「母子家庭なんて大変ね。」——息子の小学校の入学式で記念写真を撮っていた私は、後ろから聞き慣れた声に凍りついた。振り返ると、姉の理沙が勝ち誇った笑みを浮かべて立っている。「シングルマザーが入学式なんて、みじめなものね。そのランドセルだって、私の夫が影で送ってる養育費のおかげでしょ。」私は静かに言い返した。「お姉ちゃん、まだわかってないんだ。」理沙は夫を呼びつけた。「ゆきひこ、早く来て!」しか…

「母子家庭なんて大変ね。」——息子の小学校の入学式で記念写真を撮っていた私は、後ろから聞き慣れた声に凍りついた。振り返ると、姉の理沙が勝ち誇った笑みを浮かべて立っている。「シングルマザーが入学式なんて、みじめなものね。そのランドセルだって、私の夫が影で送ってる養育費のおかげでしょ。」私は静かに言い返した。「お姉ちゃん、まだわかってないんだ。」理沙は夫を呼びつけた。「ゆきひこ、早く来て!」しか...

入学式の日、息子のり介と記念写真を撮っていると、後ろから聞き慣れた声がした。

「母子家庭なんて大変ね。」

振り向くと、そこには姉の理沙が立っていた。相変わらず嫌味な笑みを浮かべている。

「シングルマザーが入学式なんて、みじめなものね。」

私は呆れ果てていた。

「私は幸せよ。」

「強がらなくていいわ。その子のランドセルだって、私の夫が影で送っている養育費のおかげでしょ。」

彼女は勝ち誇った顔をしている。

「お姉ちゃん、まだわかってないんだ。」

私は疲れたように言った。理沙は何か言い返そうとしたが、視線をひどく泳がせていた。

——

私は33歳。3歳年上の夫・幸彦と、6歳の息子り介と3人で暮らしている。誠実で優しい夫と可愛い息子に囲まれ、毎日はとても幸せだ。ただ、頭が痛いのは姉・理沙の存在だった。

理沙は子供の頃から私のものを欲しがった。両親が私に買ってくれたものでも「私の方が似合う」と言って奪っていく。中学卒業の記念にもらったアクセサリーさえも、強引に持っていかれた。私はそれが大嫌いだった。

勉強をしていても邪魔をされる。理沙はあまり成績が良くなく、テストで70点以上取ったことがない。それに比べて私はいつも90点以上だった。それが許せなかったのだろう。

「お前なんかがいい点取ると思うなよ。」
「またいい成績取って、親に気に入られようとしてるんだろ。」

家事を手伝っても「いいな」と罵倒され、事ごとく干渉してくる。両親も手を焼いていた。どれだけ愛情を注いでも、理沙の私への嫉妬心は募っていく。いつしか「理沙のことは気にしない」というのが暗黙のルールになった。

しかし、私は思っていた。いつか理沙を見返してやりたい。理不尽に負けたくなかった。そう思いながら、理沙の妨害から逃れて勉強に励み、弁護士を目指した。

——

大学進学と同時に実家を離れて、理沙から解放された。家族である以上、いつ干渉してくるかわからない。それに備えて力をつけようと、私は努力を怠らなかった。

大学在学中に司法試験の予備試験に合格し、卒業と同時に本試験にも合格した。私は司法修習生としての第一歩を歩み始める。

務めた弁護士事務所は大きなところで、私以外にも3人の司法修習生がいた。その中の1人が、後に夫となる幸彦だった。

幸彦は正義感が強く、どんな小さな案件にも真剣に取り組んだ。依頼者の気持ちを最大限に汲み取り、納得してもらえる結果を出すことに意欲を燃やしている。担当弁護士が「無理だ」というようなことでも、なんとか可能にしようと奔走する姿は、私に大きな影響を与えた。

彼と一緒に仕事をするうち、理沙のような人間に悩まされている家族が大勢いることに驚いた。そして、その一件一件に向き合ううちに、私はいつの間にか幸彦自身に惹かれていた。

