「1番風呂はお父さんと決まってるでしょ。嫁の分際で非常識なんだから。」義母は脱衣所のドアを叩きながら、そう怒鳴り散らした。無料の銭湯代わりに使い放題の義両親、消えていく私のブランド品や母の形見、夫は愛人との生活に夢中で「親の面倒は見ろ」と言うだけ。ある日、リビングで彼らの声を聞いてしまった。「この風呂、近所に開放して1回500円でどうだ?」「嫁は何言っても黙ってるから使いやすいわ。」その瞬間…

「1番風呂はお父さんと決まってるでしょ。嫁の分際で非常識なんだから。」義母は脱衣所のドアを叩きながら、そう怒鳴り散らした。無料の銭湯代わりに使い放題の義両親、消えていく私のブランド品や母の形見、夫は愛人との生活に夢中で「親の面倒は見ろ」と言うだけ。ある日、リビングで彼らの声を聞いてしまった。「この風呂、近所に開放して1回500円でどうだ?」「嫁は何言っても黙ってるから使いやすいわ。」その瞬間...

「おい、1番風呂はお父さんと決まってるでしょ。嫁の分際で非常識なんだから。」

義母は脱衣所のドアを叩きながら、そう怒鳴り散らした。私はバスローブを握りしめ、ただ黙って頭を下げることしかできなかった。温泉みたいなジェットバス付きの浴槽も、高級ホテルみたいな壁面パネルも、もう私の癒やしの場所じゃない。義両親が毎日のように押しかけてくる、ただの「公共浴場」になっていた。

私の名前は朝川皆。夫の健一とようやく手に入れた念願のマイホームは、陽光がたっぷり差し込む明るい平屋だった。健一は大手企業のエリートで、数千万円もするこの家をキャッシュ一括で購入してくれた。私たちのこだわりは広々とした最新設備のユニットバス。1日の疲れを癒すのが何よりの楽しみだった。

そんな幸せな新生活が始まって間もなく、義実家の給湯器が故障したという連絡が入る。

「それは大変だね。だったらうちの風呂を使えばいいよ。」

健一は何の躊躇もなく義両親にそう提案した。私は少し戸惑ったが、緊急事態だし仕方がないと思い直した。そしてその日を境に、義両親は毎日のように我が家を訪れるようになった。脱衣所には義父の洗濯物が散らばり、自慢の浴槽には義両親が使った後のベタつく皮脂や抜け落ちた髪の毛が浮いている。最初はかわいそうだと思っていた健一も、平穏を奪われた自宅の惨状に義両親の存在を鬱陶しく思い始めているようだった。それでも、夫は何も言わない。私は耐えるしかなかった。

そんな日々を過ごす中、健一に遠方への転勤辞令が出たのは、義両親が我が家に通い始めて2ヶ月が経った頃だった。夫は夕食の席でそれを告げると、箸を置いて私の顔をじっと見つめた。

「3年は帰って来られないと思う。あいつら、お前に任せたから。」

「あいつら」とは義両親のこと。あまりにも冷たい呼び方に、私は思わず眉をひそめた。

「でもお父さんたちは健一のご両親でしょ。たまには帰ってきて顔を見せないと。」

「忙しいんだよ。お前がちゃんと面倒を見てればいいだろう。給料分の働きはしてもらわないとな。」

一方的に言い放つと、夫は自室へと引き上げていった。「給料分の働き」?まるで私が雇われた家政婦であるかのような言い草。私に残されたのは冷めた味噌汁と重たい責任感だけだった。

健一が旅立って3ヶ月が経ったある夜、携帯電話が鳴り響く。画面には夫の名前。時計を見ると午前2時を回っている。

「もしもし。どうしたの?」

「みゆきちゃん。今日は楽しかった。明日も遊ぼうね。また美味しいもの食べに行こうね。」

泥酔した夫の声がスピーカーから漏れてくる。甘ったるい、デレデレとした口調。私に向けられたことのない優しさがそこにはあった。

「健一?私よ。皆よ。」

「あ、間違えた。」

無機質な音を立てて通話が切れる。暗闇の中、私は携帯電話を握りしめたまま動くことができなかった。胸の奥がずきんと痛む。愛していた人の声が、ただの不快なノイズに変わった瞬間だった。

