置き去りにされた。走り出した車を見て、私は思わず声が出た。薄暗いパーキングエリアに、私は両手いっぱいに抱えたメロンパンと一緒に取り残されていた。ここまで来るのに、夫の運転する車で早朝に家を出て、義両親を迎えに行ったら、なぜかお姉さんまでキャリーケースを引いて現れた。車は六人乗りで、私たち家族と義両親でいっぱいのはずだった。なのに、お姉さんが「これ置いといてちょうだい」と私の足元に荷物を放り込んだ瞬間から、計画は狂い始めていた。
夫が「姉ちゃんも行くの?」と驚くと、お姉さんは笑顔で「いいじゃない。家族水入らずで旅行なんて久しぶりでしょ」と言った。義母は「三人部屋を二つ取ってあるから問題ないわよ」と平然と言い放つ。つまり、お姉さんが来ることは最初から決まっていたのだ。私も夫も何も言い返せず、無理やり荷物を詰め込んだ。お姉さんは私の足元に自分のキャリーケースを押し込みながら「水希さんのところが一番スペースあるじゃない」と嫌味を言う。そりゃそうだ。私の半分もないような荷物しか持ってきていないんだから。心の中で毒づいていると、義父が「そうだな。お前たちのところには荷物を入れるスペースなんてないからな。でも水希さんがかわいそうだ。それはこっちによしなさい」と言って、お姉さんの荷物を持ってくれた。さりげなく私を守ってくれる義父に、少しだけ心が救われた。
出発から一時間ほど経った頃、義母が夫に「次のパーキングエリアに寄ってちょうだい」と言った。車を降りたのは、私と義母とお姉さんだけだった。息子と義父は後部座席で寝てしまっていて、夫も運転を交代すると言ってすぐに眠ってしまった。義母は「ここのメロンパンが有名なのよ。買っていきましょうよ」と言う。こんなさびれたパーキングエリアに?半信半疑で店に向かうと、確かに「メロンパン」ののぼりが出ている。義母は「私たちトイレに行ってくるから、水希さん買っておいてくれる?人数分ね」と言い残して、お姉さんと一緒にトイレへ向かった。
私はため息をつきながらも、こんなことで済むなら安いものだと思い直して、店で六個のメロンパンを買った。両手に抱えて店を出た瞬間、私は自分の目を疑った。止まっていたはずの場所に車がない。慌てて辺りを見渡すと、車はすでに走り出し、パーキングエリアの出口に向かっている。メロンパンを抱えたまま、私は走ることもできず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
やられた。これのために、わざわざ私をメロンパンを買いに行かせたのか。私はベンチに座り込んで、両手に抱えたメロンパンを眺めた。とりあえず一個食べてみると、これがなかなか美味しい。悔しいけど、元気が出てくる。夫に電話しようと思ったけど、夫が連絡をしてこないということは、まだみんな眠っているのだろう。お母さんとお姉さんだけが起きていて、私を置き去りにしたと確信した。
よし、文句を言ってやる。義母に電話をかけると、すぐに出た。「ちょっとどういうことですか?」私が怒りを込めて言うと、義母は悪びれる様子もなく笑った。「家族水入らずの旅行に、あなたはいらないのよね。そもそも、あなたの分の部屋なんて取ってないし。どうしても旅行気分を味わいたいなら、野宿でもすれば?」隣からはお姉さんの「やば、受ける」という声まで聞こえてくる。頭に来て、私は電話を切った。
