「もう二度と会わない。でも、仕送りに月10万円は忘れないでね」—…

「もう二度と会わない。でも、仕送りに月10万円は忘れないでね」—...

「もう二度と会わない。でも、仕送りに10万円は忘れないでね」

その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は冷たく固まっていくようでした。朝の静かな家に、息子の声だけが不自然に響きます。

「母さん、俺たちもう二度と会わないから」

裕介の口調は驚くほど冷たく、まるで他人に話しかけているようでした。隣に座る嫁のリナは、私から視線をそらしたまま黙っています。

「新居の住所も教えないし、電話番号も変える。孫にも合わせない」

私は思わず息をのみました。何を言われているのか、頭の中が真っ白になっていきます。

「お母さんとは、もう家族じゃありませんから」

リナの言葉が追い討ちをかけました。30年以上、県庁で働き、息子のために全てを捧げてきた私に対して、まるで他人を切り捨てるような口調です。

そして、次の言葉が私の耳を疑わせました。

「あ、でも仕送りは忘れないでね。月に10万円。今まで通り毎月振り込んでくれ」

裕介は平然とそう言い放ちました。絶縁すると言いながら、お金だけは欲しい。その矛盾に、私の胸は激しく締めつけられていきます。

「関係を絶つことと、援助は別問題ですから」

リナの声が冷たく響きました。

私は松井くみ子。県庁で30年間働き続けてきました。裕介のために使ったお金を思い返せば、胸が締めつけられます。大学までの教育費、総額900万円。結婚資金として500万円。新居の購入時には頭金800万円を援助しました。そして結婚してからも、月に10万円の仕送りを5年間続けてきました。合計すると1200万円です。孫が生まれた時には、出産祝いとして100万円を渡し、週に3日は無償で孫の世話もしてきました。全て合わせると、3500万円を超える援助です。

夫の正人は元役所職員として働き、今は退職して静かに暮らしています。私たち夫婦は家族の絆を何より大切にして生きてきました。

それなのに、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのでしょうか。

それから半年が経った頃、息子夫婦の態度に変化が現れ始めました。最初は些細なことでした。私が訪問すると、玄関先で立ち話をするだけになったのです。

「母さん、今日はちょっと忙しくて」

裕介の言葉は冷たく、家の中に入れてもらえません。孫のハルトに会いたいと言っても「今昼寝中だから」と断られるばかりでした。

「お母さん、事前に連絡してくださいね」

リナの言葉には明らかに拒絶の色がありました。けれども私が事前に連絡をしても「その日は都合が悪い」と言われるのです。「いつなら会えるの?」と聞いても「また後で連絡します」の繰り返しでした。

やがて、人格を否定するような言葉が増えていきました。

「お母さんって時代遅れですよね」

リナは友人との電話で、私のことをそう話していました。偶然聞こえてしまったのです。

「考え方が古いから、子育てに口出さないでほしいんです。正直、価値観が合わなくて」

私は胸が締めつけられる思いでした。確かに私は昭和の人間です。でも、それは孫を思うからこその助言だったのです。

裕介も妻に同調するようになりました。

「母さん、リナの言う通りだよ。昔の考え方じゃ通用しないから、俺たちの教育方針に従ってくれないと困るんだ」

息子の言葉が、まるで他人に向けられたもののように聞こえました。

そして露骨にATM扱いされるようになったのです。金銭の要求だけは頻繁になりました。

「お母さん、ハルトの習い事を増やしたいんです。月5万円ほど援助していただけませんか?」

断ると、態度が一変しました。

「ケチですね。お金あるくせに」

リナの言葉は容赦がありません。

「親なんだから当然だろ。孫のためなんだぞ」

裕介も妻の言葉に乗っかってきます。

「口は出さずに、財布だけ開いてくれればいいんです」

リナの本音がついに露骨に現れました。月に10万円の仕送りに加えて、臨時の援助要求が次々と来るのです。ベビーカー購入で10万円、旅行に行きたいから援助して。全てに答えてきた私ですが、孫のハルトには一度も合わせてもらえないのです。

ある日、SNSで衝撃的な光景を目にしました。リナの実家との楽しそうな写真が次々とアップされています。リナの両親と一緒に旅行に行き、食事を楽しみ、ハルトを抱いて笑っている姿がありました。

