その日の午後、息子との電話で聞いたその言葉に、私は耳を疑った。「だから、海外に母さんは呼んでないって言ってるんだよ。もかのお母さんだけファーストクラスで来てもらうから」。先月、息子夫婦のハワイ挙式のために、私は老後のために貯めた定期預金を解約して、四百五十万円もの大金を渡したばかりだった。なのに、電話越しの息子は冷たく言い放った。「でも、お金を出したのは私よ」と私が言うと、「金と誰を呼ぶかは…

その日の午後、息子との電話で聞いたその言葉に、私は耳を疑った。「だから、海外に母さんは呼んでないって言ってるんだよ。もかのお母さんだけファーストクラスで来てもらうから」。先月、息子夫婦のハワイ挙式のために、私は老後のために貯めた定期預金を解約して、四百五十万円もの大金を渡したばかりだった。なのに、電話越しの息子は冷たく言い放った。「でも、お金を出したのは私よ」と私が言うと、「金と誰を呼ぶかは...

母さんは呼んでないよ。その日の午後、息子との電話で聞いたその言葉に、私は耳を疑った。池村明子と申します。六十二歳の元小学校教諭です。三十八年間子どもたちの教育に携わり、定年退職してからは穏やかな日々を送っていました。夫は十年前に病気で亡くなり、今は都内の自宅で一人暮らしをしています。

「え、何て言ったの?」

電話の向こうで、息子の涼があっけらかんと繰り返した。

「だから、海外に母さんは呼んでないって言ってるんだよ。もかのお母さんだけファーストクラスで来てもらうから」

私は一瞬言葉を失った。先月、息子夫婦のハワイでの結婚式のために、四百五十万円もの大金を援助したばかりだったのだ。

「でも、私がお金を出したのよ」

「お金のことと、誰を呼ぶかは別問題でしょ。もかも同じ意見だから」

電話越しに聞こえる息子の冷たい声に、私の胸は張り裂けそうになった。一人息子のために、これまでどれほどの愛情とお金を注いできたことだろう。まさか、こんな扱いを受けるなんて。

すべてはあの日から始まった。私は二十三歳で結婚し、翌年に涼を授かった。夫は会社員だったが、高校生の時に病気で倒れ、その後の十年間の闘病生活を経て亡くなった。夫の看病をしながら、私は教師として働き続け、一人息子の涼を大切に育ててきた。教育費だけでも幼稚園から大学まで総額一千万円以上、すべて私が負担した。塾に習い事、そして大学の学費。決して楽ではなかったが、息子の将来のためならと頑張ってきた。

涼は三年前、職場の後輩だったもかさんと結婚した。彼女は結婚を機に仕事をやめ、今は専業主婦をしている。

「母さん、実は相談があるんだけど」

二ヶ月前、久しぶりに息子夫婦が我が家を訪れた。

「海外で式をしたいんだ。ハワイのチャペルで。でも費用が結構かかってしまって」

「いくらぐらい必要なの?」

「全部で四百五十万円くらい。母さん、援助してもらえないかな?」

正直、大金だった。でも、一人息子の一生に一度の晴れ舞台だ。私は老後のために貯めていた定期預金を解約することにした。

「分かったわ。お母さんが何とかするから」

あの時の息子の嬉しそうな顔を、今でも覚えている。

援助を決めた翌週、私は銀行で定期預金を解約し、四百五十万円を準備した。息子に連絡すると、すぐに受け取りに来た。

「母さん、本当にありがとう」

そう言いながら、涼は封筒を受け取った。しかし、その時の態度に少し違和感を覚えた。感謝の言葉はあったが、どこか事務的で、まるで当然のことのような雰囲気だった。

「これで素敵な式ができるわね。準備で何か手伝えることがあったら言ってちょうだい」

私がそう言うと、隣にいたもかさんが口を開いた。

「お母さん、お気持ちはありがたいんですけど、準備は私たちでやりますから。それより、お金を出していただいただけで十分です」

その言い方に少しトゲを感じたが、若い二人のことだから、自分たちで準備したいのだろうと思い直した。しかし、それから息子夫婦の態度は日に日に冷たくなっていった。式の準備が始まると、私は完全に蚊帳の外に置かれた。ドレス選びの相談もなければ、衣装合わせにも誘われない。

