私は六十八歳、生まれたばかりの孫を初めて抱かせてもらえたその日の帰り際、突然、嫁から「お母さん、はっきり申し上げますが、今後一切この子には合わせません」と言われました。息子までもが「今日が最後だと思ってください」と冷たい視線を向けてきたのです。その理由を聞いて、私はもっと深く傷つきました。「あなたの教育は時代遅れです」と。でも、本当の理由はもっと残酷でした。一週間後、彼らの本音を偶然聞いてし…
「孫に近づかないで」 その冷たい言葉が病院の廊下に響いた瞬間、全身の血の気が引いていくのがわかりました。生まれたばかりの初孫をやっと抱かせてもらえた喜びに包まれていた矢先のことでした。小さくて温かい命の重みを腕に感じながら、これからの幸せな日々を想像していた私の心は、一瞬にして凍りつきました。 「お母さん、はっきり申し上げます。今後、一切この子には合わせません」 嫁の里美の表情はまるで氷のように冷たく、そこには一片の情けも感じられませんでした。 「そうだよ、母さん。僕たちはもう実家には帰らないから。今日が最後だと思ってください」 愛情を注いで育てた我が子、慎司が妻の隣で同じように冷たい目をしていました。病室のドアが閉まる音が、まるで私の人生に終止符を打つような重い響きとなって、胸の奥深くに突き刺さりました。どうして、なぜという疑問だけが頭の中をぐるぐると回り続けていました。 その理由を聞いて、私は自分の耳を疑いました。 「お母さんのような時代遅れの教育観を持った人に、大切な子供を任せるわけにはいきません。40年以上前の古い指導方法しか知らない人に何ができるって言うんですか?体罰なんて教育、今の時代には通用しませんから」 体罰、ですか。私は一度も生徒に手を上げたことなどありません。むしろ一人ひとりの個性を大切にし、寄り添う教育を心がけてきたはずです。 「母さんの教え子たちが今どうなってるか知ってる?みんな時代についていけない、融通のきかない大人になってるよ」 慎司の追い打ちの言葉に、私は言葉を失いました。卒業後も感謝の手紙をくれる教え子たち。今でも街で会えば笑顔で手を振ってくれる彼らの顔が、次々と脳裏に浮かんできます。 「私たちの子供を、そんな時代遅れの犠牲者にはさせません」 二人の侮辱的な言葉の数々に、私の誇りはズタズタに引き裂かれていきました。長年築き上げてきた教育者としての自信が、音を立てて崩れ落ちていくのを感じました。 しかし、本当の理由はもっと残酷なものでした。 あの屈辱的な日から一週間後、私は偶然にも彼らの本音を知ることになったのです。それは里美の実家で行われた食事会でのことでした。私は招待されていませんでしたが、近所の用事で偶然その近くを通りかかり、開いていた窓から聞こえてきた会話に足を止めてしまったのです。 「本当に残念だったわ。お母さんからもっとお金を引き出せると思っていたのに」 里美の声でした。私は息を潜めて植え込みの影に身を隠しました。 「教師の退職金なんて高が知れてるものね。せいぜい二千万円程度でしょう」 里美の母らしき声が続きます。 「そうなんです、お母様。あんなに長く働いていたのに、本当にがっかりです。マイホームの頭金にもならないじゃないですか」 「でも、さとみちゃんには秘策があるんでしょう?」 「ええ、もちろんです。孫の顔を見せないって言えば、必ず折れてきますから。そうしたら毎月の養育費という名目でお金を巻き上げればいいんです」 私の心臓は激しく脈打ち始めました。まさか孫を人質にして、私から金を絞り取ろうとしているなんて。 「慎司さんもその計画に賛成なの?」 「もちろんですよ。最初は渋ってましたけど、お母さんの貯金を考えたらこれくらい当然でしょ、って言ったらすぐに納得しました」 慎司の名前が出てきたことで、私の怒りは頂点に達しました。しかし、さらに衝撃的な言葉が続いたのです。 「実は昨日、慎司が面白いことを言ってたんです。母さん、貯金が趣味だったから、結構な資産があるかもしれない、って」 「あら、それは期待できそうね」 「でしょう?だから、もっと強気に出させるんです。孫に会いたいなら、ずいぶんこれくらいは援助してもらわないと、って感じで」 私は震える手で壁によりかかりました。