朝、俺の唇がさ子さんの頬に触れる。すると彼女は目を閉じたまま、少しだけ口元を緩める。それが俺たちの間で決まった朝の儀式だ。
今日は、その儀式の前に言うと決めていた。
「あの、俺と付き合ってください」
さ子さんは驚いて目を開けた。俺は続ける。
「さ子さん、聞いてますか?」
「え、待って。今なんて言ったの?」
「だから、俺と付き合って欲しいんです。さ子さんのことが好きだから」
さ子さんはしばらく俺を見つめていたが、突然抱きついてきた。
「本当は私が先に好きになったの」
俺の名前は橋本拓。広告代理店に入社して数年が経つ。俺の部署には、仕事がめちゃくちゃできる年上の女性上司がいる。それが麻野さ子さんだ。
さ子さんは社員みんなの憧れの的で、俺にとっては絶対に逆らえない人だった。さ子さんは俺のことを可愛がってくれている実感はあったが、仕事に関しては非常に厳しく、誰に対しても容赦しない。
直属の部下である俺は、ある時は秘書のように、ある時はマネージャーのようにさ子さんの仕事をサポートした。
外回りの時は、さ子さんが「行くわよ」と言えばその時が出発だ。俺はいつでも出られるように常に準備していた。周りから「いいように使われている」と言われても、俺は苦ではなかった。さ子さんを尊敬していたし、自分も早く仕事を覚えたかったからだ。
もちろん、そんなさ子さんを女性として見ることなんてないと思っていた。しかし、ある日をきっかけに、俺は違う意味でもさ子さんに使われるようになる。
その日、うちの部署は仕事の飲み会だった。さ子さんはお酒が強そうに見えて実は弱いらしく、最初からみんなに飲まされてかなり酔っ払っていた。俺は心配になり様子を見ていた。なぜなら、さ子さんが潰れたら介抱するのは絶対に俺の役目になるからだ。
お開きになり、みんなが帰り支度を始める中、さ子さんはベロベロになりながら言った。
「たく、2件目行くよ」
俺は仕方なくさ子さんと一緒に2件目に行った。店に入ってもさ子さんは酔っていて、ほとんど何を言っているかわからない。俺は「1杯だけ飲んで帰ろう」ということにした。それでもさ子さんは楽しそうだったから、これで良かったのかもしれない。
俺が言われるがままさ子さんのマンションまで着くと、そこは俺のマンションの隣のマンションだった。
「なんだ、こんな近所だったんですね」
俺はさ子さんに肩を貸したまま、彼女の玄関の前まで連れて行った。
「じゃあね、たく。バイバイ」
絶対にさ子さんらしくない挨拶だったが、なんだか可愛くて、俺は思わず笑ってしまい、自分の家に帰った。
それから、俺はさ子さんに恐怖を感じなくなった。酔っ払うとあんなに可愛くなってしまうし、家も近所だから、途端に親近感が湧いた。
「何見てるの?さっさとこれやって」
俺がぼーっとしていると、さ子さんはいつもの仕事モードで怒る。俺はさ子さんと少し距離が近くなったような気がしていた。
そんなある日、さ子さんが仕事に遅刻してくるという事件があった。その日、車内プレゼンがあったさ子さんは、順番を後ろにしてもらってなんとか事なきを得たが、それが上司にバレてこっぴどく叱られていたのだ。
さ子さんはどうやら朝に弱いらしく、いつも出勤は時間ギリギリだった。ただ、その後の仕事は完璧だから誰も文句は言えない。しかし、遅刻はダメだ。
その日、さ子さんは俺にさえ怒らず、落ち込んでいた。俺は気を遣ってランチに誘ったりコーヒーを買ってきたりした。そんな俺の気遣いを知ってか知らずか、仕事が終わるとさ子さんは俺を呼び止めた。
「ちょっと待って、たく」
「え?はい、なんですか?」
みんなが続々と帰っていく中、さ子さんはわざわざ休憩室まで俺を連行した。
「今日はありがとう。いつかやるんじゃないかと思ってたんだけど、ついにやらかしてしまったわ」
反省して落ち込んでいるさ子さんを見るのは初めてだった。
