からも人が来て、庭に茣蓙が敷かれ、薪の山に腰かけて食べるものまでいた。

だが大九日の夜、おきよは銭を数える手を止めた。
「六両。一年にも稼げなかった家が、六両だよ。あと一日で、七両。」
「そんな金が、どこから湧くってんだ。」
大東家の方が、にわかに庭で足音がした。もんじ屋の亭主が、円台に銭を置いた。
「二両の施しじゃねえ。これから百日、うちの人足が食う飯代の、前払いだ。毎朝、きっちり食わせてもらうぜ。」
塩の行商が、煙管をくわえながら、二両二分を置いた。
「担ぎ手たちが少しずつ出し合った。前払いだ。」
隣の老婆は、一両を。
「うちのせがれが、三月分さきに食うから。」
その隅で、影が揺れた。裏の掘っ立て小屋に住む物乞いたちだった。年嵩の男が、しわくちゃの銭を一つかみ差し出した。
「これは受け取れない。」
「ようにも、足と手がある。こう集めた、一両と二分だ。その代わり、水汲みと焚き際りをやらせてくれ。ただの銭にしちゃ、こっちが割が悪い。」
おきよは両手でそれを受け取った。受け取る手が震えていた。足りなかった七両は、そうして翌朝までに埋まった。

十日目の朝、金兵は下人を四人従えて現れ、庭に入ったところで足を止めた。列が河岸まで伸びていたからである。おきよは袋を円台にどさりと置いた。
「お数えください。旦那様、十三両、寸分違いございません。」
庭に歓声が上がった。金兵は証文を取り出し、ゆっくりと引き裂いて、紙片を庭に撒いた。
「私は十日をかけ、お前は十日を稼いだ。だが、世の中は十日で終わらん。私は、十年をかける。」
そう言って背を向けて去った。その朝までは、金兵にとってあの店は、潰せば消える藁のようなものに過ぎなかった。その朝から金兵は、あの店を初めて「敵」として数え始めたのである。

その頃から、妙な客が来るようになった。髭を伸ばし放題にした老人で、灰色のぼろをまとい、いつも円台の一番奥、廊下の見える場所に腰を下ろす。どう見ても物乞いだった。銭はないというので、碗を渡すと、碗を一つ割って、おきよに背中を叩かれた。老人はいつも汁を口に運びながら、台所の子供を見ていた。
「小僧、今日の汁は、昨日より辛いな。」
「塩は同じです。」
「塩の話ではない。昨日は後口が甘かった。今日は、間が抜けている。だから、辛く感じる。今日は客が多いと思って、火を強く炊いたろう。」
こげはしゃもじを置いて、老人を見た。
「どうして分かるんです?」
「顔が昨日より赤いではないか。小僧、汁は目で炊くものではない。耳で炊くのだ。」
子供の手が止まった。それは、祖母が言っていた言葉だった。
「あなたは、台所にいた方ですか?」
「わしは、他人の炊いたものを食うてきただけのものだ。たくさん食うたから、分かる。」
「向いに、料理屋がありますよ。あそこは、うまくない。」
「十二品の膳を出されたことがある。」
「物乞いが、十二品の料理ですか?」
「物乞いとて、昔は人であった。」

一方、店は日に日に膨れ上がっていった。客が増えると、今度は店の方が回らなくなる。銭を取り違え、碗が足りず、また待たされた客に怒鳴られる日が続いた。こげは味のことしか、目に入らない。そこでおきよは、一日中庭話に立って、人の流れだけを見ていた。そして夜、板に隅で線を引いた。
「こげ。明日から、鍋の前を離れるんじゃないよ。汁を注ぐのは、お前。銭を見るのは、私。碗を運ぶのと洗うのは、近所の女を三人雇う。」
「それじゃ、銭が余分にかかる。」
「かかるさ。けどね、待たされて帰っちまう客の方が、よっぽど高くつくんだよ。」
こげは味を、おきよは店を。その日から、二人の分け目がはっきりした。木工所は毎朝、その日下ろしたばかりの一番いい骨を運んでくるようになった。物乞いだった男たちは、飯をもらって、水を組み、焚き木を割った。

