「定食屋のお弁当で口説くつもり?」
グラスを傾けながら彼女は笑った。釣られて周りの女性たちもクスクスと笑う。夜景の見える個室ラウンジのテーブルの上に、俺の持ってきた風呂敷包みの弁当だけが場違いに置かれていた。出し巻き卵と鮭のほぐし身とキンピラと梅干と小さな塩結びの弁当。物ですらない。店のあまり物で作った手抜き弁当だ。
俺は言い返さなかった。言い返す言葉もなかった。高級なスーツを着た男たちと宝石を光らせた令嬢たちの中で、作業着のジャケットを着た俺だけが浮いている。やっぱり間違いだったな。早く時間が過ぎてくれ。そう思いながらグラスの水を飲んだ時だった。
「いただいてもいいですか?」
遠慮がちな小さな声だった。テーブルの橋に座っていた一人の女性がまっすぐに弁当を見ていた。彼女は箸を取り、出し巻き卵を一口食べて動かなくなった。そしてその目から涙がこぼれ落ちた。
「この味…やっと会えました」
笑っていた令嬢たちが凍りつく。箸を持ったまま泣く彼女から、俺は目が離せなくなっていた。この夜の一粒の涙が、止まっていた俺の人生をもう一度動かすことになるなんて、この時はまだ知らなかった。
俺の名前は相馬、33歳。町外れの古びた定食屋「二葉食堂」で料理人をしている。朝は市場へ仕入れに行き、昼と夜の営業をこなし、閉店後に仕込みをして帰る。給料は多くないが、腹を空かせた客が「うまい」と言って帰っていく。それだけの毎日だ。
ただ、俺には周りに話していないことが一つある。3年前まで、俺は銀座に自分の高級レストランを構えていた。雑誌に載り、テレビに出ないかと言われ、世界的な料理コンクールで賞ももらった。世間では少しだけ名の知れた料理人だった。
その全部を捨てて、俺はこの街外れの定食屋に流れ着いた。家族はいない。母は俺が高校を出る前にいなくなり、父の顔は覚えていない。結婚もしていない。俺の持ち物といえば、使い込んだ包丁が数本と古い銅の卵焼き鍋が一つ。それだけだ。
なぜ全部を捨てたのか。それを話すには、少し長い話をしなければならない。俺という人間の一番古い場所から、順番に話させてほしい。
二葉食堂は駅から歩いて15分。商店街の外れの角にある。狭い古い店で、カウンターに7席と4人掛けのテーブルが3つ。壁のメニューは日に焼けて、値段のところだけ何度も書き直した後がある。店は大将の二葉さん、68歳。この場所で40年食堂をやってきた人だ。
俺がこの店で働き始めたのは3年前になる。あの頃の俺は住む場所も決めず、安いビジネスホテルを転々としながら、ただ知らない町を歩いていた。包丁は鞄の底に入れたまま、一度も出さなかった。ある日の昼、腹が減ってたまたま暖簾をくぐったのが二葉食堂だった。生姜焼き定食を頼んだ。飯は大盛りだった。頼んでいないのに味噌汁には芋がゴロゴロ入っていて、小鉢が2つついていた。
「兄ちゃん、顔色が悪いよ。ちゃんと食ってるかい?」
大将は俺の顔を見てそう言った。俺は曖昧に笑って生姜焼きを口に運んだ。うまかった。特別な肉でも特別なタレでもない。それなのに体の芯まで届く味だった。気がつくと飯を3回お代わりして、俺は箸を置いたまましばらく動けなかった。大将は何も聞かなかった。ただ帰り際にこう言った。
「明日も来な。明日は朝丼の味噌煮だ」
次の日も俺は行った。その次の日も行った。1週間通った頃、洗い物の山を見かねて、気づけば俺は勝手に袖をまくって流しに立っていた。
「おお、手際がいいな。兄ちゃん、料理やってたのか?」
「昔、少しだけ」
「そうかい。じゃあ明日から来てくれ。うち人手が足りねえんだ」
履歴書も出していないのに、それで採用だった。後になって知ったが、人手が足りないというのは嘘だった。大将は40年この店を回し続けてきた人だ。女将のとめ子さんは7年前に亡くなっている。店の神棚の横に、優しそうに笑う写真が飾ってある。大将は毎朝その写真の前に湯飲みを置いてから仕込みを始める。
「うちのは口うるさくてなあ。味が濃いだの、皿が熱いだの。いなくなってみると、あの小言が一番の調味料だったよ」
そう言って大将は笑う。笑ってから少しだけ黙る。俺はその横で大根を刻む。それが二葉食堂の朝だった。
朝の仕入れは週の半分は俺の仕事だ。市場の連中とも3年で随分顔馴染みになった。魚屋の親父は「二葉の兄ちゃん」と俺を呼ぶ。八百屋のおばちゃんは形の悪い野菜を「これも持っていきな」と袋に押し込んでくれる。
「曲がったキュウリだって味は一緒だよ。うちで売れないだけ」
「助かるよ。朝漬けにする」
「あんたんとこの朝漬け、うちの店の自慢にしていいかい?」
「どうぞ、看板に書いといて」
こういうやり取りが俺は好きだ。銀座の頃、俺は最高級の食材を電話一本で仕入れていた。あの頃の食材は美しかったが顔がなかった。今はキュウリ一本に顔がある。
店の昼は戦場だ。11時半を過ぎると暖簾が休みなく開く。近くの工場の連中、周りのサラリーマン、年金暮らしのじいさんばあさん。大将が焼き場に立ち、俺が揚げ物と煮物を回す。狭い厨房で40年選手と3年選手の肘がぶつかる。
「相馬、サバ味噌あと2つで終わりだ」
「あいよ」
「生姜焼きに切り替えで」
「お、お前、その返事もだいぶ板についてきたなあ」
大将は時々思い出したように笑う。何がおかしいのかは教えてくれない。
常連は多くないが、顔ぶれは決まっている。夜勤明けに寄ってくれる看護師の早苗さん。30代半ばでいつもカウンターの橋に座り、味噌汁を両手で包み込むように持って飲む。
「ここの味噌汁を飲むとね。ああ、今日も生きて帰ってきたなって思うんです」
夕方に来る高校3年生のユウト。母親と2人暮らしで、母親は夜も働いている。ユウトは大盛りの唐揚げ定食を10分で平らげて、隅の席で参考書を広げる。大将は閉店まで追い出さない。むしろ勝手に麦茶を継ぎ足しに行く。
ユウトが初めて店に来た日のことはよく覚えている。去年の春、制服のまま入ってきて、壁の品書きを見ながら財布の中を数えて一番安いかけそばを頼んだ。育ち盛りの男子高校生の腹が、かけそば一杯で足りるはずがない。大将は「今日は唐揚げを上げすぎた」と言って、山盛りの唐揚げを黙って隣に置いた。ユウトは俯いたまま「いただきます」と小さく言って綺麗に食べた。それからユウトは金のある日は定食を、ない日はかけそばを頼む。かけそばの日は、なぜかいつも唐揚げが上がりすぎる。この店はそういう店だ。
それから、近くの現場で働く道路工事の班長の熊さん。声が大きくて、若い連中を5人も6人も連れてくる。
「ここの飯はよ、任せられねえんだ。働く人間はそれが一番よくわかるんだよ」
俺はこの店が好きだった。うまい飯と、それを食う人の顔がちゃんと向い合っている。作る側と食う側の間に、余計なものが何も挟まっていない。ここには、俺が一度見失ったものが当たり前の顔をして転がっていた。
俺には毎晩の習慣がある。閉店後、その日の残りで弁当を2つか3つ作る。出し巻き卵と焼き魚のほぐし身とキンピラと梅干と小さなおにぎり。それを店先の縁台の上の木箱に入れて帰る。木箱には手書きの札を下げてある。「ご自由にどうぞ」の一言と、その下に小さく一言。俺の昔からの合言葉を添えてある。
誰が持っていくのかは知らない。朝になると箱は空になっていて、たまに空の弁当箱が洗って返してある。「ご馳走様」と書かれた紙切れが入っていたこともある。大将は最初この木箱を見て何か言いたそうにしたが、結局何も言わず、次の日から残り物を多めに取っておいてくれるようになった。この習慣は、二葉食堂に来てから3年間、雨の日も続けている。
始めたきっかけは働き出して1ヶ月ほど経った頃のことだ。閉店後にゴミを出しに出たら、店の裏の自販機の前に若い母親が小さな子供を連れて立っていた。母親は自販機の下の取り出し口に手を入れて、釣り銭の取り忘れを探していた。俺と目が合うと、母親は弾かれたように子供の手を引いて行ってしまった。その後ろ姿が、遠い日の母と俺に見えた。次の日の夜から、俺は残り物で弁当を作り縁台に置くようになった。最初の弁当は3日間誰にも持っていかれなかった。4日目の朝、箱が空になっていた。それだけのことが、あの朝の俺にはたまらなく嬉しかった。
なぜそんなことをするのか?理由は俺の一番古い場所にある。俺の実家は貧しかった。父は小さい頃に出ていき、母は工場で働きながら俺を育ててくれた。その母も、俺が高校を出る少し前に病気で亡くなった。天涯孤独というやつだ。進学する金はなく、俺は住み込みで働ける場所を探した。拾ってくれたのが下町の食堂「春や」の大将、春山哲さんだった。
厳しい人だった。挨拶の声が小さいと叱られ、鍋の置き方一つで叱られた。それでも哲さんは、飯だけは山盛りに食わせてくれた。
「いいか相馬。料理人の腕ってのはな、一番腹を減らした人に出す一皿で決まるんだ」
それが哲さんの口癖だった。俺はその店で18歳から2年間、皿を洗い、大根を刻み、出し巻き卵を巻き続けた。出し巻きは春やの看板だった。哲さんの出し巻きは少しだけ甘い。砂糖をほんのひとつまみ、それに醤油を効かせた出汁。
「甘みってのは、疲れた人間の背中をさするようなもんだ」
哲さんはそう言った。俺が初めて任せてもらった時はひどいものだった。破れて焦げて、巻き簾の上でボロボロに崩れた。捨てようとしたら原骨が飛んできた。
「バカ野郎。失敗した飯を捨てる料理人に、成功した飯が作れるか」
哲さんは崩れた出し巻きを皿に乗せ、大根おろしをかけて自分で全部食った。そして「明日も負け」とだけ言った。俺は100本巻いて100本目でようやく「及第点」をもらった。あの日の「及第点」は、後にどんな星やメダルをもらった時より腹の底が熱くなった。俺が今も毎晩巻いている出し巻き卵は、あの店の味だ。使っている銅の卵焼き鍋も、哲さんが俺にくれたものだ。持ち手が汗を吸って黒くなった、古い古い鍋。俺の荷物の中で、包丁と一緒に捨てられなかった数少ないものだった。
15年前の話をしよう。俺が18歳で春やで働き始めて半年ほど経った頃のことだ。春やは下町の駅から3分の路地にある、カウンター8席と小上がりだけの店だった。客は市場の連中とタクシーの運転手と近所のじいさんばあさん。品書きには焼き魚と出し巻きと煮物、それに日替わりが一つ。哲さんのお園さんが長く座り、常連の湯飲みの置き場所まで全部覚えていた。俺の1日は朝5時の掃除から始まって夜10時の仕舞いまで終わる。床を磨き、鍋を磨き、仕込みの番をして、箸を巻きに行く。休みは月に2日。きつかったが、嫌だと思ったことは一度もない。住む場所と飯と覚えるべきことが目の前に山ほどある。天涯孤独の18歳にはそれで十分すぎた。