「そんな時もありますよ。さ子さんは仕事は完璧なんだから、気にすることないです。俺にできることなら何でもしますよ」
俺は何気なくこの言葉を言っただけだった。しかし、言った途端、さ子さんは待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「本当に?本当に何でもしてくれるの?」
「何かまずいこと言ったかな?」と俺は瞬時に思った。
「は?はい。もちろん」
「じゃあ、これ、渡しておくね」
さ子さんは急に俺の片手を掴んで、手の中に何かを入れた。俺はその中身を見て驚いた。
「え、これ、うちの鍵?」
「明日から朝起こしに来て」
「ええっ!」
俺は思わず大きな声をあげてしまった。
「まずいですよ。上司の家の鍵をもらうなんて」
「何言ってるの?なんか勘違いしてない?」
さ子さんは冷たい目線で俺を睨んだ。
「だって、鍵って普通、恋人とかに渡すもんじゃないですか」
「そういうんじゃないから。たくは私の部下だし、古分みたいなもんでしょ」
「え、そうですけど…」
「とにかく、余計なことは考えなくていいから。じゃあよろしくね」
さ子さんはそう言うと、さっさと帰ってしまった。
この前送った時は何も思わなかった。でも、朝一でさ子さんの部屋に入るって、本当にそんなことしていいのだろうか?俺は葛藤しながらも、命令されたことには従わなければならない。これも仕事の一環だ。自分にそう言い聞かせて、次の朝、俺はさ子さんの家を尋ねることにした。
いつもより少し早起きをして準備し、鍵を持ってさ子さんの家に着いた。インターホンを鳴らそうとして、俺は止まった。そっか、鍵があるんだった。
ガチャッと扉を開けると、当たり前だけど本当にドアが開いてしまった。頼まれたとはいえ、なんだか悪いことをしているような気分になる。俺はなぜか忍び足でさ子さんの家に入った。
家の中は綺麗に片付いていて、なんだかいい匂いもする。しばらく彼女がいない俺は、女の人の家に入るのも久しぶりだった。
「し、失礼します」
なぜかわからないが、俺は泥棒のように抜き足差し足で廊下を歩いた。さ子さんの部屋らしいところまで着くと、やはりまだ静まり返っている。部屋のドアを一応トントンとノックしたが、返事はなかった。俺は恐る恐る部屋のドアを開けた。
「さ子さん、入りますね」
小さく呟いて俺が部屋に入ると、すやすやと寝息を立てて寝ているさ子さんがベッドに横たわっている。いつもビシッとメイクをしているさ子さんしか見たことがないから、すっぴんを見て俺は「なんて綺麗なんだ」と見とれてしまった。
近くによって、まじまじと顔を眺めてみる。天使のような寝顔に、俺の心臓は鼓動を速くした。
「さ、さ子さん、朝ですよ。起きてください」
いつまでも寝顔を見ていたくて、俺は最初、小さな声でそう言った。さ子さんは全く動かず、起きる気配もない。枕元にはスマホといくつも目覚まし時計が置いてある。
これで一人で頑張ってたのか。完璧な彼女にも弱点があったんだと分かると、なんだか安心するし、支えたいとさえ思ってしまう。
「さ子さん、起こしに来ましたよ。朝ですよ」
ベッドの脇にしゃがみ込んで、さっきよりも大きな声を出し、俺はさ子さんの様子を見た。それでもやっぱり無反応だ。よく見ると、さ子さんはピンクのふわふわのパジャマを着ており、めちゃくちゃ女子っぽい可愛らしい雰囲気だ。
俺は思わず、彼女の額にかかった前髪をそっと指で避けた。綺麗な顔がより一層はっきり見えた。俺はついそのまま手を頭まで伸ばして、彼女の頭を優しく撫でていた。
「わ、何してんだ、俺」
自分の行動が途端に気持ち悪くなり、俺は手を引っ込めた。バクバク言う自分の心臓をトントン叩いて落ち着かせようとした。
俺は何を考えているんだろう。さ子さんは俺のただの上司だぞ。自分にそう言い聞かせて、今度はもう少し大きな声で名前を呼んだ。
「さ子さん、起きてください!」