ところが、人がうまく運び始めると、まず心が緩むものである。客が一日三百を超える頃、こげは列を捌くために、骨を煮る時を黙って縮めた。汁を注いで切る手順を三度から二度に減らし、臭みをすくうのも一度で済ませた。これで足りると思ったのだ。初めは誰も気づかなかった。だが、五日目、いつも来る荷担ぎの一人が箸を置いた。
「近頃、何かが抜けてるな。」
その日から、その担ぎは来なくなった。十日後には、円台の半分が空いていた。
「こげ。なんで客がこんなに減るんだい?」
「わかりません。同じようにやってます。」
その日の夕方、橋の上で老人が箸を置いた。
「小僧、今日の汁は、澄んでおる。前に何と言った?汁は目で炊くものではないと言わなかったか。ところが近頃は、客の列を見て炊いておる。列が長いから手が急いた。急いだから、味が抜けた。」
こげは何も言えなかった。
「覚えておけ。一番恐ろしいのは、うまくいくことだ。しくじれば、人は目が覚める。だが、うまくいくと、正気を失う。」
その夜、こげは一人で汁を舐めた。なるほど。奥行きが空っぽだった。子供はその場にへたり込んだ。ばあちゃんは「目で見て刺すのは遅い」と言ったのに、俺は列を見て炊いていた。
「ならどうするんだい。」
「初めから、やり直します。」
翌朝、こげは初日と同じ手順に戻した。列がどれほど伸びても、手をゆっくりにした。三日目、来なくなっていた客が戻ってきて、一言だけ言って笑った。
「汁が戻ったな。」
「俺が戻りました。」

ある朝、客が皆帰った後、老人は空になった碗を両手で抱えたまま、動かなくなった。
「三十年だ。何を食っても土くれだった。それなのに、この一杯にだけ味がある。」
老人の目から涙が落ちて、汁に混じった。しゃもじを握ったまま、こげは何も言えなかった。
「五老人、なんで泣くんです?」
「泣いてはおらん。湯気が暑いのだ。」
「一つだけ覚えておけ。味があるということと、わしの探している味とは、別のものだ。」
「探している味があるんですか?」
「ある。三十年、探しておる。」
「あなたは、植えたことがありますか?」
老人の顔が強張った。
「なぜ、そんなことを聞く?」
「植えた人は、目が違う。飯を出されたら、まず器を見る。汁を出されたら、炊いた人の手を見る。」
老人は長い間子供を見つめてから、そっと身を起こした。
「植えた。五歳の時だ。それきり、二度と植えなかった。だが、それからずっと、味というものがわからん。」
その日、老人は初めて銭を払った。懐から小判を一枚出して、円台に置いたのである。
「まあ、物乞いが小判だなんて。」
「拾った道でな。」
老人は笑って帰っていった。おきよは傷一つない一枚を手のひらに乗せ、長いこと眺めていた。立ち上がると、木袖がずり落ちて、朝の明かりに左の眉の上が見えた。爪ほどの、古い傷跡だった。

その頃の奥座敷では、こんなことが起きていた。金兵は下人を一人座らせていた。
「お前、今日から向いの店へこっそり行け。何もするな。水を組み、碗を洗い、ただ見ておれ。あの家に書きつけたものがないか、探せ。何の煮方を、何目入れているか。その数さえ掴めば、あちらは我が家の板前が六人、掛かりでやる。」
下人は茶を一口飲んだ。裾を整える間際に、思い出したように訪ねた。
「旦那様、奉行所への届け物は、今月も同じでよろしゅうございますか?」
金兵は正面から目を上げずに答えた。
「今月は増やせ。あのお方は、高いところがお好きだ。」

下人は名を変え、振りを変えて店に入った。真面目に働くからと、おきよはその日のうちに雇った。男は本当によく働いた。
「あの人は、本当によく働くね。」
「あの人、汁を一度も舐めません。」
「働きに来たんだから、それでいいじゃないか。」
こげはそれ以上言わなかった。ただ、その日から本を枕の下に敷いて眠るようになった。納屋には、鍵も何もない。十二の子供が守れる場所は、頭の下しかなかった。
そしてある夜、納屋で藁をかき分ける音がした。こげは目を覚ましたが、目は開けなかった。泥棒は、それがどこにあるかを、もう知っていた。手は迷いなく枕の下に伸び、古い本を抜き取った。足音が遠ざかり、戸が閉まってから、子供はようやく目を開けた。翌朝、下人の姿は消えていた。
「賃金も受け取らずに、どこへ行ったんだい?」
「取るものを取ったからです。ばあちゃんの本です。」
おきよは、掻き乱された藁の前にへたり込んだ。だが子供は、泣いても怒ってもいなかった。
「今は、知る時じゃないだろう。腹の他に、何があるんですか?」

