病室で夫が「下半身不随になった」と泣き言を言った瞬間、私は爆笑した。夫の浮気相手がその事故で同じく下半身不随になったと知っていたからだ。2年間、私は彼の嘘を見抜いていた。離婚届を突きつけられたのも覚えている。でも一番の驚きは、彼が隣の病室に浮気相手を入れていたこと。しかもその女性は、夫をATM扱いしていたんだ。私はスマホを取り出し、「これ、誰だと思う?」と聞いた。画面には、夫が知らない男と腕…

病室で夫が「下半身不随になった」と泣き言を言った瞬間、私は爆笑した。夫の浮気相手がその事故で同じく下半身不随になったと知っていたからだ。2年間、私は彼の嘘を見抜いていた。離婚届を突きつけられたのも覚えている。でも一番の驚きは、彼が隣の病室に浮気相手を入れていたこと。しかもその女性は、夫をATM扱いしていたんだ。私はスマホを取り出し、「これ、誰だと思う?」と聞いた。画面には、夫が知らない男と腕...

病室に入った瞬間、夫が呟いた。
「俺、一生車椅子生活らしい。下半身不随だって言われた。」
その言葉を聞いて、一緒に来ていた義両親が膝から崩れ落ちた。
「そんなまさか、秀が……なんてことなの?」
「信じたくない。」
義両親はすぐに立ち上がり、夫を励まし始めた。
「大丈夫だぞ、秀。俺たちがついているからな。」
「そうよ。こんな時こそ家族で協力しないとね。祐香さん?」
私を見ながら頷く義両親。
しかし、私の次の行動は、彼らにとって信じられないものだった。
「もう秀ったら何言ってんのよ。面白すぎるわ。お腹痛い。」
私は夫の背中をバンバンと叩いて大爆笑した。
その瞬間、パンと乾いた音が響く。義母が私の頬を叩いた音だった。
「祐香さん、あなた、それでも秀の奥さんなの?愛する人が一生歩けなくなったのよ。元気づけようとしているのかもしれないけど、やり方ってものがあるでしょう。」
「母さん、落ち着かないか?そんな大声出したら隣の病室まで聞こえるぞ。でも祐香さんも祐香さんだ。たとえ夫じゃなくても、怪我人を前にバカにしたような態度は……わしも許せないなあ。」
「そうよ。隣の病室に聞こえるのはまずいわ。」
「きっと祐香も混乱してるんだ。そりゃそうだよな。夫が突然下半身不随になったら……」
夫は悲しそうに俯きながら言った。
「仕事はリモートでやるつもりだけど、俺は祐香に迷惑かけたくない。だから離婚も考えてる。今日はそれも伝えたかったんだ。」
そこまで考えていたなんて……と言いたそうな表情の義両親。
私は夫に向かって言い放った。
「あ、全然大丈夫だよ。もう離婚届け出しておいたから。今日で会うのも最後かもね。」
「は?」という声が、夫と義両親から同時に漏れた。
「祐香、冗談だよな。もう離婚届け出したってどういうことなんだ?」
「こんな時に何を言ってるの?ここから夫婦で支え合っていかなきゃいけない時に、冗談にしてはすぎるわ。何か事情があるのか?」
私は3人の問いかけに、1つ頷いて見せた。
「もちろん冗談なんかじゃありません。私は本気です。秀だってそうでしょ。だってずっと記入済みの離婚届をちらつかせて、私にきつく当たってたんだから。」
私は夫に向かい、これまでのことを思い出しながら話し始めた。
「結婚してから1年くらい経った後かしら?あなたは急に私に冷たくなったわよね。私、何か悪いことをしてしまったのかと思って、何度も理由を尋ねたわ。でもあなたは何も話してくれなかった。私にひどい言葉をかけたり、家事に必要以上に文句をつける頻度が上がっていくばかり。私、必死になって謝ったわ。これ以上あなたを怒らせたくない。私も怒られたくない。もっと昔みたいに笑って過ごしたいって思って。でも結局、私のどこに問題があるのか分からなかったの。」
義両親の目が夫に向く。夫はゆっくりとため息をつくと、大きく頭を振った。
「なんか誤解があるみたいだな。そりゃ元々他人同士だった2人が一緒に暮らしてるんだ。喧嘩の1つや2つはあったさ。でもそれはあくまで家族を深めていくためのプロセスに過ぎない。俺たちはどこにでもいるありふれた夫婦さ。」
義両親は互いに顔を見合わせながら私を見た。
「正直俺たちが数十年見てきた秀は、人をないがしろにするような奴じゃない。祐香さんのことを疑うわけではないけれど、どうしても私たちの子がそんなひどいことをするとは思えないのよ。」
私はひとつ頷いて、義両親に寄り添う姿勢を見せた。
「もっともなご意見だと思います。では、一旦秀と私の話は置いておいて、今回の事故についてお話ししましょう。」
