「そうだ。お前にこれをやる。俺がお前を呼んだ理由だ。そして明日からもう来なくていいぞ。首だからな」
突然の宣告に、俺は一瞬言葉を失った。一緒に会社を立ち上げ、共に苦労してきた同級生・俊助に、いきなり首を告げられたのだ。
封筒を差し出され、中身を確認すると、そこには3,476円という金額が入っていた。
「これはどういう意味だ?」
俺の問いかけに、俊助は見下すように笑いながら言った。
「この中身の金額はな、『さよなら』っていう意味だ。今までご苦労さん」
その瞬間、俺は理解した。こいつはずっと俺のことを馬鹿にしていたんだ、と。
「ありがとう。じゃあやめさせてもらうよ。その代わり、何があっても俺は知らないからな」
俺はにやりと笑いながらそう言って、社長室を後にした。これから地獄の始まりだ。
俺の名前は真名敬語(まな・けいご)、27歳。友人である佐野俊助と一緒に立ち上げた運搬会社で働いていた。
大学を卒業したばかりの頃、俺は就職せずにアルバイトや副業で自由に生きていた。何かに縛られるより、自分らしく過ごす方が性に合っていたのだ。
そんな俺を俊助が「一緒に起業しないか」と誘ってくれた。学生時代からプログラミングが得意だった俺は、副業で安定して稼いでいた。俊助はいつか自分の会社を立ち上げたら力を貸してほしいと言っていたので、彼が起業すると連絡をくれた時は、柄にもなくワクワクしたものだ。
会社を立ち上げ、すぐに大学時代の後輩である三橋(みつはし)も誘った。技術力のある俺、明るい性格で営業力のある俊助、そして何でも器用にこなす三橋。三橋はかなり優秀で、会社の潤滑油のような役割を果たしてくれた。
三人で運搬会社に必要な知識を身につけ、小さな仕事からコツコツと実績を積み重ねていった。会社が軌道に乗り始めると、俊助が社長になり、俺や三橋は役員として働いた。
俺は自分の技術をフルに活用して画期的なサービスを開発した。そのサービスが大ヒットし、会社の業績は一気に上昇。わずか数年で従業員50人、年商50億規模の会社に急成長した。
「敬さん、やりましたね! 年商50億ですよ!」
三橋が目を輝かせて話しかけてくる。
「そうだな。俺もここまであのサービスがヒットするとは思っていなかったよ」
「いやいや、あれは本当に運搬会社にとって必要なサービスですよ。QRコード一つで運搬先が分かるなんて、みんな驚いてます」
「まあ、QRコード一つで運搬先が分かるのは、運搬会社からすれば分かりやすいもんな」
「そうですよ。ただ、そうなると他の業者も同じようなことをしてくるのは目に見えてるから、すぐにでも今回以上の何かを開発していかないと」
「もう敬語さんは今はゆっくりしましょうよ。業績は安定して右肩上がりに伸びてるんですから」
確かにそうだが、これは俺だけの成果じゃない。俊助が営業に出て契約を取ってきてくれて、三橋や他の従業員が力を発揮してくれたからこそだ。だからと言って喜んでばかりもいられない。気を抜けば、すぐに他の業者に抜かれてしまう。
「ああ、本当に敬さんは見ている先が僕たちと違いますよね。もう先を見てるんですもん。本当にすごいです」
「そんなことはないだろう。俺だってお前が優秀な後輩で部下で、本当に助かってる部分もあるんだ」
「本当ですか? 僕、これからも敬さんのために頑張りますから」
キラキラした目で言う三橋に、俺はくすぐったい気持ちになった。三橋は大学時代のサークルで一緒だった。当時から俺を慕ってくれており、この会社に誘った時は嬉し涙を流していた。彼が俺と俊助の間をうまく取り持ってくれているおかげで、俺たちは仕事をしやすかった。
しかし、年商50億規模になった頃から、徐々に俊助の様子がおかしくなり始めた。
最初は気のせいかと思った。だが、やはりそうではなかった。まず、従業員に対する態度が横暴になっていったのだ。
俊助は自分が社長だと傲慢になり、従業員たちに仕事を押し付けるようになった。挙句の果てには、俊助が仕事を押し付けるせいで従業員たちが残業しているにもかかわらず、俊助自身は定時になるとさっさと帰宅するなど、やりたい放題だった。
さすがの俺も気になって、俊助に少しだけ話をした。
「一体何が理由でみんなにそんな態度を取ってるんだ? 最近すぐに帰ってしまうし」
「仕方ないだろ。俺だって社長としての仕事が忙しいんだ。それに俺は社長だぞ。なんで俺が残業しないといけないんだ?」
「そうかもしれないが、だからって従業員たちに仕事を押し付けるのはおかしいだろう」
「大丈夫だって。俺はあいつらをそんな奴に育てたつもりはないからな」
俺は注意したが、俊助は取り合ってくれなかった。社長としての仕事は俺には分からない部分もあるので、俊助に任せている部分もあった。そのため、俺もそこまで強くは言えなかった。