少しだけさ子さんは動いたが、依然として目を開ける気配はない。しかも今度は寝ぼけているのか、寝返りを打つついでに俺の首にまとわりついてきた。
「うわわ。さ子さん、ちょっと!」
俺はさ子さんの手を外そうとしたが、結構な力で絡まっている。俺は彼女の力と重力で、そのまま彼女の上に倒れ込んだ。
「ひえーっ」と心の中で叫ぶ俺。
「さ、さ子さん、まずいです。この状況は非常にまずいです」
俺はテンパって、アナウンサーの実況中継のようになってしまった。密着した体が、俺だけ熱くなっていくようだった。とにかく離れなくては。しかし、頭でそう考えてはいるものの、体は正直で言うことを聞かない。
さ子さんはまだ起きていないのか?いや、起きてはいるが寝ぼけているのかもしれない。俺はもう一度さ子さんに声をかけた。
「さ子さん、今すごい状態になってます。起きてるなら目を開けてくださいよ」
俺がそう言っても、さ子さんは俺にぎゅっと抱きついたまま何も言わない。さ子さんの体のぬくもりといい匂いで、俺はどうにかなりそうだった。
よく考えろ。俺は上司を起こしに来ただけなんだ。
「うーん…」
さ子さんは寝ぼけながら甘えた声を出して、ますます俺にくっついてくる。俺はもう我慢の限界だった。
「ごめんなさい、さ子さん」
俺は力いっぱい彼女を抱きしめ返してしまったのだ。布団の中でぎゅっとくっつく二人。俺は何も考えられなくなっていた。
「もう起きてますよね?」
俺は念のため確かめるようにそう言った。しかしさ子さんはまだ俺の言うことを無視している。だんだんと腹が立ってきた俺は、彼女の嘘のような寝顔をまじまじと見つめて、次の瞬間、唇と唇を重ねてしまったのだ。
「んっ?」
さすがにびっくりしたのか、ついにパチッと目を開けた彼女。
「ちょ、ちょっと待って。何したの?」
「いや、さ子さんが起きないから…」
俺も我に返り、焦り始める。こんな無防備に寝たふりして、しかも抱きついてきて、ベッドに引き入れたのはさ子さんの方だ。やはりキスはやばかったか。
「ごめんなさい。つい寝顔を見てたら…」
さ子さんも混乱して挙動不審になっている。その時、じりりりり、と枕元の目覚まし時計とスマホのアラームが同時に鳴った。
「あ、え、あ…」
さ子さんと俺は同時に体を起こして、必死でアラームを止めた。
「はあ…」
俺たちは一緒にため息をついて、ベッドに座り込んだ。顔を見合わせて、この状況がおかしすぎて、二人で吹き出してしまった。
「はあ、もう何なの?」
「さ子さん、こんなに目覚ましかけるのに起きれないんですか?」
俺たちは笑いながらそう言い合った。
「あ、やべ、こんな時間。やだ、支度して行かなきゃ。たく、先に行っていいよ」
「え?ああ、はい。じゃあお先に行きますね」
俺は急いでさ子さんの部屋を出た。もう少し一緒にいたかったなんて、とても言えない。今朝の出来事にドキドキしたまま、俺は仕事に切り替えるのが大変だった。
会社についてしばらくすると、さ子さんもビシッとメイクをして出社した。俺はなんだかその姿に笑ってしまう。さっきまであんな無防備な格好で子供みたいに寝てたくせに。
俺がさ子さんの方を見てニコッと笑うと、さ子さんは口を尖らせて俺を見ている。彼女も笑ってしまうのを我慢しているようだった。
二人だけの秘密ができてしまい、くすぐったいような、嬉しいような、変な気分だった。何せ今朝のことは、あのさ子さんとのことなのだ。自分でも信じられない事実に動揺ももちろんあった。でもそれ以上に、俺は喜びを感じていた。さ子さんも笑ってくれたということは、拒否はされていないということだよな。
そのことばかりを頭でぐるぐる考えながら、一日が終わった。そしてその日、退社時間になるとさ子さんはまた俺に声をかけてきた。
「たく、明日の朝もよろしくね」
「え、明日もですか?」
俺は明日もまたあの甘い朝を過ごせるのか?
