「30歳過ぎて結婚も子供もいないとか、どれだけ需要がないんだよ」…

「30歳過ぎて結婚も子供もいないとか、どれだけ需要がないんだよ」...

「30歳過ぎて結婚も子供もいないとか、どれだけ需要がないんだよ」
放送会で久しぶりに会った同級生が、俺に向かってそう言い放った。この場には俺以外にも未婚のメンバーがいるというのに、よくもまあ大声でそんなことが言えるものだ。

「男も女も、子供ができてようやく一人前って感じだよな。俺らの年代なんて、まさしく社会を支える土台なんだしさ。それなのにフラフラと一人でいるやつの気が知れないよ。三人前君よ」

さすがに言い返そうとした時、入口のドアが開き、一人の美女が入ってくる。
「遅れてごめんなさい」
「あ、小暮さん」
俺の名前を呼んで寄ると、明るい笑顔を見せてくれる。その笑顔を見ているだけで、俺の心が幸せで満たされる気がした。そして俺の手をそっと取ると、熱っぽい瞳で見つめながら呟いた。

「会えて嬉しい」

この同窓会がきっかけで、俺と影山の立場は見事に逆転することになったんだ。

「小暮課長、助けてください」
「おう、今行く」
「あ、こっちもお願いします」
「次は私の方」

オフィスで次々にかかる声に俺が忙しく動き回る横で、部長がからからと笑っている。今日も同僚たちと忙しく働いている俺は、小暮ひろき。今年で31歳の、いわゆる働き盛りという年代だ。入社した会社も安定した企業で仕事は順調。それなりに出世もしている。

「人気者だな、小暮。あとは彼女がいれば完璧なのに」
「部長、余計なお世話です」
部署内でまた小暮さんをからかって遊んでるよ、と笑う声が聞こえる。まあ、部長の言う通り恋人はいないのだが、友人も多くプライベートも充実していると自分では思っているので、大したダメージではない。

休憩時間、いつものようにスマホに届いたメッセージを確認すると、母親からだった。クリスマスに実家に来てほしいこと、妹の子供たちが楽しみにしていることが書かれている。俺はここ数年仕事の関係で参加できなかったため、今年は来てくれと甥っ子たちにねだられていた。プレゼント目当てなのは分かっているのだが、俺も久しぶりに甥っ子たちに会えるのを楽しみにしていた。

「プレゼント楽しみにしとけって伝えておいて」
そう返信してスマホを置く。するとすぐに母から返事が来た。
「今年は来られてよかった。私へのプレゼントはあんたの結婚報告でいいからね」
余計な一言に辟易する。妹が結婚してからは、一層結婚しろという圧が強くなった気がする。

休日、家族連れで賑わうショッピングモールへと足を運ぶ。甥と姪の好みは妹から聞いてリサーチ済みだが、品数が多いと迷ってしまう。綺麗に陳列されたカラフルなおもちゃを前に悩んでいると、突然後ろから声をかけられた。

「あれ?小暮?」
振り返ると、そこには大学時代の同級生、影山の姿があった。影山とは大学時代、サークルが一緒だったことで知り合った。しかし影山は誰に対しても失礼な言動をして周囲から避けられていた。俺自身もあまり付き合いたくないタイプの人間だったが、サークル活動をする上で放っておくわけにもいかず、声をかけたりしていた。そんな俺の態度が気に入らないらしく、気づけば俺は影山から嫌われていた。

影山の隣には奥さんらしき女性と男の子が立っていた。
「影山、結婚してたんだな」
「はあ。お前は式に呼んでいないから知らなかっただろうけど」
そう言ってニヤニヤしている。
「初めまして。影山の妻の恵です。この子は悟です。ほら、悟、ご挨拶して」
「影山悟です。おじさんこんにちは」
母親に促されて男の子がぺこりと頭を下げる。俺も目線を合わせて挨拶を返す。
「悟君、こんにちは。おじさんは小暮ひろきです。ちゃんと挨拶ができて偉いね」
褒められたことが嬉しかったようで、母親のスカートをぎゅっと握りながら恥ずかしそうに笑っている。なんとも微笑ましく温かな光景だった。

「ところでお前も子供のおもちゃでも買いに来たのか?家族はどこに?」
そう言って周囲を見回している。
「あ、いや、甥と姪にクリスマスプレゼントを買いに来たんだ。俺は一人身だからね」
「は?お前、30過ぎたのにまだ一人なのかよ。だせえな」
影山がすかさず食いつく。恵さんと悟君の表情が硬くなったのが俺にも分かった。