しかし、日を追うごとに俊助の行動はひどくなっていった。同時に、三橋からも「俊助さんが変わってしまった」と相談を受けた。
「敬さん、俊助さんのこと、どうにかなりませんか?」
「すまないな。三橋まで残業してもらうことになってしまって」
「いえ、僕のところに仕事が来るのは仕方ないと思うんです。敬さんたちと同じ初期メンバーですから。でも、他の従業員たちからも不満の声が上がり始めてるので」
「やっぱりか。これ以上は危険だな。みんな無理して残業してくれてるから、これ以上負担をかけたくない」
「はい。そうなんですよね」
「とりあえず俊助のことは俺が何とかしてみる。三橋も体調には気をつけろ」
「わかりました」
三橋と話したその日から、俺はさらに俊助の行動を気にするようになった。
ある日、俺の仕事が一段落ついた時、俊助が定時になると同時に会社を出ていくのが見えた。俺は俊助のことが気になり、気づかれないように後をつけた。
すると、大学時代の同級生である中野美帆(なかの・みほ)さんとカフェにいるところを目撃した。
俊助は楽しそうに話しているが、一方の中野さんは居心地が悪そうな表情をしていた。
これは俊助より中野さんに話を聞いた方が良さそうだ。
そう思い、俺は俊助が中野さんと別れた後、中野さんに声をかけた。
「中野さん、久しぶり」
「ああ、真名君。久しぶりね」
「さっきまで俊助と会ってたみたいだけど、何かあったの?」
「ああ、うん。そうなの。実はね……」
話を聞くと、最近になって中野さんは俊助に言い寄られるようになったという。最初は仕事関係で話すようになったらしいが、最近は関係のないことで誘われたり、口説かれたりしているようだ。
確かに、大学時代から俊助が中野さんに対して好意を持っていたことは知っていた。だが、仕事とプライベートはしっかり分けて考えるようにと、起業した時に決めていたはずだ。それを破る俊助に対して、俺は怒りが湧いてきた。
「それとね、真名君にも話したいことがあったの」
「え、俺に?」
「そう。実は私……」
後日、俺は俊助に呼ばれた。今までのことをしっかり話すいいタイミングだと思い、俺は社長室に行き、俊助を問い詰めた。
「俊助、一体どういうことだ? 中野さんに好意を持つのはお前の勝手だが、それを仕事に持ち込むな。他の従業員たちに申し訳ないと思わないのか?」
「思わないな。だって俺がこの会社の社長だし、俺が何をしようが俺の勝手だろう」
「確かに社長はお前だ。だが、それに奢りすぎて従業員たちをこき使っているお前を俺は見逃すことはできない。みんな残業して大変なんだぞ」
「ふん。仕事が遅いやつほど残業するんだ。そんなの俺のせいでも何でもないだろう。むしろ、そいつ自身の力量のせいだ」
「俊助、お前本当に変わってしまったんだな」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
そう言って、俊助は突然封筒を俺に差し出した。
「そうだ。お前にこれをやる。俺がお前を呼んだ理由だ。そして明日からもう来なくていいぞ。首だからな」
「は? え? いきなりなんでだよ」
俺が困惑していると、俊助は続けた。
「この中身の金額はな、『さよなら』っていう意味だ。今までご苦労さん」
そう言って、俊助は俺を見下したように笑った。
彼の中で、俺はもう用済みだったのだ。会社が大きくなり、自分が社長という地位に君臨するようになった今、俺の技術も、これまでの絆も、どうでもいいものになっていた。
俺は馬鹿にされ、もうこれ以上俊助に付き合う義理はないと考えた。
「ありがとう。じゃあ、やめさせてもらうよ。その代わり、何があっても俺は知らないからな」
俺はにやりと笑いながらそう言って、その日に会社を去った。
もちろん、三橋や他の従業員たちを残していくのは忍びなかった。だが、仕方がない。それに、実は俊助からのこの退職宣告は、俺にとって渡りに船だったのだ。
しかし、俊助にとってはこれからが地獄の始まりになると思うと、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
会社を辞めた後、俺は中野さんと待ち合わせをしていた。実は、前に中野さんと会った時、彼女の会社に来てくれないかと誘われていたのだ。
彼女の会社は俺たちと同じように運搬会社を立ち上げていたが、まだ小さな会社だったため、俺の技術力が欲しいとのことだった。
最初に話を聞かされた時は、一緒に立ち上げた会社に対する義理があったため、転職するのをためらっていた。
しかし、これだけ一緒に頑張ってきたのに、俺は俊助に馬鹿にされ、首を宣告された。そのことを許す気はなく、俺はもう前の会社に未練もなかった。