司法修習生として1年が過ぎ、私たちは無事に弁護士としてデビューした。それからも互いに協力し合って案件を解決していった。

——

弁護士として活動を始めて3年が過ぎた頃、幸彦から食事に誘われた。

「事務所では話せないことでもあるのか」と思い、私は誘いに乗った。

「前から考えていたんだけど、個人事務所を開いて独立したいと思うんだ。」

「それはおめでたいけど、やっていけそうなの?」

「それなんだけど、僕1人だけじゃ正直不安なんだ。それでよければ、君も一緒に来てくれないか?」

幸彦は私と一緒に事務所を立ち上げたいと言う。

「できれば、僕の妻としてこれからも支えてほしい。」

その言葉に私は驚いた。独立だけでなく、幸彦は私にプロポーズをしてきたのだ。

「嬉しい。喜んでお受けします。」

その後、お互いの両親への挨拶を済ませ、私たちは結婚した。結婚式には理沙も招待したが、当時彼氏とうまくいっていなかった彼女は「しおりだけずるい」と私を妬み、式を欠席した。

正直、彼女が来なくてほっとした。もし来ていたら、なごやかなムードが台無しになっていただろう。

——

結婚から1年後、私たちは共同の法律事務所を立ち上げた。幸彦は私の良き理解者で、仕事もプライベートもいつも相談し合いながらやってきた。依頼者への丁寧な対応が評判となり、仕事にも困らない。私たちの生活は順風満帆だった。

しばらくしたある日、私は体調の変化を感じた。体が重い。思い返してみると、毎月来るはずのものも来ていなかった。産婦人科を受診すると、思った通り妊娠していた。

最愛の夫との間に子供が生まれる。そのことが嬉しくて仕方なかった。幸彦も喜んでくれ、それから仕事も家事も一層協力してくれるようになった。この時、私は人生で最も輝かしい時間を過ごしていた。

——

しかし、妊娠6ヶ月を迎えた日、私の前に突然理沙が現れた。夕飯の買い物をしようとスーパーに行った時のことだ。

「何も知らずに呑気に買い物なんて、笑えるわね。」

彼女は不気味な笑みを浮かべて私を嘲笑った。

「一体何のこと?」

「あんたの幸せも今日までよ。」

その言葉の意味がわからなかった。

「どういう意味?」

「私、ゆきひこさんと愛し合ってるの。」

理沙は幸彦と関係を持っていると言った。

「そんなはずないわ。」

「本当に何も知らないの? かわいそう。でも、ゆきひこさんはあなたを捨てて私と生きると誓ってくれたわ。だから、もう諦めなさい。」

彼女は一方的に言い捨てて去っていった。

幸彦が理沙と浮気しているとは考えにくい。毎日一緒にいて、彼は変わらず私を愛してくれている。しかし、理沙が何の根拠もなく勝ち誇ったとも思えなかった。

私はすぐに幸彦に電話をかけた。幸彦は地方で行われていた法律相談会に参加しており、1時間ほどで戻ってきてくれた。理沙のことを伝えると、幸彦はまるで検討がつかないという顔をした。

「何の話だ? 君のお姉さんとは、会ったこともないよ。」

幸彦が嘘をついているとは思えなかった。結婚式にも参加せず、実家からも離れていた理沙に、幸彦と会う機会などない。仮に偶然知り合っていたとしても、幸彦が姉と関係を持つとは思えない。

しかし、それからも理沙は何かにつけて幸彦との関係を匂わせてきた。幸彦に買ってもらったという高級バッグの写真、幸彦のお気に入りだという高級腕時計の写真を送り付けてくる。極めつけは、理沙も幸彦の子を妊娠したと言ったことだった。

ある日、私は幸彦の写真を見せてほしいと頼んでみた。理沙が「幸彦」だと思っている人物が、本当は別人なのではないか。そう思ってしまったのだ。しかし、理沙は幸彦の写真を送ってこなかった。それに、私の夫である幸彦を疑う余地はなかった。

理沙の言動に疑念は湧くが、第一子を出産し、家事と育児と仕事に追われるうち、次第に理沙のことは記憶の片隅に追いやられていった。気づけば6年の月日が流れていた。

——

息子のり介は幼稚園を卒園し、小学校に入学することになった。ついこの間生まれたような気がしていた我が子が、真新しい制服に身を包み、ランドセルを背負っている姿を見て、涙が溢れる。

