実家の重苦しい空気の中、父の声が響き渡った。
「お前は直道に何かあった時のための保険だ。その役割さえ果たせば、お前はどうでもいい」
俺の隣で、将来の社長を約束されたエリートの兄が、手元のタブレットから目を離さずに花で笑う。目の前に放り出されたのは、下受け企業の令嬢とのお下がりの縁談。兄が断った厄介払いを、俺に押し付けようというのだ。
指先に染みついた機械油の匂い。どんなに石鹸で洗っても落ちないこの汚れこそが、この家における俺の価値だった。工場の隅で図面を引き、泥にまみれて試作機を作るだけの地味な次男。誰も俺の技術に興味などない。ただの使い勝手のいい子。それが俺という人間だった。
「分かったよ。行けばいいんだろ」
投げ出すように告げた俺を、父と兄は「恥を欠かすなよ」と冷たく見送った。俺は何も言い返さず、ただ拳を握りしめた。だが、この時の俺はまだ知らなかった。ホテルのラウンジで待っていた、地味な女と呼ばれた彼女との出会いが、腐り切った俺の運命を、そしてこの傲慢な家族の未来を、音を立てて狂わせていくことになるなんて。
俺の本当の物語は、まだ始まったばかりだった。