「ドレスは決まったの? お母さんも見てみたいわ」

「もう決まったよ。もかのお母さんと一緒に選んだから」

「そう」

「もかのお母さんの方がセンスがいいから、任せたんだ」

この言葉に、私は深く傷ついた。三十八年間、息子のために尽くしてきた私より、義母の方がいいというのか。式の詳細について尋ねても、まともな返事は返ってこない。

「招待状はいつ届くの?」

「ああ、それはまだ先だから」

「でも式まで二ヶ月よ。飛行機の予約もしないと」

「大丈夫、大丈夫。こっちで手配するから」

いろんな曖昧な返事ばかりだった。

ある日、息子の家を訪ねた時のこと。テーブルの上に結婚式の座席表らしきものが置いてあった。つい手に取って見てしまったのだが、そこで信じられない事実を知ることになった。私の席は会場の一番端。まるで遠い親戚のような扱いだった。一方、もかさんの母親は新郎新婦のすぐ隣の特等席に配置されていた。

「これはどういうこと?」

私が問い詰めると、もかさんが平然と答えた。

「事情は私たちで決めましたから。お母さんはそこで十分でしょう」

「でも、私は涼の母よ」

「そうですけど、式の雰囲気を考えて、もかのお母さんの方が前の方がいいんです。もかのお母さんは華やかですから。お母さんは、その、ちょっと地味だから」

地味? その言葉が胸に刺さった。確かに、私は華やかなタイプではない。でも、息子の母親として当然の扱いを求めることが、そんなにいけないことだろうか。

さらに追い打ちをかけるように、涼が言った。

「写真撮影も最小限にするから、集合写真くらいで」

「え、親子の写真は撮らないの?」

「時間もないし、必要ないでしょ。それよりも、もかのお母さんとの写真を多く撮りたいんだ」

もはや、私は息子にとって必要のない存在なのだろうか。お金だけ出させて、後は端に追いやる。そんな扱いを受けるために、四百五十万円も出したのだろうか。

「スピーチもお願いしないから」

この言葉で、完全に打ちのめされた。息子の結婚式で、母親がスピーチもできない。それどころか、まるで招かれざる客のような扱い。

「でも、せめて親族代表の挨拶くらいは……」

「それも、もかのお義母さんにお願いしたから。お母さんは黙って座っていてくれればいいよ」

黙って座っている。まるで、私には口も資格もないと言わんばかりだった。

家に帰ってから、私は一人で泣いた。こんなに息子のために尽くしてきたのに、この仕打ちはあんまりだ。夫が生きていたら、きっと激怒したことだろう。でも、もう取り返しはつかない。四百五十万円はすでに息子の手に渡り、式の準備は着々と進んでいるのだから。

そんな中、さらに追い打ちをかけるような出来事が起こった。式の一ヶ月前、一通の連絡があった。

「母さん、式の時の服装なんだけど」

「何? もう用意してあるわよ。紺色のフォーマルドレスを」

「それがさ、もかが言うには、もっと地味な色の方がいいって。黒とかグレーとか」

「でも、結婚式で真っ黒は……」

「いいから、言う通りにしてよ。目立たない方がいいんだ」

目立たない。またその言葉。私は息子の結婚式で、できるだけ存在を消さなければならないのだろうか。

「それから、アクセサリーも控えめにして。パールのネックレスくらいで」

「分かったわ」

電話を切った後、私は鏡の前に立った。確かに、若くはない。でも、息子の母親として恥ずかしくない程度には身だしなみを整えているつもりだ。それなのに、まるで汚いものでも扱うような息子の態度に、心が折れそうになった。

後日、もかさんの実家に招かれた時のこと。義母のよ子さんは上品な女性だった。

「明子さん、この度は大変な援助をしていただいて」

「いえいえ、息子のためですから」

すると、もかさんが横から口を挟んだ。

「お母さん、お母さんは四百五十万円も出してくださったのよ。すごいでしょう」

その言い方が、まるで私がお金を出すことだけが取り柄のような響きだった。

「そうそう。お母さん、式の時はあまり前に出ないでくださいね。主役は私たちと、もかのお母さんですから」

義母の前で、堂々とそんなことを言うもかさん。そして、それを止めもしない涼。私は完全に家族から排除されているのだと実感した。

「あの、せめて親族の記念撮影くらいは……」

「それも手短に済ませますから。お母さんはすぐに席に戻ってください」

まるで、私の存在が迷惑だと言わんばかりだ。こんな屈辱を受けるために、老後の蓄えを切り崩したのかと思うと、悔しさで胸が張り裂けそうだった。しかし、本当の衝撃はこの後に待っていた。