「俺たちの子が、もう小学生か。」

幸彦も目頭が赤い。入学式当日は、2人でり介の晴れ姿を見守ることにした。校門の前で幸彦が私とり介を下ろし、駐車場へ向かう。式まで時間があったので、り介と写真を撮っていると、後ろから聞き慣れた声がした。

「母子家庭なんて大変ね。」

振り返ると、理沙がいた。派手な毛皮を着て、り介と同じ年頃の女の子を連れている。

「何しに来たの?」

「あら、我が子の入学式に来たのよ。それより、シングルマザーが入学式なんて、みじめなものね。」

理沙は嫌味な笑みを浮かべて私を嘲笑った。

「私は幸せよ。」

「強がらなくていいわ。そのランドセルだって、私の夫が影で送っている養育費のおかげでしょ。」

理沙はその場で振り返り、後ろにいた夫を呼んだ。

「ゆきひこ、早く来てちょうだい。」

理沙がいくら声をかけても、彼女の夫は近寄ろうとしない。それだけでなく、下を向いてまるで顔を見せないようにしている。

「ちょっと、ゆきひこ、何してるのよ。」

理沙が怒り始めた。

「お姉ちゃん、まだわかってないんだ。」

私がそう言うと、理沙が食ってかかろうとした、その時。後ろから清掃作業をしていた幸彦が現れた。

「初めまして。しおりの夫の、幸彦です。」

「は? 何言ってるの?」

本物の幸彦の登場に、理沙は混乱した様子を見せた。

「ここにいる幸彦が、私の最愛の夫よ。そして、この子が息子のり介。つまり、私はシングルマザーなんかじゃないのよ。」

「嘘よ。だって……ゆきひこは……」

「嘘じゃありません。実際、僕があなたと会うのは、これが初めてだ。」

理沙は、私の夫である幸彦だと信じて、今の夫と結婚したらしい。私から夫を略奪し、子供にも恵まれたことで私に勝ったと思っていた彼女は、人違いだったことに気づき、パニックに陥っていた。

「嘘よ。だって、これまでずっと一緒に暮らしてきたのよ。それなのに……。」

混乱している理沙に向かって、り介が口を開いた。

「パパは、僕たちとずっと一緒にいるよ。」

り介は、幸彦が自分が生まれる前から私と一緒に仕事をしている事実も理沙に告げた。しかし、理沙はまだ諦めない。

「そんなはずはないわ。だって、ゆきひこは個人事務所を経営してるのよ。しおりは、ただのイソ弁でしょ。」

私は、自分の名刺を差し出した。そこには『田幸彦法律事務所』と書かれ、私の名前が記されている。裏面には、所属弁護士として幸彦と私の2人の名前があった。

「弁護士になった当初は大きな事務所でお世話になっていたわ。でも、幸彦と結婚して、2人で個人事務所を立ち上げたの。」

理沙は、現実を受け入れられないのか、手を震わせ、目を泳がせた。

「ママは、すごいんだぞ。」

り介の言葉に、理沙は我に帰った。

「信じないわ。きっと、レンタル彼氏に嘘をつかせているんでしょ。」

理沙は、自分が送ってきた日常こそ真実だと主張し、私が彼女に馬鹿にされたくないばかりに見栄を張っていると決めつけた。真実を突きつけられてもなお自分を曲げられない理沙に、私は呆れてしまう。

「しおりは何も嘘を言ってませんよ。僕の身元は、この通り。戸籍上、幸彦です。」

幸彦は身分証明書を差し出し、自分が本物であることを証明した。

「だったら、私の夫は、一体何だって言うのよ。」

「実は……」

幸彦は、以前から自分の名を語る不審な男がいることを明かした。実在する弁護士の名前を騙り、詐欺を働く集団がいて、我々弁護士は頭を悩ませていたのだという。幸彦もその被害者の一人で、何者かが彼の名前を騙り、弁護士費用などと称して多額の金銭を騙し取っていた。