絶対に帰ってやる。合流してやる。私は夫のスマホの位置情報を調べた。私たち夫婦は、お互いの居場所を確認できるアプリを入れている。買い物の帰りに合わせて食事の準備をするのに便利だし、息子とはぐれた時のためにも重宝していた。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったけど。車はどうやらアウトレットに向かっているようだ。ラッキー、これで追いかけられる。バスに乗ってしばらくすると、夫から電話が来た。「水希、どうしたの?」慌てている様子の夫に、私は「バスに乗っているから、メールするね」とだけ言って電話を切った。すぐに夫からメールが来て、後ろの席で寝ていたら、起きた時には私がいなくて驚いたこと。義母とお姉さんに聞いたら、「メロンパンを買いたいから先に行ってくれ」と言われたことを知った。私は「買い物を頼まれたのに、車に戻ったら置き去りにされた」と伝えて、「今バスでアウトレットに向かっているから、意地でも合流してやる」と送った。夫からはひたすら謝られるけど、逆に私は楽しくなってきてしまった。バスは空いているし、一人旅みたいでなんだか面白い。
アウトレットに着いて夫に連絡すると、義母とお姉さんはもう買い物に出かけていて、夫と義父は遊園地で息子を遊ばせてくれていた。私が手を振ると、夫が駆け寄ってきて安心した顔を見せる。「よし、行こう」夫が私の手を取って、そのまま歩き出す。何が始まるのかとキョロキョロしていると、どうやら駐車場に向かっているようだ。車に着いて、夫はすぐにエンジンをかけた。「え、お母さんとお姉さんは?」私が言うと、夫は怒り出した。「二人は置いていく。」夫も義父も、今まで私たちが嫁いびりを受けていることに全く気づいていなかったけど、旅行の前に息子が「お母さんを置き去りにしようっておばあちゃんとお姉ちゃんが話してた」と教えてくれたらしい。正直な息子のおかげで、ようやく真実が伝わったのだ。義父も頭を下げて謝ってくれた。「それで、旅行で何かあった時にはこらしめてやろうと思ったんだ」と夫は言った。
旅館に着くと、通されたのは私たち家族の三人部屋と、義父の一人部屋だった。義父が最初に旅館に電話して、人数を変更してもらっていたのだ。義母たちがアウトレットで買い物をしている間に、義父はこっそり手を回していた。しかも、義母は最初から私の分の部屋を取っていなかった。嫁いびりが趣味みたいな人たちだから、これが最大の楽しみだったのだろう。私は今まで夫にも義父にも言わなかったから、今回もバレないと思ったに違いない。まあ、温泉でもゆっくり入って、嫌なことは忘れよう。湯船に浸かって一息ついた頃、義母から夫のスマホに着信が入った。「どこにいるの?」「買い物終わったから、温泉に向かうわよ」そんな留守電が何件も入っている。夫が電話に出ようとしたので、私が代わりに電話をして、スピーカーに切り替えた。「温泉気持ちよかったですよ」私が言うと、義母の声のトーンが一瞬で変わった。「水希さん、なんであなたが連さんの電話を持ってるのよ!」隣からは「は?なんで帰ってないの?」というお姉さんの声まで聞こえる。「帰ってないですよ。もうみんなで旅館に着きました。温泉最高ですよ」私が楽しそうに言うと、義母が激怒し始めた。「どうしてあなたがここにいるのよ!あなたの分の予約は取ってないわよ!今すぐ帰りなさい!」そこで私は言った。「私が帰ったところで、お母さんとお姉さんが止まるところはないですよ。さっきお父さんが人数を変更してくれたし。それに、お母さんが人数を変更していなかったことは、お父さんも把握しましたからね。嫁いびりも全部バレましたよ。」
義母はますますヒステリックに叫ぶ。「嫁いびりですって?嫁は黙って家に従うものでしょ!とにかく早く迎えに来なさいよ!」お姉さんも隣で口汚く罵ってくる。「あんたみたいな嫁なんていらないのよ!なんで旅行に嫁が来るわけ?」「それを言うなら、なんで家族旅行に離婚して出戻った姉がついてくるのよ」私はため息交じりに言った。「何を言ってくれても構いませんよ。この会話、お父さんも聞いてますから。」スピーカーにしているから、隣にいる夫と義父にも全部聞こえている。それを知らずに、義母もお姉さんも存分に自爆してくれた。慌てて言い訳を始める義母。その瞬間、義父が低い声で言った。「お前たち、何をしてたんだ。全部聞いたからな。そのまま二人で家に帰って荷物をまとめておけ。」義父は曲がったことが嫌いな人だから、影でこそこそ嫁いびりをしていた二人に怒り心頭だった。「家から追い出して反省させろ」とまで言っている。