その年の冬は寒かった。夜の10時に店を閉めて、俺は毎晩駅前の通りを抜けて住み込みの部屋に帰った。商店街のシャッターはとっくに降り、自動販売機の明かりだけが道を照らしている。息が白くて、コートの前を掛け合わせても風が入ってくる。そんな夜が続いていた。その駅前のベンチの影に、小さな影がうずくまっているのが見えた。最初は捨てられた荷物か何かだと思った。近づいてそれが子供だと分かった。小学生くらいの女の子が、薄いコートの膝を抱えてうずくまっていた。正直に言えば、俺は一度そのまま通り過ぎている。関わりを持つのが怖かったわけじゃない。ただ疲れていて寒くて、早く帰りたかった。それだけの理由で、人は簡単に通り過ぎる。10歩歩いて足が止まった。さっきの小さな影の白い息を思い出したからだ。真冬の夜の10時に、子供の息だけが白く上がっている。あれはおかしい。あれを見なかったことにしたら、俺は多分母に顔向けができない。俺は引き返した。
「おい、どうした?こんな時間に」
女の子は顔をあげなかった。ただ肩がびくっと震えた。俺は少し離れて立ち止まり、しゃがんで目の高さを下げた。子供の警戒を解くには、まず自分が小さくなることだ。それも母に教わったことの一つだった。
「家は?親は待ってるの?」
「…お父さんを待ってるだけ」
消えそうな声だった。見ると唇の色が悪い。頬がこけて、コートの下は薄い服が一枚。そして俺は聞いてしまった、小さな本当に小さな腹の鳴る音を。近くで見ると色々なことが分かった。コートの袖口がほつれて自分で縫った跡がある。靴はつま先に穴が開きかけていて、靴紐だけが新しい。髪はきちんと結ってあった。貧しさの中でも、この子の親はこの子をちゃんといるかまっている。それでも届かないところまで来ている。そういうなりだった。腹が減っている音というのは、聞き間違えようがない。俺自身がその音と一緒に育ったからだ。母が死んだ後、俺は何日も湯を飲んで腹を膨らませて寝た。腹が減るというのはただ苦しいだけじゃない。心細くて、自分がこの世界にいらない人間みたいに思えてくる。あの感じを俺は知っていた。
「あのさ、減ってるんだろ?」
少女は答えなかった。答えない代わりに、膝を抱える腕に力が入った。それが答えだった。
「ちょっとここで待ってろ。すぐ戻る」
少女は不安そうに俺を見上げた。知らない大人を警戒する目と、それでも動けない体。俺は上着を脱いで少女の膝にかけた。
「取って食いやしねえよ。5分で戻る」
俺は店に走って戻った。幸い哲さんはまだ長場で仕込みをしていた。俺は息を切らしながら駅前の子供のことを話した。話しながら我ながら何を言っているんだと思った。見習いの分際で、店のものを勝手に使わせてくれと頼んでいるのだ。哲さんは老眼鏡越しに俺をじろりと見た。長い長い5秒だった。それからめんどくさそうに顎で厨房を指した。
「あまりもんなら好きにしな。ただし、後片付けはしっかりやれ」
それだけだった。理由も聞かなければ説教もなかった。あの不作法さが、あの夜の俺には何よりありがたかった。俺は急いで小さなおにぎりを2つ握った。塩は少し多めにした。寒い夜は体が塩を欲しがる。残っていたキンピラと鮭のほぐし身を詰め、梅干を一つ添えて、それから卵を2つ出して出し巻きを巻いた。春やの味の、少し甘い出し巻きだ。巻きながら手が震えた。あの子は今この瞬間も寒いベンチで腹を空かせている。そう思うと卵が焼ける1分半がひどく長かった。料理を早く届けたいと思ったのは、思えばあれが生まれて初めてだった。
薄い木の弁当箱に詰めて掛け紙をかけて、熱い麦茶を水筒に入れて、俺は駅前へ走った。湯気が逃げないように弁当を胸に抱えて走った。女の子はまだそこにいた。俺は弁当を差し出した。
「ほら、食いな」
少女は弁当と俺の顔を交互に見て、首を横に振った。
「お金持ってないから」
12かそこらの子供が、真っ先に金の心配をした。俺はその意味を考えて胸の奥が軋んだ。この子は今夜だけ腹が減っているんじゃない。ずっと減っているのだ。そして施しを受けてはいけないと、どこかで自分に言い聞かせている。だから俺はベンチの隣に腰を下ろしていった。
「これは売り物じゃない。俺が作りすぎただけだ。だから、食べてくれた方が助かる」
少女の目が揺れた。
「なあ、頼むよ。残り物を捨てるのは、料理人の見習いとして一番辛いんだ」
長い沈黙の後、少女はおずおずと弁当を受け取った。かじかんだ手で蓋を開けて、おにぎりを一口かじって、それから出し巻き卵を食べた。その瞬間だった。少女の目からボロボロと涙がこぼれた。
「あったかい」
泣きながら少女は食べた。おにぎりを持つ手に涙が落ちても、食べる手を止めなかった。俺は麦茶を注いでやりながら、その横顔を見ていた。「うまい」とか「ありがとう」とかそういう言葉より先に「あったかい」と言って泣いた子を、俺は初めて見た。少女は弁当を綺麗に食べきった。米粒一つ残さなかった。空になった箱に向かって、小さな手を合わせた。
「ごちそう様でした」
「お、上着返さなくていいから、そのまま羽織ってな。俺は走って帰るから平気だ」
少女は慌てて首を振り、上着を丁寧に畳んで俺に返した。
「大丈夫。お腹があったかいと平気なの」
その言い方が妙に大人びていて、俺は少し笑って、それから泣きそうになった。この子は我慢の仕方ばかり上手になっている。子供が覚えなくていいことから、順番に覚えさせられている。俺は水筒だけ彼女に持たせて部屋へ帰った。その夜はなかなか寝つけなかった。布団の中で、あの子の「あったかい」が耳から離れなかった。俺が半年かけて覚えた包丁の技術より、俺が握った不格好なおにぎりの方が、確かに誰かを救っていた。料理というものの正体を、俺はあの夜初めて見た気がした。
この夜のことを、俺は15年経った今でも昨日のことのように思い出せる。少女の名前は最後まで聞かなかった。向こうも名乗らなかったし、俺も聞かなかった。名前を聞けば事情を聞くことになる。事情を聞けば、この子はもうここに来なくなる気がした。その代わり、俺は帰り際にこう言った。
「明日もこの時間ここを通るから、作りすぎたらまた置いて行くよ」
次の日の夜も少女はベンチにいた。その次の日もいた。3日目の夜、少女の隣に大人の男が立っていた。擦り切れた背広を着た45歳くらいの男だった。男は俺を見ると深々と頭を下げた。
「娘が大変お世話になっております」
父親だった。聞けば男は毎晩遅くまで仕事を探して歩き回り、少女は駅前で父親の帰りを待っているのだという。男は財布から小銭を出そうとした。札の一枚も入っていないのが離れていても分かる薄い財布だった。
「金は受け取りません。売り物じゃないんで」
「しかし…」
「それに、おじさん今日の夕飯食ってないですよね」
男はその通りだという顔をした。それから取り繕うように笑った。
「私は大人ですから。娘さえ食べていれば」
その言い方で全部わかった。この人は自分の飯を娘に回している。そして娘の前では腹が減っていないふりをしている。
「子供の前で腹が減ってないふりをするのは、もうやめましょう」
俺は自分でも驚くくらいはっきりとそう言っていた。男の顔が歪んだ。
「腹が減ってないふりは、子供には全部バレます。俺が子供の頃、母がずっとそうでした。俺は母にちゃんと食べて欲しかった」
男は何も言わなかった。言わずに、ただ長い間体を折っていた。街灯の下で、その肩が小さく震えているのが見えた。次の日から、弁当は2つになった。父親と会うのは週に1度か2度だった。父親は仕事を探して朝から晩まで歩き回っていた。職安に並び、電話帳の会社に片っ端から頭を下げ、日雇いの現場に潜り込み。それでも40過ぎの倒産経営者に、世間は冷たかったらしい。夜の駅前で会う父親は、会うたびに靴の減りが増えていた。それでも父親は、娘の前では必ず背筋を伸ばした。
「今日はいいところまで行ったんだ。来週、もう一度面接してくれるそうだ。本当、すごいだろ」
「ああ、だからもう少しの辛抱だ」
嘘か本当か、俺には分からなかった。ただ、娘の前で背筋を伸ばすために、この人が毎晩どれだけの力を使っているのかは分かった。だから俺は弁当の飯を、毎晩少しずつ大盛りにした。俺にできるのはそれだけだった。
それから何日かして、少女がぽつりと教えてくれた。父親は小さな会社を経営していたが、取引先の倒産に巻き込まれて連鎖倒産し、借金だけが残ったこと。家を手放し、母親は体を壊して寝込んでいること。親戚には頼れず、今は取り壊しの決まった古いアパートに無償で置いてもらっていること。
「そうか。…お母さん、何なら食えそうだ?」
「わかんない。最近ずっと食べられてないの」
その夜から、水筒の中身は麦茶から味噌汁になった。具を細かく刻んで、体の温まる生姜を少しすり下ろした味噌汁だ。数日後、少女は水筒を返しながら言った。
「お母さんが全部飲んだ。美味しい。美味しいって泣きながら飲んでた」
少女は嬉しそうに笑った。初めて見る笑顔だった。前歯が一本抜けていて、子供らしい顔だった。この子はこういう顔で笑う子なんだと思ったら、これまで嬉しくなった。冬の間、それは続いた。俺は毎晩店のあまりで弁当を作った。哲さんは何も言わなかったが、なぜか残り物の量が前より増えた。鮭の切り身が「焼きすぎた」と言って余り、卵が「発注間違い」で余った。あの人は最後まで「優しい」という顔を一度もしなかった。長場のお園さんはもう少し分かりやすかった。ある晩、俺が弁当を包んでいると、お園さんがカボチャの煮物を2つ、皿の上にぽんと置いた。
「寒いからね。おまけだよ」
「すみません。いつもすみません」
「私は何も知らないよ」
お園さんはそう言って調理場に戻っていった。この夫婦は、二人とも「知らないふり」が下手だった。雪の降った晩のことも覚えている。傘を持たない少女が駅の軒下で膝を抱えていた。俺はその晩、弁当と一緒に、店の忘れ物置き場で半年眠っていたビニール傘を持っていった。
「忘れ物の傘だ。誰も取りに来ないから、もらってくれると店が助かる」
「お兄ちゃんの“助かる”は、変なのばっかり」
