「フリーダンス。要するにニートってことじゃないの。」その一言で、バーの空気が完全に凍った。週末、大学時代の友人・木本匠に頼まれて、人数合わせで合コンに借り出されただけだった。なのに、初対面の令嬢・彩佳は俺を一目見た瞬間、眉をひそめて軽蔑の視線を向けてきた。隣にいたスーツ姿の男も絶句し、ホスト役の木本でさえ気まずそうに目をそらす。華やかな照明が席を照らしているのに、肌に刺さるのは冷たい視線ばかりだった。彩佳はワイングラスをテーブルに置き、鼻を鳴らしながら吐き捨てた。「あんたみたいな社会のゴミと同席するなんて、時間の無駄よ。とっとと帰ってくれない?」俺は苦笑いを返すしかなかった。これ以上いても場の空気が良くなるとは思えなかったからだ。「じゃあ、俺は失礼するよ。」軽く会釈して出口へ向かおうとしたその時、店の奥から若手の女性歌手が現れた。彼女は俺の姿を捉えると、驚いたように口を開いた。「あれ?作曲家さん、どうしてここに?」周囲の視線が一気に集中した。さっきまで俺をニート呼ばわりしていた令嬢たちが、目を丸くして固まっている。「あなた、まさかあの天才作曲家なの?」このハプニングが、俺の人生と彼女たちの運命を大きく変えることになるとは、まだこの時は知る由もなかった。
俺は杉崎優。都内でフリーランスとして音楽関係の仕事をしている。と言っても、世間一般が想像する自由でクリエイティブな音楽の仕事とはちょっと違うかもしれない。実際は細かいスケジュール管理や雑務、数多くの原案作りやアレンジの締め切りに追われる日々だ。収入も安定しないから、そこそこ苦労している。それでも子供の頃から好きだった音楽をどうにか職にできていると思うと、なんとなくやりがいを感じてしまうのも事実だった。今日は一区切りついた案件があって、ようやく解放感を味わっていた。納期ギリギリだった楽曲制作をどうにか終え、先方にデータを納品できたのは数時間前。正直クタクタで、こんな日はさっさと帰って眠るに限ると思っていた。そう考えながら町を歩いていると、ふと誰かに肩を叩かれた。「おい、ゆうじゃないか。」振り返ると、そこに立っていたのは大学時代の同級生・木本匠だった。彼は当時から優秀で、卒業後は弁護士になったと風の噂で聞いたことがある。キリッとしたスーツ姿は相変わらずで、見るからに忙しそうだった。「やっぱりお前か。久しぶりだな。どうしてこんなところに?」「ちょっと用事があってな。お前こそ珍しいな。こんな遅い時間まで仕事か?」「そういうところだな。まあ、色々あるんだよ。ところで、お前今時間あるのか?」そう言って彼はニヤリと笑った。こういう顔をする時の木本は、大抵ロクでもないことを考えている。学生時代からの付き合いで、俺はなんとなく勘が働いてしまった。「いや、悪いけど今日はさっさと帰って休みたいんだ。徹夜明けで体がバキバキなんだよ。」「そんなこと言わずにさ、実は今から合コンなんだよ。人数足りなくて困ってるんだ。うちの事務所の連中と、ちょっとした令嬢のお仲間たちって感じだけどな。」「令嬢なのかよ。それはまた随分と派手なメンバーだな。」木本が言うには、今夜は彼の仲間が主催する合コンらしい。こんなキラキラした場に俺のようなフリーランスの音楽作業者が混ざっても、場違いなのは明らかだった。しかし木本は引き下がらない。「頼むよ、ゆう。俺の顔を立ててくれ。お前が来てくれないと、男の人数が合わないんだ。」「……はあ。わかったよ。ただし、一時間だけだからな。」こうして俺は木本に連れられて、高級感漂うバーへと足を踏み入れた。店内には柔らかなジャズが流れ、ダウンライトが落ち着いた雰囲気を醸し出している。もう既に数人の男女がソファに座っていて、談笑していた。木本が俺を紹介すると、男連中は軽く会釈を返してきた。しかし、女性陣の方は違った。その中の一人、彩佳という女性が、俺を上から下まで値踏みするように見て、小さく鼻で笑ったのだ。その視線には明らかな軽蔑の色が含まれていた。俺は気にしないように席に着いたが、会話の輪に入れないのは明らかだった。弁護士やエリートサラリーマンたちが、仕事の話やゴルフの話で盛り上がる中、俺はただ静かに飲み物を口に運ぶだけだった。すると、彩佳が突然話を振ってきた。「で、杉崎さんはお仕事は何をされているの?」「音楽関係の仕事をしています。作曲家のアシスタントみたいな感じです。」俺がそう答えると、彩佳は何かを考えるような表情を浮かべた。「作曲家のアシスタント?それって、要するにフリーターってこと?フリーダンス。要するにニートってことじゃないの。」その瞬間、周りの会話がピタリと止まった。「え?」「だってそうでしょ。安定した仕事もなくて、ぶらぶらしてるんでしょ。私たちはね、弁護士と飲むって言うから来たわけなのに、どうしてこんなの連れてきたの?」隣にいたスーツ姿の男性も言葉を失い、木本でさえ慌てて目をそらした。バーカウンターの照明が華やかな席を照らしているはずなのに、俺の肌に刺さるのは冷たい視線ばかりだった。そのまま彩佳はワイングラスをテーブルに置き、鼻を鳴らしながら吐き捨てた。「あんたみたいな社会のゴミと同席するなんて、時間の無駄よ。とっとと帰ってくれない?」俺はかつかつ笑を返すしかなかった。このままいても、場の雰囲気が良くなるとは思えなかったからだ。「じゃあ、俺は失礼するよ。」軽く一礼して、出口へ向かおうとしたその時だった。店の奥から、新進気鋭の若手歌手が現れた。彼女は俺の姿を捉えると、驚いたように口を開いた。「あれ?作曲家さん、どうしてここに?」周囲の視線が一気に集中した。さっきまで俺をニート呼ばわりしていた令嬢たちが、目を丸くして固まっている。「あなた、まさかあの天才作曲家なの?」「天才なんて、そんな大げさなものじゃないですよ。」俺が謙遜して答えると、彼女は首を振った。「とんでもない。先生が書いてくださった曲で、私の人生が変わったんです。いつか直接お礼を言いたいと思っていました。」そう言って、彼女は深々と頭を下げた。その瞬間、さっきまでの冷たい空気が一変した。彩佳は顔色を変え、木本はホッとしたような笑みを浮かべている。このハプニングによって、俺の人生と彼女たちの運命が大きく変わることになるとは、まだこの時は知るよしもなかった。