式の一ヶ月前のことだった。旅行会社から一本の電話がかかってきた。

「池村明子様でいらっしゃいますか? ハワイ挙式の件で確認したいことがございまして」

「はい、私です。どのようなご用件でしょうか?」

「池村涼様の挙式の手配をさせていただいている者です。最終確認なのですが、ご親族の参加は三名様でよろしいでしょうか?」

私は耳を疑った。

「三名? いいえ、息子夫婦と私と、少なくとも四名のはずですが」

電話の向こうで、担当者が書類を確認する音が聞こえた。

「申し訳ございません。こちらの予約では、新郎の池村涼様、新婦のもか様、そしてもか様のお母様の三名となっております」

私の頭が真っ白になった。まさか、本当に私を呼ばないつもりなのか。

「私の名前は入っていないのですか?」

「恐れ入りますが、リストにはお名前がございません。もしや、別途ご予約でしょうか?」

「いえ、ちょっと確認してみます」

電話を切った後、私は震える手で息子に電話をかけた。

「涼、旅行会社から電話があったんだけど、私の名前が予約に入っていないって」

一瞬の沈黙の後、息子が口を開いた。

「ああ、それね。実は母さんは呼んでないんだ」

「え?」

「だから言ってるでしょう。母さんは呼んでない。お金だけ出してくれればいいって」

私は言葉を失った。まさか、ここまではっきりと拒絶されるとは思ってもいなかった。

「でも、私がお金を出したのよ。四百五十万円も」

「それとこれとは別問題。式には、もかのお義母さんだけ来てもらう。母さんは日本で待っててよ」

「どうして? 私は涼の母親なのに」

「正直に言うけど、母さんがいると雰囲気が暗くなるんだよ。地味だし、話もつまらないし。もかのお義母さんの方が華やかで、式も盛り上がる」

息子の残酷な言葉に、私は涙が止まらなかった。

「それにもう一つ教えてあげる。もかのお義母さんはファーストクラスで行くから。俺たちはビジネスクラスだけどね」

ファーストクラス。旅行会社に問い合わせてみると、驚愕の事実が判明した。義母のファーストクラス往復九十万円。新郎新婦のビジネスクラス往復七十万円×二名。ホテル、スイートルーム七泊七十万円。挙式費用百五十万円。合計がちょうど四百五十万円。私が出したお金はすべて息子夫婦と義母のために使われ、私の分は最初から計算に入っていなかったのだ。

「涼、これはあんまりよ。お母さんを完全にのけ者にして」

「うるさいな。金を出したからって、恩着せがましい。これだから年寄りは嫌なんだ」

年寄り。そうだよ。母さんみたいな時代遅れの人間は、式にいない方がいいんだ。写真にも映したくない。恥ずかしいから。

もう涙も出なかった。ただ、心の中で何かが音を立てて壊れていくのを感じた。

「もかさんも同じ意見なの?」

「当然でしょう。むしろ、もかの方が強く言ってるよ。お母さんは品がないから、海外まで来られても困るって」

品がない。その言葉が鋭い刃物のように心に突き刺さった。

「じゃあ、なぜ最初からそう言わなかったの?」

「金は必要だったからに決まってるでしょう。母さん以外に頼める人いないし」

この瞬間、私は完全に理解した。息子にとって、私はただのATMだったのだ。必要な時だけ利用して、用が済めば捨てる。それが、三十六年間愛情を注いで育てた息子の本性だった。

「分かったわ。もう何も言わない」

そう言って、私は電話を切った。でも、これで終わりではない。私の中である決意が固まりつつあった。教師として三十八年間、正しいことと間違っていることの区別を教えてきた。今こそ、我が息子にもその違いを教える時が来たのかもしれない。

