「ねえ、ママ、バーバっていつなくなるの?」 夕食の片付けをしている台所で、私は隣の部屋から聞こえてきた孫の声に息を呑んだ。続けて嫁の声がした。「そうね。早くいなくなってくれたら楽になるのにね」…

「ねえ、ママ、バーバっていつなくなるの?」 夕食の片付けをしている台所で、私は隣の部屋から聞こえてきた孫の声に息を呑んだ。続けて嫁の声がした。「そうね。早くいなくなってくれたら楽になるのにね」...

「ねえ、ママ、バーバっていつなくなるの?」

隣の部屋から聞こえてきた孫の声に、私は手にしていた茶碗を落としそうになった。夕食の片付けを終え、台所で一息ついていた時のことだ。

私は柏木照子、69歳。5年前に夫を亡くしてから、息子家族と同居している。今日も朝5時に起きて家族の朝食を作り、掃除、洗濯、買い物と一日中追われていた。

「そうね。早くいなくなってくれたら楽になるのにね」

嫁の絵里さんの声が続いた。私の胸に鋭い痛みが走る。

「うん。バーバがいなくなったら、お部屋広く使えるもんね」

10歳の孫、愛莉の無邪気な声。その言葉は私の心に深く突き刺さった。

私は震える手で流し台の縁を掴んだ。息子の翔平はどこにいるのだろう。きっとリビングでテレビを見ているのだろう。何も聞こえていないふりをして。

これまでどれだけこの家族のために尽くしてきたことだろう。息子の結婚時には貯金から500万円を援助し、孫が生まれてからは仕事を持つ嫁に代わって世話をしてきた。

でも私は気づいていなかった。この家族にとって、私はもういらない存在になっていたことに。

その夜、私は眠れなかった。孫の無邪気な残酷さと嫁の冷たい言葉が頭から離れない。

私は寝室の引き出しから古いアルバムを取り出した。12年前、翔平が結婚した時の写真だ。あの時、私と亡き夫は泣く泣く貯金から500万円を頭金として援助した。

「母さん、本当にありがとう」

涙を流して喜んでいた息子の顔が、今でも忘れられない。

8年前、夫が病気で倒れた時、翔平は言った。

「母さん、一緒に暮らそう。俺たちが面倒見るから」

夫が亡くなった後、私は思い出の詰まったこの家で息子家族と暮らし始めたのだ。

でも知っているだろうか。この家の名義は今でも私のままなのだ。土地も建物も全て私と夫が築いた財産。評価額は6000万円を超えている。

朝から晩まで私は家事に追われてきた。絵里さんは「専業主婦は大変なの」と言いながら、実際の家事はほとんど私任せ。愛莉の送り迎えも習い事の付き添いも、全部「お母さん、お願いします」で済まされてきた。