「事故について?これ以上何を話すことがあるんだよ。どんな事故であったかは、もう当事者の俺から話を聞いただろう。」
私は満面の笑みを浮かべた。
「実は今回の事故は、秀一人で起こしたわけではありません。助手席に女性を乗せた状態で起こったんです。」
途端に夫の顔色が変わった。
「な、なんでそれをお前が知ってるんだ?い、いや、実は祐香の言った通り助手席には会社の同僚を乗せていてさ。でも、女と二人で車に乗った状態で事故なんて、ちょっと言いにくくてそれで黙ってたんだ。」
「秀、なんでそんなに焦ってるんだ?会社の人と同乗することはよくあることでしょう。特に隠すようなことはないはずよ。」
義両親の不思議そうな顔に、夫は軽く咳払いをして私をきつく睨みつけてきた。
「とにかく、下半身不随になった俺に変な疑いをかけるなんてふざけんな。こっちは今、お先真っ暗でそれどころじゃないんだ。」
「ふ。まだ隠し事をするつもりなのね。」
「一体何のことだ?突然体を悪くした人間にするような話じゃないだろう。」
私は間を置いて、さきの鉄を振り下ろした。
「さっきから誰の話をしているのかしら。下半身不随は、あなたの浮気相手でしょ。」
「え、何言うか。なんで?」
「秀に浮気相手がいるだって?しかもその人が下半身不随?じゃあ今まで沈痛な表情をしていた秀は何なの?祐香ちゃん、詳しく話してちょうだい。」
義両親からの求めに、私は心よく応じることにした。
「先ほど秀が私に冷たくなったとお話ししましたよね。同時に、彼は出張や残業も多くなりました。スマホを見る頻度も上がった上、トイレやお風呂など、どこに行くにもスマートフォンを一緒に連れていくようになったんです。私といる時には来たこともないようなブランド品を購入するようになり、ごく自然な流れで私は浮気を疑いました。」
私は一度視線を外してから、また夫を見た。
「常識的には褒められた行動ではありませんが、私は夫のスマホを覗きました。そして浮気相手とのメッセージのやり取りや写真の一覧から、浮気を確信したのです。より確実な証拠を掴むために、私は夫の行動を調査して、彼と浮気相手が車に乗り込む現場も見ていました。そんな中、秀が交通事故にあったのね。つまり、事故は秀と浮気相手のデート中に起こったものだったということです。」
「その通りです。お父さん、お母さん、こちらをご覧になってください。これが2人がやり取りしていたメッセージの内容です。」
私は自分のスマホの写真を見せる。2人の顔が見るみるうちに険しくなり、勢いよく夫の方を振り向いた。
「秀、どういうつもりだ?祐香さんを裏切っただけでなく、こんな嘘までついて私たちを騙そうだなんて。直ちに理由を説明しなさい。」
「ち、違うんだ父さん母さん。これには深いわけがあって、仕方なかったんだ。とにかく俺の話を聞いてくれ。」
「大体、父さんも母さんも祐香を甘やかしすぎじゃないか。実の息子がこんなに訴えているのに耳も貸さないなんて。今までずっと2人のことを尊敬していたのに、がっかりだよ。」
「がっかりはこっちのセリフだ。何十年と必死で働いて家族を養い、お前をいい大学まで行かせて、自力で飯を食っていくようになってようやく肩の荷が下りたと思えば、この親不幸者が。」
「甘やかしすぎてしまったのはあなたよ。親を騙すような大それた者に育ってしまうなんて。どこで道を間違えたのかしら。時を戻せる方法があるのなら、もう一度やり直したいくらいよ。」
「それこそ俺はこの結婚自体をやり直したいよ。最初から気に食わなかったんだ。いつも俺の顔色を伺うような女なんてな。」
夫がそう言った時だ。私はそろそろ転機だと思い、もう一度夫の病室の扉を開けた。
「ただいま。少しは話し合いも進んだかしら。その様子だと、まだまだお取り込み中みたいね。お手伝いするために隣から助っ人を連れてきたわよ。」
義両親は私が車椅子を押してきたことに驚いた顔をしていたが、夫の反応は違った。見るみるうちに顔が青ざめていく。
「祐香、なんでお前がレイ子を連れてくるんだよ。」
「隣から連れてきたって、まさかずっと隣の病室に浮気相手がいたの?あなた、どんな神経で私たちの話を聞いてたのよ!」
義母が今にもレイ子に飛びかかっていきそうになったが、彼女の様子を見て、はっと足を止めた。レイ子は夫以上に真っ青になっており、膝の上に置いた拳がブルブルと震えていた。
義父が戸惑ったように声をかけた。
「君、大丈夫かね?君が本当に秀の浮気相手なら、許されない恋をしたとは思うが、だからと言って体に無理をかけるのは良くない。今は部屋に戻って休んだ方がいいんじゃないかね。」