少女はそう言って少し笑った。俺の下手な嘘はもうとっくに見抜かれていた。それでも少女は俺の嘘に毎回付き合ってくれた。あの子なりに、俺に恥をかかせまいとしてくれていたのだと、今なら分かる。
ある晩、弁当を渡すと少女が真剣な顔で言った。
「あのね、お願いがあるの。卵焼きの作り方、教えて」
「それは構わないけど。なんでまた?」
「お母さんに作ってあげたいの。私、お金は返せないから、覚えたことはちゃんと誰かにあげたいの」
俺は次の晩、店を閉めた後の厨房で、哲さんに許しをもらって少女に卵の割り方から教えた。小さな手は最初、殻ごと卵を握りつぶした。それでも少女は真剣だった。フライパンを持つ手に俺が手を添えて、一緒に巻いた。不格好な出し巻きが焼き上がると、少女は宝物みたいに両手で受け取った。
「できた。私、作れた」
「ああ、上手だ。いいか。砂糖はひとつまみだけな。甘みってのは、疲れた人の背中をさするようなもんだからな」
哲さんの受け売りだった。少女は「背中をさする甘さ」と繰り返して、覚え込むように頷いた。ある夜、少女が弁当箱を返しながら聞いてきた。
「ねえ、お兄ちゃんはどうしてこんなにしてくれるの?」
「言っただろ。作りすぎただけだ」
「毎日毎日、作りすぎるんだ」
「下手くそだからな」
少女は少し笑って、それから真面目な顔になった。
「あのね、私、決めたの。大きくなったら、お兄ちゃんみたいな人になる。誰かのお腹をあったかくできる人になる」
「そうか。ならまずは食うことだ。腹が減ってると人は優しくなれないからな。お腹が空いたら、まず食べよう。難しいことを考えるのは、それからでいい」
少女はその言葉を口の中で何度もなぞって、大事そうに頷いた。
春が来る少し前、父親が久しぶりに駅前に現れた。前より少しだけ顔色が良くなっていた。
「知り合いの倉庫の仕事が決まりました。住み込みです」
「そうか。よかった」
「狭いですが、家族3人で暮らせます。…正直に言います。私はあの頃、もう全部終わりにすることばかり考えていました。妻と娘に申し訳が立たない。私さえいなければ保険金が…と、そんなことばかり考えていた。あなたの弁当を食べた夜、娘が言ったんです。『お父さん、温かいものを食べると頑張れるんだね』と。私はあの弁当で思いとまりました。もう一度だけ、やり直そうと思えたんです」
「俺はあまり物を渡しただけです」
「あなたにとってはそうでも、私たちにとっては違いました」
引っ越しの前の晩、俺は最後の弁当を渡した。いつもより少しだけ豪華にした。出し巻き卵を2切れ多く入れた。それから勘亭流の箱にかける掛け紙の隅に、下手くそな字で一言だけ書いた。「お腹が空いたらまず食べよう」。餞別の代わりだった。俺にはそれくらいしか渡せるものがなかった。少女は弁当を胸に抱えて、何度も何度も振り返りながら父親と歩いていった。角を曲がる寸前、少女は大きく手を振って何か叫んだ。電車の音に重なってよく聞こえなかった。それきりだった。
その翌年の夏、春やの入っていた長屋が区画整理で取り壊されることになり、店は畳むことになった。哲さんは「潮時だ」と笑って、俺に一枚の紹介状を書いた。
「まあ、お前は俺のところにいていい人間じゃねえ。都心のちゃんとした店で修行してこい」
俺は反対した。この店の料理が好きだった。だが哲さんは聞かなかった。
「勘違いするな。うちの味を捨てろって話じゃねえ。世界のてっぺんを見てこい。てっぺんを見た上で、それでも一番うまいものが何か、自分の舌で確かめてこい」
そうして俺は下町を離れた。あの少女に行き先を伝える方法はなかった。少女の側からも、俺を探す手がかりは消えた。店はなくなり、俺は名前も告げていなかったからだ。
話を現在に戻す。俺が双葉食堂で働き始めて3年が過ぎた。あの年の6月のことだ。閉店後の店に、高校の同級生のケン太から電話がかかってきた。
「相馬、頼む。一生のお願いだ」
電話の向こうで拝んでいるのが見えるようだった。聞けば週末に合コンがあるという。相手はケン太の会社の大口取引先の関係で、社長令嬢や役員の娘が集まる席らしい。それが直前に男側が二人欠席した。
「人数が合わないと俺の顔が潰れるんだ。座ってるだけでいい。何も喋らなくていい。頼む」
「お前、会社に後輩が山ほどいるだろう」
「当たった。全滅だ。みんな急すぎるって。あと正直に言うとな、相手側が堅い娘さんばかりで、変にがっついたやつを連れていけないんだよ。その点お前は絶対にがつかない。むしろ空気になる。適任なんだ」
「褒めてるのか、それは」
「褒めてる。褒めてる」
「無理だ。俺なんかが行く場所じゃない」
「お前“なんか”じゃないだろ。お前は」
ケン太はそこで言葉を止めた。俺の経歴をケン太は知っている。そして、俺がそれに触れられたくないことも知っている。
「悪い。…とにかく、俺にはお前しか頼めるやつがいないんだよ」
俺は迷った。人の集まる華やかな場所は、3年前に捨てた世界の匂いがする。だが、ケン太には借りがあった。俺が全部を捨てた時、何も聞かずに何度も飯に誘い続けてくれたのは、ケン太だけだった。
「座ってるだけだからな」
「おにる。あ、それとさ、お前、あれ持ってきてよ。弁当」
「弁当?何で」
「どうせ閉店してから来るんだろ。始まるのは夜の8時だ。お前、絶対に晩飯を食いそびれる。お前の弁当うまいしさ。俺も端っこで分けてもらうから」
ながら断りきれる雰囲気ではなかった。電話を切った後、片付けをしていた大将がニヤニヤしながら言った。
「聞こえたぞ。合コンだってな」
「合わせだよ。座ってるだけだ」
「行ってこい。お前、休みの日まで店に来やがるからな。若いもんが。たまには夜の街で羽目を外してこい」
「外す予定はない」
「そういうやつほど外すんだよ」
大将は楽しそうに笑って、それからふと真顔になった。
「なあ、相馬。お前がうちに来て3年か。…お前、そろそろ自分の人生の話をしてもいい頃だぞ」
「なんだよ、急に」
「なんでもねえよ。俺、明日も早いんだ。帰った、帰った」
何かを見越したような言い方だったが、大将はそれきりその話をしなかった。
当日の土曜は朝からよく晴れていた。俺はいつも通り店に出て昼の営業をこなした。土曜の昼は熊さんの組が現場帰りに寄る日で、大盛りの注文が続く。
「兄ちゃん、今日なんかそわそわしてねえか?」
「してませんよ」
「してるね。卵の焼き加減がいつもより1割真面目だ」
現場の人間の観察眼は侮れない。俺が白状すると、熊さんの組は昼飯そっちのけで盛り上がった。33歳独身の合コン初参加は、働く男たちにとってそんなに面白い出し物らしい。
「いいか兄ちゃん。笑顔だぞ。笑顔。あと、相手の話は最後まで聞け。うちの神さんが言うには、それだけで男の点数は倍になる」
「班長、それ、受け売りしかしてないじゃないですか」
「うるせえ。飯食え」
送り出される神輿みたいな気分で、俺は午後の仕込みに戻った。夕方、店の仕込みを終えて、俺は鏡の前で一丁目のジャケットを羽織った。3年前、俺のクローゼットには良い服が並んでいた。全部処分して、残したのはこの1着だけだ。袖を通すのはケン太の親の法事以来だから、1年ぶりになる。それから弁当を2つ作った。自分とケン太の分だ。出し巻き卵と昼の残りの鮭のほぐし身とキンピラと梅干と塩結び。相変わらず色気のない弁当だが、ケン太のやつはこれが好物なのだ。弁当箱に詰めて風呂敷で包んだ。それからいつも通り縁台の木箱に置き弁を入れてから、電車で都心へ向かった。
電車が都心に近づくにつれ、車窓の景色が変わっていく。低い屋根が消え、ガラスのビルが増える。銀座の店に通っていた頃、毎日見ていた風景だ。懐かしさより先に、胃のあたりが硬くなった。3年経っても、体はまだあの日々を覚えている。
駅に着くと、ケン太が手を上げて待っていた。歩きながらケン太は段取りを説明した。
「いいか。今日の星はあくまで人数合わせだ。お前は空気でいい。ただ、1個だけ頼みがある。経歴の話になったら、適当に流してくれ。今日の面食ったやつが多いんだ。俺の名前が出るとややこしいことになる」
「言われなくても、話す気はないだよな」
「悪い。…あのさ、相馬。俺は今でもお前の飯が世界一だと思ってるよ。あの店の方じゃなくて、お前が巻き簾で作ってくれたあの玉子焼きな。…お前、それが言いたくて迎えに来たんだろう」
「バレたか」
こういう男なのだ。ケン太というのは。
会場は駅直結の高層ビルの上にある会員制の個室ラウンジだった。エレベーターの鏡に映る自分を見て、少し笑ってしまった。一丁目のジャケットが、この建物の照明の下では作業着みたいに見えた。正直に言えば、引き返そうかと3回考えた。ここは俺が捨てた世界の入り口だ。この匂いの中では、俺はまたあの檻に戻ってしまいそうで、それが怖かった。それでも俺がエレベーターに乗ったのは、風呂敷の重みのおかげだった。手の中にいつもの弁当がある。俺は今夜、何者でもない。定食屋の人数合わせだ。それでいい。
個室に入ると、すでにほとんどの席が埋まっていた。男が5人、女が5人。長いテーブルに間接照明。男側はケン太の会社の同僚と取引先の若手で、全員が仕立てのいいスーツを着ている。女側は華やかだった。一目で高いと分かるワンピースに、手入れの行き届いた髪と爪。テーブルの上にはシャンパンのボトルが2本、すでに空きかけている。
「遅くなってすみません。こいつが最後の1人。俺の親友の相馬です」
「相馬です。よろしくお願いします」
値踏みするような視線が俺の上を一通り走った。靴、時計、手首。値踏みは3秒で終わり、視線はすぐに離れていった。俺は空席に座った。隣のケン太が小声で「ごめん」と言った。張り合いのない会話が続いた。男側は仕事の話で自分を大きく見せ、女側は笑顔で相槌を続ける。名刺が行き交い、グラスが空き、誰かの海外出張の話に誰かのゴルフの話が重なる。俺には遠い星の言葉みたいな会話だったが、ケン太は営業マンの顔で器用に場を回していた。こいつはこういうところ、本当にプロだ。
男の一人が車の話を始めた。ドイツの新車を買ったが納車が1年先だという話を、聞かれてもいないのに詳しく話した。女性たちは「すごい」と言いながら、目は次の話題を探していた。俺は水を飲んでいた。こういう席の水は氷が綺麗で、グラスが薄い。それだけは素直に関心した。会話の中心にいたのは真ん中の席の令嬢だった。父親が不動産会社を経営しているらしい。彼女が話すたび、周りが少し大げさに笑う。話題は海外のホテルの話から会員制レストランの話に移っていった。