それでも私は家族のためだと思って頑張ってきたのだ。

でも、その家族にとって私はもう邪魔物でしかなかったのね。

涙が頬を伝った。でもその涙は悲しみだけではなかった。

翌朝も私はいつものように朝5時に起きた。家族が起きてくる前に朝食の準備を整えなければならない。

台所で味噌汁を作っていると、6時半に絵里さんが降りてきた。

「おはようございます」

私が挨拶をしても返事はない。絵里さんは冷蔵庫を開けて眉をひそめた。

「お母さん、また買い物忘れてるじゃないですか。ヨーグルト。愛莉が毎朝食べるって言ってるでしょう」

「申し訳ありません。昨日は売り切れていて……」

「言い訳はいいです。ちゃんとしてください」

絵里さんはため息をつきながらテーブルについた。私が出した朝食を一口食べると、また文句だ。

「味噌汁薄くないですか? 年を取ると味覚も鈍るんですね」

翔平が降りてきた。新聞を広げながら、私には目も合わせない。

「母さん、俺のYシャツちゃんとアイロンかかってる?」

「はい。かけておきました」

「最近は目立つんだよね。もっとしっかりやってよ」

愛莉も起きてきた。

「バーバ、お弁当まだ? 遅刻しちゃう」

「もうできていますよ」

私がお弁当を渡すと、愛莉は中身を確認して顔をしかめた。

「え、また卵焼き? 飽きちゃった。ママのお弁当がいいな」

「愛莉ちゃん、ママは忙しいからバーバでいいでしょ」

愛莉は不機嫌な顔で席に着いた。

朝食が終わると、皆それぞれの準備で慌ただしくなる。その間も私への要求は続く。

「お母さん、愛莉の体操着がないです」

「母さん、靴下どこ?」

「バーバ、宿題のプリント出して」

まるで便利な召使いのようだ。それなのに、ありがとうの一言もない。

8時を過ぎてようやく家族が出払うと、私は後片付けを始めた。食器を洗いながら、ふと手が止まる。流し台の横に愛莉の連絡帳が置き忘れてあった。

学校に届けなければと思ってページを開くと、そこには作文が挟んであった。タイトルは「私の家族」。

「私の家族は3人です。優しいパパと綺麗なママと私です。パパは会社で頑張って働いています。ママは料理が上手でいつも美味しいご飯を作ってくれます」

私の名前はどこにもなかった。

胸が締めつけられた。毎日お弁当を作り、送り迎えをしている私は、愛莉にとって家族ではないのだ。

午後、愛莉を迎えに行った帰り道、公園で同級生の母親たちに会った。

「あら、愛莉ちゃん、今日もおばあちゃんと一緒なの?」

すると愛莉は恥ずかしそうに私から離れた。

「ママは用事があるから」

「愛莉ちゃんのママ、いつも忙しいのね」

同級生の母親は意味深な笑みを浮かべた。愛莉はますます私から距離を取る。

「バーバは先に帰ってて。友達と遊ぶから」

「でもママが2時には帰るように言われて……」

「うるさいな。バーバは黙ってて」

愛莉は友達の方へ走って行った。私は一人、とぼとぼと家に帰った。

夕方、絵里さんの両親が訪ねてきた。途端に絵里さんの態度が変わる。

「お母さん、お茶をお願いします。あ、お父さんたちの好きな羊羹もあったでしょう」

普段は「そこ邪魔、早くどいて」としか言わないのに、自分の両親の前では「お母さん」と丁寧に呼ぶ。

「照子さん、いつもお世話になっています」

絵里さんの母親が言った。

「いえいえ、家族ですから」

私が答えると、絵里さんがすかさず口を挟んだ。

「そうなんです。お母さんがいらっしゃるから、私も安心して愛莉の教育に専念できるんです」

教育に専念。昼間はテレビを見て友達とランチに行っているだけなのに。

その夜、夕食の準備をしていると、隣の部屋から絵里さんと翔平の会話が聞こえてきた。

「お母さん、最近もの忘れがひどくない?」

「そうだな。さっきも同じことを2回聞かれたよ」

「認知症の始まりかもしれないわね。施設とかそろそろ考えた方がいいんじゃない?」

私は包丁を握る手に力が入った。物忘れなんてしていない。ただ、返事をしてもらえないから確認のためにもう一度聞いただけだ。