翌朝、私は探偵事務所に連絡を入れた。

「夫の身辺調査をお願いします。」

もはやこの痛みから逃れるには、真実を知るしかない。電話口の男性は淡々と料金と調査内容を説明し、私は震える手でメモを取った。

しかし、健一が不在でも義両親は毎日のように我が家を訪れる。夕方5時、静寂を切り裂くように鳴り響く玄関のチャイムは、もはや私にとって平穏を奪う不吉なアイツでしかなかった。

「おう、皆ちゃん。今日も入らせてもらうよ。お風呂沸かしてあるよね。今日は冷えるから、熱めがいいわ。」

挨拶代わりの言葉に疑問系は含まれていない。当然のように家に上がり込み、リビングのソファーに腰を下ろす2人。私は「どうぞ」と言うしかなかった。

ある日、仕事から帰った私は疲れきった体を少しでも早く癒したくて、義両親が来る前にお風呂に入った。ジェットバスのスイッチを入れ、温かい湯に身を沈める。ほんの束の間の安らぎ。玄関のチャイムが鳴ったのは、それから10分も経たない頃だった。私は慌てて浴室を出ると、バスローブを羽織ってドアを開けた。

「嘘、もう入ってたの?信じられない。」

義母の声は冷たく尖っていた。

「すみません。今日は少し早く帰れたので。」

「ちょっと待ちなさい。1番風呂はお父さんと決まってるでしょ。非常識なんだから。嫁のくせに自分が先に入るなんて、どういう神経してるの?」

義母は玄関で怒鳴り散らし、奥から現れた義父もまた不機嫌そうに腕を組んでいる。

「俺が1番風呂に入るのが楽しみなんだよ。それくらい分かるだろう。お前、嫁として失格だぞ。」

私は何度も頭を下げ、謝罪の言葉を繰り返した。まるで自分の家で自分の風呂に入ったことが罪であるかのように。

それからというもの、義両親は私が何時に帰宅しようと、必ず5時には到着するようになった。そしてお風呂だけでなく、夕食まで要求するようになる。

「せっかく来たんだから、ご飯も食べていくわ。健一がいないんだし、寂しいでしょ。あんたも一人じゃん。私たちがいてあげてるのよ。」

「俺はハンバーグが好きだな。あと唐揚げも。ビールも冷やしとけよ。」

私は仕事で疲れ果てた体を引きずりながらキッチンに立った。義両親はリビングでテレビを見ながら大声で笑っている。まるで自分の家にいるかのように寛いでいる。食事が終わっても2人はなかなか帰らない。

「おい、ビールもう1本持ってきてくれ。あとつまみも。」

「皆ちゃん、お茶もお代わり。熱いやつね。」

私は黙々と応じる。義母は食後のデザートまで要求し、私が出したケーキを一口食べると顔を顰めた。

「これ、スーパーで買った安物でしょう。もっといいもの買いなさいよ。健一がかわいそうだわ。」

私はまるで自分の家で飯使いをしているような気分だった。

やがて、異変に気づき始める。私の私物が少しずつ消えていくのだ。クローゼットにしまっていたブランドのバッグ、化粧台に置いていた高級クリーム、誕生日に健一からもらったネックレス、母から譲り受けた金の指輪まで。ある日、義母がそのネックレスを首にかけているのを見て、私は言葉を失った。

「お母さん、それ?」

「ああ、これ?あんたの部屋にあったからもらってきたのよ。探したのよ、いいものないかなって。でも、これは私の。あんたにはどうせ似合わないでしょ。真珠なんて若い子には早いのよ。私がつけた方が映えるわ。これもらってくわね。」