「実家最高。いつも優しくしてくれて感謝」

そんなコメントと共に投稿された写真に、私は涙が溢れそうになりました。リナの両親には毎週訪問を許し、新居の合鍵まで渡している。家族旅行にも必ず招待している。それなのに、私には住所すら教えないのです。

「リナの親とは価値観が合うんだよ。母さんとは根本的に違うんだ」

裕介の言葉が胸に深く突き刺さります。同じ祖父母なのに、この扱いの違いは何なのでしょうか。

そしてある日、決定的な瞬間が訪れました。私は思い切って電話をかけました。

「裕介、ハルトの誕生日はいつだったかしら? プレゼントを送りたいの」

「母さん、もういいよ。プレゼントとか気を使わなくて」

息子の声は明らかに迷惑そうでした。

「でも、おばあちゃんとして何かしてあげたいの」

「そういうのが重いんだよ、母さんは」

重い。私の愛情が重いと言われたのです。その夜、私は一人で泣きました。32年間育ててきた息子に、こんな言葉を言われるなんて。

そしてついに決定的な瞬間が訪れました。ある休日の午後、裕介とリナが突然私の家を尋ねてきたのです。二人の表情は、これまで見たこともないほど冷たいものでした。

「母さん、大事な話がある」

裕介は私をリビングのソファに座らせ、まるで犯罪者を取り調べるような口調で言いました。リナは隣に座り、腕を組んで私を見下ろしています。

「俺たち、よく話し合ったんだけど」

裕介が重い口調で口を開きました。しかしその目には迷いはありません。

「もう二度と会わないから」

その言葉を聞いた瞬間、時間が止まったような錯覚に陥りました。全身の血が逆流するような感覚です。

「え、どういうこと?」

「言葉通りの意味だよ。俺たちの人生に、お母さんは必要ないってことだ」

裕介の声は氷のように冷たく響きました。リナも畳みかけます。

「お母さん、私たちはもう自立した大人なんです。いつまでも親に甘えているわけにはいきませんから」

私は困惑しました。甘えている? 援助してきたのは私の方なのに。

「新居の住所も教えないし、電話番号も変える。ハルトにも合わせない。完全に縁を切る」

裕介の宣言は容赦なく続きます。

「お母さんとはもう家族じゃありません。他人として扱わせていただきます」

リナの言葉が刃物のように私の心を切り裂いていきます。

「今後一切連絡しないでください。私たちの人生に関わらないで」

私は呆然としました。32年間育ててきた息子に、こんな言葉を言われるなんて。

「なぜ? 私が何をしたというの?」

震える声で訪ねると、裕介は冷たく言い放ちました。

「母さんの存在が重いんだよ。息が詰まる。価値観も古いし、正直一緒にいると疲れる」

息が詰まる。私の愛情がそんなに邪魔だったというのでしょうか。

リナも続けます。

「お母さん、時代遅れすぎるんです。私たちとは根本的に合わない。はっきり言ってストレスなんです」

「でも、私はあなたたちのために、孫のために……」

「それが迷惑なんだよ」

裕介の声がリビングに響き渡りました。

「善意の押し付けはいらない。勝手に心配して、勝手に先回りして、勝手に援助して。全部、母さんの自己満足じゃないか」

自己満足。その言葉が胸に深く突き刺さります。

「俺たちには俺たちの人生がある。母さんは関係ない」

裕介の言葉に、私は言葉を失いました。関係ない。この私が、息子の人生に関係ないというのです。

「お母さん、もう消えてほしいんです。私たちの視界から」

リナの冷たい言葉が最後のとどめを刺しました。

その時、裕介が何気なく付け加えたのです。

「あ、でも仕送りは忘れないでね。月に10万円。今まで通り毎月振り込んでくれ。これは別の話だから」

私は耳を疑いました。

「絶縁するのにお金は欲しいの?」

私の問いかけに、裕介は平然と答えます。

「それとこれとは別だろ。親なんだから金を出すのは当然の義務だ」

リナも頷きます。

「お金の援助は親の義務でしょう。関係を絶つのと援助は別問題です」

私はこの矛盾に言葉を失いました。家族ではない。関係を絶つ。二度と会わない。でも金だけは毎月10万円くれ。金を出すのは当たり前だろう。親の義務を放棄するつもり?