「なかなかご縁がなくてな」
少しでも和めばと思って明るく言ってみるが、影山の嘲笑は止まらない。
「縁も何も、お前みたいな外面だけのやつについてくる女なんていないだろう。上に取り入るのは上手でも女には通用しないんだろうな」
そう言って恵さんの肩を抱く。まるで俺に見せつけるかのように。影山はさらに続けた。
「幸せな家庭と可愛い子供。そして順調な仕事。俺にはもう完璧に揃ってるけど、お前はそのどれも無理そうだな」
高笑いしている影山と正反対に、恵さんは俯いている。そんな母親を心配そうに見上げる悟君の表情を見て、俺の心が痛んだ。

「今度の同窓会、お前も参加するんだよな」
「ああ、行く予定だよ」
「そうか。そうか。じゃあな、小暮、同窓会で会えるのを楽しみにしてるぜ」
そう言うと影山は恵さんと悟君を置いて、さっさとその場から立ち去った。恵さんは申し訳なさそうな表情で俺に軽く会釈をすると、悟君の手を引き、影山の跡を追いかけていた。

同窓会当日、懐かしい面々が集まる。家族や恋人を連れてきている人は6割くらいだろうか。開始早々、俺の隣に影山がやってくる。恵さんと悟君も一緒にいた。

「いやあ、周りを見てもみんな家族か彼女連れじゃないか。我らが部長様は変わらず一人のようだけどな」
影山はそう言って愉快そうに一人で笑っている。同じテーブルにいるみんなは影山の態度に呆れていた。
「まあ今日はみんなの幸せオーラを分けてもらうことにするよ」
「そうしろ、そうしろ。ま、この中で一番なのは間違いなく俺だろうけど。美人の嫁に可愛い子供がいるんだからな。小暮も俺のこと羨ましいって思ってるんだろう。なんだったら今度子供の世話でもさせてやるよ。将来のいい予習になるんじゃないか」

聞いている誰もが不快になるようなことを言うのは相変わらずだった。この場には影山の家族もいる。なんとか空気が悪くならないようにと、影山の言葉にもできる限り明るく返すよう心がけた。隣に座る友人が呆れ顔で俺にこっそりと耳打ちする。

「影山から急に家族や恋人連れOKにしてくれって言われたから、おかしいなとは思ったんだが、これが目的だったんだな」
先日のおもちゃコーナーで話した時にでも思いついたのだろう。一人身の俺をコケにするために、同窓会の場を利用したようだ。

「男も女も、子供ができてようやく一人前って感じだよな。それなのにフラフラと一人でいるやつの気が知れないよ」
また同じことを言い出す影山。
「あ、小暮、悪いな。俺、正直だから思ったこと言っちゃうんだわ。さあ、お前はこのおじさんみたいにはなるなよ」
「影山。ここには俺以外にも一人で来てるやつがいるだろう」
「ああ、出た、出た。昔から変わらないよな、そのいい子ちゃん発言。そうやって周りにいい顔して取り入るのはお前の得意技だもんな。いい年して未婚とか、そんなやつが知り合いにいるなんて恥ずかしいぜ」

昔から変わらず俺のことが気に入らないんだな、ということが再確認できた。俺が何か言えばヒートアップしていくだけなので、愛想笑いを浮かべながらこの場をやり過ごすことに決めた。だが周囲の友人たちが影山のあまりの言い草に怒り始めていた。

「事情がある人だっているんだから、もう少し言葉には気をつけなよ」
「子供じゃないんだから、それくらい少し考えれば分かるだろうに。本当に相変わらずだな、影山」
「はあ?なんだよお前ら。こいつの味方かよ。ああ、かわいそうに。ここにも小暮の面に騙されてる被害者がいるみたいだな」
とっさに近くにいた子供連れの女性が恵さんと悟君に声をかけて、二人を移動させてくれた。

「小暮、影山のことはほっといて、こっちで話そうぜ。俺、転職考えてるからお前の会社の話ちょっと聞きたくてさ」
友人たちが席の移動を促してくれたおかげで影山から離れることができ、ようやく楽しい気分で友人たちとの話に花を咲かせることができた。

しばらくすると、「あの」と声をかけられた。振り返ると、影山の奥さんの恵さんがいた。
「先ほどは主人が失礼なことを申しまして、本当に申し訳ありませんでした」
恵さんが深々と頭を下げる。本人が謝るならまだしも、奥さんである恵さんが謝る必要のないことだ。俺は慌てて顔を上げるように声をかける。顔を上げた恵さんの顔は暗く沈んでいた。