夕食時、私は黙って食事をした。

「バーバ、このハンバーグ硬い」

愛莉が文句を言う。

「母さん、味付け濃いよ。健康のこと考えてよ」

翔平も続く。

私は「すみません」と言いながら、心の中で何かが崩れていくのを感じていた。

私はこの家の本当の主だ。でも、家政婦のような扱い。それどころか、もはや邪魔物になることを願われている。

この状況がこれからもずっと続くのだろうか。いいえ、もう我慢する必要はないのかもしれない。

数日後の朝、私は勇気を出して切り出した。

「実は来月で70歳になるんです」

朝食を食べていた絵里さんが箸を止めて顔を上げた。

「え、そんな年まで生きてるの?」

その言葉に私は息を飲んだ。まるで生きていることが悪いことのような言い方だ。

「あら、ごめんなさい。失言だったわね。ええ、長生きは良いことですよね」

絵里さんは取り繕うように笑ったが、目は笑っていなかった。

翔平が新聞から目を上げた。

「70歳か。母さん、そろそろ施設とか考えた方がいいんじゃない?」

「施設ですか?」

「うん。最近はいい老人ホームも増えてるし、母さんも同年代の人たちと過ごした方が楽しいでしょう」

私は自分の息子の顔を見つめた。この子を生んで育てて、大学まで行かせた。それなのに、70歳になったら施設に入れというのだ。

「でも私はまだ元気ですし、家のことも……」

「母さん、無理しなくていいよ。俺たちのことは心配しないで」

愛莉も口を挟んだ。

「そうだよ、バーバ。老人ホームならお友達もできるよ」

10歳の孫に、まるで慰められているようだった。

その日の午後、私は愛莉の部屋に洗濯物を届けに行った。机の上に学校の宿題が広げてあった。また作文だ。今度のタイトルは「将来の夢」。

「私の将来の夢は、ママみたいな綺麗な女の人になることです。パパみたいな優しい人と結婚して幸せな家族を作りたいです。3人家族で楽しく暮らしたいです」

またしても3人家族。私の存在は愛莉の将来の夢にも入っていないのだ。

ふと、机の引き出しが少し開いているのに気づいた。中を覗くと、私が愛莉の誕生日に送った手作りのポーチが無造作に押し込まれていた。

「バーバの手作りなんて恥ずかしい」

と友達に言っているのを、以前耳にしたことがある。

涙が溢れそうになった。

夕方、買い物から帰ると玄関に見慣れない靴があった。リビングを覗くと、翔平の上司らしき人が来ていた。

「あ、母です。母さん、部長だよ」

私は慌てて挨拶をした。

「初めまして。息子がお世話になっております」

部長は私を見て少し驚いたような顔をした。

「あ、お母様もご一緒にお住まいなんですね」

「え、まあ……」

翔平が慌てたように言った。

「一時的にですよ。母も高齢なので、そろそろ施設を探しているところなんです」

一時的。もう5年も一緒に暮らしているのに。

絵里さんも追い打ちをかける。

「そうなんです。手間になってきましたし、お母さんのためにも専門的なケアが受けられる場所の方が……」

まるで私が要介護者のような言い方だ。毎日朝5時から家事をこなしている私が。

その夜、お風呂に入っていると脱衣所から絵里さんの声が聞こえてきた。電話で誰かと話しているようだ。

「そうなの? まだいるのよ。もう70歳だって言うからびっくりしちゃった。普通、空気読んで出て行くでしょう」

「え、図々しいわね。息子の家にいるのに」

「あ、でもこの家、お母さんの名義なのよ。だから強く言えなくて」

私は湯船の中で体が震えるのを感じた。図々しい。居座っている。私の家なのに。私が建てた家なのに。

風呂から上がって部屋に戻ると、翔平がノックをしてきた。

「母さん、ちょっと話があるんだけど」

「何でしょう?」

「実は愛莉の教育費のことなんだけど、私立中学を受験させようと思ってて。それでまとまったお金が必要なんだ。それで母さん、年金もあるでしょう。少し援助してもらえないかな。もちろん、施設に入る時は俺たちが面倒を見るから」