私の中に、今までの怒りが込み上げてきた。「もう二度とお二人には関わりませんから。散々いびられましたけど、お母さんにはそっくりそのままお返ししますね。料理の手際が悪いのはお母さんの方だし、掃除ができていないのもお母さんの方ですよ。専業主婦なら、日中に遊び歩いてないで、もう少し家事をやったらどうですか?それに、浮気して離婚されたお姉さんに私は何も言われたくないです。しかも浮気相手にも捨てられて実家に戻るなんて、私には恥ずかしくてできませんね。」一気にまくし立てると、心の中がすっきりした。義母のことは常々そう思っていたし、お姉さんは「性格の不一致で離婚した」と私には言っていたけど、義父が教えてくれた真実を聞いて、ようやく納得できた。
最後に、夫がとどめを刺した。「これから、母さんと姉さんがいるところには、水希も凛も連れて行かないから。俺の家族はこの二人だし、嫁いびりをするような人たちには関わってほしくないから。」そう言って電話を切った。私たちは四人で、楽しい夜を過ごした。
旅行から帰ると、実家にいた義母とお姉さんは、荷物をまとめることすらせずに、アウトレットで買った商品を広げて満足そうに喋っていた。それに腹を立てた義父は「しばらく帰ってくるな」と二人を追い出した。しかも、義母はアウトレットで買い物をするために、口座から二十万もの現金を勝手に下ろしていたことが発覚。お姉さんも大量のブランド品を買っていて、「そんなものを買うお金があるなら、立て替えている浮気の慰謝料をさっさと払え」と、二人とも買い物したものを義父に取り上げられた。義父は離婚も視野に入れているようだ。義母とお姉さんは安いアパートで二人暮らしを始めたけど、フリーターのお姉さんの給料だけでは生活ができなくて、義母も初めてのパート勤めをしているらしい。私というストレス発散のターゲットがいなくなって、二人はよく言い争いをしているそうだ。
その間に、義父は家を売り払ったお金で、私たちの住む近くにマンションを購入した。前よりも会う機会が増えて、息子も大喜びしている。年末にはまた四人で家族旅行に行こうと言っているから、今から楽しみだ。
***
私の名前は水希。子育てをしながら働く三十八歳。息子が生まれてから専業主婦をしていたけど、小学校に上がるタイミングで元の職場に再雇用してもらい、在宅ワークを中心に働いている。息子も小学五年生になり、そろそろ仕事も次のステップを考え始めているところだ。夫は二つ年上の四十歳。結婚した時はやり手の営業マンだったけど、三年前に引き抜きの話に乗って転職した。ところが、上がるはずだった給料は下がり、待遇も前の会社よりひどく、残業ばかりの毎日だ。
私の実家は田舎で農家をやっていて、息子は小さい頃から畑仕事を見ていた。今では田舎に行くと、それを楽しそうに手伝っている。実家の両親は孫と一緒に畑仕事ができるのが相当嬉しいらしく、いつも張り切って教えてくれている。夫は都会育ちで田舎が嫌いだから、私の実家に行く時は「仕事が忙しい」と言って、わざと旅行の予定をずらす。今年も「一週間くらい田舎に行きたいんだけど」と聞くと、「仕事が忙しいからな」と断られた。まあ、義実家に一週間も泊まるなんて嫌だろう。でも息子は楽しみにしているから、私は今年も息子を連れて遊びに行った。