裕介の言葉に、私は深い絶望を感じました。32年間の愛情は全て「当たり前」「親の義務」の一言で片付けられてしまったのです。3500万円を超える援助も、週3日の孫の世話も、全てが当然の行為。そして今後も、月に10万円を他人に送り続けろというのです。

リナも畳みかけるように言いました。

「当然、続けてもらいますからね。私たちだって生活があるんです。クレジットカードの支払いもあるし、ハルトの教育費もかかる。お母さんは一人でしょう? そんなにお金使わないじゃないですか」

リナの言葉に、私の心が凍りつきました。30年間働いて貯めてきたお金。老後のために蓄えてきた全て。それが彼らにとっては「使わないお金」でしかないのです。

「母さんも了解したよな。これからも毎月ちゃんと振り込んでくれよ」

裕介は私の答えを待たずに立ち上がりました。

「それじゃあ、元気でな。もう二度と会うことはないから」

リナも立ち上がります。

「お母さん、くれぐれも私たちに連絡しないでくださいね。でも、振り込みは絶対に忘れないでください」

二人はそのまま玄関に向かおうとしました。その時、私の口から思わず言葉が出ました。

「あら、そうなの」

裕介とリナが振り返ります。私は静かに微笑みました。

「それはありがとう。嬉しいわ」

二人は困惑した表情を浮かべています。

「え、母さん、何が嬉しいの?」

「だって、これで私も自由になれるもの」

私の言葉に、裕介が眉をひそめました。

「何言ってるんだ?」

「仕送りのこと。了解しました。それじゃあ、お元気で」

私は穏やかに微笑んだまま、二人を見送りました。玄関のドアが閉まる音が、まるで新しい人生の始まりを告げる鐘の音のように聞こえました。

一人になったリビングで、私は静かに座っていました。裕介とリナは、私の微笑みの本当の意味にまだ気づいていません。「ありがとう」「嬉しい」といった私の言葉の裏に隠された冷たい決意に。この瞬間、私は決めたのです。お望み通り、完璧に、徹底的に、本当の意味で関係を絶つことを。そして、矛盾した要求がどれほど愚かなことか、身を持って知ってもらうことを。

玄関のドアが閉まる音を聞いた後、私は一人静かにリビングに座っていました。窓の外を見ると、裕介とリナが車に乗り込むところが見えます。二人とも満足そうな表情です。まるで完璧な取引が成立したとでも思っているのでしょう。

でも、彼らはまだ気づいていません。私の「ありがとう」「嬉しい」という言葉の本当の意味を。

しばらくして、夫の正人が帰ってきました。

「くみ子、ただいま」

「お帰りなさい。お疲れ様」

正人は疲れた様子でソファに座りました。

「今日、裕介たちが来てたみたいだな。玄関に車の跡があった」

私は深く息を吸い込みました。

「ええ、来ていたわ。そして、大事な話があるの」

正人の表情が真剣になります。私は裕介たちから言われたこと全てを話しました。絶縁宣告。でも仕送りは続けろという矛盾した要求。

正人の顔がみるみるうちに赤くなっていきました。

「なんだと? 関係を絶つのに金だけは寄越せだと? そう言われたの?」

正人は拳を握りしめました。

「ふざけるな。そんな理不尽な話があるか」

私は正人の手を握りました。

「ねえ、あなた、私決めたの」

「何を?」

「お望み通りにしようと思って」

正人が私を見つめます。

「くみ子、完璧に、徹底的に関係を絶つの。中途半端じゃなく、本当の意味で」

私の言葉に、正人は静かに頷きました。

「そうだな。それがいい」

そして正人は立ち上がり、書斎に向かいました。

「くみ子、ちょっと来てくれ」

正人は机の引き出しから、大切に保管してきた書類の数々を取り出しました。通帳、委任状、契約書。全ての資産を管理してきた証拠です。

「見てくれ。これが俺たちの資産の全てだ。まず、裕介名義の口座。これは裕介が高校生の頃、お前が教育資金として開設したものだ。名義は裕介だが、実質的な管理者はお前。残高は約500万円。次に、毎月の援助用に使っていた俺の名義の口座。こちらには現在100万円ほどある。そして定期預金の総額、合わせて2000万円。さらに、俺の退職金が入っている別の口座、2300万円」

