妊娠が発覚してから、夫の態度はさらに悪くなった。結婚当初から義母の言いなりになる生活を強要され、「専業主婦のくせに役に立たねえな」と毎日のように夫・大輔から愚痴を言われていた。私は必死に家事をこなしたが、夫と義母の期待には応えられず、自分を責める日々だった。
夫は岐阜の会社の次期社長候補として多忙で、休日もパソコンにかじりついている。そんな夫を支えようと私は必死になった。妊娠が分かった時、少しだけ夫の愚痴が減った気がした。しかしこの頃から、夫と義母は義兄夫婦のことを頻繁に悪く言うようになった。「兄さんがしっかりしないから、リカさんがいつまでも働きに出ないといけないんだよ」と。私は深く考えずに聞き流していた。
数ヶ月後、親族の集まりで義兄夫婦に初めて会った。義姉のリカさんは優しい人で、私は嬉しかったが、義母の刺すような視線を感じて台所に逃げ込んだ。義母は鬼の形相で「ちょっと目を離すとすぐサボるんだから。準備は嫁の仕事よ」と怒鳴った。私は黙って従った。ふと、今日は嫁が二人いるのに、義母はリカさんには何も言わないことに気づいた。むしろ客人のようにニコニコと世間話までしている。私は自分に言い聞かせた。「義姉は仕事で疲れているんだ。私は専業主婦だから働いてこその存在なんだ」と。
妊娠7ヶ月でお腹も大きくなり、立ちっぱなしは辛くなってきた。私は台所の片隅で一息つこうと腰かけた。そこへ夫が入ってきて、なんと私の腹を蹴ったのだ。「嫁は立っておくのが常識だろう。母さんが働いてるのに、嫁が座ってるなんてありえない」と。私はショックで言葉を失ったが、必死に反論した。「お腹の中には赤ちゃんがいるのよ。私が無理すれば赤ちゃんが危険にさらされるの」と。しかし夫は「嫁である前に嫁だろ。そんなことも分からないのか」と笑い飛ばし、私を無理やり立たせようと腕を引っ張った。
騒ぎを聞きつけて義兄の高志さんが台所に飛び込んできた。「妊婦さんにそんな乱暴を働くな。もっと優しくしないか」と夫を叱ったが、夫は「嫁は夫の所有物だろ」と吐き捨てた。義兄は「夫婦は対等な存在だ」と反論するが、夫は聞く耳を持たず、義兄を「綺麗事ばかり言って」と嘲笑した。
この一連の出来事で、私は痛感した。夫は人を見下す人種なのだ。私のことも、お腹の赤ちゃんのことも、義兄のことも、自分の気分に合わないものは家族であろうと徹底的に貶す。こんな人の言うことをいつまでも聞いているわけにはいかない。私はもう母になるのだから。私は立ち上がると、皆の前で宣言した。「分かったわ。そんなに言うなら立ってもらいましょう。あなたの嫁であるリカさんにもね」と。夫は意味が分からず呆然としている。私は義姉を無理やり立たせて言った。「リカさんもちゃんと立ってないと。夫が嫁は立っておくのが常識って言うんです。リカさんも夫の嫁ですものね」と。
親族たちは騒然となった。義母が慌てて飛んできて、私を「嫉妬で嘘を言うなんて」と責める。夫も「侮辱罪で訴えてもいいくらいだ」と怒鳴る。しかし私は満面の笑みのまま、スマホを取り出して皆の前に掲げた。そこには夫と義姉がホテルに入っていく映像が映っていた。私は夫の浮気現場を撮影していたのだ。
夫は慌てふためいて「どうしてこんなものを持っているんだ」と問い詰める。私は淡々と説明した。「家でぼさっと夫の顔色を伺う生活だったからこそ気づけたのよ。あなたが寝ている隙にスマホを見たら、リカさんとのメールのやり取りが映っていたの。そこから先は、あなたを尾行して決定的な証拠を撮影したのよ」と。
義兄は激怒して夫の胸ぐらを掴んだ。「どういうことだ。なぜお前とリカが」と。夫は開き直って「いい男に女が寄ってくるのは当然だろう」と嘲笑う。すると義姉が夫の腕に自分の腕を絡ませて言った。「こう君の言う通りよ。こう君が次期社長候補として頑張っている中、あなたは何?優秀な男と夫婦になろうとするのは生物としての生存本能よ」と。その場にいた全員が言葉を失った。