義母は悪びれもせず笑いながらそう言った。

「そうだ、そうだ。お前みたいな地味な女には宝の持ち腐れだ。」

私は何も言い返せなかった。喉の奥に何かが詰まったような感覚が広がり、ただ俯くことしかできない。

探偵からの報告書が届いたのは、それから1週間後のことだった。封筒を開けると、そこには健一と若い女性が腕を組んで歩いている写真が何枚も入っていた。マンションの前でキスをしている写真。2人で高級レストランで食事をしている写真。ブランドショップで買い物袋を抱えて笑っている写真。そして詳細な報告書には、健一が「美雪」という25歳のOLと同棲していることが記されていた。転勤自体、美雪と暮らすために健一が自ら志願したものだという。

私は震える手で携帯電話を取り出し、健一に電話をかけた。

「写真を見たわ。美雪さんって誰?」

「ああ、バレたか。まあいいや。」

夫の声は驚くほど軽かった。

「どういうつもりなの?私たち夫婦でしょ?」

「美雪ちゃんがいれば何もいらない。彼女はかわいいし、料理もうまいし、文句も言わないしな。お前みたいに暗い顔してないし。離婚でも何でも好きにしろ。それと、あいつらはお前が面倒を見ろ。俺の親なんだから当然だろ。」

一方的にそう告げると、健一は電話を切った。私は床に座り込み、携帯電話を握りしめたまま呆然としていた。涙さえ出てこない。

ある日の夕方、私はキッチンで洗い物をしながら、リビングで会話する義両親の声を耳にした。

「なあ、この風呂、近所の奴らに解放して入浴料を取るってのはどうだ?1回500円くらいでさ。」

「あら、それいいわね。どうせ息子の家なんだから、私たちが好きにしていいでしょう。掃除は嫁に押し付けて。コスパ最強ビジネスだわ。」

「嫁は文句も言わないし、都合がいいよなあ。」

「そうよ。あの子、何言っても黙ってるもの。使いやすいったらありゃしないわ。」

2人は声をあげて笑っている。私は手に持っていた皿を静かにシンクに置いた。指先が震えている。もう限界だった。義両親と縁を切る。その決断を、私は心の奥底で静かに固めた。

ほどなくして、私は義両親に黙って新居を見つけた。駅から徒歩10分の古いアパートの1室。決して広くはないが、誰にも干渉されない空間がそこにはあった。引っ越し業者を呼ばず、少しずつ荷物を運び出す。思い出の品、服、食器、布団。1つずつ静かに、確実に。

もちろん、毎日通い詰める彼らの目を盗むのは容易ではない。普通なら、棚の飾りが1つ消えただけで異変に気づくはずだ。だが、私は彼らの自分にしか興味がない性格を逆手に取った。まずはクローゼットの奥や、彼らが決して開けない場所から着手する。彼らはリビングのソファーでふんぞり返り、私の私物には目もくれない。次に、リビングなどの目に見える小物を入れ替えていった。高価なブランド品をダンボールに詰め、代わりに安物の雑貨を同じ場所に置く。そこにある景色さえ変わらなければ、彼らの傲慢な目はごまかせるのだ。