正人は私を見つめました。

「全て合わせると4000万円近い。これは俺たち夫婦が真面目に働いて貯めてきた金だ」

私は頷きました。正人が続けます。

「くみ子、俺は元役所の職員だった。法律も手続きも全て熟知している」

その目には強い決意が宿っていました。

「今こそ、その知識を使う時だ。お前を、俺たち夫婦を守るために」

私は正人の手を握りました。

「ありがとう。あなたがいてくれて、本当に良かった」

正人が優しく微笑みました。

「当然だ。お前を守るのが俺の役目だからな」

それから私たちは具体的な計画を立て始めました。正人がメモに丁寧に書き込んでいきます。

「まず第一に、銀行での手続きだ。裕介名義の口座。これはくみ子が教育資金として作ったもの。未成年時に開設したものだから、管理者の権限で凍結できる」

「本当に?」

「ああ、俺が市役所時代に何度も確認した。代理人として開設した口座は、一定の手続きで凍結可能だ」

私は安心しました。

「第二に、くみ子の口座からの自動振り込みを完全に停止する。月に10万円、過去5年間で600万円も援助してきたが、今日で終わりだ」

「分かったわ」

「第三に、生命保険の受け取り人変更。今は裕介になっているが、これを変更する」

正人は真剣な表情で続けました。

「そして第四に、遺言書の作成だ。裕介の相続権を制限する内容にする」

私は少し不安になりました。

「本当に、そこまでしていいのかしら?」

正人が私の肩を抱きました。

「くみ子、俺たちは何も悪いことはしていない。自分たちの財産を自分たちで管理するだけだ。でも、あいつらが俺たちを他人だと言うなら、本当の意味での他人として扱うだけのことだ」

その言葉に、私は勇気をもらいました。

正人が時計を見ました。

「明日の朝一番で銀行に行こう。二人で一緒に。それまでに必要な書類を全て揃えておく」

正人は立ち上がり、書類の整理を始めました。私も手伝いながら、一つ一つ確認していきます。通帳、身分証明書、委任状。全ての準備が整いました。

時計を見ると、午後11時を過ぎていました。正が私を見て優しく微笑みました。

「くみ子、もう休もう。明日は長い一日になる」

「ええ、そうね」

寝室に向かいながら、私は正人に言いました。

「あなた、本当にありがとう」

「何を言ってるんだ? 俺たちは夫婦だろう」

正が私の手を握ってくれました。

「これから、俺たち二人で新しい人生を始めるんだ」

窓の外では静かに月が輝いています。明日、息子夫婦は大きな衝撃を受けることでしょう。ATMでカードが使えず、残高照会もできない。慌てて銀行に問い合わせても、名義人ではないため何も教えてもらえない。その時の彼らの顔を想像すると、申し訳ないけれど、少しすっきりした気分になりました。

因果応報という言葉を、身を持って知ることになるでしょう。

ベッドに横になりながら、私は思いました。これは復讐ではありません。ただ、自分の尊厳を守るための当然の権利です。お望み通り、完璧に、徹底的に、本当の意味で関係を絶つのです。