電話を切った後、私は深呼吸をして冷静さを取り戻そうとした。三十八年、教師として働いてきた経験が、こんな時に役立つとは思わなかった。まず、状況を整理した。旅行会社への支払いはまだ済んでいないはずだ。息子に渡した四百五十万円は、おそらくまだ息子の手元にあるだろう。

私は旅行会社に電話をかけ直した。

「先ほどお電話した者です。支払いの件で確認したいのですが」

「はい、池村様。お支払いは来週の月曜日が期限となっております。まだご入金はいただいておりません」

「契約者は誰になっていますか?」

「池村明子様のお名前で預かっております」

やはりそうだった。息子は私の名前で予約を取り、支払いも私がすることになっていたのだ。

「キャンセルする場合の規定を教えていただけますか?」

「お支払い前でしたら、キャンセル料はかかりません。ただし、お支払い後は規定のキャンセル料が発生いたします」

これで分かった。まだ間に合う。

次に、私は知り合いの弁護士に相談した。教師時代の保護者で、今でも信頼のある方だ。

「池村先生。それはひどい話ですね。息子さんに渡したお金は贈与になりますが、使用目的が明確な条件付き贈与とも考えられます。それに、旅行の契約者が先生なら、全ての決定権は先生にあります」

「キャンセルしても問題ないでしょうか?」

「全く問題ありません。むしろ、契約者である先生の承諾なく、先生を除外した旅行を計画したことの方が問題です」

法的な裏付けも取れた。私は次に銀行に行った。念のため、息子夫婦との金銭のやり取りをすべて記録として残すためだ。四百五十万円の現金を引き出した記録と、それを息子に渡したという書類を作成したいと申し出ると、銀行員の方が丁寧に対応してくださり、すべての書類を整えることができた。

家に帰ると、私は息子が忘れていった挙式の資料に初めて目を通した。そこには、まるで私が存在しないかのような計画が詳細に記されていた。披露宴の進行表を見ると、新婦の母の挨拶、新婦の母と新郎のダンス、新婦の母への花束贈呈など、義母を中心とした演出ばかり。私の名前はどこにも見当たらなかった。写真撮影のスケジュールも同様だった。新郎新婦と新婦の母、新婦の母と新郎のツーショット、ファーストクラスでの搭乗……。まるで、義母が主役の結婚式のようだ。

怒りを通り越して、呆れるばかりだった。しかし同時に、心の中で硬い決意が生まれていた。教師として、息子に大切なことを教えなければならない。人の道に外れた行いには、必ず報いがある。親を軽んじ、金だけをむしり取ろうとする者には、それ相応の結果が待っている。これは、教育者としての最後の仕事かもしれない。

私は手帳を開き、計画を練り始めた。

月曜日の朝一番に旅行会社へ連絡。支払い期限の日だ。これなら、息子たちが別の手配をする時間はないだろう。すでに有給休暇も取得しているはずだし、職場にも結婚式のことは伝えているだろうから。

私は冷静に、そして着実に準備を進めた。息子への怒りは消えない。しかし、感情的になって行動してはいけない。これは、息子への最後の教育なのだから。

「涼、お母さんがあなたに教えられる最後のことは、行動には必ず責任が伴うということです」

静かにつぶやきながら、私は運命の日を待った。もう後戻りはできない。いや、する気もない。親不孝者には、きちんと報いを受けてもらいましょう。

そして、私は四百五十万円の使い道についても考え始めた。息子のために使うはずだったこのお金を、これからは自分のために使おう。世界一周クルーズのパンフレットを取り寄せ、じっくりと検討した。初めての一人旅。きっと、素晴らしい思い出になるだろう。