すると、夫から毎日のように連絡が来る。「俺の着替えどこ?」「ご飯って何食べればいいの?」そんなことばかりだ。着替えは洗濯しなくてもいいようにまとめて出してきたし、ご飯はレトルトや作り置きを冷凍してきたから、電子レンジさえ使えれば食べられるはずだ。いい大人なんだから、それが気に入らないなら外で食べればいい。そう言ってあったのに、毎日くだらないことで連絡が来る。家に帰ると、洗っていない洗濯物、出していないゴミが散らかっていた。「仕方ないだろう」と夫は言うけど、私は普段から仕事をして、息子の面倒も見て、家事もやっている。たった一週間、自分のことすら何もできないのはどうなのか。モヤモヤするけど、喧嘩になるのが目に見えているから、なかなか言い出せない。
それから一ヶ月ほど経った頃、息子が何かを考えるような様子をよく見せるようになった。寂しいのかなと思って聞いてみると、「おじいちゃんもおばあちゃんも、畑仕事が大変そうだよね。大丈夫かな?もっと簡単にできればいいのにね」と言う。祖父母の心配をしているのだと分かって、私は息子の成長を感じた。後日、用事があって久しぶりに会社に行くと、社長と雑談しているうちに息子の話になった。「この間、畑仕事をしている祖父母のことを心配していたんですよ」と話すと、社長が食いついてきた。どうやら、うちの会社の技術を農業にも活かせないかという新しいプロジェクトを立ち上げようとしているらしい。試験的に協力してくれる農家を探しているというので、私は早速両親に話を持ちかけ、私がサポートに入ることを条件に、実家が協力してくれることになった。
そこから私の生活は一変した。ただこなしているだけの仕事から、自分で考える仕事が増え、しかも実家の手伝いができるとあって、アイデアもどんどん広がっていく。今の私は、田舎に遊びに行きたいと言う息子と同じ目をしているだろう。これだ、と私は思った。私のやりたい仕事は、これだったんだ。その様子を見た夫が、何を勘違いしたのか不機嫌に聞いてきた。「お前、最近浮気でもしてるの?」あまりに突飛もない発言に、私は変な声が出てしまった。「仕事が楽しいだけだよ」と何度か説明したはずなのに、夫はいつも「はあ」と愛想がない。でも、今回は珍しく「へえ、お前農家になんの?」と見下した顔でニヤニヤしながら言ってきた。農家や田舎を見下す夫に苛立ちを覚えたけど、息子のためにも両親は揃っていた方がいいだろう。私は夫と別れるなんて考えたことはなかった。
それから数ヶ月、私は会社を辞めて独立することになった。やりたいことがどんどん増えてきて、会社と相談した結果、今の会社とは業務提携をする形で、私は独立する。前々から夫には話していたはずなのに、いざ会社を辞めるとなると、大事件が起こった。「お帰り。話してた通り、今日で退職したからね」仕事から帰ってきた夫に報告すると、夫は突然私を睨みつけた。「本当にやめたの?お前、ニートにでもなるの?」私は反論した。「誰が仕事を辞めるって言ったの?仕事をしないわけじゃなくて、独立するの。」すると夫は鼻で笑った。「独立なんて言い訳だろ。今までだって家でゴロゴロしながらパソコン開いて、仕事してたんだか遊んでたんだか分かったもんじゃない。独立だなんて言って、またパソコンで遊んで仕事した気になってるだけだろ。」あまりに失礼な物言いに、私は腹が立って反論した。「私はちゃんと仕事してるし、合間に家事もやってる。仕事も家事も育児も、手を抜いたことはないはずだけど。」「家にいるんだから、家事も育児も当たり前だろ。お前の仕事だよ。」私はその言葉にため息が出た。「だったら、あなたがちゃんと稼いでよ。転職してからの給料、今までより下がってるんだよ。今は私の方が稼いでるんだからね。」「でも辞めるんだろ。ニートじゃん。」夫はため息をついて、リビングを出ていってしまった。