正人の温かい手を握りながら、私は静かに目を閉じました。明日から、私たちの新しい人生が始まります。

翌朝、午前9時。正人と私は約束通り銀行の前に立っていました。

「くみ子、準備はいいか?」

「ええ、大丈夫」

銀行の扉が開くと同時に、私たちは中に入りました。

「おはようございます。松井様、お待ちしておりました」

担当の小林さんが、すでに準備を整えて待っていてくれました。

「それでは、手続きを始めさせていただきます。まず、裕介名義の口座の凍結。こちらは松井様が開設時の代理人となっておりますので、凍結手続きが可能です」

小林さんが書類を確認しながら説明してくれました。

「残高は約500万円ございますが、凍結後は名義人であってもアクセスができなくなります」

「お願いします」

私の言葉に、小林さんが手続きを進めていきます。

「次に、松井様名義の口座からの自動振り込み停止。毎月10万円の定期振り込みですね。こちらも即日停止されますか?」

「はい、全て停止してください」

「一度停止されますと、再開には審査とお時間がかかりますが、よろしいですか?」

「結構です。二度と再開するつもりはありませんので」

小林さんは私の冷静な態度に少し驚いた様子でしたが、黙って手続きを進めました。

「そして最後に、新しい口座の開設と全額移動。こちらが新しい口座になります。お二人の共同名義で、約3800万円の移動が完了いたしました」

手続きが全て完了したのは、午前11時を過ぎた頃でした。

「松井様、差し支えなければお聞きしてもよろしいですか? なぜ急に……」

小林さんが心配そうに訪ねてきました。私は少し微笑みました。

「他人の方が私の口座を使っていたようなので、セキュリティのためです」

小林さんは理解したような表情で頷きました。

銀行を出ると、正人は私の手を握ってくれました。

「よくやった、くみ子」

「ありがとう、あなた」

その頃、裕介とリナの家では、まだ何も知らずにいつもの朝が始まっていました。リナは高級スーパーで買い物を楽しんでいました。オーガニック野菜、輸入チーズ、高級和牛。いつものようにカートは高額商品でいっぱいです。

「ハルトの好きなイチゴも買っておこうかしら。1パック1200円だけど、お母さんのお金だし」

レジに並び、合計金額を見て満足に頷きました。

「4万8780円です。カードでお願いします」

リナは当然のように財布からキャッシュカードを取り出しました。私の口座のカードです。

店員がカードを機械に通します。

「申し訳ございません。こちらのカードはご利用いただけないようです」

「え? もう一度試してもらえますか?」

再度試しても、結果は同じでした。

「おかしいわね。現金を下ろしてくるので、商品は取り置きしておいてください」

リナは慌ててATMへ向かいました。カードを挿入し、暗証番号を入力します。

「このカードはご利用できません」

無情な文字が画面に表示されました。

「どういうこと?」

リナは何度も試しましたが、結果は変わりません。慌てて裕介に電話をかけました。

一方、裕介は会社で自分の口座を確認していました。

「おかしい。残高照会ができない」

銀行に電話をかけます。

「松井裕介ですが、口座の状況を確認したいのですが」

「松井裕介様の口座でございますね。少々お待ちください」

しばらくして銀行員が戻ってきました。

「申し訳ございません。こちらの口座は現在凍結されております」

「凍結? なぜですか?」

「開設時の代理人様からの申請により、凍結手続きが取られました」

「代理人って……母が?」

裕介の顔から血の気が引いていきました。その時、リナから電話がかかってきます。

「裕介、大変! カードが使えないの!」

「俺の口座も凍結されてる」

二人は同時に、事態の深刻さに気づきました。慌てて私の携帯電話に電話をかけます。しかし、私は一切出ませんでした。着信履歴を見ると、裕介から28回、リナから35回もかかってきていました。