「うん、明日も待ってるから。じゃあね」
「さ子さん、待ってくださいよ」
俺は帰ろうとするさ子さんの後を追いかけた。
「これ、いつまで続けるんですか?」
「え、そんなの私が起きれるようになるまでよ」
俺はにんまりした顔を隠した。
「どうせ同じ帰り道だし、一緒に帰りましょう」
俺はさ子さんの横に並んで歩いた。
「ふん。好きにすれば」
そんな冷たい返しでも、俺は全然大丈夫だった。俺を頼ってくれて、心を開いてくれたということだ。仕事ではビシバシ扱われるけれど、むしろそれさえも愛情を感じる。
次の朝も俺はドキドキしつつ、さ子さんの家の鍵を開けた。
「失礼します」
やはりドキドキしたが、初めてではないので昨日ほどの緊張はない。
「さ子さん、おはようございます」
俺はすやすや寝ているさ子さんのそばによって、そう言った。さ子さんは本当に寝ているのか、寝息を立てたままだ。俺は「もしかしたらまた寝たふりをしているのか」と思って、ちょっと意地悪がしたくなった。
「さ子さん、起きないと、またキスしますよ」
さ子さんのまぶたがピクンと反応した気がした。なんだ、やっぱり起きてるんじゃないか。俺がさ子さんの顔に手を伸ばそうとしたその時、さ子さんはまた俺の首に手を回してきた。
「うーん…」
よりによってまだ寝たふりを続けて、ぬいぐるみに抱きつくように俺を引っ張った。俺はどすんとベッドに落ちる。そしてまた昨日の朝と同じような体制になってしまったのだ。
「ちょっとさ子さん、ふざけないでくださいよ」
ここまで来ると、さすがにさ子さんもわざとやっているのだろうとわかる。すると彼女は寝ぼけたふりをして、俺にキスしてきたのだ。
「え?おはよう、たく」
俺は言葉を失った。
「ちょっとどういうことですか?今の」
「だって、たくが言ったんじゃん。起きないとチュウするよって」
鏡を見なくても、自分の顔が赤いことがよくわかった。
「そ、そりゃそうですけど…本当にするなんて」
俺たちはベッドの中で密着したまま、数分過ごした。
「っていうかさ子さん、この体勢やばいんで、もう起きませんか?」
俺だって本当は起きたくなかったが、今日は仕事だ。
「ああ、そうだね。今日は大事な契約があるじゃん」
急に声のトーンが変わって、さ子さんがガバッと起きた。俺は目覚ましを一斉に止めて、会社に行こうとした。
「あ、待って、たく。一緒に行こう」
「え、いいんですか?」
俺は思わず目を輝かせてしまった。
「え、なんで?昨日は先に行ってって言うから、なんか寂しくて」
「バカ」
さ子さんは急いでメイクして、二人で家を出た。まだ出勤時間には少し早かったから、俺たちは途中のカフェでコーヒーを飲んで、一緒に電車に乗り込んだのだ。
電車はいつもの満員電車だったが、さ子さんとくっついていられるのが嬉しくて、いつもとは違う乗り物に思えた。ぎゅうぎゅうの人の波に耐えながら、さ子さんが苦しくないように俺が盾になった。
「たく、ありがとう」
俺の腕の中にすっぽりと隠れているさ子さんが呟いた時には、また抱きしめてしまいそうなくらい可愛く見えた。
俺たちはそんな朝を数週間続けた。これはもう恋人と言っていいのだろうか。でもさ子さんは何も言ってこないし、仕事中もあの雰囲気は決して出さない。休みの日は会うこともないし、俺はもしかして本当に部下として使われているだけなのかとすら思った。
さ子さんの本当の気持ちを知りたくなった俺は、週明けの月曜の朝の儀式の時に、気持ちを打ち明けてみようと思った。
「さ子さん、おはようございます」
「うん」
さ子さんはいつもの癖で目は閉じたまま、キスを待っている。
「あの、俺と付き合ってください」
「え?」