ある日、義母がリビングの棚をじろりと見て不審そうに眉を寄せた。

「ねえ、ここにあった花瓶はどうしたの?もっと高そうだったでしょ?」

心臓が跳ね上がる。それは前日の早朝に運び出したばかりのものだったからだ。私は平静を装って手を動かしながら答えた。

「ホコリを見つけたので、お母様が怪我をされないよう片付けたんです。もっと豪華な品を飾ろうと思って、今は整理しているんですよ。」

「お母様のために」という言葉は、彼女にとって最高の目隠しになった。

「ふーん。気が利くじゃない。次はもっと派手なやつにしなさいよ。」

彼女は納得し、広くなっていく部屋を自分への献身と解釈した。彼らの関心は常に風呂と食事、そしてテレビだけに集中している。ジェットバスの勢いや、今日の酒の肴が豪華であればそれで満足なのだ。私が使う食器が変わり、カーテンが外されても、彼らの視界には入らない。私は彼らが風呂に入っている隙に、荷物を次々と運び出した。得意気な気分で湯舟に浸かっている足元で、私は家との決別を冷徹に進めた。足音を殺し、深夜と早朝に車を往復させる日々。肉体的な疲労は限界だったが、心は不思議なほどに高ぶっていた。誰にも気づかれないように、私は新しい人生の準備を進めていく。ダンボールに荷物を詰めるたび、胸の奥がちくりと痛んだ。この家に抱いていた夢が1つずつ箱の中に消えていく。でも後悔はなかった。この家はもう私の居場所ではなくなっていたのだから。

引っ越しが完了したのは、決意を固めてから2週間後のことだった。最後に残ったのは、あの豪華なユニットバスだけ。ジェットバス機能も大面積の壁面パネルも、もう私には関係ない。義両親が好きなだけ使えばいい。いや、使えなくなるのだが。

私はマイホームの電気、水道、ガスの使用停止手続きを済ませた。電話口の担当者に理由を聞かれ、私は淡々と答える。

「引っ越しますので。」

それだけだった。担当者は何も聞き返さず、手続きを進めていく。電話を置いた時、肩の力がふっと抜けた気がした。

その夜、携帯電話が何度も鳴り響いた。画面には義母の名前。私は電話に出なかった。10回、20回と着信が続く。やがて留守番電話にメッセージが入る。

「皆ちゃん、どういうことなの?お湯が出ないじゃない。電気もつかないし、すぐに連絡しなさい。非常識にも程があるわよ。こっちは裸で待ってるのよ。寒いじゃない。」

義母の怒鳴り声がスピーカーから漏れてくる。背景では義父の怒声も聞こえてきた。

「何やってんだ、嫁は使えねえな。」

私は携帯電話を手に取ると、着信拒否の設定をした。もうこの声を聞くことはない。静かな部屋に、私一人の息遣いだけが響く。新しいアパートの窓から見える夜景は、マイホームから見えたものとは全く違う。でも不思議と心が軽かった。

半月後、私がパートのスーパーで品出しをしていた時のことだ。静かな店内に、獣のような怒号が響き渡った。

「おい、皆だ。逃げてないで出てこい。店長さん、ここの嫁を出しなさい。家族を捨てて逃げ出すなんて、まともな神経じゃないわよ。」

レジに怒鳴り込んできた義両親が立っていた。義父のシャツはよれよれで、義母は化粧もせず、2人とも異様な雰囲気を放っている。その姿に買い物客たちが怯えたように距離を取るのが分かった。店長が慌てて駆け寄るが、義父はそれを突き飛ばさんばかりの勢いで私を見つけを刺した。

「お前、よくもあんな罠を仕掛けてくれたな。お前のせいで俺は近所でどんな目で見られてると思ってるんだ。」

私はゆっくりと立ち上がり、冷めた目で2人を見据えた。

「罠?何のことですか。ここは職場です。他のお客様の迷惑になります。」

「うるさい。いいか、みんな聞け。この女はな、自分の義理の親を警察に売り飛ばしたんだ。」

義父の叫び声に店内が静まり返った。注目を浴びたことで勢いづいたのか、義父は信じられないことに、自らの醜態を自ら暴露し始めた。

「数日前だ。俺はいつものように息子の家に行ったんだ。電気がついてたから『おお、皆のやつがようやく直したんだな』と思ってな。勝手口が開いてたから、入ってやったんだよ。リビングに知らない家具があったが、そんなのどうでもいい。俺は寒かったから服を脱いで、真っ先に風呂へ向かったんだ。全裸で浴室のドアをバーンと開けてやったんだ。そしたら中には知らない新婚のガキどもが入り上がってたんだよ。そんあ奴らに大声で叫ばれて、警察を呼ばれたんだぞ。」