「それじゃ、その詐欺師が私の夫だっていうの?」

理沙はまだ真実を受け入れられないようだ。しかし、幸彦が私とり介を守るため警察と協力し、徹底的に調査を進めた結果、判明した。紛れもない事実だ。

理沙が『戸田幸彦』だと思い込んでいる男の正体は、かつて私たちの事務所に出入りしていた清掃員の小松兵吉だった。

小松兵吉は、事務所で知り得た情報をもとに、幸彦になりすまし、理沙に近づいたのだ。

「お姉ちゃんたちが結婚する時、小松から『姓を変えたい』って言われなかった?」

「そうだけど、それがどうしたっていうのよ。」

小松兵吉は、理沙の姓、つまり私の旧姓を名乗ることで、自分が偽物であるという事実を隠した。苗字が変わってしまえば、理沙が住民票を取り寄せても正体がバレることはない。

「これは、君の戸籍謄本だ。」

幸彦は、役所から取り寄せた理沙の戸籍謄本を提示した。そこには、夫の欄に『小松兵吉』の名前が書かれていた。そして、私の戸籍謄本も差し出した。私の夫の欄には『戸田幸彦』と書かれている。

理沙は、小松兵吉の元へ行き、問い詰めた。

「これって、一体どういうこと?」

理沙は小松兵吉を信じ、全ての行政手続きを彼に丸投げしていたようだった。

「あなたが、ゆきひこじゃないっていうのは、本当なの?」

詰め寄られ、小松兵吉は下を向いて視線を泳がせたまま黙り込んでいる。

「黙ってるってことは、認めるってことね。」

「……俺は……」

小松兵吉は、言い逃れができないと観念したようで、真実を話し出した。もともと小松兵吉は、理沙が私の姉と知りながら、彼女から金を騙し取るつもりで幸彦になりすましたのだという。彼は詐欺グループの一員で、組織からの指示で理沙に近づいたと話した。

理沙に出会った時、小松兵吉は有名大学を卒業し弁護士になったという幸彦の経歴をそのまま語ったそうだ。しかし実際には、素行の悪さから高校を中退しており、理沙が最も嫌う低学歴だった。

「それじゃ、イギリスに留学してたっていうのも、嘘だったってこと?」

小松兵吉は、経歴詐称がバレないように、中学を卒業してすぐイギリスに渡ったと話していた。つまり、これまで彼が理沙に語ってきた経歴は全て嘘で、最初から理沙と結婚する気などなかったのだ。金を奪ったら姿を消すつもりだった。

しかし、それまでずっと孤独に生きてきた小松兵吉にとって、理沙と過ごす時間は幸せそのものだったらしい。やがて理沙と一緒に暮らし始め、楽しい毎日を送るうち、彼女と人生を共にしたいと願うようになった。

「子供が生まれて、家族となってからは、毎日が本当に幸せで。普通の生活が送りたくなったんだ。」

小松兵吉は、この時になって初めて自分の人生を悔い、組織からの脱却を考え始めたらしい。しかし、自分が偽物だと知られれば理沙が離れていってしまうかもしれないと恐れ、一生嘘を突き通すと決めたのだと。

「そんなの……じゃあ、ずっと私を騙してたってことじゃない。」

「すまなかった。だけど、俺は本気でお前を愛してしまったんだ。」

小松兵吉は理沙との普通の暮らしを望んだ。しかし組織から「理沙と一緒にいたいなら組織に残れ」と脅され、今日まで犯罪に手を染めていたという。

「なんてこと? そんなのって、ひどい!」

理沙は大声で叫んだ。無理もない。ずっと信じてきたことが全て嘘だったのだ。唯一の真実は、小松兵吉と理沙が愛し合い、娘が生まれたということのみ。低学歴どころか犯罪者だなんて、最低だ。

気づけば、私たちの周りには大勢の軍衆が集まっていた。理沙は小松兵吉をさらに問い詰めようとしたが、入学式の開始を知らせるアナウンスが流れ、話は中断してしまった。

入学式の間も、保護者席では理沙たちに好奇の目が向けられた。誰よりも目立つ派手な毛皮が虚しく映る。理沙は下を向いたまま、周囲の視線に耐えているようだった。人一倍負けず嫌いの彼女にとって、これ以上の屈辱はなかっただろう。

入学式が終わった途端、理沙は小松兵吉と自分の娘を置いて、会場を飛び出していった。

——

私を貶めようとしたにも関わらず、自分が大恥をかくことになるとは夢にも思っていなかった理沙の気持ちを考えると、妹として同情してしまう。幼少期から何かと頭の痛い姉ではあったが、家族が不幸になる姿は見たくないものだ。