激しい言い争いの中、突然テーブルを叩く音がした。義父の岐阜だった。「みんな一旦落ち着きなさい。まず先ほど俺の中で決まった重要事項を伝えておこう。次期社長候補は高志だ」と。夫は絶叫したが、岐阜は鋭い眼光を飛ばすと続けた。「元々うちの会社は二人に任せるつもりだった。高志がよその会社で働いているのは、経営についてより深い理解を得るためだった。有能であれば社長になれるわけではない。一番身近な家族すら大切にできない奴が、どうして会社の人間を大切にできるんだ」と。
夫は土下座して許しを乞うが、岐阜は「お前は首だ」と宣告した。夫は義兄の元でも働くと言い、義父に土下座する。「謝る相手が違うだろう。ももこさんに謝るのが先だ」と義父に言われ、夫はようやく私の方を見て謝罪した。「ももこ、すまなかった。浮気の件も態度も全て改める」と。私は冷たく「考えさせてください」とだけ答えた。
お盆が明けて、私は実家に帰り夫とは別居することにした。夫は毎日のように謝罪に来たが、一度失った信頼は戻らない。私だけではなく、お腹の子供にまで危害を加えたのだ。結局私は離婚を選び、慰謝料と養育費を請求した。夫は会社でも噂になり、居場所を失った。
義兄夫婦も即離婚し、義姉は慰謝料を請求された。義姉は精神を病み、退職して貯金も使い果たし、怪しい仕事に手を染めているという噂も聞く。義母も私にきつく当たっていたことが明らかになり、義父から大目玉を食らった。
その後、私は無事に男の子を出産した。初めての育児は目が回るような忙しさで、離婚のショックに浸っている暇もなかった。私はこの子が1歳になったら働きに出ようと決意した。「ブランクはあるけど、なりふり構わなければどこか働き口はあるはず。いや、見つけて見せる。だって私は母だから」と。
ある日、仕事で使うパソコンを買いに行った帰り道、偶然元夫に遭遇した。彼は別人のようにやつれ果てていた。「咲、俺を助けてくれよ」とすがりついてきた。話を聞くと、彼が浮気していた相手は義姉だけではなかった。マッチングアプリで複数の女性と関係を持ち、それぞれに結婚をちらつかせてお金を使わせていたのだ。しかしその女性たちは、私が証明写真を見せて妻であることを伝えると、自分たちが騙されていたと悟り、元夫を追い詰めていった。中には詐欺師同然の女性もいて、元夫は今や危ない人たちからも追いかけられていた。逃亡生活で金も尽き、追い詰められて私に復縁を求めてきたのだ。
「俺たちやり直さないか?あの日家を出てから、お前の存在の大きさを痛感したんだ」と言う元夫に、私は冷たく言い放った。「私言ったわよね。『本当に離婚でいいのね。後で後悔しても遅いわよ』って。それなのに私という存在を振り払ったのはあなたよ。今更手を差し出したところで掴むわけないじゃない」と。
その後、元夫は親族全員から絶縁され、会社も首になり、行き詰まっていった。私はと言うと、父という頼もしい存在に支えられながら、穏やかな日々を過ごしていた。後に私は女の子を出産し、父に「この子の名前に、お父さんの字を入れたいわ」と伝えると、父は「好きにしなさい。私にとってはこれ以上に嬉しいことはないよ」と涙を浮かべて喜んでくれた。
数年後、私は縁あって素敵な男性と再婚した。今度の夫はとても優しく、私を大切にしてくれた。「子供を授からなくても、夫婦二人で幸せに過ごせるといいね」と言ってくれて、私はストレスを感じることなく笑顔で過ごせた。それが良かったのだろう、結婚して1年後には無事に男の子を出産した。息子の1歳の誕生日には、ベビー服を手作りしてプレゼントした。夫と一緒に息子の誕生日を祝い、みんなが笑顔になるのを見て、私は幸せを噛みしめていた。きっとこの幸せは永遠に続いていく。私はそう確信している。