「そうなのよ。警察が来て、この人は全裸のままリビングで事情聴取させられたのよ。パトカーに乗せられる時だってバスタオル1枚。近所中の奴らが窓からこっちを指差してたわ。」

「あれ、不法侵入じゃないの?」という引き気味の声が漏れる。しかし義父の怒りは最高潮に達し、1番言われたくない言葉を口にした。

「そのせいでな、今近所じゃ俺たちのことを揃いも揃って『認知症になった』なんて噂してやがるんだ。買い物に行けば哀れみの目で見られ、すれ違えば『お家はこっちですよ』なんて馬鹿にされる。警察からも『息子さんの家じゃない』なんて言われて、まるで俺たちがボケた扱いだ。あんたが黙って家を出て電気を止めたりするからよ。あんたがあの家を管理してないから、変な夫婦が入り込んだんでしょ。全部、あんたのせいよ。」

義父は顔を真っ赤にして私に詰め寄り、義母は周囲に聞こえるように認知症扱いされる屈辱を叫び散らしている。私は一歩も引かず、2人を静かに見つめて言い放った。

「ご自分たちがやったことでしょう。鍵もかかっていない他人の家に勝手に入り込み、全裸で浴室に乱入する。それを世間では不法侵入あるいは公然わいせつと呼びます。認知症だと噂されるのは、その行動があまりに常識を逸しているからです。これ以上騒ぐなら、今度は私が警察を呼びます。」

絶句する義両親。私は深く息を吐き、周囲の刺さるような視線を意識しながら、震えそうになる声を抑えて静かに口を開いた。

「あの家は現在、賃貸として別の方に貸し出しています。もう私のものではありません。」

「なんだと?ふざけるな。俺は俺の息子が一生懸命働いて買った家だぞ。嫁の分際で勝手に貸すなんて、許されると思ってるのか。」

義父の怒声がスーパーの天井に反響して響き渡る。レジの前で列を作っていた客たちは露骨に顔を顰め、中にはスマホを向けてこの異様な光景を撮影しようとするものまで現れた。

「お客様、他の方のご迷惑になります。奥でお話を伺いますから、こちらへ。」

店長と警備員が割って入り、半ば押し問答のようになりながら、私たちは店内のバックヤードへと移動した。自動ドアが閉まり、店内のBGMが遠くなった湿っぽいダンボールの匂いが漂う狭い廊下に、義父の荒い息遣いだけが響いた。事務所の簡素なパイプ椅子に座らされても、なお義父の怒りは収まらない。

「場所を変えたからってごまかされると思うなよ。そもそも、あの家に住んでいた新婚夫婦は何だ?俺が全裸で捕まったのは、あいつらが勝手に上がり込んでいたからだろうが。」

「違います。あの方たちは正式な契約を結んで入居された人たちです。勝手に上がり込んだのは、あなた方の方です。」

私は念のために持ち歩いていた不動産記載事項証明書の写しを机に置いた。

「所有権は正式な手続きを経て私に移っています。健一さんとはすでに離婚が成立しましたから。」

「離婚?いつの間に?私たちは何も聞いてないわよ。そんなの認めないわ。」

義母がヒステリックな金切り声をあげる。狭い事務室に声が反響し、耳の奥が痛む。私は冷静に淡々と事実を告げた。

「健一さんが愛人との再婚を急ぐあまり、慰謝料と手切れ金代わりに財産分与の権利を全て放棄されたんです。このマイホームも無条件で私に譲渡するという書面にサインをもらいました。法的にあの家は100%私の資産です。それをどう使おうと、あなた方に口を挟まれる筋合いはありません。」