月曜日の朝九時、私は旅行会社に電話をかけた。

「お世話になっております。池村明子です。予約番号、〇二四〇八の件でお電話しました」

「池村様、おはようございます。本日がお支払い期限となっておりますが」

「実は、この予約を全てキャンセルしたいのです」

電話の向こうで、担当者が少し驚いたような声を上げた。

「全てですか? 挙式も含めてですか?」

「はい、全てです。航空券、ホテル、挙式。全てキャンセルでお願いします」

「承知いたしました。お支払い前ですので、キャンセル料はかかりません。ただ、挙式まであと三週間ですが、よろしいでしょうか?」

「はい、問題ありません。きちんと検討した結果です」

手続きは思いの外、簡単に済んだ。これで四百五十万円分の予約はすべて白紙に戻った。

私は次に、息子が通う会社の近くの喫茶店で待機した。きっと、旅行会社から連絡が行くはずだ。午後、案の定、息子から電話がかかってきた。

「母さん、何してくれたんだよ」

「何のことかしら?」

「とぼけるな。旅行会社から連絡があった。全部キャンセルしたって。本当か?」

「ええ、本当よ。だって、私は呼ばれていないんでしょう。呼ばれていない人間が、どうして旅行の手配をする必要があるのかしら」

「ふざけるな。もう有給も取ったし、みんなに報告もしてるんだぞ」

「それは困りましたね。でも、私には関係のないことです」

息子の怒鳴り声が電話越しに響いた。しかし、私は冷静だった。これは当然の報いなのだから。

「今すぐ予約を取り直せ」

「お断りします。それに、もう同じ日程では取れないでしょうね。三週間前ですから」

「じゃあ、あの金はもらうからな。もう俺の金なんだから」

「いいえ、違います。あのお金は、私を含めた家族での挙式のために渡したものです。私を除外するなら、当然使用目的が変わりますから、返金していただきます」

その日の夕方、息子夫婦が血相を変えて我が家にやってきた。

「お母さん、これはどういうことですか?」

もかさんが玄関で叫んだ。

「どうぞお上がりください。お茶でも飲みながら話しましょう」

リビングに通すと、二人は顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。

「今すぐ予約を取り直してください」

「それはできません。第一、私は呼ばれていないのでしょう。外の人間が、どうして家族の旅行を手配する必要があるのですか?」

息子が拳を握りしめた。

「理屈を言うな。金は返さないぞ」

「いいえ、返していただきます。そもそも使い道が違うのです。私を含めた一家で挙式をするために出しましたが、私がのけ者にされる式にお金を出す義理はありません」

もかさんが涙目になった。

「お母さん、お願いです。もう親戚にも伝えてあるんです。母も楽しみにしているんです」

「あら、お母様も残念でしょうね。でも、ファーストクラスを楽しみにしていた方に、今さらエコノミーなんて失礼でしょう」

「エコノミーでも何でもいいんです。とにかく式を」

「それなら、お母様に四百五十万円出していただいては? きっと、愛する娘のためなら喜んで出してくださるでしょう」

息子が机を叩いた。

「母さん、本気か? 俺は息子だぞ」

「いいえ。私には息子なんていません。お荷物で、恥ずかしい、年寄りで、品のない、私のことを息子とは呼べません」

二人は言葉を失った。

「それに、金を出したからって恩着せがましいとも言いましたね。では、恩着せがましくならないよう、もう一銭も出しません」

もかさんが泣き出した。しかし、私の心は少しも痛まなかった。

「ひどい」

「ひどい? あなたたちがしたことの方が、よほどひどいと思いますが」

涼が土下座をした。

「母さん、謝る。悪かった。だから、お願いだ」

「謝罪は受け取りません。信用できませんから」

「じゃあ、どうすればいいんだ」

「簡単です。自分たちでお金を用意して、自分たちで手配すればいいのです。もちろん、私抜きで」

結局、二人は泣きながら帰って行った。その後、親戚中から相次いで電話がかかってきた。どうやら、涼夫婦が言いふらしたようだ。しかし、私は事実をありのまま伝えた。四百五十万円を出したのに、挙式から除外されたこと。義母だけファーストクラスだったこと。すべてを。

親戚の反応は予想通りだった。

「それは涼が悪い」

「親不孝にもほどがある」

「明子さんの気持ちも分かる」

世間体を気にした息子夫婦は、泣けなしの貯金をはたいて、小規模な国内挙式をすることになったそうだ。もちろん、私は呼ばれなかったが、もはやどうでもいいことだった。こうして、息子が企んだ華やかなハワイ挙式は、見事に泡と消えたのだ。

あれから半年が経った。私は今、豪華客船のデッキから青い海を眺めている。あの四百五十万円は、息子に返金を求めた。初めは渋ったが、弁護士を通じて正式に請求すると、慌てて全額返してきた。条件付き贈与の法的な意味を理解したようだ。そして、私は長年の夢だった世界一周クルーズに参加することにした。