俺は退職すると同時に、中野さんの誘いを受け入れた。
「中野さん、お待たせ。待ったか?」
「大丈夫よ。それより、本当に会社をやめてきたの?」
「ああ、やめてきた。もうあいつとの間に未練はない」
「そう。じゃあ、早速仕事の話をしてもいいかしら?」
「構わないよ」
中野さんの会社は小さかったため、最初は人手不足ということもあり、なかなか軌道に乗らず、うまくいかないことも多かった。
そんな中、三橋が俺の元を訪ねてきた。
「敬さん、お久しぶりです」
「三橋、どうしたんだ?」
「敬さんが退職されて、さらに俊助さんの行動や言動がひどくなってきて、嫌気がさして自分から退職届けを出してやめてきました」
三橋が苦笑いしながら言うので、俺も苦笑いするしかなかった。彼らしいと言えば、彼らしいのだが。
「それで、俺に相談なんだけど」
「何だ?」
「僕を……いや、僕たちを敬さんのいる会社で雇ってもらえませんか?」
「僕たち? 他の従業員たちもか?」
「はい、そうです」
「今はこちらも人手が欲しいからな。検討してみる」
「ありがとうございます」
俺は早速、中野さんに相談した。すると中野さんは三橋たちを快く受け入れてくれた。
俺が中野さんの会社に来てから、さらに効率的に仕事を進められるシステムを開発したことで、会社は前の会社を上回る規模にまで拡大していった。三橋や他の部下たちが来てくれたおかげもあり、業績は右肩上がりに伸びていった。
そんなある日、俊助からいきなり電話がかかってきた。
「もしもし。いきなりどうした?」
「ひ、久しぶり。敬語」
「何かあったのか?」
俺がそう聞くと、俊助は会社が倒産しそうになっていると言う。
まあ、俺や三橋、他の部下たちも辞めていったから、人手が足りないのも原因の一つだろう。
「それで、少し話したいことがあるんだ。直接会えないか?」
「俺は別に、お前と会う理由はないけどな」
「頼むよ。俺たち、友達だろう?」
「分かった。どこに行けばいい?」
「助かる。場所は……」
俺は日時と場所を聞き、しぶしぶ会うことにした。
後日、約束の場所に着くと、俊助はすでに来ており、俺を見つけるなり土下座で謝罪してきた。
「すまん! 俺が悪かった!」
「それは俺を馬鹿にして会社を辞めさせたことか? それとも三橋や従業員たちに仕事を押し付けていたことか?」
「全部だ。俺だって反省してる。だから、俺の会社に戻ってきてくれ」
一応は全部に対する謝罪のようだが、どうにも気持ちがこもっていない。今は会社が大変だから、それを補う人材が欲しいだけで、俺に戻ってくるようお願いしているのだろう。
俊助の顔色を伺うと、内心ヒヤヒヤしているのか視線がキョロキョロと動き、顔は若干青ざめているのが目に見えて分かる。
「そうは言っても、俺も今は新しい会社で真面目に働いてるんだ。それに、今の会社には俊助のような裏切る人間はいないから、戻るという選択肢はないな」
「そ、それは……」
「あ、そうだ。俺が中野のことを諦めたら、戻ってきてくれるか? もうあんな奴に興味はないから、だから戻ってきてくれ」
俺は断ったのだが、諦めきれない俊助は、なぜか中野さんのことを引き合いに出して、的外れな説得を始めた。
しかも、自分が好意を抱いていた中野さんに対して「あんな奴」とは、よく言えたものだ。
もう俊助とは関わらない方がいい。俺は心の中でそう決意し、大きく息を吐いた。
「お前な。もういいよ」
「おい! ちょ、ちょっと待て! 行くな! 戻ってこい! いや、戻ってきてください!」
俺は話にならないと思い、俊助に慈悲をかけることなく、その場を去った。
その後、俺は俊助からの電話もメールも全て着信拒否にした。他にも被害が出ないように、俺は三橋や中野さんにも俊助からの着信を全て拒否するように伝えた。
俺は中野さんの会社を前の会社よりもさらに大きくし、副社長になった。社長である中野さんを支えるためだ。
中野さんは俊助とは違い、社長自らがしっかりと仕事をしているので、三橋や部下たちは彼女のことをとても信頼していた。何より、彼女には俊助にはなかった人を思いやる気持ちが常にあった。
それもあり、多くの従業員たちは男女問わず中野さんに敬意を持っている。
俊助の会社はと言うと、俺や三橋たちを担っていた社員を立て続けに失ったせいで、経営が困窮に陥った。そして、立て直すことはできず、結局数ヶ月後には倒産したらしい。
中野さんからそのことを聞いた時、俺は特に同情もしなかった。むしろ、俺たちをこき使った報いが当たったんだ。ざまあみろ、とさえ思ってしまったほどだ。
その後も、俺は中野さんや優秀な部下たちと共に、会社をさらに大きくするためにどうすればいいかを考えている。俺はこれからも毎日楽しく仕事をしていこうと、胸に誓った。