「あの人、皆さんとご一緒の頃から、ああなんですね」
そうぽつりと呟く。俺は正直に伝えることにした。
「まあ、そうですね。学生の頃から言葉が悪いというか、周囲とぶつかることも多かったです」
「そうなんですね。今も職場や息子の学校の関係者の方々に失礼なことを言って、煙たがられています。私が何度言っても、本人に改める気がないので」
そう言って困ったように笑う。相当大変な思いをしているのだろうと、容易に想像ができた。

「悟君は、元気で礼儀正しいお子さんですね」
「ありがとうございます。幼いながらに、あの人のことを反面教師にしているのかもしれません。私も悟には、あの人のようにはなって欲しくないと思っています」

恵さんの視線の先を追うと、得意げに話す影山と、顔を険しくしているサークルメンバーたちの姿があった。
「小暮さん、あんな人でも気を使って接してくださって、ありがとうございます」
「いえ、そんな。ですが、逆に影山にとっては俺のそんな対応が余計に鼻につくみたいですけどね」
俺は昔から続く影山の対応を思い出し、思わず苦笑する。

「あの人も、皆さんの優しさに気づくことができれば変われるのでしょうけど、きっと無理なのでしょうね。私、今日はここに来られてよかったです」
影山から視線を外すと、恵さんは微笑んだ。その笑みにどこか決意のようなものを感じたのは気のせいだろうか。

そうやって恵さんと話をしていると、入口のドアが開き、一人の女性が入ってくる。
「遅れてすみません。間に合ってよかった」
「麻衣ちゃん、会いたかった!」
「お、我がサークルのアイドルのご到着だ」
そこにいたのは麻衣さんだった。走ってきたのか息が上がっている。彼女がやってきた途端に人がわっと集まる。相変わらずの人気ぶりだ。みんなと挨拶を交わしていた彼女を見ていたら、ふと目があった。

「あ、小暮さん、お久しぶりです」
そう言って手を振りながらふわっと微笑む。急いでいたからなのか頬が少し赤く染まっていた。あの頃から可愛らしい子だったが、あれから8年が経った今、大人の落ち着きと魅力をまとい、とても美しかった。

麻衣さんが俺の元へ駆け寄ってくる。近くにいた友人に肘でつかれ、ようやく現実に戻った俺は慌てて返事をする。
「ああ、麻衣さん、久しぶり。元気だね」
「はい。小暮さんも元気そうでお会いできて嬉しいです」
「俺も麻衣さんと会えて嬉しいよ」
俺がそう言うと、麻衣さんの方の赤みが増した気がした。卒業以来に話すからか、やけに緊張する。言葉がもつれそうになるのを必死にごまかしながら会話を続けていると、麻衣さんが恵さんの方に視線を移す。

「あ、そちらの方は?」
「影山の奥さんの恵さんだよ。今日はお子さんと一緒に参加されているんだ」
「初めまして。影山の妻の恵です」
「影山さんの奥様なんですね。失礼しました。私、後輩の麻衣と申します」
そう言って二人で挨拶を交わす。
「私、てっきり小暮さんの奥様なのかと」
麻衣さんが自分の勘違いを恥ずかしそうにしている。そんな様子の麻衣さんを見て、恵さんが微笑んでいる。

そこへ影山が人混みをかき分けてやってきた。そして麻衣さんのすぐ目の前まで近づく。
「麻衣さん、久しぶりだね。相変わらず可愛いな。ねえ、仕事は何をしてるの?どこに住んでるの?」
影山は麻衣さんの方へとグイグイ行くが、麻衣さんはじりじりと距離を開けようと後ずさっている。ここに自分の奥さんがいることに気づいていないようだ。見かねた俺と恵さんが声をあげたのは、ほぼ同時だった。

「おい、影山、少し離れろよ」
「ちょっとあなた、麻衣さん困ってるじゃない」
二人からの言葉に一瞬驚いた影山だったが、声の主をそれぞれ確認すると、聞こえるような音で舌打ちをした。
「ちっ、邪魔するなよ。お前もこんなところにいないで、母親なら悟りの近くにいろ。たく、使えねえな」
「あなた、いくらなんでもそんな言い方ないだろう!それにお前だって悟君の父親だろう」
恵さんに対するあまりの言い草にさすがにカチンと来た俺は、影山に注意をする。その言葉が気に入らない影山が俺に噛みついてきた。