しかし、その心配も理沙には不要だったようだ。その後、理沙は小松兵吉と暮らしてきた高級マンションでの自撮り写真を私に送り付けてきた。

「私はセレブ妻なの。夫が詐欺師だって関係ないわ。これからだって私は優雅に暮らしていく。あんたになんか負けないわ。」

理沙は現実を受け入れず、見せかけのセレブ生活を選んだのだ。信じてきた夫が犯罪者だったと分かっても、なお共に暮らそうと思う気持ちは理解できない。犯罪に加担したとなれば、理沙自身も罪に問われる。そうなれば、理沙がお腹を痛めて産んだ娘も不幸にしてしまう。

私は親切心から、理沙にすぐに小松から手を引いた方がいいとアドバイスした。しかし、理沙の返事は無視だった。

その後、小松兵吉は姿を消した。自分の正体がバレ、警察の逮捕も時間の問題と覚悟したのだろう。せめて理沙に迷惑をかけないようにと考えたのかもしれない。

残された理沙は、小松兵吉が残していったお金を使って、変わらず贅沢な暮らしを続けていた。

——

そして数ヶ月後のある日、理沙は命を狙われた。

娘が学校に行き、買い物に出かけようとマンションのエントランスを抜けた瞬間だった。理沙の顔のすぐ横を、弾丸らしきものがかすめていった。驚いた理沙がその場から離れようとすると、外に隠れていた男たちに拘束されてしまった。銃を突きつけられ、車に押し込まれたのだ。

実は、小松兵吉は組織から抜け出そうと考えたが、犯罪ばかりしてきた自分がまともに就職できるとは思えなかった。しかし、理沙に真実を告げるわけにもいかず、当面のつなぎ資金として、闇組織の金を横領していたのだ。

小松兵吉の横領に気づいた闇組織は、必死になって彼を探した。彼の身柄を押さえれば、理沙を人質にすれば、必然的に彼を捕まえることができると目論んだらしい。そうとは知らず、理沙は小松兵吉の金で贅沢を繰り返していた。その結果、闇組織は理沙自身を小松兵吉の共犯とみなし、消すべき標的として狙っていたのだ。

車の中で、理沙は必死に命乞いをしたらしい。すると、小松兵吉を連れてくるという条件で、1日だけ猶予をもらえたそうだ。

——

解放された理沙は、その足で最寄りの警察署へと向かった。

ちょうどその時、私と幸彦は、詐欺グループの撲滅に向けて警察と今後の方針を打ち合わせていた。会議が終わり、警察署の出口へ向かっていると、廊下を必死の形相で走り寄ってくる理沙と遭遇した。

「お願い、助けて!」

理沙は私の足元にすがりつき、ことの一部始終を説明した。

「小松がどういう男か分かっても、なお現実を受け入れなかった自分が悪いんじゃないの? こんなことになるなんて思ってもみなかったの。お願いだから、私を助けて!」

理沙は大粒の涙を流しながら「死にたくない」と叫んだ。

「大丈夫ですよ。あなたを狙った連中は、今頃、警察官に取り押さえられているはずです。」

実は、幸彦は前もってこうなることを予測していたのだ。その上で、理沙に危害が及ばないよう、事前に彼女の身辺警護を警察に依頼していたのである。しばらくして、理沙を連れ去ろうとした組織の男が連行されてきた。

「ありがとう。助かった。これでもう安心ね。」

「安心するのは、まだ早いわよ。」

理沙が命が助かったと胸を撫で下ろしていると、私は冷たく言い放った。

「それじゃ、何だって言うのよ。」

「お姉ちゃんを警察に引き渡すために、保護しただけよ。」

実は、小松兵吉はすでに警察に逮捕されていた。警察の捜査によれば、小松たち詐欺グループの犯行は全国的に行われており、その被害総額は数億円にも登るという。私と幸彦の事務所にも多数の相談が寄せられており、小松の逮捕や組織幹部の逮捕により、組織の壊滅は時間の問題だった。