「この前ね、青山のルミエールにやっと入れたの。3ヶ月待ち。でもお味はまあまあだったかな」
「え、すごい。あそこ、紹介がないと予約もできないんでしょ」
「父様のお友達がオーナーと知り合いなの」
男の一人は身を乗り出した。
「ルミエールですか?僕も先月行きましたよ。あそこの鴨のロースト、今東京で一番でしょう」
「わかる。そうっすがね。もう芸術っていうか。シェフの世界観ですよね。ああいうのを味わえるのが大人の特権っていうか」
二人は当分、その話で盛り上がっていた。皿の上の芸術と世界観と特権の話だ。料理の味の話は、最後まで出てこなかった。ルミエールは知っている店だった。あそこのオーナーシェフ・トミタは、昔同じ店で働いたことがある。腕のいい男だ。3ヶ月待たせた挙句に「まあまあ」と言われるために、あいつは今夜も厨房に立っているのか。そんなことをぼんやり考えていた。
「で、そちらの方はどんなお仕事をされてるの?」
気がつくと、令嬢がグラス越しに俺を見ていた。座が静かになる。ケン太が答えようとするより先に、俺は自分で言った。
「定食屋で働いています。町の小さな定食屋です」
一瞬の間があった。
「定食屋さん。…へえ」
「はい。生姜焼きとか、サバの味噌煮とか、そういう店です」
「ふうん」
それだけだった。興味という明かりが、すっと消えるのが分かった。隣の女性たちがちらりと目くばせをして、小さく笑ったのも分かった。悪意のあるものでもない。ただ、住む世界が違う人間への反射みたいな笑いだった。会話は再び、俺のいない場所で回り始めた。俺は水を飲みながら、置き物みたいに座っていた。約束通り、座っているだけだった。これでいい。ただ一つ、気になることがあった。テーブルの橋の一席、静かな女性だ。彼女は男たちの自慢話に礼儀正しく頷きながら、時々窓の外の夜景に目を逃していた。その横顔に、俺は妙な既視感があった。「どこかで会った」というのとは違う。強いて言えば、“耐えている人の顔”だった。笑う場所で笑い、頷く場所で頷き、そうやって時間をやり過ごしている人の顔。彼女のグラスは、最初の一杯からほとんど減っていなかった。料理も綺麗に取り分けはするのに、自分の皿のものには少ししか手をつけない。育ちの良さというより、ここの飯が喉を通らないという感じに見えた。
「あの人、桐生さん。桐生ホールディングスの社長令嬢。今日の女性側で一番の大物なんだけど、なんか全然喋んないんだよな」
「無理に喋らせる必要もないだろ」
「まあな。…お前も人のこと言えない、置き物だけどな」
異変が起きたのは、開始から1時間ほど経った頃だった。店員がテーブルを片付けに来た拍子に、俺の足元の風呂敷包みが目に止まったらしい。一人の令嬢が、面白いおもちゃを見つけた顔をした。
「ねえ、それ何?さっきから気になってたの」
「弁当です。お弁当」
す、とテーブル中の視線が集まった。ケン太が慌てて入る。
「ああ、それ俺が頼んだんです。こいつの弁当、めちゃくちゃうまいんで、後で俺がもらうよ」
「ちょっと見せてよ。ねえ、いいでしょ」
興味を持たれては、断り続ける方が座の空気が悪くなる。俺は仕方なく風呂敷を解き、弁当箱を一つテーブルの端に置いた。蓋を開ける。出し巻き卵、鮭のほぐし身、キンピラ、梅干、塩結びが2つ。華やかなテーブルの上で、それは呆れるくらい地味だった。シャンパンの金色と磨かれたグラスと間接照明の中で、弁当箱だけが別の世界から来ていた。湯気はもう立っていないが、出汁と醤油の匂いがふわりとテーブルに広がった。一瞬、場が静かになった。誰かの腹が小さくなったのだ。夜の8時を回って、シャレたつまみしか出ていない席だ。本当はみんな腹が減っていた。でも、この場の文法ではそれを認めるわけにはいかないらしかった。
「何これ?渋い。おじいちゃんのお弁当じゃない」
笑い声が上がった。令嬢はシャンパングラスを揺らしながら、笑いの余韻のまま言った。
「もしかして、あなた定食屋のお弁当で口説くつもり?」
どっと笑いが起きた。
「そんな庶民的なの、私食べたことない。匂いは悪くないけどね」
ケン太が何か言い返そうとして腰を浮かせた。俺はテーブルの下でケン太の腕を抑えた。
「いいんだ。怒るような話じゃない。この人たちは、この弁当が誰のための何なのかを知らないだけだ。知らないものを笑うのは、人間の悪い癖というだけのことだ」
やっぱり間違いだったな。ただ、少しだけ哲さんに申し訳なかった。あの人が俺にくれた味が笑われている。それだけが胸の隅にちくりと残った。俺は静かに蓋を閉めようとした、その時だった。
「そのお弁当、少しだけいただいてもいいですか?」
え、と声のほうを見た。テーブルの一番橋。俺の真向いの席だった。そこに座っていたのは、あの静かな女性、桐生さんだった。その彼女が、まっすぐに弁当を見ていた。いや、弁当というより、開いた蓋の奥の出し巻き卵を見ていた。
「え、桐生さん、本気?やめときなよ。どこの誰が作ったかわからないのに」
桐生さんはそれには答えなかった。ただ俺を見て、もう一度、今度ははっきりと言った。
「いただいてもいいですか?」
その目を見て、俺はなぜか「断る」という選択肢が消えた。
「口に合わなければ、残してください」
俺は弁当箱を彼女の前へ滑らせた。彼女は「いただきます」と小さく手を合わせ、箸を取った。指が少し震えているように見えた。彼女は出し巻き卵を一口食べた。そして、動かなくなった。箸が止まったまま、彼女は俯いていた。
「ちょっと、どうしたの?そんなにまずかった?」
誰かがそう言って笑おうとした。だが、笑い声は続かなかった。彼女の目から、涙がこぼれ落ちたからだ。一粒、二粒。涙は頬を伝って膝の上に落ちた。彼女は箸を置くことも涙を拭くこともせず、ただ出し巻き卵の黄色を見つめたまま泣いていた。個室が静まり返った。
「え、桐生さん?」
桐生さんは首を横に振った。まずかったのではないという意味の首振りだった。それから彼女は顔をあげて俺を見た。涙で濡れた目が、まっすぐに俺を向いていた。
「この味…やっと会えました。甘いんです。ほんの少しだけ。お砂糖がひとつまみと、お醤油と、鰹のお出汁。15年間、ずっと探していました。この卵焼きを」
心臓が大きく一つ鳴った。彼女は言葉を続けた。
「ぶしつけなことをお聞きします。あなたは15年前、下町の食堂で働いていませんでしたか?駅前のベンチのある、『春や』というお店で」
春や。その店の名前が、この夜景の見えるラウンジで出てくるはずがなかった。あの店を知っている人間は、あの下町のあの路地の住人だけのはずだった。
「なんで、その名前を…」
やっぱり、と彼女は口元を手で覆った。覆った指の隙間から嗚咽が漏れた。
「私です。駅前のベンチで、お弁当をもらっていたあの時の子供です」
一瞬、時間が止まった。薄いコートの膝を抱えていたあの小さな影。かじかんだ手で蓋を開けて「あったかい」と言って泣いた子。前歯が一本欠けた顔で笑った子。角を曲がる寸前に大きく手を振った子。あの少女の顔が、目の前の女性の泣き顔にゆっくりと重なった。そうか。あの既視感の正体は、これだったのか。笑う場所で笑って時間をやり過ごす顔。あれは、あの冬のベンチで「お金持ってないから」と言った、あの我慢の顔と同じものだったのだ。
「あの時の…子か」
「はい。…はい」
彼女はもう言葉にならなかった。給仕をすることも忘れて、両手で顔を覆って泣いた。肩を震わせて、声を殺しきれずに泣いた。室内は水を打ったように静かだった。さっきまで笑っていた令嬢たちは、箸を持ったまま固まっていた。何が起きているのか分からない、という顔だった。分からないのも無理はない。俺だって、まだ半分は信じられずにいた。ケン太が隣で「ええ」と俺と桐生さんを交互に見ていた。無理もない。俺自身、まだ心臓が追いついていなかった。
やがて桐生さんは涙を拭って、途切れ途切れに話し始めた。
「父が事業に失敗して家を失って、母は寝込んで、親戚には縁を切られて。私は毎晩、駅前で仕事を探しに行った父の帰りを待っていました。寒くて、お腹が空いて、動けなくて。あの頃の私は、自分がこの世界にいてはいけない人間なんだと思っていました」
令嬢たちの誰かが、小さく息を飲んだ。
「そんな時に、見習いの料理人のお兄さんがお弁当をくれたんです。『これは売り物じゃない。俺が作りすぎただけだ。だから、食べてくれた方が助かる』って。大人になってから分かりました。あの言い方は、私に恥をかかせないための嘘だったんですよね」
「嘘じゃない。本当に毎日作りすぎてたんだ。下手くそだったからな」
桐生さんは泣きながら、少しだけ笑った。歯はもう揃っていたけれど、その笑い方はあの冬の少女のままだった。
「あの卵焼きを食べて、私、初めて泣けたんです。それまでは泣いたらいけないと思ってました。泣いたらお父さんとお母さんがもっと辛くなるから。でも、あったかいものがお腹に入ったら、涙が勝手に出てきて。あの時、思ったんです。私、まだ生きていていいんだって。…引っ越してからも、ずっと忘れませんでした。父の仕事が決まって住み込みの寮で3人で暮らして、狭くてお風呂は共同で。でも、あったかいご飯が毎日食べられて。母が最初に覚えたのは、卵焼きを焼くことだったんです。あなたの真似をした、甘い卵焼き。あれがうちの食卓の定番になりました。父は昼も夜も働いて、小さな運送の会社を任されるようになって、そこから自分の会社を起こしました。うちの会社、今でも社員食堂が自慢なんですよ。『飯だけはケチるな』が父の口癖で。その理由を、私は知ってます。あなたのお弁当は、私たち家族の命綱でした」
「…大げさだ」
「大げさじゃありません」
彼女はきっぱりと言った。それからふっと表情を緩めて、テーブルの上の弁当箱に目を落とした。
「ずっと探していたんです。お店に伺ったらもうなくなっていて。お名前も知らなくて。手がかりは、この卵焼きの味だけでした。この15年、卵焼きの美味しいお店があると聞けば、どこへでも食べに行きました。デパートの卵焼きも、料亭の卵焼きも。でも、違うんです。どれも違った。この味だけが、私に“生きていていい”って言ってくれた味なんです」
彼女は箸を置いて、弁当箱に軽く頭を下げた。それから思い出したように付け足した。
