「毎月たった200円じゃ食べていけないのよ。」…
母が万引きで捕まったと電話がかかってきた。驚きつつも私はすぐに駆けつけ、盗もうとした商品の代金を支払ってその場を収めた。しかし、母が万引きをする理由が分からなかった。 「食べるものがないのよ。」 「え? どういうこと? 毎月20万円送ってるのに。」 母は私からの仕送りを毎月200円しか受け取っていないと言う。そんな話があるだろうか。 「お母さんの通帳は誰が管理してるの?」 「みな子さんに預けてるわ。彼女は献身的に私の世話をしてくれて、お金の管理もきっちりしてるから安心でしょ。」 母は兄嫁のみな子を完全に信用していた。私の主張を嘘だと決めつけるほどに。 信じないなら自分の目で確かめさせるしかない。私は母を銀行へ連れて行き、入出金の記録を確認させた。そこには私が毎月20万円を送金した事実と、送金されたその日のうちに同額が引き出されている記録があった。 私は相葉花江、36歳の会社員だ。幼い頃から4つ年上の兄・一兵と比較されて生きてきた。一兵は成績優秀で運動神経も抜群。両親は兄をできた子だと褒めちぎり、私には「お兄ちゃんを見習いなさい」と言うばかりだった。 私は褒められたくて勉強を頑張った。いい点数を取っても両親は褒めてくれなかったけど。 一兵は自分が特別扱いされているのを分かっていて、いつも傲慢な態度を取った。食事の時間は最悪で、私の分まで平気で食べてしまう。抗議すれば「悔しかったら俺よりいい成績を取ってみろ」と嘲笑されるだけだった。 早く自立したい。高校を卒業したら一人暮らしをしようと決めていた。しかし中学2年の頃、両親は私に高校の授業料を出さないと宣告した。 「理由はお前が私たちの思う高校に入れないからだ。」 母の言う高校には私の学力では届かなかった。それでも高校に行きたくて1年間必死に勉強したが、結果は不合格。地元の公立高校に通うことになったが、両親は「約束だから」と授業料の支払いを拒否した。 私は入学早々、コンビニの早朝バイトを始め、放課後はまっすぐバイトへ向かった。友達と遊ぶ時間も、高校生活を楽しむ余裕もなかった。大学に行くことなど当然できず、卒業してすぐに地元企業へ就職した。 一兵は有名私立大学を卒業後、大手企業に入り、相変わらず私を見下してきた。私はがむしゃらに働き、就職して半年で実家を出て一人暮らしを始めた。誰にも邪魔されず、自分らしくいられる空間をやっと手に入れた。 それからは平穏な日々が流れた。仕事では業績が認められ、管理職にも昇進できた。 そんなある日、プロジェクトの会議に社長が現れた。隣には私と歳の変わらない青年が立っている。 「明日からうちの息子の孝太郎が一緒に働く。」 「孝太郎と言います。この会社のことを知るため、平社員から頑張ります。」 孝太郎はアメリカの大学を卒業し、経営学を学んだ後、父である社長に呼び戻されて事業を手伝うことになったらしい。ゆくゆくは社長になるために現場の仕事を学びたいと自ら志願して平社員として入社した。 翌日から孝太郎が私のプロジェクトに加わった。社長の息子とは思えないほど腰が低く、雑用まで率先してやってくれた。 「社長のご子息なんですから、もっと偉そうにしても誰も文句言いませんよ。」 「僕はそういう人が苦手なんです。父が社長でも、それは僕の実力じゃない。実力で評価されたいんです。」 その言葉に感心してしまった。孝太郎はアメリカ仕込みのアイデアを出しながら私を支えてくれて、プロジェクトは大成功を収めた。プロジェクトが終わった後も誠実に働く孝太郎に、私はいつしか恋心を抱くようになっていた。しかし相手は社長の息子。高卒の私など相手にしてもらえるはずがない。淡い片思いだと諦めていた。 ある日、仕事のトラブルで私は一人残業をしていた。そこに帰ったはずの孝太郎が現れた。 「お疲れ様です。コーヒーで一息つきませんか?」 「ありがとう。でも、どうして?」 「こんなことがなければ早苗さんと二人で話すことなんてできませんから。」 まさか、孝太郎が私に興味があるのだろうか。休憩室でコーヒーを飲みながら話していると、孝太郎が突然聞いてきた。 「今、交際されてる彼氏はいますか?」 思わずコーヒーを詰まらせてしまった。 「すみません。不躾でしたね。でも、僕は個人的に早苗さんに興味があるんです。」 孝太郎はまっすぐ私を見つめ、交際を申し込んできた。 「私なんか社長のご子息にはふさわしくないわ。」 「そんなこと気にしないでください。僕は僕がいいと思った人と一緒になります。」 私は自分の気持ちを伝えた。 「実は私も前から孝太郎さんのことが好きだったわ。だけど本当に私でいいの?」 「早苗さんがいいんです。」 お互いの気持ちを確かめ合い、私たちは交際を始めた。孝太郎はプライベートでも私を大切にしてくれた。2年ほど交際した後、私たちは結婚した。社長も祝福してくれ、孝太郎に自身が経営する別会社の社長を譲ることにした。 地元の中小企業向けにオフィス機器や事務用品の販売・メンテナンスを行う会社だったが、業績は伸び悩んでいた。 「今の孝太郎なら新しいアイデアでまだまだ伸ばせるだろう。さなえさんも一緒に会社を盛り立ててくれ。」 社長の支援もあり、孝太郎の会社は次々に新しいサービスを開始し、業績は右肩上がりに伸びていった。結婚生活は順風満帆だった。孝太郎と結婚してよかった。心からそう思えた。 結婚して1年が過ぎた頃、見知らぬ番号から電話がかかってきた。何度かコールがあった後、出てみると救急病院からの電話だった。母が家の中で倒れて足を骨折したという。入院の手続きがあるから病院に来てほしいと言われた。 あれほど私を邪険に扱ってきた母のために私が動く必要があるのだろうか。しかし一兵には連絡が取れず、数年前に父も亡くなっていたため、代わりに病院へ行ってくれる人はいなかった。仕方なく私は病院へ向かった。 「なんだ、早苗が来たのかい。」 母は私の顔を見るなり残念そうに呟いた。一兵に来てほしかったのだろう。わざわざ足を運んだ人間に感謝も言えないのかと呆れてしまった。 入院中の2週間、母は毎日のように電話をかけてきては「あれを持ってこい、これを持ってこい」と注文を付けてきた。一兵は仕事が忙しいらしく病院には来ない。一兵の妻・みな子は専業主婦のはずなのに、母は「一兵たちに迷惑をかけられない」と私にばかり要求してきた。 退院後、しばらくしてまた母から電話があった。一兵夫婦が足の悪い母を心配して同居してくれることになったという。母は上機嫌だった。 「いたれりつくせりよ。おとといの誰かさんは退院したばかりの私を置いてさっさと帰っていったっていうのに、一兵たちは違うわね。」 嫌味を言いたいらしい。うんざりして電話を切った。 一兵たちが同居するなら、もう母から連絡が来ることもないだろう。そう思っていたが、1ヶ月ほどして今度は一兵から電話がかかってきた。 「実は相談があるんだ。勤めていた会社が倒産した。」 … Read more