私は、そんな義両親の姿に感心しながら、車椅子のレイ子を見た。
すると、レイ子が絞り出すような声で喋り始めた。
「知らなかったんです。」
「うん?何のことだね?」
「私、秀さんが既婚者だってこと、知らなかったんです。さっきこちらの病室からお母様の声が私の部屋まで聞こえてきて、初めて独身じゃないと知りました。」
「な、なんですって。あ、秀。あなた、だから隣の病室に聞こえたらまずいなんて言ったのね。彼女に真実が知られてしまうと思って、どこまで曲がった根性なの?」
義母が髪を振り乱して怒鳴り散らしていると、今度は負けじとレイ子が怒りに満ちた表情で夫を睨みつけた。
「私、あなたに騙されていたのね。あなたの甘い言葉に誘われてつい……。奥様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ですが、私も騙された身です。どうか、あの男に、下半身不随になった責任を取らせるよう要求する許可をください。」
すると夫は、たちまちレイ子の前に跪いた。
「レイ子、結婚していることを黙っていてごめん。君に心配をかけたくなかったんだ。でももう大丈夫だ。祐香はさっき離婚届を出したって言ってた。これで晴れて君と結ばれることができるよ。君の体は半分動かなくなってしまったけど、俺が一生そばにいてあげるからね。」
爽やかな笑顔を見せる夫に、義両親の怒りはピークを迎えたようだ。
「何をしれっとプロポーズしとるんだお前は。俺や祐香さんの目の前で、どんな神経をしとるんだ。全く。」
「これほど頭の痛くなるプロポーズもないわね。離婚届を出したからはい再婚、って。そんな結婚を人生ゲームみたいに捉えないで欲しいわ。」
夫は、そんな義両親の怒りをよそに、明後日の方を向いて言った。
「もう祐香のことは関係ないだろう。夫婦じゃなくなったんだ。むしろなんでそこまで気を使ってやらなきゃなんないんだ?俺は本気さ。ずっと邪魔だった障害が消えたんだ。時期を見計らって、父さんたちとも離れてレイ子と2人で新しい生活を始めようと最初から考えていた。今がそれを実行すべき時なんだよ。」
夫が声高に語るものだから、ついに私は耐え切れずに大笑いした。その場でしゃがみ込み、お腹を抱えて笑い続ける私に、誰もが困惑した視線を向ける。
少しばかり笑いの衝動が収まると、私は再び立ち上がり、今度は夫に向けてスマホの画面を差し出した。
「問題です。これ、誰だ?」
液晶には見知らぬ男の写真が次々と表示される。そしていずれも隣には、見覚えのある女性が映し出されていた。
「え、これってレイ子?どうしてこんなにたくさんの男たちと腕を組んでるんだ?合成か何かか?」
「残念ながら、どれも天然の写真です。」
「嘘をつけ。レイ子がこんなことをする理由がないだろう。女が他の男とホテルから出てくる理由なんて、あるわけない。」
私は車椅子に座るレイ子の方を見下ろした。彼女は俯いて、自分の膝ばかりを見つめている。特に反論はなさそうだ。
「沈黙は金と言うわ。私から説明するわね。レイ子さんにとって秀は、ただの捨て駒だったのよ。お金を運んでくれる、いわばATMのような役割ね。あなた、給料は悪くないものね。」
夫は絶句している。義両親が驚いたように私を見た。
「しかし、どうやってそれが分かったのかね。秀ですら彼女の正体を知らなかったのよ。祐香ちゃんは、最初から分かっていたのか?」
義両親の質問に、私は鞄から何枚かの書類を取り出した。
「探偵事務所との契約書です。私は自力で夫を調査して浮気の証拠を手にしましたが、万全を期すために探偵にも依頼したんです。どうせ制裁を加えるなら、とことん調べ尽くして自分に有利なように物事を運びたいですからね。」
「今、さりげなく恐ろしいことを言ったな。」
「何を言ってるんです。怖いことを言われたくなければ、そもそも女性を怒らせるようなことをしなければいいだけの話ですよ。」
義母がにっこりと微笑むと、義父はバツが悪そうに咳払いをした。
私はまた話を続ける。
「プロの探偵なんて初めて雇いましたが、やはり高額の費用を払うだけのことはありますね。予想外に、夫の浮気相手であるレイ子さんの秘密も明らかになったんです。夫は確かに既婚であることを隠してレイ子さんを騙したかもしれませんが、それはお互い様だったということです。」
ふっと、その場の空気が淀んだ気がした。
すると、夫がレイ子の前に立ちはだかったかと思うと、突然に乾いた音が響いた。