五日後、満腹が新しい看板を出した。「満腹、知るか。汁かけ飯、いっぱい八文」。庭には大釜が三つ据えられた。河岸の店の客は、三日で三分の一に減った。
「八文じゃ、足が出るはずだよ。売れば売るほど、損じゃないか。」
「続きません。でも、あの家は力が大きい。こちらが潰れる前に、向こうが潰れるか。」
「力の大きい方が、勝つ。」
奥座敷で、金兵はそう言っていた。その力が、本当に空になる日が来ることを、まだ知らずに。

やがて、荷担ぎの一人が飛び込んできた。
「向いの汁は、味噌が匂う。あれは、うちの味だ。」
ちょうどその時、黒羽織りの中年の男が庭に入ってきた。奉行所の出先と名乗った。
「女将、少し話をしよう。」
男は懐から紙を一枚出して、円台に置いた。金数を受け取ったという借用証で、下の方に小さな指印が押されている。
「先月、二十五日。この指印、小さくないか?十二の子供の手だ。」
「馬鹿を言わないでおくれ。」
「女将、考えてみなさい。ここは庭の真ん中だ。夜中に人が藁を書き分けているのに、そこで寝ている子供が目を覚まさぬということがあるか。」
「目を覚まさなかったのではない。起きなかったのだ。」
男は灰を置き、信じるも信じぬも勝手だと言い残して立ち上がった。おきよは長いこと紙を見つめてから、台所の方を見た。祖母が残したただ一つのものを奪われたというのに、この子は昨夜も今朝も、一度も怒らなかった。
「こげ、昨夜、目を覚まさなかったのかい?」
「覚ましました。」
おきよの顔から色が引いた。
「なんで、黙っていたんだい?」
「十二の子供が、大人を捕まえられますか?声をあげたら、何をされたかわからない。女将さんが来たら、二人とも怪我をする。」
おきよは証文を子供の前に放った。こげは拾って指印を見つめ、それから自分の親指を紙の上に置いた。二回りは大きかった。
「俺の手じゃない。」
「じゃあ、誰の手だ?」
「知りません。でも、これは捨てないでください。向こうがわざわざ持ってきた紙です。きっと、意味があります。」
おきよは信じたいのに信じきれなかった。信じきれないのに、信じずにはいられなかった。まさにそこが、金兵の狙った急所だった。

その夕方、こげは河岸を渡り、八文を払って、満腹の汁かけ飯を食べた。そこへ金兵が近づいてきた。
「どうだ?」
「見ています。」
「骨を、何の煮方に増したか。」
「丸一日です。火は強く炊きました。客が多いのでな。」
子供は頷いて立ち上がった。
「旦那様、その本、どうぞお読みください。そこに書いてある字の通りになさるなら、旦那様の汁は、一生、俺の汁に似ているだけです。」
金兵は、その夜一人で鍋の前に立ち、二度、味を見た。子供の言う通りだった。似ているだけだった。
「十二であれ、この度胸か。」
金兵はしゃもじを置いた。
「二十になるまで待つわけにはいかんが。」

翌日、金兵は証文も持たず、下も連れずに、一人で店へ来た。
「あの子供を、譲れ。そうすれば、汁かけ飯は十六文に戻す。私のも、また通してやろう。」
「あれは、どの道他人の子だ。私に転がり込んだ子供一人のために、傾いた土地を失う気か。」
その言葉に、おきよの手が一瞬止まった。そして、揺れていた心が、その一言で静まった。
「旦那様、うちの人が死んでから三年、私はこの店の前に一人で座っておりました。その三年、私に口を聞いてくれたのは、あの子だけです。」
おきよはしゃもじを、櫃の縁に戻した。
「他人の子ですって。いいえ。あれは、私の子です。」
金兵は一言も返さずに背を向けた。庭を出ながら、証文を開いては、また畳んだ。