私は息子の顔を見つめた。援助しろと言いながら、施設に入ることが前提なのだ。

「考えさせてください」

「早めに頼むよ。受験塾の入塾金があるから」

翔平は部屋を出ていった。

私は一人、部屋で考えた。もう限界だった。家族として扱われず、金だけをせびられ、邪魔物扱いされ、施設に入れられようとしている。

私は立ち上がり、タンスの奥から重要書類を取り出した。もう我慢する必要はない。

その夜、私は眠れなかった。タンスから取り出した重要書類を寝室の机に広げて、一つ一つ確認していった。

土地の権利書。建物の登記簿。固定資産税の納税証明書。全て柏木照子の名前が記されている。

亡き夫と二人で必死に働いて建てたこの家。35年前、まだ翔平が5歳の頃だった。

「大きくなってもずっとこの家で一緒に暮らそうね」

と言っていた息子は、今、私を追い出そうとしている。

通帳を開いた。年金と夫の生命保険金、そして質素な生活で貯めた預金、合わせて2000万円ほどある。これも全て私の名義だ。

翌朝、家族が出払った後、私は行動を開始した。

まず不動産会社に電話をした。以前ポストに入っていたチラシの番号だ。

「もしもし。自宅の売却について相談したいのですが」

「はい、承知いたしました。査定は無料ですので、一度お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします。ただ、家族には内緒にしてください」

