私は58歳の平凡な母。息子の結婚相手の家族に初めて会った日、「貧乏人に高い料理は不要だ」と私に向かって言い放たれた。夫を早くに亡くし、一人で息子を育ててきた私への、容赦ない侮辱の数々。さらに彼らは、私のことを「詐欺師」だと近所に吹聴し、息子の職場にまで嫌がらせの電話をかけてきた。息子を守るため、私は静かに立ち上がることを決意した。たかし、見守っててね。あの三人を、地獄に落としてやるから。…
「身の丈にあった生活ってものがあるからな。貧乏人に高い料理は不要だ」 目の前で、息子の婚約者の家族が私を「貧乏人」と罵った。せいやの顔が強張るのが視界の端に見える。婚約者であるナツキは俯いて唇を噛んでいるが、前髪の隙間から自分の家族を睨みつけていた。 私は水を一口飲んでから、静かに口を開いた。 「貧乏人って、どなたのことでしょう?」 一瞬、場の空気が止まった。下品な笑い声が途切れ、三人がこちらをまじまじと見る。私は表情を動かさずに、ナツキの父親である幸介を視界に収めた。 「はあ? 何言ってんだ。お前だよ」 幸介の返答をきっかけに、三人は再び楽しそうな声をあげる。 地獄に落としてやろう――。 心の中で呟いた物騒な言葉は、私の中では最も正確な表現だった。 私の名前は織田リナ。58歳の兼業主婦だ。地方都市の出身で、特別裕福でも貧しくもないごく普通の家で育った。両親は共働きで、私の質素な生活は堅実な両親から受け継がれたものだ。特に母は家庭の事情でお金に困った経験があり、節約を美徳としていた。 「お金は手段であって目的とは違うわ。一生懸命働いて稼ぐのは悪いことではない。でも、お金を得るために必死になりすぎて、手段が目的にならないように気をつけなさいね」 まだ子供だった私は、母の言うことの半分も理解できていなかったと思う。しかし、この考えは大人になった今も深く根付いている。 都心の大学に進学後、都内の投資会社に入社。両親の教育のおかげで、小さい頃から数字には強かった。入社後、資料作成や分析業務などで着実に評価を積み上げ、28歳になる頃には周りから頼られることも増えていた。夫のたかしと出会ったのはこの時期だ。いつまでも彼氏ができない私を心配した友人が、知り合いのたかしを紹介してくれた。彼は自身の利益より周りを優先するタイプで、穏やかで誠実な男性だった。同じ年代ということもあり話が合い、出会って1ヶ月後にはたかしから告白されてお付き合いを始めた。 「私は男性に人気がないタイプだけど、あなたはそうじゃないわ。こんなにいい人なのに、なんで彼女がいなかったの?」 すると彼は笑いながらこう答えた。 「リナはとても魅力的な女性だよ。俺に彼女がいなかったのは、単純に仕事が忙しすぎたんだ。1年前まで付き合ってた彼女に『私と仕事どっちが大切なの』って迫られて、結局別れたんだ」 以来、なんとなく一人身で過ごしていたらしい。そんな時に私と出会い、仕事も落ち着いたタイミングだったので交際を決めたとのことだった。 私たちは順調に関係を進め、28歳の時に結婚。私が30歳の誕生日を迎えた直後、息子のせいやを出産した。私は一時休職を取得し、子育ての傍らで個人的に投資の勉強をしていた。投資の世界は日進月歩だ。次々と新しい産業が生まれ、情勢は日々変化している。会社を離れていても取り残されないように、私は一生懸命勉強に励んだ。もちろん育児と家事も手を抜かない。頑張りすぎて倒れそうになった時は、さすがにたかしに怒られたけれど、彼の協力もありなんとか大変な時期を乗り越えていった。 せいやはスクスクと成長していく。 「いつかせいやがお嫁さんを連れてくる日が楽しみだな」 小学校2年生になったばかりのせいやを膝の上に乗せ、たかしが楽しそうに呟いた。 「ったら、気が早すぎるわよ」 「そうかな?」 「僕、まだ結婚なんかしないよ」 三人で顔を見合わせ笑い声を上げる。私はこの世で一番幸せだと心の底から思った。 しかし、楽しい毎日は突然終わりを告げる。この年の秋、たかしが突然亡くなってしまったのだ。享年38歳。あまりにも急すぎる別れに、私は毎日泣いて過ごしていた。せいやも最初は落ち込んでいたが、私があまりにも悲しんでいたからだろうか。 「俺がママを守るからね」 自宅の仏壇の前で泣いていると、せいやが私の手をギュッと握る。まだ小さいのに、彼の瞳はとても力強かった。 「せいや、ありがとう。じゃあ、せいやの言葉に甘えて、ママもせいやを守るね。お互い守り合っていこう」 優しくせいやを抱きしめる。もし彼がいなかったら、私はずっと悲しみに暮れていただろう。 この日から私は前を向いて歩き出す。仕事をしながらせいやの子育てにも全力で取り組んだ。せいやも自分にできることを頑張ってくれた。簡単な家事をして私をサポートしたり、勉強に一生懸命取り組んだり。ある日、満点のテストを手に帰宅したせいやは、嬉しそうにニコニコと笑っていた。高校は県内で一番偏差値の高い学校に進学し、大学も都内の高偏差値の学校に合格。優秀な成績を納め、大手不動産会社に入社した。 「母さん、本当に一人で大丈夫?」 玄関先で心配そうな顔をして立っているのは、25歳になったせいやだ。彼は今日、一人暮らしを始めるため長年住んだ家を出ていく。すでに荷物は引っ越し先のアパートに運んであるので、手荷物一つを持って向かうだけだ。しかしせいやはいつまで立っても新居へ向かおうとしない。この家に一人残る私を心配しているのだ。 「母さん、仕事や人前ではちゃんとできるけど、プライベートは抜けてるからな」 「ちょっと聞き捨てならないわね」 せいやの肩を小突く。彼は笑顔を浮かべ、それから私をまっすぐ見つめた。 「何かあったらすぐ連絡してね。いい?」 「もちろんよ。ていうか、あなたの引っ越し先のアパート、ここからそんなに遠くないし」 道が渋滞していなければ車で20分程度の距離だ。お互いすぐ駆けつけられる場所にある。 「ほら、早く行きなさい」 「分かったよ。あ、来週末は帰るから」 「はいはい。待ってるわね」 寂しい気持ちは表に出さないようにしてせいやを見送った。この家で一人で暮らすのは初めてだ。静かすぎて落ち着かない。 最初は寂しい毎日だったが、時が過ぎれば自然と慣れていく。一人暮らしもすっかり板に着いた頃、自宅でのんびりしていたところ、28歳になったせいやから電話がかかってきた。 「あのさ、母さん、紹介したい人がいるんだけど」 少し恥ずかしそうな声にピンと来る。おそらく彼は結婚相手を連れてくるのだろう。 「もちろんいいわよ。週末はいつでも暇だから」 「あ、ありがとう。じゃあ来週はどう?」 「いいわね。美味しいお菓子とお茶を用意して待ってるわ」 電話を切った後、急いで仏壇へ向かう。自宅で一番日当たりのいい和室だ。柔らかな日差しに照らされ、家の中のたかしが笑顔を浮かべている。 「大変よ、たかし。せいやが彼女を連れてくるわ。あなたもいてくれたらよかったのに」 もし彼が生きていたら、踊り出すくらいの勢いで喜んだだろう。慌てふためいているたかしを想像して、思わず吹き出してしまった。 一週間後、せいやが連れてきたのは優しそうな女性だった。 「は、初めまして。川野のナツキと言います」 … Read more