「ふざけるな。お前のために俺は両親すら捨てようとしたのに。そもそも初めから俺を捨てる気だったと。冗談じゃない。」
殴られたレイ子も負けていなかった。強く夫を睨みつけて、思い切り夫の顔面を殴り返した。
「ふざけるな。あ、こっちのセリフよ。弱そうな頭の弱い人だと思ったから、絞り取れるだけ絞り取ったら捨てようと思ったのに。既婚者だなんて。離婚問題なんて面倒なものに私を巻き込まないでよ。」
「なんだって。なんて品のない女なんだ。こんな奴だとは思わなかったよ。」
「やっぱりATMの人はなかなか見つからないんだな。」
今度は私が目を丸くする番だった。
パチクリとまた瞬きを繰り返すうちに、夫は私の両手を握りしめ、熱い眼差しを送ってくる。
「目が覚めたよ。やっぱり俺には祐香が一番だった。ちょっと寄り道しちゃったけど、戻ってきて言うんだな。これから2人の愛を深めて、仲良くやっていこう。」
「頭に虫でも湧いてるの?大丈夫?私は夫の手を払いのけて、一歩後ろに下がった。」
すると義両親が、さっと私と夫の間に割って入ってくれた。
「さっきから黙って聞いていれば、なんて独り善がりな奴なんだ。いい加減にしろ。祐香さんに近づくな。もう散々あなたには愛想が尽きたけど、せめてもの情けで警察沙汰になるようなことは未然に防いでおくわ。これ以上祐香さんには執着しないで。もう離婚して夫婦ではなくなったんでしょう。もっと距離を置くべきよ。」
義両親の私への配慮に、思わず涙腺が緩んでしまった。私は一度深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
「秀、あなたはたくさんの罪を犯したわ。私を裏切ってレイ子さんと浮気したことも、その浮気相手を事故によって下半身不随にさせたことも。どれも取り返しのつかないことよ。あなたはたくさんの人の人生を変えてしまったの。お父さんとお母さんだって、最愛の息子の変わり果てた姿を目の当たりにして、きっと傷ついていることでしょう。あなたはもっと、叱られるべき罰を受ける必要があるわ。」
「なんだよ。どれも俺は悪くないだろ。たまたま祐香より美人で気立てのいいレイ子が現れて、たまたま曲がろうとした先に別の車が現れて、父さんと母さんだって俺の選択に勝手に傷ついているだけじゃないか。」
夫の意見に、義両親は愕然とした顔で肩を落とした。
「だめだ。どうやらわしらの息子はいなくなってしまったらしい。」
「そうね。もう何を言っても無駄だと思うわ。これからはもう息子はいないものとして、余生を過ごすしかないわね。」
私が2人の方にそっと手を添えると、義両親は寂しそうに微笑んだ。
「秀、私、あなたのこと絶対に許さないわ。私自身を傷つけたこともそうだけど、こんなに優しいご両親にここまで言わせるなんて。後日正式に慰謝料を請求して、あなたの会社にも事の次第を報告します。」
「え、なんだって?ちょっと会社はまずいよ。」
夫が何やらごちゃごちゃと叫んでいたが、私はきれいに無視して、義両親と共に病室を後にした。
その後、夫は随分とごねたが、なんとか私は離婚を成立させることができた。しかし、夫は私にまとわりつき続けた。私が実家に戻ると、後をつけたり、家の近くで待ち伏せしたりと、完全にストーカーと化してしまう。恐怖を覚えた私は警察に通報。これまでの経緯を話すと、夫は厳重注意を食らうこととなった。この警察沙汰となった一件を機に、会社からも完全に信用を失った夫は、退職する運びとなる。今ではアルバイトを掛け持ちしながら、なんとか慰謝料を支払う日々だそうだ。
また、浮気相手のレイ子は、関係を持っていた男性の一人に見事裏切られ、財産を持ち逃げされたらしい。元々男は金目当てで付き合っていたらしく、レイ子が下半身不随となったのを機に、見切りをつけられてしまったのだ。すると今度は、逆恨みしたレイ子が夫を待ち伏せするようになり、夫は追われる恐怖を味わうことになった。
現在の私はと言うと、真面目に仕事をして、友達や両親とショッピングに出かけたりと、充実した日々を過ごしている。離婚で得た傷が癒えたわけではないが、一方であの2人から学ばせてもらったこともある。彼らは互いに欲を張って、道理に背く行為をしてしまったせいで、悲惨な結末にたどり着いてしまった。もっと誠実に生きていれば、ささやかながら幸せを掴むことができただろう。世の中には、取り返しのつかないこともあるのだ。

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