話ができないから、喧嘩にもならない。明日になればまた普通に戻るかなと思っていると、夫が戻ってきて、テーブルの前で立ち止まった。「金がない嫁は要らない。これ、書いて離婚しろ。」どこから持ってきたのか、夫はテーブルの上に離婚届を置いた。私は一瞬戸惑ったけど、夫の行動に腹が立っていたので、それを受け入れた。「え、本当にいいのね?」夫は勝ち誇ったように笑った。「当たり前だろ。専業主婦のニートを養う義務なんかない。」ああ、そうですか。この人には何を言っても無駄だ。でも、息子がいるのだから、そんな簡単に離婚なんてできない。「息子はどうするの?」そう話すと、夫は笑い飛ばした。「お前が連れて行けよ。子育ては母親の仕事だからな。それにあいつ、俺に全然似てないじゃん。誰の子だよ。」私は耳を疑った。夫はだんだんと息子と遊ばなくなり、今では会話もほとんどしていなかったけど、まさかそんなことを言い出すとは思ってもみなかった。「どうしてそんなことが言えるの?あの子は間違いなく、あなたの子だからね。」「養育費逃れにそんなこと言ってんだろ。」私は侮辱されたような気がして、声を荒げた。「だったら、DNA鑑定でも何でもしてみなさいよ。その代わり、本当にあなたの息子だったらどうなるか分かってるんでしょうね。」「証明できたら、養育費でも何でも払ってやるよ。」
息子には苦労をかけたけど、新年度から転校することになった。私の実家に住ませてもらい、息子はそこの学校に通う。私の仕事はどこでもできるし、むしろ農業のIT化について調べたり研究したりするには、この環境の方が助かる。息子も畑仕事を手伝うのが楽しそうだ。私と息子が家を出る前、DNA鑑定の結果が出て、夫と息子の親子関係はもちろん立証された。これを踏まえて話をすれば、離婚なんて思いとどまってくれるかもしれない。息子も両親が揃っていた方がいいだろう。そう思って夫に話をしようとしていたけど、私の様子がいつもと違うことに気づいた息子が言った。「お父さんがいなくても平気だよ。」私は目を丸くして理由を聞くと、息子からとんでもない事実を打ち明けられた。夫が浮気をしているというのだ。友達と放課後に遊んでいたら、夫と若い女性が腕を組んで歩いているのを何度も見たという。どうやら田舎から帰った後、息子が考え込んでいたのは、夫の浮気を目撃したこともあったからのようだ。でも、私が悲しむと思ってなかなか言い出せなかったらしい。言われてみれば、夫に怪しい行動がなかったとは言い切れない。転職して以来帰りが遅くなったし、お風呂場にまでスマホを持っていくようになった。でも私はそれを普通に仕事しているだけだと思っていた。まさか夫が私に「浮気してるんじゃないの」と言ってきたのも、自分が浮気しているから出てきた発想だったんだ。
いても立ってもいられなくなって、恥を忍んでママ友に相談すると、彼女も夫が浮気相手らしき人といるところを見たことがあるという。しかも、その現場を思わずスマホで撮ってしまい、私に言うべきか考えていたらしい。浮気するならもっと別のところですればいいのに。夫は意外にも近所でデートを繰り返していたようだ。私は夫がお風呂に入っている隙に、洗面所に用事があるふりをしてスマホを確認すると、ちょうどいいタイミングで浮気相手らしき相手からメッセージが届いて、証拠を保存できた。部屋に捨てられていたレシートからも夫の行動範囲が分かり、浮気の証拠を集めるのはそう難しくなかった。