三日後の朝、奉行所の役人が四人、店の庭へ踏み込んできた。
「こげという小僧は、どこだ?盗みだ。満腹の金兵の訴えにより、家に伝わる秘伝の書を盗んだ疑いがある。」
「あれは、うちの子のばあ様の本ですよ。盗んだのは、あの連中じゃありませんか?」
「証拠はあるのか?」
「そちらこそ、証拠はあるんですか?」
「本は、どこにあるんです?」
「金兵が持っておる。」
「持っているものが、持ち主だ。」
「うちの子は、あの晩、納屋で寝ておりました。私が、証人です。」
役人は正面を向きもしなかった。
「女の言い分は聞くなと言われておる。」
「言われておるって、どなたにです。」
「上から。早く縄をかけろとのことだ。それだけだ。」
おきよは言葉を失った。盗まれたはずの品を改めもせず、証人の名も書き取らぬ奉行が、この世にあるものだろうか。こげはしゃもじを鍋の上にかけ、前掛けを外し、両手を前に差し出した。
「参ります。女将さん、今日の骨は、二度目の音です。水を刺す時、音を聞いてください。」
引き立てられていく間、子供は一度も振り返らなかった。

その夜、店の明かりが消えた後、覆面をした男が五、六人、壁を越えて入ってきた。円台を叩き割り、器を割り、囲炉裏を突き崩した。おきよが飛び出して叫ぶと、突き飛ばされ、土間に転がった。その時、別の一人が斧を取り、庭の真ん中の貯水池へ、振り下ろした。一度、二度、三度。ひびが走り、大きな音を立てて、祖母の鍋が割れた。
「やめとくれ。それだけは。」
男たちは犬の吠えるような声に、壁を越えて逃げていった。おきよは一晩中、割れた鍋を抱いて座っていた。これが十歳の子供が島から抱えてきて、一里の道を引きずってきた鍋だと、知っていたからである。

こげは、奉行所の牢ではなく、女牢に止められた。畳の上には、藁一つ掴みもなかった。子供は膝を抱えて座り、目を閉じて、何かを数えていた。
三日目、飯を運んできた女牢が、ついでのように言い捨てた。
「お前の店の鍋、斧で割られたらしいぞ。」
子供は泣かなかった。だが、その夜は、どれほど目を閉じても、音が聞こえなかった。その夜、こげは夢か幻かわからぬところで、祖母を見た。お峰は囲炉裏の前に座って、火を見ていた。
「ばあちゃん、本を取られた。鍋も割られた。」
「そうか。」
「腹が立たないの?」
「本が汁を炊くのかい?それとも、鍋が炊くのかい?手が炊くなら、それでいいじゃないか。」
「こげ、一つだけ分かったことがある。あの人たちは、俺の汁を盗んだ。でも、俺の手は盗めなかった。」
「なら、半分は分かったね。後の半分は、腹をすかせた人の前に立てば分かるよ。」
明け方、こげは壁にすがって立ち上がった。熱はまだあったが、目は澄んでいた。

その朝、女牢の前に、ぼろの老人がふらりと現れた。格子の前にしゃがみ込んだ時、合わせがわずかに開いて、紐に通した小さな印のようなものが覗いた。女牢はそれを一目見るなり、湯を満たした桶を取り落としそうになり、慌てて目を伏せた。そして格子から離れて、壁の方を向いて、見なかったふりをした。
「小僧、ひどい顔だな。」
「熱があるからです。」
老人は格子の隙間から、握り飯を押し込んだ。子供は一口かじった。冷たいが、冷たくても飯は飯だ。
「小僧、もう一度あの金兵と競うことになったら、どうする?」
「汁かけ飯です。」
「向こうは、十二品の膳を並べるぞ。」
「十二品には、十二の手がいります。一杯には、一つでいい。」
「それでも足りぬ時は?」
「その時は、一番粗末なものを差し上げます。ばあちゃんが言いました。一番尊いお方が来たら、一番粗末なものを差し上げろと。」
老人の手が止まった。それから格子を握りしめ、ひどく長い間、子供を見つめた。
「お前のばあ様の名は、何という?」
「お峰です。」
老人の手から、力が抜けた。一言も言わずに立ち上がり、二、三歩よろけて、壁に手をついた。
「五老人、お加減が?」
「何でもない。」
そしてその日から、老人は河岸に姿を見せなくなった。