義両親の顔色が見る見るうちに土気色へと変わっていく。あれほど威勢の良かった義父が、目に見えて小さく震え始めた。

「そんなバカな。じゃあ、健一は今どこにいるんだ?あいつはどこへ行ったんだ?」

「それは私には関係のないことです。ご自分の息子さんの行方もご存知ないのですか?」

「息子に何度も電話してるのに、ちっとも繋がらないのよ。あんた、何か隠してるんでしょ?母親から息子を奪うなんて、なんて恐ろしい女なの?」

義母が身を乗り出して私に詰め寄ろうとするが、店長がそれを厳しく静止する。私は必死に食らいつこうとする2人の見苦しい表情を見つめながら、ふと健一が転勤前に吐き捨てた言葉を思い出していた。

「あいつらうるせえんだよ。電話も着信拒否してるし。」

転勤前、健一は酔った勢いでそう吐き捨てていた。自分の親をまるで厄介者のように。そして今、その厄介扱いされた義両親が行き場を失ってここにいる。

「実はな、家が台風で半壊してな。住めなくなったんだ。」

義父が急に弱々しい声で言った。

「息子に連絡がつかないから、知人の家を転々としてたのよ。でも、もう限界で。」

義母の目には涙が浮かんでいる。私は一瞬、同情の念を抱きかけた。でもすぐに打ち消す。この人たちは私のものを盗み、私を飯使いのように扱い、私の人生を踏みにじった。

「それでも、私には関係ありません。どうか、もう私には近づかないでください。」

私は店長に一礼すると、店内へと戻った。義両親の呆然とした表情が視界の端に残る。

それから数日後、私の携帯電話に見知らぬ番号からの着信があった。警察からだった。

「朝川皆さんですね。ご実家について確認したいことがあるのですが。」

私はその時、初めて義両親が起こした騒動を知ることになる。行き場を失った義両親は、すでに空き家化している私の実家を訪れたらしい。私の両親はすでに亡く、実家は空き家として放置されていた。解体業者に依頼する予定だったが、手続きが遅れていたのだ。

「皆の実家なんだから、俺たちが使ったっていいだろ。金目のものは頂いとけ。」

「そうよ。私たちには権利がある。息子の嫁の家なんだから。」

2人は勝手口の鍵を壊して侵入し、家具や家財道具を漁り始めたという。しかし、同じ頃、その家には別の侵入者がいた。心霊系YouTuberのグループが、ライブ配信をしながら肝試しをしていたのだ。

「皆さん、今日は噂の心霊スポットに来ています。」

カメラを回しながら、彼らは暗い家の中を進んでいく。そこへ、懐中電灯を手にした義両親が現れた。

「おい、これ使えそうだな。」

「あら、このテレビ、まだ動くかしら?」

闇の中で家財道具を漁る2人の姿。YouTuberたちはそれを本物の幽霊だと思い込んだ。

「やばい、マジで出た。本物の幽霊だ。」

配信を見ている視聴者たちのコメントが爆発的に増える。パニックに陥ったYouTuberの1人が、護身用に持っていたスプレーを噴射した。

「ぎゃー、目が、目が痛い。」

「何なの?助けて。」

義両親は激痛に悶絶し、床を転げ回る。YouTuberたちは恐怖のあまりそのまま逃げ出した。ライブ配信は繋がったまま、苦しむ義両親の姿を映し続ける。さらに敷地内に設置されていたセンサーが反応し、管理者に通知が届いた。実家はすでに売却され、別荘を立てる計画が進んでいたのだ。管理者はすぐに現場へ駆けつけ、警察に通報。警察が到着した時、YouTuberたちはすでに逃走していた。残されたのは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった義両親だけ。

「誤解だ。俺たちは幽霊じゃない。」

「痛い、痛いのよ。病院に連れて行って。」

しかし不法侵入は明白な事実だった。2人は警察署に連行され、事情聴取を受けることになる。そして、その一部始終を映したライブ配信の切り抜き動画がSNSで大バズりした。