三ヶ月間の船旅。一人で参加することに不安もあったが、これが素晴らしい決断となった。船内で知り合った方々は、皆さん人生経験豊富で温かい人ばかり。特に同年代の女性グループとは、まるで学生時代の友人のように親しくなった。

「明子さん、今日のディナーは和食の日よ。一緒に席を決めましょう」

「ええ、楽しみだわ。昨日のダンスパーティーも素敵だったわね」

こんな会話を交わしながら、私は心から笑っている。息子の結婚式では地味で恥ずかしいと言われた私だが、ここでは誰もそんなことを言わない。むしろ、元教師としての経験や知識を、皆さん興味深く聞いてくださる。

寄港地では、その土地の学校を訪問するボランティアにも参加した。現地の子どもたちに日本の文化を教えたり、簡単な日本語のレッスンをしたり。教師としての経験が、こんな形で生かせるなんて思ってもみなかった。

「先生、また来てください」

子どもたちの笑顔に囲まれて、私は本当の幸せを感じている。

実は、この船旅で素敵な出会いもあった。同じく一人で参加されていた紳士の方で、元大学教授。奥様を数年前になくされ、気分転換に参加されたそうだ。

「池村さん、今日の寄港地では美術館に行く予定ですが、ご一緒しませんか?」

「ええ、喜んで。私も美術が好きなんです」

こんな穏やかな時間が、どれほど心を癒してくれることだろう。もちろん、息子のことを忘れたわけではない。時々、あの日のことを思い出す。しかし、もう怒りはない。むしろ、感謝の気持ちさえ湧いてくる。あの出来事がなければ、私はきっと息子夫婦に縛られたまま、狭い世界で生きていただろう。お金を取られ、都合のいい時だけ利用され、それでも息子のためと我慢し続けていたはずだ。でも、あの強烈な裏切りのおかげで、私は自由になれた。自分の人生を、自分のために生きる勇気をもらえたのだ。

クルーズから帰国後、私は新しい生活を始めた。地域のボランティアで子どもたちに勉強を教えたり、シニア向けの英会話教室に通ったり。そこでも、素晴らしい友人がたくさんできた。

「明子さん、来週の食事会も参加してくださいね」

「もちろん、楽しみにしています」

以前なら、息子の都合を優先して断っていたかもしれない。でも、今は違う。私の人生の主役は、私自身なのだから。

息子からは、あれ以来一度だけ連絡があった。どうやら、もかさんとうまくいっていないようで、相談したいと言ってきた。

「母さん、話を聞いてくれないか?」

「申し訳ないけど、私はもうあなたの母親ではありません。あなた自身がそう決めたのでしょう」

「あの時は間違っていた。謝る」

「謝罪は結構です。それより、お母様に相談されては? ファーストクラスに載せるほど大切にしている方なのでしょうから」

それきり、連絡は途絶えた。冷たいと思われるかもしれない。でも、一度完全に踏みにじられた信頼は、そう簡単に修復できるものではない。それに、私にはもう、息子に縛られる必要がないのだ。

親の愛にも限界がある。理不尽な扱いに、我慢し続ける必要はないということ。そして、何歳になっても新しい人生を始められるということ。

もし、この話を聞いているあなたが、子どもから理不尽な扱いを受けているなら、どうか思い出してほしい。あなたには、自分の尊厳を守る権利がある。親だからと言って、すべてを犠牲にする必要はない。時には毅然とした態度を取ることも大切だ。それは冷たさではなく、自分を大切にすることなのだから。

私は今、本当に幸せだ。毎日が充実していて、新しい発見がある。こんな人生が待っているなんて、一年前の私には想像もできなかった。親不孝には必ず報いがある。息子は大切な母親を失い、経済的にも精神的にも苦しんでいることだろう。でも、それは自業自得だ。一方、理不尽に立ち向かった私は、素晴らしい第二の人生を手に入れた。それこそが、正義が勝利した証ではないだろうか。

人生は、何歳からでもやり直せる。大切なのは、一歩踏み出す勇気。その勇気さえあれば、きっと新しい幸せが待っているはずだ。

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