昼休みになると、さらに着信が増えました。ようやく私は電話に出ることにしました。

「はい、松井です」

「母さん、どうなってるんだよ! 金が使えない!」

裕介の怒鳴り声が響きました。

「金? 何の話かしら?」

「とぼけないでよ! いつもの生活費の口座だよ!」

「ああ、私名義の口座のことですか? セキュリティの問題で凍結しました」

「凍結? なんで勝手にそんなことを!」

「勝手に? 私の口座を、私がどうしようと私の自由でしょう」

私の冷静な声に、裕介は言葉を失いました。

「でも、それは実質的に僕たちの生活費用の口座だって知ってるでしょう!」

「知りません。私の口座は私のものです。他人の方が使うなんて、聞いたことがありません」

「他人って……。母さん、まだ昨日のことを根に持ってるの?」

「根に持つも何も、あなたたちが言ったことでしょう。私は他人で、二度と会わないと」

「それとこれとは別だって言ったでしょう!」

「いいえ、同じです。他人の口座に触れる権利はありません」

裕介が言葉に詰まっているのが、電話越しにも分かりました。

「じゃあ、僕たちの生活はどうなるんだよ!」

「それは私の知ったことではありません。ご自分たちでなんとかしてください」

「母さん、お願いだ。せめて今月分だけでも……」

「申し訳ありませんが、他人にお金を貸すような余裕はありません」

「貸すとかじゃなくて、今までの続きで……」

私は彼の言葉を遮りました。

「『他人は敷地をまたぐな』と言われましたので、あなたの口座……いえ、私の口座にも触れないでいただけますか? 失礼します。仕事中なので」

私は電話を切りました。すぐにまた着信がありましたが、今度は着信拒否設定にしました。

夕方、私が帰宅すると、正人が温かく迎えてくれました。

「くみ子、どうだった?」

「予想通りよ。パニックになっているみたい」

「そうか。でも、これは彼らが望んだことだ」

正人の言葉に、私は頷きました。

その夜、私たちは久しぶりに二人で外食を楽しみました。

「月に10万円の援助がなくなれば、年間120万円の節約になるな」

正人が計算しながら言いました。

「そうね。これからは、私たちのために使いましょう」

翌日、裕介とリナの家ではさらに深刻な事態が発生していました。家賃の引き落としができず、大家から連絡が来ました。クレジットカードの支払いもできず、利用停止の通知が届きました。ハルトの習い事の月謝も払えません。

「どうしよう。裕介の給料だけじゃ全然足りない」

リナが青ざめた顔で通帳を見つめています。

「母さんに頭を下げるしかないのか……」

裕介もついに現実を理解し始めていました。二人は、私がどれほど彼らの生活を支えていたのか、今更ながら気づいたのです。

しかし、もう遅すぎました。他人として扱われた私には、もう彼らを助ける理由は何もありませんでした。お望み通り、完璧に、徹底的に関係を絶ったのです。

それから3ヶ月が経ちました。私と正人は、今まで以上に穏やかで充実した日々を送っています。

「くみ子、今日はどこに行く?」

「そうね、久しぶりに美術館でも行きましょうか」

正人と二人、平日の午後に美術館を訪れる。こんな贅沢な時間が、今の私たちにはあります。月に10万円、年間120万円の援助を止めたことで、経済的にも心理的にも本当の自由を手に入れました。

先週、私は地域のボランティア活動にも参加し始めました。高齢者施設での読み聞かせのボランティアです。

「松井さんの読み聞かせ、とても温かくて素敵ですね」

施設のスタッフの方が、そう言ってくれました。誰かの役に立つ喜び。それは、感謝されて初めて成立するものだと改めて気づきました。

一方、裕介とリナからは時々連絡がきます。謝罪のメールや手紙でも、私は一切返信していません。今更何を言われても、私の決意は変わりません。言葉には責任が伴うものです。「他人として扱う」と宣言したのは、彼らなのですから。

ある日の午後、正人と公園を散歩していると、小さな女の子が私たちの前を走っていきました。ハルトと同じくらいの年頃でしょうか。一瞬、胸が締めつけられるような気持ちになりました。でも、すぐに気持ちを切り替えました。過去を振り返ることは、もうありません。

「くみ子、大丈夫か?」

正人が心配そうに私を見ます。

「ええ、大丈夫よ。もう大丈夫」

私は正人の手を握り返しました。

この3ヶ月で、私は多くのことを学びました。親だからと言って、子供のATMになる必要はないということ。親にも自分の人生があり、尊厳があり、幸せを追求する権利があるということ。そして何より、理不尽な要求にはきっぱりとノーという勇気が必要だということ。

現代社会では、祖父母の無償の愛を当たり前だと思い、あまつさえ利用する風潮があります。でも、それは間違っています。献身には感謝を、支援には敬意を。それが家族の基本です。どんなに近い関係でも、相手を尊重し、感謝の気持ちを忘れてはなりません。

私の選択は、理不尽に屈しない強さの象徴だと思っています。年齢を重ねても、いや、年齢を重ねたからこそ、自分の人生を大切にする権利があるのです。

先日、友人の美子から電話がきました。

「くみ子、元気にしてる?」

「ええ、とても元気よ」

「よかった。あなたの決断は正しかったわね」

美子の言葉に、私は深く頷きました。

電話を切った後、私は窓の外を眺めました。空には美しい夕焼けが広がっていました。オレンジ色に染まる空が、とても美しい。新しい人生の始まりを祝福してくれているようでした。

正人が後ろから私の肩を抱いてくれました。

「くみ子、俺たちは正しい選択をしたな」

「ええ、間違いなく」

因果応報という言葉があります。人を軽んじたものは、必ずその報いを受ける。裕介とリナも、今頃それを実感しているでしょう。

人生は何歳からでもやり直せます。そして、自分を大切にすることから、本当の幸せは始まるのです。正人と私は、これからも二人で新しい人生を歩んでいきます。誰のためでもない。私たち自身のために。

Thumbnail