「結婚もしてないお前に言われたくはないね。こいつが母親の仕事を放棄しているから、俺が注意しただけだろうが」
「結婚してる、してないの問題じゃないだろう。お前は自分の言葉で奥さんを傷つけてるって、分からないのか」
「は?こいつが傷つく?そんなわけないだろう。こいつは俺にベタ惚れなんだ。そして俺は大黒柱として家族を養っているんだぞ。できていないことを指摘して、何が悪いんだ?」
悪びれもせずに言い放つ影山に、俺を含めた周囲の人間の誰もが言葉を潜める。

「小暮には分からないだろう。家族を養う責任の重さも、至らない妻と息子の教育の大変さも。万が一お前が結婚できたとしても、どうせロクでもない女だ。なんせお前の外面の良さと口のうまさに騙されるような女だろうからな」
俺だけでなく恵さんや悟君までも貶す言葉に、さすがに怒りが込み上げてくる。そしてそれは俺だけが感じている感情ではなかったようだ。

「影山さん、最低ですね。本当に昔から何も変わっていない」
麻衣さんが今まで聞いたことない冷たい声で影山へと声をかける。
「小暮さんが言っていることは何も間違っていません。間違っているのは影山さんの方です。小暮さんは昔からみんなのことを考えて発言して行動してくれました。そんな人だからみんなが信頼していくんです。そんな小暮さんと比較して、あなたは何をしてきましたか?あなた自身は周りの迷惑も顧みず、ただ言いたいことを言って周囲を困らせていただけじゃないですか?」
影山は明らかにショックを受けていた。
「奥様の前でお話するのも憚られますが、昔私に言い寄ってきた時も、あれだけはっきり断っているのに何度も何度もしつこく誘ってきて、とても迷惑だったんです。そんなあなたから守ってくれたのが小暮さんや他のメンバーたちでした。それなのに影山さんは自分のしてきたことを棚にあげて、小暮さんやみんなに暴言ばかり。奥様と同じ女性として言わせていただきますが、あなたの発言は絶対に許せません」

麻衣さんの言葉にあちこちから拍手や頷く声が聞こえてくる。影山はかつて好意を寄せていた麻衣さんにここまで避難されるとは思ってもいなかったのだろう。気の毒なほど狼狽えていた。

そんな空気の中、言葉を発したのは恵さんだった。
「麻衣さん、小暮さん、私たちのことを気遣ってくださり、ありがとうございます」
そう言って静かに頭を下げる。そして顔を上げると、今度は影山の顔を見据える。その顔は厳しいものだった。恵さんの表情に影山も息を飲んでいた。

「あなた、先ほどの麻衣さんの言葉や今日の皆さんへの態度、そして小暮さんへの暴言の数々。麻衣さんがおっしゃる通り、昔から何も変わっていないのですね。もうあなたの傲慢な家族ごっこには付き合いきれません。皆さんの前で宣言します。私、あなたとは離婚します」
恵さんの言葉に、この場にいた誰もがざわついた。もちろん影山も例外ではない。
「は?お前、何言って?冗談はやめろよ。笑えないぞ」
笑おうとするも表情が固まっていて、笑うことができていない。
「冗談なんかではありません。本気です。もちろん悟の親権は私がもらいます」
「悟は俺の息子だぞ!お前みたいな母親と一緒にいたら不幸になる。俺が育てる」
「今まで何もしてこなかったあなたに子育てができると思っているの?学校でも習い事の場でも浮いているあなたが、あの子のためになることができるというの。笑わせないで」
恵さんの冷たい言葉が影山に突き刺さる。

「ふ、ふざけるな。離婚だなんて周りに知られたら、俺の出世にも響くんだぞ」
こんな状況でも恵さんを貶し、自分の体面ばかりを気にするような自分勝手な発言しかできない影山に、誰もが言葉を失っていた。

そこへ、他の子供たちと遊んでいたはずの悟君が、いつの間にか恵さんのところへと来ていた。
「パパ、もういい加減にして。ママはいつも一生懸命働いて、僕やパパのお世話もお家のことしてくれてるのに、なんでママにありがとうって言えないの?今日だってパパのお友達にひどいことばかり言って、僕、恥ずかしいよ」
目に涙を溜めて必死に訴える悟君の言葉に、さすがの影山も黙り込む。
「僕、一緒に暮らすならママがいい。パパとは絶対に嫌だ。パパは僕のことなんてどうでもいいって思ってるでしょう。でもママは違う。ママはいつも僕のことを考えてくれる。ママ、もう我慢しなくていいよ。パパと一緒じゃなくても僕はいいよ。ママにはいつも笑っていて欲しいもん」
そう言って恵さんに抱きつく悟君を見て、胸がぎゅっと苦しくなった。こんな小さな子にここまでのことを思わせるなんて、影山の普段の接し方がどれほどのものかが分かる。

