玄関の鍵を回した瞬間、異変に気づいた。いつもなら夫・純平のゲーム音や、義母・美恵子が甲高い声で夕食の支度を指示する声が聞こえてくるはずなのに、今日は不気味なほど静かだった。
リビングには誰もおらず、食卓にはフルーツバスケットひとつない。冷蔵庫のドアに貼られたメモには「家族で食事、待たずに夕食を食べて」とあった。これで三回目だ。義理の家族が私だけを除けて集まるのは。
最初は間違いだと思った。二回目のとき、夫の純平は「母さんが君は残業だと思ったみたいなんだ」と言い訳した。そして今回、三回目。もはや言い訳すら面倒になったようだ。
カップラーメンにお湯を注いでいると、親友の美紀から電話が来た。「今、公営近くの料亭で誰を見たと思う? あなたの義理の家族よ。豪華な料理を並べて、賑やかに座ってたわ」と言う。美恵子は義息にお箸を取ってあげながら、世界一優しいおばあちゃんみたいな顔をしていたらしい。
私は味のしない麺を機械的に噛みながら、壁の結婚写真を見た。写真の中の純平は私の腰を抱きしめ、太陽のように笑っている。完璧な結婚式を挙げると言って、私の意見を守ってくれた彼だった。いつから、彼は両親の前でただの聞き分けの良い息子に戻ってしまったのか。
電話を切り、熱いシャワーを浴びた。お湯は体を温めても、心の冷たさは消えない。浴室から出ると、夜の十一時を回っていた。純平はまだ帰ってこない。ベッドに座って髪を乾かしていると、化粧台の上で私の携帯が静かに光っていた。
ホーム画面には「美恵子」からの不在着信が四十件も積み重なっていた。指が震えながら、その場で放置した。彼らが狂ったように何かを騒いでいる間、私は一つだけ確信していた。すべては、私がこの家の鍵を、もう二度と使わないと決めた時から始まるのだと。