その頃、店には昔の物乞いたちが来ていた。
「女将さん、あの黒羽織りの野郎のことだ。この裏の下で寝るものの目からは逃げられねえ。あの明け方、本を抱えて満腹の裏木戸から入るのを、俺たち三人が見た。今は、牢に近い罪の百勝にいる。」
「そこで飯を炊いているばあさんが、俺たちの村の者でな。」
「けど女将さん、俺たちが申し立てたところで、誰が信じる?物乞いの言葉を信じるお役人を見たことがあるかい?」
おきよはまた座り込んだ。証人は三人いた。その三人が三人とも、物乞いだった。それでもおきよは、その話を書き取って、御奉行へ届けた。

五日後、河岸に馬の蹄の音が響いた。紋の入った羽織りのお使い番が三人、蔵に降り立った。人々は道端にひれ伏した。
「柳瀬の町屋、満腹の金兵並びに、料理屋の小僧、こげ、これを聞け。書の持ち主と腕の審議は、午前にて確かめる。盗み状内、偽りの証文については、御裁許らの相案が別に吟味を進めておる。両名、十五日のうちに五軒へ上がり、会を差し上げよう。負けたものは、柳瀬の川から鑿を下ろす。これは、新狩りの御裁可である。」

その日のうちに、こげは歩いて河岸へ帰ってきた。痩せこけ、唇はひび割れていた。おきよは裸のまま飛び出して、抱きしめた。
「こげ、どうしよう。し狩りの審議だってさ。」
子供は庭の真ん中を見た。割れた祖母の鍋が、そのまま枯れていた。子供はその前にしゃがみ込み、ひびを指先でなぞった。
「女将さん、鍋が割れたって、俺には手があるでしょう。」
そう言って背を向け、台所へ入っていった。おきよが追って入ると、子供は鍋の前に座っていた。肩が上下していた。音は、一つもしなかった。泣いてはいけないと知っている子供の泣き方だった。おきよは隣に座り、その背中に手を置いた。
「お前、ここでなら泣いていいんだよ。」
その時になって、子供は声を出した。十二の子供の鳴き声だった。

五軒目の夜明け、おきよは新しいもんぺの合わせを着せ、油に包んだものを懐に入れてやった。
「これは味噌だよ。うちの人が仕込んだやつさ。五軒の審議に、何があるか知れないから、これだけは持っておいき。私は三年、しゃもじを握って味が出せなかった。お前は半年で出した。私は、お前の手を信じるよ。」

十五日目の明け方、五軒の中庭の一画に、鍋が二つ据えられた。片方は、満腹の大きな鍋で、その前には料理人が六人、袖をまくって並んだ。もう片方は、貯水池の鍋だった。ひびに当て金を打ち、鍛冶屋で継いだのである。その前には、次当ての筒袖に、農夫足袋を履いた子供が立っていた。白い陣羽織を着た白髪の老人が現れた。御奉行の審議を司る「台所の長」とおぼしき老相案であった。
「決まりは、その場で読み上げられた。主立った材料は、御蔵から、双方に同じだけ渡す。御蔵にある触れた品なら、申し出て足して良い。外から珍しい品を持ち込むことは、愛ならぬ。持ち込みの品があるなら、あらかじめ申し出て、書きつけに記せ。何を作るかは、それぞれの勝手だ。ただし、決めるのは食うものだ。」
技師は骨と米と大根を受け取り、増薬人に訪ねた。
「恐れ入ります。麦のぬかは、ございますか?それと、よもぎ。五軒には、よもぎは生えておりますか?」
「ぬか?あれは、飼料だぞ。」
「だからこそ、お尋ねしております。」
それから子供は懐の油の包みを解いて見せた。
「持ち込みは、これだけにございます。五年物の味噌です。書きつけにお願いします。」
技師は匂いをかいで、これは料理ではないと呟いて、筆を走らせた。兵の下によもぎがあると教えたのは、通りかかった御裁許だった。

金兵の側は賑やかだった。六人掛かりで肉を切り、揚げ物を上げ、青物を和えた。一方、こげの側は静かだった。子供は骨を洗い、洗い、また洗った。それから冷たい水を張り、ごく小さな火をつけて、鍋のそばで目を閉じた。ところが、二刻経っても、音が変わらなかった。この骨は、干して長く経った獣の骨で、太くて硬く、安易には開かない。
「小僧、もう高いぞ。焚き木を一本くべて、時を稼げ。」
「でも、差し上げられません。ここで火を上げたら、骨の芯を最後まで出せなくなります。骨が驚いたら、二度と開きません。」
子供は焚き木の代わりに、かまどの薪を書き出し、炎が平らに回るようにした。夜の明ける前に、音が変わった。その時になって、肩が落ちた。
傍らでは、ぬかとよもぎを蒸したものが、小さな蒸し器にかけられていた。
「あの小僧、飼料で何をしておる?」