「自分でも何度も作ったんです。教わった通りに、お砂糖をひとつまみ。背中をさする甘さ。でも、どうしてもこの味にならなくて」
「教わった通りって…覚えてるのか?」
「覚えてますよ。閉店後の厨房で、卵の割り方から教えてくれたでしょう。私、最初の卵、握りつぶしました」
覚えていた。小さな手に俺の手を添えて、一緒に巻いたあの不格好な出し巻き。「私、やっと作れた」と言って、宝物みたいに両手で受け取った顔。俺は何も言えなかった。喉の奥が熱くて、言葉が出てこなかった。15年前のあの冬。俺はただ、腹を空かせた子供を放っておけなかっただけだ。自分が知っている匂いがして、放っておけなかった。それだけのことを、この人は15年抱えて生きてきたのか。
沈黙を破ったのは、例の令嬢だった。
「え、あの、ちょっと待って。そんなの、話…」
桐生さんは涙を拭って、静かに彼女を見た。責める目ではなかった。ただ静かだった。
「あなたたちには分からないかもしれない。分からなくていいことです。お腹が空いて動けない夜のことなんて、知らないままでいられるなら、その方がずっといい。でも、私はこのお弁当に救われたんです。だから、笑わないであげてください。これは、そういうお弁当じゃないんです」
令嬢は真っ赤になって俯いた。誰ももう、笑っていなかった。夜景の見える豪華な個室で、一番強い言葉を持っていたのは、弁当箱に入った地味な弁当だった。
桐生さんはバッグから携帯を取り出した。指が震えて、2回かけ間違えていた。
「ごめんなさい。少しだけ、どうしても伝えたい人がいるんです」
電話はすぐに繋がったらしい。彼女は受話器の向こうへ、絞り出すように言った。
「お父さん、見つけた。見つけたよ。あの時のお弁当のお兄さん。うん、うん。本物だよ、あの卵焼きだったもん」
電話の向こうで、男の人の声が何か叫んでいるのが、俺の席まで聞こえた。桐生さんは電話を切って、目元を拭いて俺に頭を下げた。
「父が、どうしても今すぐお会いしたいと。近くで食事をしていて、あと30分で着くそうです。あの、お時間、大丈夫ですか?図々しいお願いだって分かってるんですけど、でも、父にとって、あなたは…」
「大丈夫です。終電までだいぶある」
「ありがとうございます」
座はもう、合コンではなくなっていた。男たちは所在なさげにグラスを傾け、女性たちは小声で何かを囁き合っている。ただ、さっきまでの値踏みの空気は消えていた。ケン太だけが隣で鼻をすすっていた。
「お前さあ、そういうことは先に言えよ」
「俺も今知ったんだよ」
「15年前のお前、めちゃくちゃかっこいいじゃねえかよ」
こいつは、人の話で泣けるいいやつなのだ。
30分後、扉が開いた。入ってきたのは仕立てのいいスーツを着た、60歳前後の男性だった。息が上がっていた。ネクタイが曲がり、額に汗が浮いている。後ろで運転手らしき男が恐縮していたから、車を待たずに走ってきたのだろう。令嬢たちの一人が、小さく呟いた。
「桐生ホールディングスの社長だ」
テーブルの空気が一段締まった。名前は俺でも聞いたことがある。食品や物流を手広くやっている、あの桐生グループだ。だがその大企業の社長は、部屋に入るなり周囲に目もくれず、まっすぐ俺の前へ来た。そして、床に膝がつくかというほど深く、深く頭を下げた。
「お久しぶりです。桐生誠一郎と申します。15年前、駅前で娘と私にお弁当をくださった方ですね」
あの時の擦り切れた背広の父親と、目の前の堂々とした紳士は、すぐには重ならなかった。だが、頭を下げるその角度だけは、あの冬の街灯の下と寸分違わなかった。
「顔をあげてください。俺はあまり物を渡しただけです」
「あれは、あまりなんかじゃありません」
男は身を起こさないまま、はっきりと言った。
「あの夜、私は娘に食べさせるものすらない父親でした。手を尽くしても仕事はなく、妻は倒れ。私はもう、自分の命の使い道を金に変えることばかり考えていた。そんな私に、何も聞かずに差し出してくれた。娘に恥をかかせない嘘までついてくれた。あなたのお弁当は、私たち家族の命綱でした。私が今日まで父親でいられたのは、あなたのおかげです」
さっき桐生さんが言ったのと同じ言葉を、父親も言った。「命綱」。俺にはやっぱり大げさに聞こえた。でも、この親子が15年間そう思って生きてきたことだけは、嫌でも伝わった。
「ずっとお探ししていました。事業が持ち直してすぐあの店を尋ねましたが、建物ごとなくなっていて。板前の行き先も分からない。人を使って探したこともあります。手がかりは『春やの若い見習いさん』。それだけでした。名前も知らず、写真もない。調査の人には『それでは無理です』と何度も言われました。それでも、やめられませんでした。妻とは毎年、あの冬の話をするんです。決まった記念日でもない。ただの寒い日に、ふと、どちらからともなく『あの見習いさん、どうしていらっしゃるかしらね』って。…まさか、娘が味で見つけ出すとは」
誠一郎さんはそこで初めて、娘の方を見た。桐生さんはまた泣いていた。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか」
「相馬です」
その時、男側の席で「え」と声が上がった。取引先の若手だという、眼鏡の男だった。
「相馬って…あの、最近の…」
俺の心臓が嫌な音を立てた。眼鏡の男は続けた。
「俺、食べログとか料理番組とかめっちゃ見てるんで分かるんですけど。…最近って言ったら、世界料理コンクールで日本人最年少優勝して金賞を取った人ですよ。雑誌にも出てた。予約が2年待ちとかになって、で、3年前に突然店を閉めて、業界から消えたって。『消えた天才』って記事になってました」
視線が一斉に俺に集まった。さっき俺を値踏みして3秒で外した視線が、全部戻ってきていた。定食屋の弁当を笑った令嬢は、血の気の引いた顔で俺と弁当を見比べていた。ケン太だけが隣で黙って俯いていた。こいつは、全部知っていて、3年間誰にも言わずにいてくれたのだ。
「そうでしたか」
誠一郎さんは驚かなかった。ただ静かに頷いた。
「肩書きに驚いたのではありません。15年前のあの弁当を思い出していたんです。あれは、そういう腕の人の飯だったのか、と。…いや、違うな。腕より先に、心のある人の飯だったのだと」
それから俺は多くを語らなかった。「なぜ店を閉めたのか」と聞かれても、「色々ありまして」としか言えなかった。誠一郎さんも桐生さんも、それ以上は踏み込んでこなかった。ただ、別れ際に桐生さんが言った。
「あの、今どちらでお仕事を?」
「街外れの定食屋です。二葉食堂っていう、小さな店で」
「行ってもいいですか?もう一度、あなたのご飯を食べに」
「定食屋でよければ」
桐生さんは泣き晴らした目のまま、ふわりと笑った。
「その定食屋を、私は15年探していたんです」
会がお開きになる時、あの令嬢が俺の前に来た。さっきまでの軽薄さが嘘みたいに、目を伏せていた。
「あの…さっきは失礼なことを言いました。ごめんなさい」
「いえ。よかったら、今度腹が減った時にでも、うちの定食を食いに来てください。800円で、ちゃんとうまいですよ」
令嬢は一瞬間抜けた顔をして、それから初めて素直な顔で笑った。嫌味のつもりはなかった。本心だった。腹が減っていい飯を食えば、人は大体いい人になる。俺はそれを知っているだけだ。
こうして、あの奇妙な合コンの夜は終わった。帰りの電車でケン太は「すげえ夜だったな」と5回くらい言った。俺は窓の外の夜景を見ながら、胸の中で温かいものとざらりとしたものが同時に動くのを感じていた。温かいものの正体は分かる。あの少女が生きて大人になって、俺の卵焼きを覚えていてくれたことだ。ざらりとしたものの正体は、別だった。3年間沈めてきた名前が、浮かび上がってきた。あの名前の周りには、俺が思い出したくない光景が張り付いている。そして、人生というのは不思議なもので、いいことと悪いことは続けてやってくる。
異変は、週が開けた木曜に起きた。朝、いつも通り店に行くと、大将が仕込みをしていなかった。厨房の椅子に腰かけて、左腕を押さえてじっとしていた。顔色が土気色だった。
「大将、どうした?」
「なんでもねえ。ちょっと胸がな」
でも、ないわけがなかった。俺は問答無用で救急車を呼んだ。大将は「大げさだ」「店はどうする」と最後まで文句を言っていたが、救急隊員に支えられる足元は、いつもの大将のものではなかった。病院での診断は、心筋梗塞の一歩手前だった。命に別状はない。ただ、カテーテルの処置と、しばらくの入院がいる。
「今回は運が良かったです。ですが、年齢が年齢です。これまでのように朝から晩まで厨房に立つ生活は、考え直した方がいい」
医者はそう言った。ベッドの上の大将は、点滴に繋がれて天井を見ていた。68年間で、一番小さく見えた。
「相馬。すまねえが、しばらく店を頼む」
「任せてくれ。ちゃんと守ります」
「おう…おう」
大将はそれきり黙った。何度か口を開きかけて、やめた。何か言いそびれた顔をしていたが、俺はその時深く考えなかった。
店を一人で回す日々が始まった。品書きを少し絞って、昼は日替わり2本と定番3本。夜の営業は当面休みにして、その代わり弁当の木箱は倍にした。大将が病院で寝ている間、この店の灯を絶やさない。それだけを考えて働いた。常連たちは事情を察して、文句一つ言わなかった。熊さんは若い衆に「配膳くらい自分でやれ」と号令をかけ、ユウトは空いた皿を勝手に下げてくれた。早苗さんは大将の病院の面会時間と検査の予定を、看護師の目でこっそり気にかけてくれた。みんなに支えられて、店は回った。それだけなら、まだ良かった。
大将が入院して10日目、店に一人の男が訪ねてきた。不動産管理会社の社員だと名乗った。差し出された書類の見出しには、こうあった。「建物老朽化に伴う賃貸借契約終了のお知らせ」。男の説明は事務的だった。二葉食堂の入っているこの建物は、築55年で耐震基準を満たしていない。所有者が代替わりして、取り壊しと土地の売却が決まった。ついては、半年後の契約更新をもって退去してほしい。「長年のご利用、誠にありがとうございました」。
俺は書類を持ったまま、しばらく動けなかった。大将が40年守った店だ。とめ子さんの写真が笑っている店だ。早苗さんが生き返る味噌汁と、ユウトの参考書と、熊さんたちの大盛り飯と、俺の置き弁の木箱がある店だ。それが、紙切れ一枚で半年後に亡くなる。病室の大将に、これをどう伝えればいいのか。左腕を抑えていた大将の土気色の顔を思い出して、俺は書類を封筒に戻した。今は言えない。せめて退院までは。