その瞬間、さ子さんはびっくりして目を開けた。
「さ子さん」
そのまま何も言わないさ子さんが気になって、俺は言った。
「え、待って。今何言ったの?」
「いや、だから、俺と付き合って欲しいんです。毎朝のこの儀式も、ちゃんと恋人としてしたいんです。さ子さんのことが好きだから」
さ子さんは俺を見つめたままだったが、すぐに笑顔になって俺に抱きついてきた。
「うん、いいよ。ていうか、たくのこと好きになったのは私が先なの」
「え、そうだったんですか?俺が入社してから、さ子さんはずっと厳しい上司だったじゃないですか。そんなそぶり、全然なかったじゃないですか」
「当たり前じゃない。年上の女上司に最初からグイグイ来られたら、気持ち悪いでしょ」
「さ子さんなら全然気持ち悪くはない」と俺は心の中で思いながらも、口には出さなかった。
「だから、何か口実はないかなってずっと探してたの。あの日遅刻して、たくが慰めてくれなかったら思いつかなかったわ」
「俺、うまいこと誘導されてたんですね。嫌だったですか?」
さ子さんは上目遣いでそう聞いてきた。
「結果、全然嫌じゃないっす」
さ子さんの表情が可愛すぎて、俺はたまらずそっとキスをした。
「それは、恋人としてのってこと?」
「そうですね。本当はね、一番初めの日も、たくが部屋に入ってきた時にはもう起きてたんだよ」
「え、そんな早く起きてたんですか?」
「うん。でも起きてたら、もう来なくなっちゃうでしょ」
「それでずっと寝たふりしてたんですか?」
「ごめん。でも、これからもそうするね」
俺たちはおでこを合わせて笑った。こうして、俺たちのちゃんとした交際が始まった。
毎朝さ子さんを起こしに行く俺は、朝からにんまりだった。近所の人が見たら「会社へ行くのがそんなに楽しいのかしら」と変に思われるかもしれない。
「さ子さん、おはようございます」
俺がキスして起こすと、さ子さんは気持ち良さそうに伸びをして目を覚ます。
「おはよう」
そして俺たちは一緒に出社するのだった。
そんな幸せな毎日を数ヶ月続けた頃、さ子さんは俺に「朝来るの大変じゃない?」と言うようになった。
「え、別に全然大変じゃないよ。俺は朝弱くないし、少し早起きするだけだから」
俺はそう返事していたが、ちょっとだけ不安になった。まさかさ子さんは「もう来なくていい」と思っているのかな?俺はさ子さんに本心を聞いてみた。
「さ子さん、本当は俺にもう来て欲しくないとか?」
「え?なんで?そんなことないよ」
「だって、来るの大変じゃないなんて聞くからさ」
「はあ、そのね…もう、たくってば本当に鈍感なんだから。来て欲しくないんじゃなくて、そのうち一緒に住めばいいのになっていう話よ」
俺は呆然とした顔で彼女を見た。
「なんだ、そういうことか。よかった。俺てっきり嫌われてるのかと思ったわ」
「バカね。気づいてよ」
さ子さんって、仕事ではあんなに強いのに、彼氏にはなかなか思ったことを遠慮して言えないんだな。俺はさ子さんの提案をすぐに承諾して、その月の終わりには自分のマンションを退去し、さ子さんの部屋に引っ越しをした。
俺たちは同棲しても、朝の儀式を忘れない。毎日さ子さんの綺麗な笑顔を見て、チュッとして彼女を起こしてから出社する。そんな生活を数年続けて、俺とさ子さんはついに結婚する運びとなった。
社内のみんなには付き合っている時からの公認の仲だったから誰も驚かないが、祝福はしてくれた。「さ子さんの古分だったやつが今度は夫になるのか」なんて言われている。
結婚してからも、そしてこれからの未来も、俺たちは毎朝甘い儀式を忘れずにするだろう。今日もこんな美しい妻を起こすことができて、俺は幸せ者だ。