「我々は、今後、被害者の弁護団長として、あんたたちを徹底的に追い詰める。」

「待ってよ。私は何も知らなかったわ。なのになんで、組織の一員みたいになってるのよ。」

理沙は組織とは全く関係ないと主張したが、小松兵吉が組織の一員だと知ってからも贅沢を繰り返した彼女が無罪となるはずがない。理沙はその場で逮捕されることとなった。

その後も小松たちの証言により、詐欺グループの幹部たちが次々に逮捕され、組織は壊滅に追い込まれた。

——

数ヶ月後、理沙の裁判が始まった。私は幸彦と共に弁護団長として、刑事裁判の行方を見守った。

理沙にかけられた容疑は「犯罪収益等隠匿」。組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制などに関する法律に定められたもので、犯罪で得た金だと知りながら隠匿または使用した場合に適用される。

理沙は、小松兵吉が詐欺師だと知った後も、タワーマンションでの生活を続け、高級品を買い漁っていた。警察の捜査によりその事実が明らかとなり、刑事裁判では理沙に執行猶予付きの実刑判決が下された。

その結果を受け、私は被害者の会として、損害賠償を求める民事裁判を起こした。小松たち組織グループが罪を認める中、理沙は「私も騙された被害者だ」と主張し、自分に賠償責任はないと言い張った。

「彼女は、小松が不正に得た金で贅沢を繰り返していました。」

私は、証拠となる理沙のSNSの投稿や高級品の購入履歴を提示した。

「だから、それは、あいつが詐欺師だって知らなかったから、仕方ないでしょう。」

「いいえ。これは、小松が組織の人間だと知ってからのものよ。」

夫婦であっても、夫が犯罪組織に加担していることを知らずに過ごしていたのであれば、理沙が罪に問われることはなかった。しかし、理沙は小松の正体を知ってもなお、セレブ生活を続けた。高級品の購入は、小学校の入学式以降のものばかり。理沙が私に送り付けてきたLINEの履歴が、彼女が小松の正体を知っていたことを証明している。

「せっかく手に入れた生活を、手放したくなかったのよ。」

理沙はその場で泣き崩れた。

昔から理沙は、私のことが羨ましかったらしい。自分が先に生まれたのに、それまで独占していた両親の愛情を奪われた上に、自分よりも勉強も運動もできる私のことが疎ましく感じ、嫌がらせを行ってきたそうだ。しかし、いくら努力しても私を超えることができず、小松兵吉との結婚でようやく私を超えられたと思ったらしい。それが嘘だと分かっても、事実として認めたくなかったと語った。

その後、小松たち組織には多額の損害賠償の支払いが命じられ、詐欺により取得した金銭で購入した理沙の私物やタワーマンションも没収されることとなった。

家も財産も失った理沙は、その後、娘を置いて姿を消してしまった。風の噂では、小さな安い部屋で細々と暮らしているようだが、定職にもつかず、相変わらず男性に依存した生活を送っているらしい。

残された娘は児童相談所に保護され、その後、子供に恵まれなかった親戚が養子として迎えた。両親と離れ、最初こそ混乱した様子を見せていた娘だが、歳月とともに、誠実な親戚たちと過ごすうち、次第に穏やかな笑顔を見せてくれるようになっている。小学校は転校することになったが、娘の今後を考えれば最善の策だっただろう。

——

その後、私たちの事務所は一層多忙を極めることとなった。大きな詐欺グループを壊滅に追い込んだ弁護士という噂が流れたからだ。

仕事は忙しいが、理沙から解放され、本当の意味で平穏を取り戻した私の心は晴れ渡っている。り介は幸彦に負けない正義感を持ち、クラスでも頼りにされる存在となっているようで、学校行事に参加しても鼻が高い。

「将来は、父さんたちと同じ弁護士になるんだ。」

そう言って勉強に励む息子を見ていると、幼少期の頃の自分を思い出す。理沙に負けたくなかったのは、私も同じ。ただ、私は自分の力で姉に勝とうと努力した。誰かを羨むばかりでなく、自分を磨くことが姉と私の運命を変えたのかもしれない。

そう考えると、理沙に対しての怒りも自然と収まっていく。

これからも、頼もしい夫と可愛い我が子と共に、自分らしく生きていこう。そう心に誓いながら、今日も苦しんでいる人たちのため、幸彦と手を取り合って奔走していく。

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