その夜、俺は閉店後の暗い店に一人で座っていた。神棚のとめ子さんの写真と目があった。カウンターの木目を意味もなく指でなぞった。40年分の傷と艶のある木だ。ここに座って救われた人間を、俺は少なくとも3人知っている。早苗さんとユウトと、俺だ。知らないだけで、本当は40年分いるのだろう。3年前、行き場のなかった俺を、この店は黙って拾ってくれた。今度は俺がこの店に返す番だ。だが、どうやって。金もない。名前も捨てた。あるのは、この両手だけだった。
眠れないまま夜が明けて、俺はいつもの通り弁当を作って木箱に入れた。こんな夜でも、いや、こんな夜だからこそ、どこかで誰かの腹は減っている。それだけは、世界がどうなろうと変わらない。
立ち退きの件は、誰にも言わないつもりだった。だが狭い商店街で隠し事は続かない。管理会社が近隣にも同じ通知を配っていたから、噂はすぐに広まった。最初に切り出したのは、夜勤明けの早苗さんだった。いつものカウンターの橋で、味噌汁の椀を両手で包んだまま、彼女は言った。
「ここ、なくなっちゃうんですか?」
「まだ決まったわけじゃないです。半年ある」
「…そうですか。あのね、相馬さん。私、4年前にこの店に入った日のこと、今でも覚えてるんです」
早苗さんはぽつりぽつりと話した。4年前、彼女は担当していた患者さんをなくした後、夜勤明けの朝にこの店の前で動けなくなったのだという。泣きながら歩いてたら、お腹が鳴ったんです。悲しいのにお腹が鳴るなんて、自分が嫌になって。そしたら、暖簾の中から大将が出てきて、「姉ちゃん、朝定食できるよ」って。
「飯は、悲しくても食っていいんだって。私、この店に何回も助けてもらったんです。だから、亡くなるなんて嫌ですね」
夕方にはユウトが来た。話はもう耳に入っていたらしく、唐揚げ定食をいつもの半分の速さで食べた後、俯いたまま言った。
「俺、ここで勉強して受かったら、一番に大将と相馬さんに言おうって決めてたんです。母ちゃんの次に」
「なら、変わらず来い。まだ半年ある。それに受験は年明けだろ。間に合う」
「そういう問題じゃないっすよ」
そういう問題じゃない。その通りだった。俺だって分かっていた。ここにあるのは飯だけじゃない。行き場のない時間を黙って置かせてくれる場所だ。そういう場所は、失くしたら作り直せるものじゃない。熊さんは聞いた瞬間、若い衆の前で怒鳴った。
「ふざけんな。建替えでも何でもすりゃいいけどよ、なんで飯屋が消えなきゃなんねえんだ?俺たちはどこで昼を食えばいいんだよ」
怒鳴ってから、熊さんは急に静かになって、カウンターの木目を撫でた。
「ここのカウンターはよ、俺が親方に殴られて飛び出した20歳の時から座ってんだ。大将には説教を山ほどもらった。恩がある店なんだよ」
みんな、それぞれの“双葉食堂”を思っていた。俺が知らなかっただけで、この古いカウンターには40年分の誰かの夜が染み込んでいた。
そして土曜日の昼。店の引き戸が開いて、間違いなく上品なワンピースの女性が入ってきた。桐生さんだった。
「本当に…来ちゃいました」
彼女はカウンターに座り、生姜焼き定食を頼んだ。一口食べるごとに、彼女の背筋が解けていくのが分かった。食べ終わる頃には、彼女はあの令嬢たちの中にいた時の硬さが嘘みたいに、よく笑う人になっていた。帰り際、桐生さんは店の外の縁台で足を止めた。木箱と手書きの札に気づいたのだ。あの言葉が、そこに書いてある。彼女は札の前から長いこと動かなかった。振り返った時、彼女は何かをこらえる顔をしていた。
「続けていらしたんですね。ずっと」
「まあ、癖みたいなもんです」
「癖って言うんですね。こういうの。…あなたのそういう嘘、15年前から変わってない」
それから桐生さんは、週末ごとに店に来るようになった。来るたびに、少しずつ話をした。彼女は今、父の会社で食品部門の仕事をしていること。社長令嬢と呼ばれるのが、今も少し苦手なこと。あの合コンは取引先の付き合いで断りきれずに座っていたこと。
「あの日、行きたくないなって思いながら行ったんです。人生って分からないですね。行きたくない場所に、15年探した人がいたんだから」
3度目に来た時、彼女はカウンター越しに厨房の俺の手元をじっと見て、言った。
「相馬さん、聞いてもいいですか?どうしてお店を閉めたんですか?銀座のお店」
手が一瞬止まった。いつか聞かれると思っていた。そして、不思議なことに、この人には話してもいいと、俺はもう思い始めていた。閉店後の店で、麦茶を2つ置いて、俺は初めてあの話をした。
「春やが閉まった後、俺は都心のフレンチに入った。そこから先は、弁慶にも泣かずにやってきたよ。フランスにも行った。戻って雇われで料理長になって、それから自分の店を持った。銀座の店だ。コンクールで賞を取ったのは29の時だ。そこから、店がおかしくなった。いや、おかしくなったのは俺か。予約は2年待ちになった。一皿の値段は、俺の実家の1ヶ月の食費を超えた。客の半分は料理じゃなくて、2年待ちの看板を食いに来ていた。皿の上に金運を求められ、映える一皿を求められ、俺は求められるまま答え続けた。…ある営業が終わって、店の裏口でタバコを吸ってたんだ。そしたら、路地の暗がりで、ビルの清掃員のおばあさんがコンビニのおにぎりを立ったまま食ってた。寒い夜でな。おばあさんは膝も悪そうで、それでも立ったまま、冷えたおにぎりを食ってた。俺はその晩、5万円のコースを12組に出した。でも、あのばあさんの腹は、俺の店じゃ絶対に膨れない。値段の話だけじゃない。あの店の扉は、ああいう人が押していい扉に見えないんだ。その時思っちまったんだよ。俺は誰に飯を作ってるんだろうって。一度そう思ったら、もうダメだった。厨房に立っても、皿の向こうに誰の顔も見えない。俺の料理は、いつの間にか腹をすかせた人間のためのものじゃなくなってた。その少し後に、鉄造さんの訃報が来た。春やの大将が死んだ。連絡をもらったのは、呼ばれていたパリの食の祭典の最中だった。慌てて帰ったが、葬式には間に合わなかった。『料理人の腕は、一番腹を減らした人に出す一皿で決まる』。そう教わったのに、俺はてっぺんの景色に夢中で、あの人の死に目にも会えなかった」
桐生さんは黙って聞いていた。
「49日を終えて、俺は店を閉めた。周りは全員反対した。もったいない、逃げた、ってな。その通りかもな。でも、あのまま続けてたら、俺は料理が嫌いになってた。それだけは、どうしても嫌だった。それで流れ流れて、ここに拾われた。この店の生姜焼きを食った時、久しぶりに思い出したんだ。ああ、飯ってこれだよなって。それだけの話だ」
長い話を終えると、桐生さんは麦茶を一口飲んで、静かに言った。
「逃げじゃないと思います。だって、あなたの一番すごい料理を、私は知ってますから。金運も乗ってなかったですよ。弁当箱に入ってました」
俺は「しまった」と思った。この人は、時々真っすぐすぎる弾を投げてくる。
その週末、桐生さんは父親を連れてきた。誠一郎さんはカウンターで味噌フライ定食を食べ、飯を2回お代わりして、それから姿勢を正して切り出した。
「相馬さん。立ち退きの件、伺いました。単刀直入に申し上げる。私に出資をさせていただけませんか?駅前にうちの持ビルがあります。そこにあなたの店を。内装も設備も望むままに。『二葉食堂』の看板を掲げれば、必ず行列ができます。桐生グループの飲食部門が全面的に支えます。大将のお店の従業員ごと、みんなで移ればいい」
破格の話だった。金の当てのない俺たちには、これ以上ない話のはずだった。カウンターの中で、俺は頭を下げた。
「ありがたい話です。でも、お断りします」
桐生さんが目を見開いた。誠一郎さんは黙って続きを待った。
「駅前の一等地の綺麗なビルの、新しい店。それは多分、また2年待ちの店になります。俺は、もうああいう扉の店をやりたくないんです。うちの店は、夜勤明けの看護師さんと受験生と、現場帰りの職人です。財布に1000円しかない日でも、腹いっぱいになって帰れる。そういう店じゃなきゃ、大将の40年を引き継ぐことにならない。高級店にはしたくないんです。誰でも入れる店でいたいんです」
誠一郎さんはしばらく俺の目を見ていた。それからゆっくりと頷いて、なぜか嬉しそうに笑った。
「振られてしまったな」
「もう、お父さん」
「分かりました。今日のところは引き下がります。ですが相馬さん、覚えていてください。15年前の借りを返したいというのは、私のわがままであり執念です。そう簡単には諦めませんよ」
帰り際、桐生さんだけが少し遅れて振り返った。
「あの、父の申し出を断ったこと、私は嬉しかったです。変な言い方ですけど、あなたがあなたのままで、ほっとしました。…でも、店のことは私も考えます。考えさせてください。あの場所をなくしたくないのは、私も同じなので」
2人が帰った後、俺は一人で洗い物をしながら考えていた。断ったことに後悔はない。ただ、現実は変わらず目の前にあった。金もない。場所もなくなる。大将は入院中。残された時間は半年。俺に返せるものは、本当にこの両手だけなのか。
7月の半ば、大将の退院が決まった。迎えの日、俺は病院までタクシーで行った。大将は1ヶ月で少し痩せたが、顔色は見違えるほど良くなっていた。帰りの車の中で、俺は覚悟を決めて、立ち退きの通知のことを話した。隠しきれる話でもなかったし、隠すべきでもなかった。大将は窓の外を見たまま静かに聞いていた。怒鳴られるか、がっかりされるか。どちらも覚悟していた。だが、大将の返事は意外なものだった。
「そうかい。ついに来たかい」
「…知ってたんですか?」
「建物が古いのは40年前から知ってら。来る話だった。…ああ、相馬。今夜、店に付き合え。お前に見せるもんと、話さなきゃならねえことがある」
その閉店後の店で、大将は2階の物置から古い茶箱を下ろしてきた。中には手紙やら写真やらが詰まっていた。大将はその中から色あせた一枚の写真を出して、カウンターに置いた。白黒の古い写真だった。料理屋の勝手口の前で、若い頃の大将が割烹着の調理場で笑っている。その隣に、もう一人、坊主頭の若い男が腕を組んで映っていた。笑っていない。口をへの字に結んで、カメラを睨んでいる。その顔に、俺は見覚えがあった。忘れるはずがなかった。年を取って皺が増えて、それでも死ぬまで変わらなかったあのへの字の口。