私は弁護士を通じて、浮気の慰謝料と養育費を請求した。すると案の定、夫から連絡が来て、あんなに嫌がっていた私の実家までわざわざ来た。「なんだよこれ。どういうことだよ。」玄関に出ていくと、夫は喚き始めた。「見れば分かるでしょう。慰謝料と養育費の請求額。あ、あとDNA鑑定の結果もね。親子関係が立証できたら養育費は払うって、自分で言ったよね。ちゃんと払ってよ。それに、そっちは身に覚えがあるでしょう。浮気の慰謝料。」私が冷静に言うと、夫は「浮気なんてしていない」と言い張る。私は夫が持っている封筒を奪い取り、中身を出した。「これが浮気の証拠だから、その慰謝料の請求分かるでしょ?あなたが私に浮気してるとか言ってきたけど、それって自分が浮気してたから出た発想だよね。しかも浮気相手って、前の会社の子じゃない。おまけに既婚者で、旦那さんはあなたの同僚だったそうじゃないの。転職したのもヘッドハンティングって自慢してたけど、浮気で居心地が悪くなって移っただけでしょ。残業だって言って浮気してるとは思わなかったわ。」夫は私を睨みつけて言った。「こんなの捏造だ。こんな写真、いくらでも作れるだろう。」私は笑ってしまった。「そうね。捏造はできるかもしれないけど、これは本物よ。だって、捏造写真を作るほど暇じゃないし。その証拠を押さえたのは、私だからね。」夫はなおも「捏造だ」と言い張るので、私は声を荒げた。「そりゃ、二度目の慰謝料請求なんて困るわよね。今の会社の給料、実はそんなに少なくなかったんじゃない?家計に入れられなかったのは、浮気の慰謝料を払ってたからなんでしょ。なんだかおかしいと思ってたのよ。浮気相手の元旦那さんから慰謝料を請求されて、私に黙って給料から払ってたんでしょ。そんなことしてたら、そりゃお金もなくなるわよね。」
夫が今回強気だったのは、本当に私が昔浮気をして、息子が自分の息子じゃないと思い込んだからのようだ。浮気相手が「本当に自分の息子?奥さん浮気してるんじゃないの」と夫を洗脳していたらしい。こんなことを言われたくらいで私を疑えるなら、やっぱり離婚するのが正解だろう。「とにかくもう離婚するから。すでに別居してるんだし、何の不都合もないでしょ。」夫がなんだか険しい顔をしたので、私は笑い飛ばしてやった。「ああ、不都合はあるかもね。今家の中は大変でしょ。洗濯機も使えないし、ゴミ出しの仕方も分かんないもんね。でも、ゴミ屋敷なんかにしたら追い出されるから、早く片付けなさいよ。私はそんなところに行きたくないから。もう二度とあの家に戻ることはないから。せいぜい、浮気相手と一緒に頑張って。あ、慰謝料と養育費は一括払いでね。分割で踏み倒されるのも嫌だから。」「おい、待ってくれよ。」夫は絶望したような顔で声を上げていたけど、誰も相手にしないと分かると、ぼとぼとと駐車場に戻っていった。息子との親子関係が証明されたことに、意外とショックを受けていたらしい。
その後、夫との離婚は無事に成立。慰謝料と養育費は一括で払ってもらい、夫は貯金を崩して払えなかったので、知人に借金をしたそうだ。浮気相手にも慰謝料を請求したところ、元夫と浮気相手は仲違い。浮気相手は「どうして私が慰謝料を払うんだ」と喚いていたようだけど、人様の夫と浮気をしたんだから当たり前だ。私たちが住んでいたマンションは家賃が払えなくなって退去し、今は浮気相手とボロアパートに引っ越したそうだ。浮気相手はそのアパートも気に入らないらしいけど、行く当てもなく仕方なく同居しているらしい。
私は仕事もすっかり軌道に乗り、毎日楽しく過ごしている。IT関係の仕事に就いた時、こんな未来が来るなんて全く思っていなかった。だけど、私が勉強してきたことが実家の農業の役に立っているなんて、夢のようだ。IT化によって畑での作業時間が減り、両親は体力的にも負担が少なくなったと喜んでいる。息子は中学に入り、馴染めるか心配していたけど、今日も元気に学校に向かった。息子のお気に入りの場所は畑のままだけど、私の仕事にも興味を示していて、最近では「パソコンを教えて」と言い始めた。親バカだと思うけど、将来が楽しみだ。