「幽霊と間違われて撃退される老夫婦。」

「スプレーで成仏させられるね。」

「不法侵入者vs不法侵入者の戦い。」

動画の再生回数は瞬く間に数百万回を超え、コメント欄には嘲笑の言葉が溢れ返る。テレビのワイドショーでも取り上げられた。

「本日のニュースです。不法侵入者同士の騒動が話題になっています。」

モザイク処理された映像が流れる。しかし、義両親の顔は十分に判別できた。

「どちらも不法侵入ですからね。擁護の余地はありません。」

「世界中で笑いものになっているそうですよ。」

悶絶する義両親の姿が繰り返し繰り返し放送される。私はテレビを見ながら、冷めた紅茶のカップを手に取った。何も感じなかった。ただ「因果応報」という言葉が頭に浮かんだ。

携帯が鳴る。警察からの2度目の電話だった。

「義理のご両親が、あなたに連絡を取りたいと言っているのですが。」

「お断りします。私はすでに離婚しており、彼らとは何の関係もありません。」

「分かりました。ではそのように伝えます。」

電話を切ると、部屋に静寂が戻ってきた。窓の外では春の風が穏やかに吹いている。私は新しい人生を静かに歩み始めていた。

追い詰められた義両親は、自らYouTubeチャンネルを開設した。動画のタイトルは「強欲な嫁に騙された私たち」。涙ながらに訴える2人の姿は、一見すると哀れに見えた。

「息子の家を勝手に売られて、私たちは路頭に迷っているんです。嫁は隣国で私たちを見捨てました。どうか助けてください。」

コメント欄には同情の言葉が並び始める。しかし私は冷静だった。以前マイホームに設置していた監視カメラの映像を、私は全て保存していたのだ。私は自分のアカウントから1本の動画を投稿。タイトルは「私の家で何を?」。そこには、義母が私のクローゼットを漁り、ブランドバッグを持ち出す瞬間が記録されていた。化粧台から現金を抜き取る姿も、私の母の形見の指輪を懐に入れる姿も、全てが鮮明に映し出されていた。動画はまた瞬く間に拡散され、義両親のチャンネルは大炎上した。

「これ、完全に窃盗じゃん。」

「被害者ぶってたのに、嘘だったのか。」

私は迷わず被害届を提出した。義両親は窃盗の容疑で逮捕され、ニュースにも取り上げられる。

一方、元夫の健一も順風満帆とは言えなかったようだ。美雪にとって健一は最初から金づるでしかなく、彼女は入籍を拒み続けたという。そして最終的に美雪は大企業の弁護士と婚約。捨てられた健一は自暴自棄になり、会社のお金に手を付けてしまう。同僚の女性に付きまとう行為も発覚し、エリートの道を踏み外していった。

ある日、私が駅のホームで電車を待っていると、背後から声がかかった。

「皆。」

振り返ると、やつれた健一が立っていた。

「俺を一人にしないでくれ。もう一度、やり直そう。」

私は彼を見つめ、静かに微笑んだ。

「安心して。あなたは一人じゃないから。」

健一の顔に希望の光が差す。私はスマートフォンを取り出し、画面を彼に向けた。そこには、義両親が逮捕された記事が表示されている。

「お父さんとお母さんがいるじゃない。」

健一の顔が蒼白になる。その時、駅前のロータリーから車のクラクションが鳴った。職場の男性が迎えに来てくれたのだ。私は軽く手を振り、健一に背を向けた。

「これからデートなの。さようなら。」

階段を降りながら、私は2度と振り返らなかった。呆然と立ち尽くす健一は、足元に置いていた鞄が消えていることに気づいていない。スリの被害に遭っていたのだ。

私は新しい会社に正規雇用され、自立した生活を送っていた。車に乗り込むと、男性が優しく微笑みかけてくれる。ようやく私は、本当の自由を手に入れた。

Thumbnail