火が落ち、中庭は朝日が差した。先に運ばれたのは、満腹の膳である。骨付きの鳥を炙ったもの、野菜の揚げ物、金糸を乗せた卵焼き。それを含めて十二品が並び、真ん中に汁かけ飯の椀が据えられた。
「審議で金兵が汁を食うとは、お触れが出てからいくらも立たぬぞ」と老相案が眉を寄せた。ところが、御簾の向こうからは、何の声もなかった。ただ、御簾のうちから、箸の音が一つした。一度切りで、箸は置かれた。老相案も碗を取り、さじをすくって飲んだ。
「銀、この汁は、骨を何の煮方に炊いた?」
「丸一日に増してございます。火は強く炊きました。」
「では、この汁は、骨が驚いた汁だ。表だけが出て、中はまだ沈んだままだ。だから、飲み下した後、下に何も残らぬ。辛くもなく、薄くもない。味がない。」
老相案は金兵の目をまっすぐに見た。金兵の顔から、血の気が引いた。

続いて運ばれたのは、小さなお椀が一つ、木の椀に、その上に、碗が一つだけだった。ざわめきが起きた。しかも、子供は御簾の前に膝をついてから、その場で汁を注ぎ始めた。
「何をしておる?」
「飯に汁を染みさせるために、注いでから切っております。ここまで運ぶ間に、碗が覚めます。覚めた汁を注げば、飯が驚きます。三度、そうして、四度目に、波々と満たし、葱を散らしました。」
御簾が、わずかに揺れた。それから、箸の音がした。一度、二度、三度。音は止まなかった。老相案も一さじすくって、ひどく長い間、目を開けなかった。
「小僧、この後口に、何を入れた?」
「何も入れておりません。抜いたものなら、ございます。獣臭さと灰です。」
「借りたものなら、一つだけ。お前さんの祖母が仕込んだ、五年物の味噌にございます。骨の匂いを抜くのに、これに勝るものはございませんでした。」
老相案は立ち上がり、御簾の方へ体を向けた。
「畏まりました申し上げます。この汁は、ごく弱い火で、二昼夜を超えて煮て、初めの臭みを三度すくって、初めて生まれるものにございます。この子供は、今日、二日しか煮ておりませぬ。時を縮めたからではございませぬ。手が、順を知っているからにございます。」
その時、金兵が叫んだ。
「その順は、私の本に書いてある!」
金兵は懐から古い地本を取り出し、高々と掲げた。
「満腹の秘伝の書だ。この子供が、これを盗んだのだ。」
老相案は本を受け取り、ゆっくりとめくった。
「金兵、ここに何目入れようと書いてあるか。何国と書いてあるか。そう、それは書いてない。この本には、数字が一つも書かれておらぬ。『鍋が泣いたら水を刺し、泣きやんだら火をあげよう』。それだけだ。ところが、そなたは先ほど『丸一日』と申したが、この本のどの一行を読んで、一日と決めた。してみよう。」
金兵は本を受け取って、めくった。一枚、二枚、三枚。指が紙の上で震え、どこにも降りなかった。数字がないのだから、刺す場所がなかった。
「三代伝わった家の書と申し、名を汚さぬはずがなかろう。」
老相案は本を取り返し、一番後ろを開いた。油で張り付いた最後の二枚を、指先を濡らしてゆっくりと剥がす。内側に、字があった。老相案が、中庭に響く声で読み上げた。
「焦げに宛てて。このババの手では、書きつくせなんだ。」
中庭が、読めた。長らくこの書を持っていながら、この最後の一枚に気づかなんだとは、と老相案が言った。金兵は、言葉を失った。

