「緑のお母様は英語がご堪能だそうで、この機会に是非英語でのスピーチをお願いできませんか?」娘の結婚式で、エリート外交官の婚約者が私にそう言い放った。隣では義父母が「本当は方言しか話せないんでしょ」と嘲笑を浮かべている。田舎で農業を営む私は、彼らの見下すような視線に晒されていた。でも彼らは知らない。私がかつて東京で英語教師をしていたこと。世界的に評価される農業技術を開発した人物だということを。…

「緑のお母様は英語がご堪能だそうで、この機会に是非英語でのスピーチをお願いできませんか?」娘の結婚式で、エリート外交官の婚約者が私にそう言い放った。隣では義父母が「本当は方言しか話せないんでしょ」と嘲笑を浮かべている。田舎で農業を営む私は、彼らの見下すような視線に晒されていた。でも彼らは知らない。私がかつて東京で英語教師をしていたこと。世界的に評価される農業技術を開発した人物だということを。...

娘の結婚式当日、緑の夫となる達也が私に近づき、不適な笑みを浮かべて言った。「緑のお母様は英語がご堪能だそうで、この機会に是非英語でのスピーチをお願いできませんか? 」元英語教師には少し簡単すぎますかね、と付け加える。彼の隣では義父母が私を見下すような視線を送っていた。有名大学卒の外交官である達也、政治進出を控える父親。まさにエリート一家だ。農業を営む私に恥をかかせたいらしい。「本当は方言しか話せないんでしょ」と達也は私の耳元でささやいた。

田舎に暮らしているというだけで他人を見下す彼らに、私は怒りを通り越して呆れてしまった。今日は娘の晴れ舞台。ここを守るのは母の役目。舞台上は崩させない。私は背筋を伸ばし、マイクを口元へと寄せた。流暢な英語でスピーチを始めると、会場からは驚きの声と拍手が沸き起こった。達也は悔しそうに唇を噛みしめていたが、さらに私を試そうとビジネス英語で農業の展望について質問してきた。それにも完璧に対応してみせた。私が淀みなく答えると、会場にいた達也の上司である外務省の局長が立ち上がった。「あなたはロマンさんではありませんか。我が国の誇りだよ。日本の農業を画期的な方法で世界中に広めている第一人者でもある」

実は私は数年前まで東京の中学校で英語教師をしていた。田舎で生まれ育ち、都会への憧れから上京し、念願の教師になった。しかし20年前、私の教師人生に暗雲が立ち込めた。担任したクラスに地元議員の娘がいて、彼女を中心としたグループによる悪質な嫌がらせが始まったのだ。私が田舎出身であることを笑いものにし、次第にエスカレートしていった。「早くやめろ」と物を投げつけられ、私の机に白い花が飾られる日々。担任をやめようかと何度も思ったが、彼女たちが卒業するまでの辛抱だと耐えていた。

3年後、ようやく平和が戻ったと思った矢先、今度は教育熱心な保護者から「田舎者に子供を任せられない」とクレームが入るようになった。「教師をやめろ」と書かれた手紙が毎日のように自宅のポストに投函され、ありもしない噂が流れ始めた。私の心は病んでいき、学校に行くことが苦痛になっていった。「もう教師をやめてもいいんじゃないか」と夫が言ってくれたのはその頃だ。彼には夢があった。「田舎の広大な土地を買って農業をやりたい。君の英語も決して無駄にはならないよ」

夫と共に故郷で農業を始めて15年。しかし娘の緑は田舎暮らしを嫌い、東京の大学へ進学した。夫の死後は一人で農園を守り、最新技術を取り入れて農業の海外進出も成功させていた。緑が達也との結婚を報告してきたのは、そんな時だった。都内の高級レストランでの顔合わせで、義父母は私を見るなり「土臭い」「貧乏農家の娘」と露骨に侮辱した。達也も私の畑を売れと言い放った。「役に立たない畑を売って娘夫婦にマンションの一つでも買ってやるのが親心ってもんじゃないですか」