「鉄造さん…?」
「おう。春山鉄造。俺の兄弟弟子だ」
言葉が出なかった。大将は湯のみの茶を一口飲んで、ゆっくり話し始めた。
「俺と鉄造は、50年前神田の同じ料理屋で修行した仲だ。俺が2つ上で、弟分だった。あいつは愛想がなくて口より先に手が出て、そのくせ誰よりも情の深い男だった。俺が独立してこの店を出す時、回転資金を黙って貸してくれたのもあいつだ。年を食ってからも、年に何度か飲んだ。あいつはいつも自分の店の自慢はしねえで、弟子の自慢ばかりしやがった。『うちの相馬は物が違う』『あいつの出し巻きは俺を超えた』ってな」
心臓を鷲掴みにされた気がした。
「待ってくれ。大将は…最初から俺を知ってたのか?」
「知ってたよ。3年前、お前が暖簾をくぐってきた日からな。顔を見てすぐ分かった。葬式の会場の脇に、お前の写真も飾ってあったからな。トロフィーを持った写真だ。鉄造の女将が『あいつの宝物だったから』って飾ったんだよ。お前、あの写真の頃より頬もふけた顔で、うちの生姜焼きを食ってやがった」
3年前のあの日、「明日も来な」と言った大将の声を思い出した。履歴書も出さずに雇われた日のことを思い出した。「人手が足りない」という、あの下手な嘘を思い出した。
「なんで…なんで言ってくれなかったんだ?」
「言えるかよ。お前は名前を捨てて、逃げてる途中だったんだぞ。追い詰めてどうする?飯屋にできることは、飯を食わせて待つことだけだ」
大将は茶箱から、もう一つ古い封筒を取り出した。宛名に「双葉茂男殿」とある。差出人は、春山鉄造。
「あいつが死ぬ半年前に来た手紙だ。もう歩けなくなった頃だな。お前に読ませるために、取っといた」
俺は震える手で封筒を開けた。見覚えのある、下手くそな字が並んでいた。
「茂男兄。俺の体はもう長くないらしい。医者ってのは正直で困る。一つお前に頼みがある。俺の弟子の相馬のことだ。あいつは今、銀座で立派な店をやっている。雑誌にも出た。だがな。ほら、近頃あいつの皿の写真を見るたびに胸騒ぎがする。綺麗すぎるんだ。あいつの飯は、もっと湯気の立つ不細工な飯だったはずなんだ。あいつはいつか必ず折れる。ああいう真面目なやつは、てっぺんで折れるんだ。折れて、全部を捨てて、行き場をなくす日が来る。その時、俺はもうこの世にいねえ。だから茂男よ。頼む。もしあいつがお前の暖簾をくぐったら、何も言わずに飯を食わせてやってくれ。そして、できるなら厨房に立たせてやってくれ。あいつには、コンクールの金メダルなんかよりよっぽど大事なものがある。あれは18の年から、腹を減らした人間の顔を一度も見捨てたことのない男だ。見習いの頃、寒空の下の親子のために俺に頭を下げて、あまり物をもらっていくような男だ。こういうのは教えて身につくもんじゃねえ。相馬の一番の皿は、コンクールの皿じゃねえ。あの冬の、卵焼きの弁当だ。あいつがそれを思い出すまで、お前の店を貸してやってくれ。手が短い。春山鉄造」
最後の方の字は乱れて滲んでいた。力の入らない手で、それでも書いた字だった。俺は声を出さずに泣いた。こらえようとしたが、無理だった。瓶の上に落ちないように、顔をあげて泣いた。大将は何も言わず、湯のみに新しい茶を注いでくれた。泣き終わるまで、たっぷり時間をくれた。とめ子さんの写真の前の線香が、短くなって消えた。鉄造さんは知っていたのだ。駅前の親子のことも、俺があまり物をもらいに戻ったあの冬の夜のことも。「余ったから好きにしな」とめんどくさそうに言いながら、「焼きすぎた」と言っては鮭を余らせ、間違えたと言っては卵を余らせたことの意味も。全部知っていて、知らないふりをしてくれていたのだ。そして、俺が折れることまで見抜いて、死ぬ前に俺の帰る厨房を用意してくれていた。
「3年間黙ってて済まなかったな。だがよ、俺は約束通り、何も聞かずに飯を食わせて、厨房に立たせた。でだ。ここからが今夜の問題だ」
大将は背筋を正して、俺を見た。
「相馬。この店、お前にやる」
「え?」
「暖簾も、商売も、レシピも。ああ、それととめ子の写真もな。あいつはお前の飯を食いそびれたから、せめて毎日眺めさせてやってくれ。立ち退きだのなんだのって話は関係ねえ。前から決めてた。おら、この体だ。医者の言う通り、もう朝から晩まで店に立つのは無理だろ。とめ子もいねえしな。潮時なんだよ。だがな、二葉食堂の暖簾をここで終わらせるのは、惜しいんだ。場所は変わってもいい。建物なんざ、ただの箱だ。お前があの木箱の弁当を続けてる限り、どこでやろうがそこが二葉食堂だ。頼まれてくれるか?」
俺はすぐには答えられなかった。答えの代わりに、聞いた。
「…みんな、知ってたんですか?」
「当たり前だ。誰の町だと思ってやがる」
大将は初めていたずらが成功した子供みたいに笑った。
「言っとくがな。あの木箱の弁当、持っていってるのは1人や2人じゃねえぞ。商店街の連中はみんな知ってる。夜中にそっと持っていく母ちゃんがいる。仕事に破れた兄ちゃんが、箱を拝んでから持っていくのを見たやつもいる。お前は3年間気づかれてねえと思ってたろうが、この町はとっくにお前の弁当で回ってる夜があるんだよ」
その言葉が、胸の一番深いところに落ちた。俺は3年間、つぐないのつもりで弁当を作っていた。てっぺんに夢中で親方の死に目に会えなかった男の、小さな罪滅ぼしのつもりだった。だが、違ったのだ。あの木箱は、いつの間にかこの町の夜の一部になっていた。誰かの帰り道の、小さな明かりになっていた。線は、いつの間にか繋がりになっていた。
その夜、帰ってから俺は、鉄造さんの手紙のことを何度も思い返した。「あいつは折れる」と鉄造さんは書いた。その通りになった。「折れたら行き場をなくす」とも書いた。その通りになった。「そして帰る厨房さえあれば、あいつはまた巻き始める」。それも、その通りになった。俺は3年前、自分の意思で二葉食堂の暖簾をくぐったつもりでいた。だが、本当は死んだ師匠の手のひらの上を、ずっと歩いていたのだ。悔しくて、ありがたくて、その晩は銅の卵焼き鍋をいつもより長く磨いた。
数日後の土曜、店に来た桐生さんに、俺は鉄造さんの手紙のことを話した。彼女は目頭を抑えながら聞いていたが、聞き終わると何かを決めた顔で、バッグから小さなものを取り出した。ジッパー付きの透明な袋だった。中に、変色した紙が一枚。幾重にも折りたたまれて入っていた。所々破れて、テープで補修してある。
「見ていただけますか?」
袋から出されたそれは、弁当箱の掛け紙だった。隅に、下手くそな字が書いてある。「お腹が空いたらまず食べよう」。15年前、最後の弁当に俺が書いた、あの掛け紙だった。
「引っ越しの日からずっと持ってるんです。辛い時はいつもこれを見てました。受験の日も、就職の面接の日も、お守りにして鞄に入れてました。15年間。これが、私の一番の宝物でした」
紙は何百回も折り開かれたのだろう。折り目が布みたいに柔らかくなっていた。
「私、この言葉に何回助けられたか分かりません。落ち込んで何も手につかない日は、まず食べる。泣きたい日も、まず食べる。食べると、不思議ともう少しだけ頑張れるんです。だからね、相馬さん、聞いて欲しいんです。私がずっと考えてきたこと」
彼女はそう言って、鞄から一冊のファイルを取り出した。表紙にはこう書かれていた。「子供暮らし応援事業 概要企画書」。桐生さんの企画書は暑かった。そして、驚くほど具体的だった。
「桐生グループの食品部門でずっと温めてきた企画です。何度も社内で提案して、何度も通らなかった企画でもあります」
内容はこうだった。地域の食堂や弁当屋と組んで、生活の苦しい家庭の子供と親に、無料の弁当を届ける仕組みを作る。費用はグループの基金と協賛企業が持つ。受け取る側に、申請書や証明書やらの面倒な手続きは求めない。合言葉一つで、誰でも受け取れるようにする。
「役所の支援は、書類が多すぎるんです。私の父は当時、娘の学用品の補助を申請する窓口で、係りの人に事情を根掘り葉掘り聞かれて、真っ白な顔で帰ってきました。プライドが折れた人は、助けてって言えないんです。だから、聞かない仕組みにしたい。あの日の相馬さんが、何も聞かなかったみたいに。社内では採算が取れない、無謀だって言われ続けました。でも、私、諦められなくて。だって、私はこの事業の意味を知ってる当事者だから」
彼女は企画書の最後のページを開いた。事業名のところに、こう書いてあった。「まず食べよう便」。勝手にお借りしました。この言葉以上の名前を、私は思いつけなかったんです。
「相馬さん。双葉食堂に、この事業の1号店になって欲しいんです。場所のことは聞きました。父に頼るのが嫌なら、それでもいい。でも、これは出資じゃなくて共創です。あなたの味と、あなたの木箱のやり方が、この事業の設計図なんです。力を貸してくれませんか?」
俺は企画書を最初のページからもう一度めくった。紙の端に、手書きの修正が何年分も重なっていた。この人は、俺が銀座で迷子になっていた間も、あの掛け紙を握ってここまで歩いてきたのだ。「大きくなったら、誰かのお腹をあったかくできる人になる」。駅前のベンチで、あの子は確かにそう言った。あれは、子供の夢物語なんかじゃなかった。
「一つだけ、条件があります」
「はい」
「弁当の出し巻き卵は、俺に任せてください。全部の弁当ってわけにはいかなくても、少なくともうちの店から出す分は」
桐生さんの顔が、くしゃりと歪んだ。彼女は何度も何度も頷いた。
後日、大将にも企画書を見せた。大将は老眼鏡をかけて、1ページずつ時間をかけて読んだ。読み終わると、眼鏡を外して天井を仰いだ。
「とめ子がよ、生きてた頃よく言ってたんだ。『うちの店は儲からないね。でも潰れないね』って。飯屋ってのはな、儲ける商売じゃねえ。潰れねえ商売なんだ。町が食わせてくれて、町を食わせる。それだけの商売よ。この企画書は、それを大きくやろうって話だな。いいじゃねえか。乗った」
そこからの半年は、人生で一番早く過ぎた。誠一郎さんは話を聞くと、その場で基金の設立を即決した。ただし、と俺は釘を刺した。二葉食堂は桐生グループの傘下には入らない。店の味も、値段も、変えない。誠一郎さんは笑って言った。