「承知いたしました。個人情報は厳守いたします」

数日後、約束通り不動産会社の担当者が来た。若い女性だったが、とても親切で丁寧な方だった。

「柏木様、立地もいいですし、建物もしっかりしています。この辺りは人気のエリアですから、すぐに買い手はつくと思います」

「査定額はどのくらいになりますか?」

「おそらくですが、6000万円から6500万円の間になると思います」

私の心臓が高鳴った。そんなに価値があるとは。

「売却を決めた場合、どのくらいの期間が必要ですか?」

「急ぎでしたら、1週間程度で手続きは完了します。実はこの近くで一戸建てを探している方がいらっしゃるんです。現金一括払いが可能な方で……運命的なものを感じました」

「少し考えさせてください。ただ、前向きに検討します」

担当者が帰った後、私は次の準備に取りかかった。

まず銀行に行って新しい口座を開設した。家族に知られないようにするためだ。そこに少しずつお金を移していく計画を立てた。

次に引っ越し先を探した。インターネットは使えないが、駅前の不動産屋を回った。

「海の見える静かなマンションを探しています。1LDKくらいで」

3件目で理想的な物件が見つかった。湘南のオーシャンビューのマンション。1LDK、賃料18万円。少し高いが、売却代金があれば購入も可能だ。

「仮押さえはできますか?」

「はい。手付金をいただければ2週間お取り置きできます」

私は手付金を払った。初めて自分のためだけにお金を使った気がした。

夕方、家に戻ると愛莉が友達を連れてきていた。

「バーバ、お菓子」

「はい。今持ってきますね」

お菓子を出すと、愛莉の友達が小声で言った。

「愛莉ちゃんち、おばあちゃんと一緒なんだ」

「うん。でももうすぐいなくなるから」

「え、なんで?」

「ママが言ってた。そろそろ施設に入るって」

子供たちの会話を聞きながら、私は静かに微笑んだ。そう、もうすぐいなくなります。でも、あなたたちが思っているのとは違う形で。

その夜の夕食時、翔平がまた施設の話を持ち出した。

「母さん、こんなパンフレットもらってきたよ。良さそうな施設でしょう?」

パンフレットには笑顔の高齢者たちの写真が載っていた。

「施設費用は15万円くらいかな。でも母さんの年金で大丈夫でしょう」

私の年金は月に10万円。施設費を払えば残りは5万円。それもきっと何かと理由をつけて取られるのだろう。

「それにこの家を売れば入居金も払えるし」

絵里さんが付け加えた。やはりこの家が目的なのだ。

この家は私と主人の思い出が詰まった大切な場所だ。

「でもお母さん、現実的に考えないと」

「少し考えさせてください」

私は静かに答えた。考える必要などない。すでに決意は固まっている。

深夜、私は荷物をまとめ始めた。最小限の服と思い出の品だけ。

アルバムを見ていると、翔平の七五三の写真が出てきた。

「ママ、大きくなったらママを守るからね」

あの頃の翔平はそう言ってくれた。でも、もういいのだ。自分の身は自分で守る。

週末、翔平と絵里さんが結婚記念日だからと2泊3日の旅行に出かけることになった。愛莉は絵里さんの実家に預けるそうだ。

「お母さん、留守番お願いしますね」

「はい。行ってらっしゃい」

私は笑顔で見送った。これが最後のチャンスだ。

土曜日の朝、私は不動産会社に電話をした。

「売却を決めました。手続きをお願いします」

「承知いたしました。本日中に買主様と連絡を取り、月曜日には契約できるよういたします」

全てが動き出した。

土曜日の朝、玄関のチャイムが鳴った。引っ越し業者の方々だ。

「柏木様、お約束の時間に参りました。お荷物はこちらでよろしいですか?」

「はい、お願いします。私物だけですので、それほど多くありません」

作業員の方々は手際よく私の荷物を運び出していく。寝室のタンス、アルバム、亡き夫の写真、そして私の洋服類。この家に来てから買い揃えたものは全て置いていくことにした。

不動産会社の担当者も到着した。

「柏木様、買主様との契約書類、全て整いました。本日付けで所有権移転の仮契約。月曜日に本契約と代金決済となります」

「わかりました」

私は震える手で契約書にサインをした。35年間住んだ家とのお別れだ。

「鍵は月曜日にお渡しいただければ結構です。それまでは柏木様のご都合で……」

「いえ、今日お渡しします。私はもうこの家には戻りません」

鍵の束を一つ不動産会社に預けた。もう一つはテーブルの上に置いていく。

荷物の搬出が終わり、ガランとしたリビングで私は最後の手紙を書いた。

「施設に入ることにしました。あなたたちの希望通りです。家は売却しました。これで広く使えますね。お元気で。母より」

短い手紙だ。でも、これ以上書くことはない。

日曜日の夜、翔平から電話があった。

「母さん、今どこ? 家に電話しても出ないから」

「少し出かけています」

「そう。じゃあ明日の朝には帰るから」

「はい」

それが息子との最後の会話だった。

月曜日の朝8時、私の新しいマンションに電話が鳴り響いた。

「お母さん、大変なんです! 家に知らない人たちが……」

絵里さんの慌てた声だ。

「どういうことか分かりませんが、売却済みって看板が立ってるんです! それに業者らしい人たちが家の中の下見だって」

「あ、それは新しい持ち主の方でしょうね」

「何を言ってるんですか?」

絵里さんの声がさらに高くなった。

「だって、売却しましたから。土曜日に」

「売却? 勝手に何してるんですか!」

「勝手に? 私の家を私が売って、何が勝手なのでしょう?」

「息子さんはいますか?」

電話が翔平に変わった。

「母さん、どういうことだよ」

「手紙を読みましたか?」

「読んだよ。でも、売却って……俺たちどこに住めばいいんだ?」

「あら、私には関係ありませんね」

「関係ないって……家族だろ」

私は静かに言った。

「家族? 愛莉ちゃんの作文では3人家族となっていましたが、それはそれで結構です。それに絵里さんも言っていましたよね。『バーバはいつなくなるの?』って。願いが叶って良かったじゃないですか」

翔平が絶句した。そこへ絵里さんが電話を奪い取ったようだ。

「お母さん、そんな意地悪なこと言わないで! 私たちが悪かったです。謝りますから」

「謝る? 何を謝るんですか? その言い方がきつかったとか? でも、本心じゃないんですよね。あの時の冷たい声は今でも耳に残っています。『本心じゃない』って言いながら、あんなに冷たく言えるものですか」

「お母さん、お金だけでも援助してください。アパートを借りるにも……」

「あら、愛莉ちゃんの教育費の援助を頼まれましたよね。でも、施設に入る人間にはお金はありませんよ」

「施設なんて本気じゃありません! 一緒に暮らしましょう!」

「今更、何を言っているのでしょう? もう契約も済みました。6000万円で売れました。そのお金で私は新しい生活を始めます」

「6000万円……!」

絵里さんの声が震えた。

「そのお金、私たちにも権利が……」

「権利? どんな権利ですか?」

「だって、家族なんだから……」

私は思わず笑ってしまった。

「私を家族扱いしていなかったのは、どちらですか? 毎朝5時から働いても感謝の一言なし。挙げ句の果てには『お荷物』『邪魔物』『いつなくなるの?』。そんな扱いをしておいて、今更『家族』ですか?」