その時、中の御門が開き、役人が一人の男を引き立ててきた。店で働いていた、あの下人である。獄に近い罪の牢から、召し取られてきた。男は額を血に濡らしたまま、懐から本を持ち出したこと、斧が満腹の薪割り場のものであることを、白状した。
「物乞いにございましょう。審議が物乞いの言葉を証拠になさるとでも?」
老相案は首を振った。
「物乞いの言葉を証拠にしたのではない。それを聞いて、この者を探させたのだ。そして、この者の懐から、これが出た。」
老相案は、二枚の紙を広げた。一枚は、この者の懐から出た借用証。もう一枚は、あの子供が焼かずに持っていた借用証だ。紐も紙も、そっくり同じ。違うのは、指印だけで、一方は大人、一方は子供のものだ。
「同じ借用証が二枚ある謂れはない。金兵、子供の指印は、どこで手に入れた?」
金兵は震える声で呟いた。
「私の孫が八つにございます。あれの手を押しました。」
「私がやった。すべて、私がやったことにございます。私は、何も存じませぬ。」
老相案が目をやると、下男が引き出されてきた。身に咎めのある身が、庭の膝を土につけていた。
「金兵の命により、月々、御裁許への届け物を受け取り、その都度、『絵を早く回せ、縄を早くかけよ』と申しましたものでございます。」
老相案が、証文の日付を読み上げた。下男が品を受け取った日と、万屋へ縄が回った日が、寸分違わず重なった。金兵の首が、ゆっくりと下がった。逃げ道を塞いだのは、他人の口ではない。自分の渡した金が、自分の日付を覚えていたのである。
「命ばかりは。お助けを。全ては私が致しました。噂を流したのも、骨を断ったのも、本を持ち出させたのも、私にございます。」

御簾の間の御簾が上がった。人々は一斉にひれ伏した。
「金兵は、重罪の咎により、お役人へ送り、罪なき老婆は、お救いだ。これは、御主君を欺き、法令を誤らせた罪である。財産は残らず取り上げ、身は所払いの上、生涯、町内へ立ち入ることを許さぬ。満腹は取り壊し、跡地は私が預かる。お墨付きを頂戴し、亀井は断絶とせよ。」
役人が金兵を引き立てた。金兵はもがきながら振り返って叫んだ。
「私とて、御立身の時、私の若い時に、人の一生を支えた。一日、飯を一さじで生きた。そうやって、家を満たしたのだ。二度と飢えぬために!」
声は兵の向こうへ流れ、やがて静かになった。
後に人はこう言った。満腹の家には、取り上げるほどの財は、ほとんど残っていなかったと。八文の汁で人を倒そうとして、先に自分の家を空にしていたからである。

中庭に静けさが落ちた。御簾から人が降りてきて、子供の方へ歩いてくる。こげは顔を上げ、目を見開いた。髭は落とされ、着物も違っていたが、左の眉の上に、爪ほどの傷跡があった。
「五老人、無者。こちらのお方が、ひがしの神様であるぞ。」
だが殿様は、手を上げてそれを止めた。
「捨ておけ。あの子供にとって、私は、老人だ。」
御殿様は、子供の前に膝を折った。お召し物の裾が、土に濡れた。
「小僧、しゃもじは、うまかった。ところで、庭でぬかを使ったそうだな。審議に、ぬかを差し上げるつもりだったのか。」
子供は懐から油の布を取り出し、両手で広げた。手のひらほどの、青みが勝った藁色の餅が三つ。麦のぬかによもぎを混ぜて、蒸したものである。役人が叫んだ。
「無礼な!審議に、飼料を出すとは!」
だが、御殿様は動かなかった。
「ばあちゃんが言っておりました。一番尊いお方が来たら、一番粗末なものを差し上げなさい。あなたは、三十年、飯の味を知らないとおっしゃいました。けれども、植えたことのある方です。植えた人の口は、腹を満たすための食べ物には、開きません。」
御殿様は、餅を手に取った。手が震えていた。一口、かじった。ザラザラして渋くて、喉に引っかかった。だが、噛むほどによもぎの香りが立ち上ってきた。
「食べれば、人の食い物だ。」
御殿様は、その場に座り込んだ。そして、両手で顔を覆った。
「三十年になる。三十年前、私は、お家の御家騒動に巻き込まれ、身に流れる血のせいで、命を狙われた身であった。農家の里へ逃され、名を伏せたまま、刀を持たず、牛を追い、十一年、畑にいた。その時、一人の女が、私を台所へ呼んだ。米一粒ない家で、これを、私の手に乗せた。三つくれた。一つは今食べ、二つは懐に入れておけと言った。明日も腹が減るから、と。私は、名を聞かなかった。あちらも、聞かなかった。名を明かせば、命のない身だったのだから、聞かれても答えられなかったであろう。やがて騒動が収まって呼び戻され、家を継いだ。国中の珍味を口にした。それでも、何を食っても、土くれだった。三十年、ある。あの台所に、味を置き去りにしてきたからだ。だから、国入りの後、物乞いに身をやつして、諸国を歩いた。そうやって二十年、食べ物を求めて歩き回った。」
御殿様は顔を上げた。目が、赤く濡れていた。
「船宿で、あの名を聞いた時、まさかと思った。だが、確かめるのが、恐ろしかった。三十年が経っておる。あの女が、島で独りで死んでいようとは、どうして思えたであろう。小僧、ばあ様は、今も達者か?」
「二年前に、亡くなりました。」
御殿様は、目を閉じた。ひどく長い間、閉じていた。
「二年、早く会えていればな。」
そう言っただけだった。米一粒ない家で、餅を三つ蒸したものが、自分の孫に「お焦げ」という名をつけたのか。御簾の間では笑っていた者たちが、誰一人、顔を上げられなかった。
同じ苦労を知っても、人は同じ道を歩くわけではない。金兵は、二度と飢えぬために、人から奪った。ひがしの神様は、あの日の味を、三十年探し続けた。そして、こげは、自分が植えたからこそ、腹をすかせた者へ、粗末なものを差し出したのである。

