病院のベッドで、げっそりと痩せた息子が言ったんです。 「お母さん、ごめん。お金がなくて、バイトを掛け持ちしてた」 私は震えながら送金履歴を見せました。 「毎月15万円、ちゃんと振り込んでたよね?」 すると息子は首を傾げました。 「15万円なんて、一回も入ったことないよ」 私は血の気が引きました。 確かに振り込んでいたはず。 誰が、そのお金を持っていったのか。…

病院のベッドで、げっそりと痩せた息子が言ったんです。 「お母さん、ごめん。お金がなくて、バイトを掛け持ちしてた」 私は震えながら送金履歴を見せました。 「毎月15万円、ちゃんと振り込んでたよね?」 すると息子は首を傾げました。 「15万円なんて、一回も入ったことないよ」 私は血の気が引きました。 確かに振り込んでいたはず。 誰が、そのお金を持っていったのか。...

かずやのスマホから電話がかかってきたのは、いつものように仕事を終えて夕食の支度をしているときだった。
「かずやさんが、倒れて緊急搬送されました」
その言葉を聞いた瞬間、手に持っていたお玉を落としてしまった。
病院に駆けつけると、そこにはげっそりと痩せ細り、ぐったりとベッドに横たわるかずやの姿があった。
医師の説明は衝撃的だった。
「極度の栄養失調と過労です。しばらくは絶対に安静にしてください」
なぜ、どうして、そんなことになるんだ。
私はかずやに毎月きちんと仕送りをしているはずだった。
お金がないと、かずやは弱々しい声で言った。
私が呆然としていると、かずやは泣きながら打ち明けてくれた。
学費が思ったよりかかりすぎて、私にこれ以上負担をかけられないと思ったのだと。
だから何も言わずに、いくつもアルバイトを掛け持ちしていたのだと。
体が弱くて何度も病院に通っていたのも、交通費を節約するために実家に帰らなかったのも、全部私に迷惑をかけないためだったらしい。
私は手が震えた。
毎月きっちり15万円を振り込んでいたのに、なぜ。
銀行の送金履歴をスマホに表示させて、かずやに見せた。
するとかずやは、不思議そうな顔で首を傾げた。
「毎月ちゃんと届いてたよ。ありがとう、お母さん」
そんなはずはない。
私は必死に言った。
「15万円、入ってたことなんて一度もなかったよ」
その瞬間、二人とも言葉を失った。
何かがおかしい。
誰かが、このお金を横取りしている。
私はすぐに思い当たった人物がいた。
かずやのアパートの大家だ。
かずやの話では、家賃は毎月大家に直接手渡ししていて、領収書はもらっていないという。
私はかずやに、次の家賃は絶対に振り込みにしてくれと伝えた。
そして私は、毎月の送金を電子マネーに切り替え、相手がどんな反応を見せるか静かに観察することにした。
1か月後、ついに犯人が尻尾を出した。