沈黙が流れた。

「それに、私はもう70歳。絵里さんが言った通り、そんな年まで生きてるんです。だから、残りの人生は自分のために使います」

翔平の声が聞こえた。

「母さん、住所だけでも教えてよ。話し合おう」

「話し合うことはありません。それに、もう息子でもないでしょう。上司の前で『一時的に同居している』と言っていましたね。あれでいいんです。もう、全て終わったことです」

愛莉の声も聞こえてきた。

「バーバ、会いたいよ……」

今更、猫なで声を出しても遅いのだ。

「愛莉ちゃんは3人家族で仲良くね。私は家族じゃないから」

「バーバ、ごめんなさい……」

「さようなら」

私は電話を切った。

すぐにまた鳴ったが、出なかった。着信履歴を見ると50回以上かかってきている。留守電メッセージもいっぱいだ。

「母さん、頼むから連絡してくれ」

「お母さん、私が悪かったです」

「バーバ、会いたい」

もう遅いのだ。

昼過ぎ、不動産会社から連絡があった。

「柏木様、代金6000万円、指定口座にお振り込み完了しました」

「ありがとうございます」

夕方のニュース番組を見ながら、私は新しい部屋でお茶を飲んでいた。窓からは美しい海が見える。

これが私の城だ。誰にも邪魔されない、私だけの場所。

夜、翔平からメールが来た。

「母さん、俺たちは路頭に迷っています。せめて生活費だけでも援助してください。母さんだって俺たちを見捨てられないでしょう」

見捨てる? あなたたちが先に私を見捨てたのだ。

私は返信した。

「新しい生活、頑張ってください。他人からの援助は期待しない方がいいですよ」

他人? そう、もう他人なのだ。

電話の電源を切り、私は静かに微笑んだ。明日から陶芸教室に通う予定だ。新しい友達もできるだろう。70歳からの本当の人生の始まりだ。

新しいマンションでの生活が始まって3ヶ月が経った。

毎朝、波の音で目を覚ます幸せ。もう朝5時に起きる必要はない。目覚まし時計も捨てた。自然に目が覚めた時に起きて、ゆっくりとコーヒーを入れる。これが今の私の朝のルーティンだ。

海の見えるバルコニーで朝食を取りながら、私はよく考える。あの家で過ごした5年間は何だったのだろうと。でも後悔はない。むしろ、あの経験があったからこそ、今の自由の価値が分かるのだ。