四十二年、朝から晩まで生徒たちのために働き、息子の教育費を捻出するために自分の欲しいものも我慢してきた日々。それがこんな形で報われるなんて。 「でも、お母さんが本当にお金を出すかしら」 「大丈夫です。あの人、息子と孫には甘いですから。私たちが生活が苦しいって言えば、必ず助けてくれます」 「賢いわね、さとみちゃん。でもあまり絞り取りすぎないようにね。長く続けることが大切よ」 「分かってます。月十万円くらいから始めて、徐々に増やしていけばいいんです。物価が上がったとか、教育費がかかるとか、理由はいくらでも作れますから」 吐き気が込み上げてきました。私は必死にその場を立ち去ろうとしましたが、次の慎司の言葉に釘付けになってしまいました。 「母さんには本当に申し訳ないけど、これも家族のためだから。それに母さんだって、孫の顔が見られるなら喜んでお金を出すでしょ」 慎司の声には罪悪感のかけらも感じられませんでした。 「そうよ、慎司。親なんて子供のためなら何でもするものよ。それを利用しない手はないわ」 「里美の言う通りだ。母さんの貯金なんて、どうせ使い道もないんだから。僕たちが有効活用してあげればいい」 私はもう聞いていられませんでした。よろよろとその場を離れ、公園のベンチに座り込みました。涙が止まりませんでした。悔しさと怒り、そして深い悲しみが胸の奥から溢れ出してきたのです。 あの子たちは私のことを、単なる金ヅルとしか見ていなかった。孫という、この世で最も尊い存在を金儲けの道具にしようとしていた。こんな残酷な裏切りがあるでしょうか。 夕暮れの公園で、私は静かに決意を固めました。 もう、あの子たちの思い通りにはさせない。私には私の人生がある。そして誰も知らない切り札もあるのです。 その夜、私は自宅の書斎で泣き、夫が残してくれた古い金庫を開けました。三年前に他界した夫は、生前「いざという時のために」と言って、この金庫の暗証番号を私にだけ教えてくれていました。しかし今日まで一度も開けたことはありませんでした。夫への思い出が詰まりすぎていて、触れることができなかったのです。 鍵を開けると、そこには数冊の通帳と一通の封筒が入っていました。震える手で封筒を開けると、夫の懐かしい文字が目に飛び込んできました。 「サチコへ。君がこれを読んでいるということは、何か困ったことがあったのだろう。実は私には、君にも内緒にしていた財産がある。父から相続した土地が、今では相当な価値になっているはずだ。詳しくは同封の書類を見てほしい。君の幸せのために使ってくれ」 涙で文字がにじみました。夫は最後まで私のことを考えてくれていたのです。 同封されていた不動産の権利書を確認すると、そこには東京都内の一等地が記されていました。さらに信託銀行からの評価書も入っており、現在の評価額はなんと十億円を超えていました。 私は何度も数字を見直しました。間違いありません。夫の実家が所有していた土地が、都市開発によって莫大な価値になっていたのです。しかも、全て私の名義になっていました。 「まさか…」 声が震えました。教師としての給料でコツコツと貯めてきた退職金など比べ物にならない金額です。そしてこのことは誰も知りません。息子の慎司にも、もちろん里美にも。 書類の中には海外の不動産投資の案内も入っていました。夫は生前、定年後は海外でのんびり暮らしたいとよく言っていました。その夢を私一人でも叶えることができる。いや、むしろ一人の方が自由でいいかもしれません。 私は立ち上がり、窓の外を見つめました。月明かりが静かに庭を照らしています。長年この家で家族のために尽くしてきました。朝五時に起きて弁当を作り、夜遅くまで家事をこなし、休日も息子の世話に明け暮れました。でも、それも今日で終わりです。 私は微笑みました。それは悲しみの微笑みではありません。新しい人生への期待に満ちた、解放の微笑みでした。 翌日から、私は静かに準備を始めました。まず信頼できる弁護士に連絡を取り、財産の整理を依頼しました。驚いたことに、土地以外にも夫が残してくれた株式や債券があり、総資産は十二億円近くになることが判明しました。 … Read more