数日後、御殿様は御供を連れず、お忍びのまま、その島へ渡った。裏山の石を一つ立てただけの墓の前で、お召し物の裾を折って、膝をついた。
「審議が終わらぬ。粗末な墓にございます。」
御殿様は、墓の供え物が、誰かが上供に供えた藁を救ったことに気づいた。
「そなたらの中に、それをしたものがおるか。」
誰も答えられなかった。御殿様は二度、頭を下げ、よもぎの餅を三つ、供えた。二年前、子供が同じものを置いた場所だった。

こげは、五軒へ参れ、御裁許に席を取らせようと言われた。こげは、膝をついた。
「畏まりましたことは、できません。五軒の料理は、腹の満ちた方々のためのものにございます。私の汁は、腹の減った人が食べた時に、一番うまくなります。」
御殿様は、長いこと見つめ、それから微笑んだ。三十年ぶりの笑いだった。
「誠に、ばあ様の孫だな。」

こげが河岸へ帰ってきた日、おきよは裸のまま飛び出して抱きしめ、長いこと離さなかった。それから台所へ入り、湯気の立つ椀をすくって、子供の前に置いた。
「ごちそうさま。お前が、一番腹をすかせてるだろう。」

あれから一年が経ちました。柳瀬の町に、満腹はもうありません。跡地には、畑が立っています。その向かいには、新しい屋根がかかり、円台が十二、鍋が三つ。庭の真ん中には、当て板で継いだ鍋が据えられています。ひびの跡が、そのまま見える鍋です。なぜ新しい鍋にしないのかと聞かれると、女将はこう答えます。
「これは、うちの子の鍋ですよ。この子が、海の向こうから引きずってきた鍋なんです。」
店先の柱には、板がかかっています。
「汁かけ飯、一ぱい。召し上がってから、お払いください。」
その下に、もう一枚、書き足されています。
「腹をすかせた子供は、ただで食べてください。」
毎朝、夜明けには、十三になった少年が、鍋の前に座って、火を見ています。庭の隅では、かつて裏の下で寝ていた男たちが、飯をもらって、水を組み、焚き木を割っています。戸口の上には、額がかかっています。ひがしの神様自ら下されたものだと言います。そこには、こう彫られています。
「お峰の家」
そして、五穀に一番鶏の泣く頃、灰色のぼろをまとった老人が、ふらりとやってきて、いつものように舗装の見える番台に腰を下ろすのだそうです。少年は何も聞かずに、碗を差し出す。老人は、傷一つない小判を一枚置いて、帰っていく。女将は、見なかったふりをする。あの老人が誰なのかを、河岸の誰も尋ねません。
うまい味は、うまい材料から出るのではない。食べる人の空腹を知っている手から、出る。
今日のお話は、これでおしまいでございます。

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