週に3回通っている陶芸教室で、新しい友人ができた。先日、偶然にも翔平家族の現状を知ることになった。陶芸教室の友人が同じ地域に住んでいたのだ。

「あの家、大変みたいよ。どんな風に? 家賃15万円のアパート暮らしで、奥さんがパートを始めたって」

絵里さんがパート? あんなにプライドの高かった絵里さんが。

「お嬢さんも私立小学校の受験を断念したって。あれだけ教育熱心だったのに」

「それにご主人の会社での評判も……。『親を施設に入れるって言いながら、家を失った』って話が広まって、影で言われているらしいの」

因果応報とはこのことだろうか。でも、私は彼らの不幸を喜んでいるわけではない。ただ、自分の選択が間違っていなかったと確信しただけだ。

昨日、弁護士から連絡があった。翔平が家の売却について「母親の判断能力に問題があった」として異議を求めようとしているというのだ。

「ご心配なく。柏木様の判断能力に問題がないことは明白です。でも、もし裁判になったとしても、売却は完全に合法です。それに買主様も困りますからね」

弁護士の言葉通り、その後翔平からの法的な動きはなかった。代わりに懇願のメールが来るようになった。

「母さん、愛莉が毎日泣いています。絵里も反省しています。やり直せませんか? せめて会って話だけでも」

でも、私の答えはいつも同じだ。

「もう他人ですから」

ある日、スーパーで買い物をしていると後ろから声をかけられた。

「照子さん!」

振り向くと、昔の同僚だった。

「まあ、久しぶり。元気そうねえ」

「今が一番元気かもしれません」

「息子さんと同居してるんでしょう?」

「いいえ。一人暮らしです。海の見えるマンションで」

同僚は驚いた顔をした。

「まあ、てっきり……。でも、一人暮らしって寂しくない?」

私は微笑んだ。

「寂しい? とんでもない。今が人生で一番充実していますよ」

それは本心だった。毎日自分のペースで生活できる。食事も好きな時に好きなものを食べる。テレビも見たい番組を見る。誰にも文句を言われない。

「実はね……」

同僚が声を潜めた。

「私も嫁とうまくいってなくて」

「あら、大変ね」

「照子さんはどうやってその……独立したの?」

私は正直に話した。家を売却したこと、6000万円を手にしたこと、そして今の生活のこと。

同僚の目が輝いた。

「勇気をもらったわ。私も考えてみる」

最近、こんな相談を受けることが増えた。同じような境遇の女性たちが、私の話を聞きたがるのだ。

先週は陶芸教室の発表会があった。私の作品が、なんと金賞を受賞した。

「照子さん、才能あるわね。70歳から始めたとは思えない」

褒められて、素直に嬉しかった。あの家にいた時は、褒められることなんて一度もなかった。

発表会の写真を、私は額に入れて飾った。笑顔の私が映っている。こんなに心から笑ったのは、何年ぶりだろうか。

そんな充実した日々の中、一通の手紙が届いた。愛莉からだった。たどたどしい字で書かれている。

「バーバへ。ごめんなさい。私が悪かったです。バーバは家族です。また会いたいです。結婚式の時も来てください。大好きです。愛莉より」

結婚式の時? 10歳の子がそんな先のことまで考えて……。

でも、私の心は動かなかった。今更、いい子を演じても遅いのだ。

手紙は大切にしまっておくことにした。いつか愛莉が大人になった時、もしかしたら違う形で会えるかもしれない。でも、それは彼女が一人の大人として私に向き合える時だ。

夕方、海辺を散歩していると老夫婦が仲良く歩いているのを見かけた。亡き夫とこんな風に年を重ねたかった。でも、それは叶わなかった。

「あなた、見ていますか? 私、強くなりましたよ」

海に向かって呟いた。夫なら、きっと「よく頑張った」と言ってくれるだろう。

家に帰ると、また着信履歴が残っていた。翔平からだ。もう数も数えていない。

明日は新しく始めるA会話教室の初日だ。70歳からの英会話が遅すぎるなんてことはない。来年は海外旅行にも行きたいと思っている。一人で、自由に行きたい場所へ。

夜、日記を書いた。

「今日もいい1日だった。明日はもっといい日になるだろう」

これが今の私の口癖だ。

ふと、翔平たちのことを思い出すこともある。でも、それは後悔ではない。ただ、「こうなる前にもっと早く決断していれば良かった」という思いだけだ。

我慢は美徳ではない。特に、自分の尊厳が踏みにじられる時は。

私の選択は間違っていなかった。6000万円という大金を手にし、自由を得た。でも、本当に手に入れたのはお金ではない。

自分を大切にする権利。幸せになる権利。人生を楽しむ権利。

これらは誰にでもあるものだ。年齢に関係なく。

明日、陶芸教室で新しい作品に挑戦する。タイトルは決めている。

「自由」

それは、70歳で手に入れた最高の宝物の名前だ。

画面の前の皆様、もしあなたが理不尽な扱いを受けているなら、思い出してください。人生はいつからでもやり直せます。勇気を出して、一歩踏み出してください。あなたにも必ず、幸せな明日が待っています。

私がその証明です。

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