結婚式当日、私の元に元教え子の広田萌が現れた。彼女は達也と5年間交際していたが、海外赴任が終了するのと同時に一方的に別れを告げられたという。達也は萌と交際しながら緑とも付き合っていたのだ。「二股をかけてたってどういうこと? 」と達也を問い詰めると、「何の証拠があってそんなこと言ってるんですか。ボケたばあさんの嘘なんか誰も聞く耳持たないですよ」と笑い飛ばされた。私は抑えきれない怒りを感じながら、式場へと歩き出した。

スピーチの順番が回ってきた時、私の中では葛藤が渦巻いていた。緑の幸せを壊すべきか、それとも真実を告げるべきか。迷いながらマイクの前に立つと、達也が歩み寄ってきた。彼は私に英語でのスピーチを要求し、「本当は方言しか話せないんでしょう」とささやいた。今日は娘の晴れ舞台。ここを守るのは母の役目。私は背筋を伸ばし、流暢な英語でスピーチを始めた。会場からは拍手が沸き起こり、達也の思惑は外れた。しかし彼はさらにビジネス英語で質問を続けた。それにも完璧に対応した時、局長が私の正体を明かしたのだ。

局長の言葉に達也の顔は青ざめた。私が国のアドバイザーとして農業技術を世界に広めている人物だとは知らなかったのだ。「お前はこの人が誰かもわからず試すような真似をしたのか。バカもお前は日本の恥だ」と局長は激怒した。達也の両親は「こんな屈辱はありえないわ。この結婚式は中止よ」と騒ぎ立て、費用の全額を緑に負担するよう詰め寄った。私の中に溜まっていた怒りが爆発した。「達也は緑と交際しながら別の女性とも交際していたわ。そんな人に大事な娘をとがせるわけにはいかない」

その時、萌が会場に乗り込んできた。「私はここにいる新藤達也と付き合ってました。彼は海外赴任が終わる直前に一方的に別れを告げてきました」そしてスマホを取り出し、達也との会話の録音を再生した。「この世の中、学歴が全てだ。六大学以外の大学なんて俺は認めない。ましてや高卒なんてゴミも同然だ」「女は男の世話だけしてればいいんだ。田舎に何の魅力がある?

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世間知らずの田舎者は大きな声でも出して土でもいじっておけばいいんだ」耳を疑うような発言の連続に、会場中が凍りついた。

さらに、会場にいた複数の女性職員たちが立ち上がり、達也の女癖の悪さを暴露した。無理やり体を触られた、強引にホテルに連れ込まれたという訴えまで出たのだ。緑は怒りで肩を震わせながら立ち上がった。「こんな最低な男。結婚はこっちから願い下げよう」彼女の言葉に達也は「田舎娘のくせに俺たちエリートの人生を壊すな」と叫び出した。その時、式に出席していた大物政治家の斎藤が立ち上がった。「どうやら俺の見込み違いのようだったな」達也の父の選挙推薦の取り消しを宣告したのだ。

政治進出を断たれた義父は激昂し、「お前のせいで俺の政治進出がダメになったじゃないか。このバカ息子」と達也を責めた。義母も「あの田舎者が悪いのよ」と反論し、一家はその場で激しく罵り合った。式場に飾られた花瓶を壊して回る始末。ホテル側の通報で駆けつけた警察官が暴れる達也たちを取り押さえた。「俺は誰だと思ってるんだ」「私たちはエリート一家なのよ」と抵抗しながら連行されていく姿は、とてもエリートとは思えないものだった。

その後、達也は外務省の調査対象となり、海外赴任先で知り合った女性に機密情報を漏洩させていた疑いが浮上した。彼はハニートラップに引っかかり、パソコンから機密情報を抜き取られていたのだ。国家公務員法違反の秘密漏洩罪で起訴され、懲役刑が下った。ニュースでも大きく報じられ、外務大臣が辞任に追い込まれる事態となった。私の元には、元教え子の萌がスタッフとして加わり、地元食材を使った食堂をオープンさせた。店は連日賑わっている。

ある日、緑が大きな荷物を抱えて帰ってきた。「ごめんね、今まで田舎を嫌ってて。私もお母さんと一緒に農業をやろうと思うの」思いもよらない娘の言葉に、私は思わず涙がこぼれた。夫が残してくれた農園で、娘と一緒に作業しながら私は幸福感に包まれている。これからもこの畑を守っていこう。私はさらなる夢を果たすべく、今日も足を踏み出すのだ。