「さ、悟。私もこの子も、決意が硬いのは分かったでしょう。もうこれ以上、悟を苦しめたくはない。だからもう終わりにするの」
そう言って影山からは目を離し、俺たちの方へと向き直る。
「皆さん、今日は楽しい会になるはずだったのに、私たち家族が台無しにしてしまって本当に申し訳ありませんでした。麻衣さん、小暮さん、私たちのことを気にかけてくださってありがとうございます。とても嬉しかったです」
深々と頭を下げた後、悟君の手をぎゅっと握り、「失礼します」と最後に一礼をして会場を後にした。影山はしばらく呆然としていたが、ドアが閉まる音で我に返り、慌てて恵さんと悟君を追いかける。

あれから数日後、友人たちと仕事終わりに会うことになっていた。待ち合わせの場所へ到着し、他のメンツが揃うのを待っていると、「おい、小暮」と突然声をかけられる。そこには、目の下に隈を作り、皺くちゃなシャツとコートを着た、少しやつれた姿の影山が立っていた。

「お前が、お前が恵に何か吹き込んだんだろう。あいつが本当に離婚するって言って、悟と一緒に家を出て行ったんだ。連絡もつかないし、あいつの実家に行っても門前払いで」
周囲の友人たちと共に影山を止めるが、影山の怒りは収まらない。
「今まで俺に反抗なんてしたことないあいつらが、あの日急に離婚だとか言い出したのはおかしいんだ。小暮、お前が恵と話してるの、俺は見たんだ。その時、あることないこと恵に吹き込んだんだろう。口だけはうまいお前に、恵が騙されたんだ」

「影山、いい加減にしろ。小暮のせいじゃなくて、お前のせいだろ。今まで奥さんと息子さんを大事にしてこなかった結果だろうが。相手のこと考えて発言しろって、みんな散々言ってきたよな。悪いのはお前自身だろう」
友人たちから次々にかけられる言葉に、影山はだんだんと勢いをなくしていく。
「影山、恵さん、普段からお前のことで悩んでるみたいだったぞ。もう限界だって。それに気づけたのはお前だけだったはずだろう。せっかく結婚した相手だったのに、なんで大事にしてやらないんだよ。今からでもできることはないかって、なぜ探さないんだ。俺に文句言ってる暇があったら、何度でも恵さんに頭下げに行けよ」
俺の言葉が届いたのかは分からないが、すっかり大人しくなった影山は、ぶつぶつと何事かつぶやきながら、ふらふらと人混みの中へと消えていった。

「あいつ、大丈夫かな?なんか聞いた話だと、奥さんたちが出て行った後、職場でもやらかしたらしくて、左遷か解雇かって感じらしい。あいつの場合は完全に自業自得だけど、なんかやりきれないよな」

後日、友人から影山が離婚したこと、そして仕事をやめたことを聞いた。恵さんの離婚の意思は固く、説得には応じてもらえなかったらしい。会社では恵さんのことなどでイライラがピークだった影山が後輩に強く当たり、それを止めに来た上司へも暴言を吐きまくり、大問題となった。過去の勤務態度や社内での暴言など数々の証拠が出てきて左遷が決定。その決定に耐え切れず、自ら退職したということだった。

俺は影山のようにはならないよう、これからも周囲の人たちへの気遣いや優しさを持って接したいと思う。だって俺には、絶対に手放したくない大切な存在がいるのだから。

「ひろきさん、そんなにゆっくり歩かないと、転んだらどうするの?」
「分かってるってば。もう心配症だな、パパは」
麻衣さんが目の前でお腹を撫でながらくすくすと笑っている。俺はあの同窓会がきっかけで麻衣さんと付き合うことになった。麻衣さんが大学の頃から俺を好きでいてくれたことを知って驚いたが、友人たちはみんな気づいていたらしい。その後、無事に結婚まで話は進み、今、麻衣さんのお腹の中には俺たちの子供がいる。

心が通っていてしっかり者の恵さんのことを「先輩ママ」として麻衣さんは慕っている。恵さんや悟君も、離婚した当初は経済的な面で苦労はあったようだが、影山の暴言やトラブルからは解放され、心は穏やかになったと晴れやかな顔で笑っていた。久しぶりに会った悟君は、母親のことはもちろん、妊娠中の麻衣さんのことも気遣ってくれる、とても優しくて活発な男の子に成長している。俺たちの子供も、悟君のような心の温かい人に成長してくれたらと願っている。

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