私は霧谷直子、46歳。
市役所で臨時職員として働きながら、3歳年上の夫の毅と、一人息子のかずやと暮らしている。
毅と出会ったのは、私がまだ大学生の頃だった。
友人に誘われて参加した街のイベントで、彼は大人の雰囲気をまとって立っていた。
話してみると気さくで面白く、すっかり惹かれてしまった。
それから何度か会ううちに交際が始まり、付き合って3年が過ぎた頃、毅からプロポーズされた。
結婚後も毅は優しく、義両親も私を実の娘のように可愛がってくれた。
1年後にはかずやが生まれ、私は幸せの絶頂にいた。
かずやは生まれた時から体が弱く、すぐ熱を出す子だった。
その度に病院に連れて行き、付き添って一晩中看病することも珍しくなかった。
それでも毅は仕事に追われるなか、疲れている時こそ私を休ませようと、進んで子育てに協力してくれた。
「疲れてる時くらい、俺のことは放っておいていい。休める時に休まないと、お前が倒れてしまう」
そんな毅の言葉に何度救われたかわからない。
かずやが5歳になった頃、毅がスイミングスクールに通わせようと言い出した。
「体が弱いままじゃ、学校生活も大変になるだろう。友達ができない子になってしまうのも可哀そうだ」
私は不安もあったが、息子の将来を思う気持ちは同じだった。
見学に訪れたスクールをかずやが気に入ったので、入会させることにした。
すると驚くことに、かずやは見る見るうちに体力をつけていき、小学3年生になる頃にはすっかり病気をしなくなった。
健康な体になったのが自分でも嬉しかったのか、今度はサッカーも習いたいと言い出し、積極的にスポーツに取り組むようになった。
中学生になる頃には、大会の代表に選ばれるほどスポーツ万能になっていった。
かずやは高校卒業後、県外の大学に進学することになった。
一人暮らしで心配だったが、かずやなりにしっかりやっているのだろうと信じていた。
そんな中で、あの電話があったのだ。
栄養失調で倒れたと言われ、私は自責の念で押しつぶされそうだった。
お金をきちんと管理できていれば、こんなことにはならなかったのだ。
かずやが退院して少し落ち着いた頃、私はあの日の借金の履歴をもう一度調べ始めた。
すると、振り込み先の口座名義が、私が覚えているものと違うことに気づいたのだ。
私は震える手で銀行に問い合わせた。
すると信じられない事実を告げられた。
「ご登録の口座とは別に、5年前から自動振り込み設定がされていますね。この口座に毎月15万円が移動しています」
私は耳を疑った。
5年前。
それはかずやが高校に入学する直前で、私がかずやの教育資金講座を解約したのと同じ時期だった。
私は確かに解約の手続きをしたはずだった。
なのに、口座はまだ存在していたというのか。
私は手続きをした契約書を必死に探し出した。
すると、そこには解約ではなく「口座変更」の手続きがされていたのだ。
何者かが、私の書類を改ざんしていた。
そして振り込み先の新口座は、私の夫である毅の名前になっていた。

私は目の前が真っ暗になった。
毎月15万円、5年間。
それは900万円という金額になっていた。
なぜ毅が。
私はまっすぐ帰宅すると、毅に送金履歴の写真を見せた。
「これは何なの?」
毅は一瞬固まったが、すぐに笑顔を作った。
「何のことだ?古い書類の整理を間違えたんじゃないか?」
私は震える声で言った。
「この口座、あなたの名前になってる。かずやに届くはずだったお金が、ずっとここに流れてたんだよね」
毅はしばらく黙っていたが、やがて観念したように口を開いた。
「……悪かった。借金があったんだ。遊びでつまらないことに手を出してしまって。どうしても返済しなきゃいけなかったんだ」
私は言葉を失った。
私を守ると言った人。
家計を支えてくれた人。
そんな夫が、自分の息子の学費を盗んでいたのだ。
「かずやはあんなに苦労してたんだよ。栄養失調で倒れるまで、アルバイトを掛け持ちしてたんだ」
そう言うと、毅は目をそらした。
「那由は俺が全部悪いって言いたいのか?俺だって好きでやったわけじゃない。どうしようもなかったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私はこの人といる未来はないと確信した。
私は毅と別れることを決めた。
毅は泣いて謝り、二度としないと約束したが、もう信じることはできなかった。
息子を裏切った人を、私は許せなかった。
私とかずやは毅の家を出て、実家に身を寄せることにした。
そして離婚の手続きを進めた。
かずやは、私と毅の間を取り持とうとする様子は一切なく、ただ静かに私の決断を尊重してくれた。
時々、かずやがポツリと言う。
「お母さん、本当にありがとう。今まで守ってくれて」
その言葉を聞くたび、私は自分が間違っていなかったのだと思えた。
今も私は市役所で働きながら、かずやの新学期費用を少しずつ貯めている。
もう、誰にも頼らない。
私は自分の足で立って、息子を守っていく。
それが、倒れるまで頑張り続けたかずやにできる、私なりの償いなのだ。

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