「ええ、分かっています。あなたは、うちの看板よりよっぽど大事なものを守っている人だ。15年前の借りを、ようやく仕組みで返せる。今度は、誰かの親子にです。私のわがままに、やっと形をもらえました」
場所の問題は、思わぬところから解決した。噂を聞きつけた商店街の連中が、勝手に動き始めたのだ。口を切ったのは熊さんだった。
「商店街の外れに、閉めた米屋があるだろう。あそこの親爺は俺の兄貴分だ。話をつけてやる」
工事は、熊さんの組が請け負った。
「工事は任せとけ。本職なめんな。材料費だけでいい」
早苗さんは病院の同僚たちと、署名を集めてきた。『二葉食堂の移転先の営業を応援する』という、300人分の署名だった。ユウトは桐生さんの企画書を読み込んで、高校生の目線で「合言葉は言いやすい言葉がいい」と意見を出した。合言葉は、ユウトの案で決まった。店先でこう言えばいい。「まず食べよう」で、お願いします。それだけで、誰でも何も聞かずに温かい弁当を受け取れる。
移転と改装の間、大将は毎日現場に来て口を出しては、熊さんに追い払われていた。カウンターの木材だけは、大将がどうしても譲らなかった。40年分の夜が染みた、あの古いカウンターを、新しい店に移すことになった。外すと決まった日、大将はカウンターを雑巾で隅から隅まで拭いた。拭き終わると、手のひらで木目を2度、3度と撫でた。
「とめ子とよ。開店の前の晩に、2人でニス塗ったんだ。安い木でな。節だらけでよ。けど、いい木になったろ。うちの一番の備品だ」
旧店舗の最終営業日は、涙の1日になるかと思ったら、まるで違った。常連が全員来て、席が足りず、外に長机を出して、しまいには宴会になった。熊さんが泣きながら笑い、早苗さんが笑いながら泣き、ユウトの母ちゃんが差し入れの唐揚げを揚げに厨房へ入ってきた。定食屋の最終日に、客が唐揚げを揚げている。むちゃくちゃで、最高の夜だった。
引っ越しの朝、空になった店の真ん中で、大将は神棚のとめ子さんの写真を胸ポケットに入れた。
「行くぞ、とめ子。新居だ」
そして12月の頭、俺たちは新しい二葉食堂の暖簾を上げた。開店の朝はよく晴れていた。新しい暖簾は、洗って糊を当てた、40年ものの暖簾より少し大きくなった。木箱も新しくした。札も新しくした。
「ご自由にどうぞ。お腹が空いたらまず食べよう」
開店の10分前、外を掃いていた俺は、通りの先を見て手を止めた。行列ができていた。先頭は熊さんと組の連中だった。その後ろに、早苗さんと病院の同僚たち。ユウトとユウトの母ちゃん。商店街の人たち。そして、知らない顔もたくさん並んでいた。ベビーカーを押した母親がいた。作業着の兄ちゃんがいた。杖をついたばあさんがいた。
「おいおい、うちはそんな行列のできる店じゃねえぞ」
大将はそう言いながら、目を潤ませて暖簾の下から動かなかった。
開店初日の厨房は、湯気だらけだった。大将が焼き場、俺が揚げ場と煮物。生姜焼きが飛ぶように出て、仕込んだサバの味噌煮も昼過ぎに売り切れた。カウンターの向こうから「うまい」の声が上がるたび、大将と俺は目だけで頷き合った。そして、開店初日は「まず食べよう便」の1便目の日でもあった。朝、店の裏で配達用の保冷箱に弁当を30個詰めた。行き先は、市内の学童保育と、自治体の相談所の紹介する家庭だ。箱の蓋を閉める時、桐生さんが横に立って、手を合わせた。
「行ってらっしゃい。届きますように」
弁当に「行ってらっしゃい」という人を、俺は初めて見た。でも、悪くなかった。この弁当たちは、ここから誰かの夜を温めに行くのだ。
昼過ぎ、店が一番忙しい時間に、誠一郎さんと桐生さんが来た。2人はカウンターに並んで座り、他の客と同じように順番を待って、生姜焼き定食と味噌フライ定食を頼んだ。そして食後に、朝の1便目を届け終えて報告に戻った配達員へ、桐生さんが深々と頭を下げていた。誠一郎さんと桐生さんは、そのまま店の隅の席で、初日の様子を閉店まで見届けていった。
そして、その日の最後の客は、閉店際に来た。引き戸が空いて、小柄な品のいい白髪の女性が入ってきた。誠一郎さんが慌てて立ち上がった。
「お前、無理をして体はいいのか?」
「平気です。今日だけは、どうしても」
「お母さん!」
桐生さんが駆け寄った。桐生さんの母親だった。15年前、寝込んでいて、俺が一度も顔を見たことのなかった人だ。母親はゆっくりとカウンターまで歩いてきて、俺の前で丁寧に腰を折った。
「初めまして。三月の母の、桐生子と申します。…いえ、初めてではないんですよね。私はあなたのお味噌汁を、毎晩いただいておりました」
「覚えていてくださったんですか?」
「忘れるはずがありません」
桐生子さんは、ハンカチを目に当てた。
「あの頃の私は、食べ物の味がしなくなっていました。心が弱ると、味がしなくなるんです。ご存知でしたか?そんな私が、娘の持って帰る水筒のお味噌汁だけは、味がしたんです。生姜の香りがして、体の芯から温まって。ああ、私はまだ美味しいって思える。まだ大丈夫だって。毎晩、あの水筒に教えてもらいました。お礼を申し上げるのに、15年もかかりました。本当に、本当にありがとうございました」
俺は厨房から出て、同じだけ深く腰を折り返した。それしかできなかった。桐生子さんは、味噌汁と出し巻き卵を注文した。一口ずつゆっくりと味わって、食べ終わると器に向かって手を合わせた。
「ご馳走様でした。あの冬と同じ味」
閉店後、みんなが帰った店で、俺は一人明日の仕込みをしていた。銅の卵焼き鍋を磨きながら、哲さん(鉄道さん)の手紙の一説を思い出していた。「相馬の一番の皿は、コンクールの皿じゃねえ。あの冬の、卵焼きの弁当だ」。鉄道さん、あんたの言う通りだったよ。俺は15年かかって、やっとそれが分かった。窓の外で、雪が散らつき始めていた。あの冬と同じ匂いのする夜だった。
新しい二葉食堂は、ありがたいことに毎日賑やかだった。とはいえ、行列のできる有名店になったわけじゃない。昼時に席が埋まって、夕方に一段落して、夜にまたぽつぽつと埋まる。それくらいがちょうどいい。値段は前の店と変えなかった。生姜焼き定食は800円のままだ。
あの店のことを知っている食の雑誌から、取材の申し込みが何件か来た。俺は全部断った。一度だけ、しつこい記者が店まで来たことがある。
「相馬さん。『消えた天才』が定食屋にいる理由を、世間は知りたがってます。一度だけでいいので、話を聞かせてください」
「うちは定食屋です。話より、飯を食っていってください。生姜焼き、うまいですよ」
記者は諦めの悪い顔で席につき、生姜焼き定食を食べた。一口目で箸が止まり、その後は黙って食べきった。味噌汁を飲み干して、飯を一杯お代わりした。会計の時、彼はメモ帳を開かずに、しまって帰っていった。後日、短い記事だけが載った。「銀座の天才は消えていなかった。町の定食屋で、800円の最高の飯を作っていた」。店名は書かない。あの店は、探していく店ではなく、腹が減った時にそこにある店であるべきだからだ。
生き残り者もいたものだ。大将は、昼のピークだけ厨房に立つようになった。医者と俺と早苗さんの3人係で決めた勤務時間だ。それ以外の時間、大将はカウンターの橋が定位置になった。客と喋り、ユウトの勉強に口を出し、居眠りをする。
「なんだよ相馬。その目は。俺は監督だぞ。監督」
「へいへい、監督。湯のみが空ですよ」
とめ子さんの写真は、新しい店の神棚の横に、前と同じ角度で飾った。その隣に、もう一枚写真が増えた。割烹着の白い割烹着の若い鉄造さんと、大将の写真だ。毎朝、湯のみを2つ置くのが俺の仕事になった。湯のみを置きながら、俺は写真のへの字の口に、心の中で今日の献立を報告する。返事はないが、たまに原骨が飛んでくる気配だけはする。哲さんのお園さんにも、手紙で全部を報告した。折り返しの返事には、丁寧な字でこうあった。「うちの人は、あなたの自慢ばかりして死にました。幸せな最期です。出し巻き、たまに食べに行きます」。実際、お園さんはその後、本当に月に一度店に来てくれるようになった。うちの出し巻きを食べて、毎回「うちの人より、ちょっと甘い」と笑う。それが最高の褒め言葉だと、俺は知っている。
「まず食べよう便」は、静かに確実に育っていった。合言葉を口にする人は、最初の月は数人だった。それが口コミと学校の先生たちの尽力で、少しずつ増えた。夜の木箱も、相変わらず続けている。朝になると箱から無くなっていて、たまに洗った弁当箱と紙切れが帰ってくる。ある朝の紙切れには、子供の字でこう書いてあった。「お弁当のお兄ちゃんへ。卵焼きが世界一美味しいです。ママが久しぶりに笑いました」。俺はその紙を、レジ横の壁に貼った。コンクールの賞状より、よほど立派な賞状だった。
桐生さんはあれからも週末ごとに店に来る。もう客というより、半分スタッフだった。エプロンを自前で買って、配膳を手伝い、ユウトと受験の話をし、大将の将棋の相手をする。桐生グループの令嬢が定食屋で皿を運んでいるのだから、世間は分からないものだ。
年が明けた1月。ユウトの合格発表があった。ユウトは着信の残る携帯を握りしめて店に飛び込んできて、開店一番、「母ちゃんの次に俺たちに報告する」と言った通りの順番で叫んだ。
「大将!相馬さん!俺、受かった!」
店中の客が拍手した。大将は「当たり前だ。どこで勉強したと思ってやがる」と言いながら、鼻の頭を赤くしていた。その晩はユウトの母ちゃんも呼んで、店でささやかな祝いをやった。ユウトの母ちゃんは席につくなり、大将と俺に頭を下げて、なかなか上げなかった。
「うちの子、家だと狭くて勉強する場所がなくて。この店がなかったら、どうなってたか。本当に、本当に…」
「顔をあげてくださいよ。飯屋だ。飯屋は、客にいてもらってなんぼです。それに、一番頑張ったのは、あんたの息子だ。褒めてやりな」
ユウトはその横で、涙を落としそうなくらい俯いて、耳を真っ赤にしていた。
宴の片付けが終わった夜、桐生さんと2人、カウンターに残った。彼女は熱い茶を両手で包んで、「おつかれさまでした」と言った。
「ユウト君、よかったですね。私、今日のユウト君を見てて、思い出してました。私の合格発表の日のこと。高校も、大学も、就職も。私、発表の日の朝は、決まって卵焼きを作るんです。あなたの味を思い出しながら。でも、どうしても同じ味にならない。お出しの加減なのか、火加減なのか。15年間、一度も再現できませんでした」
「そりゃそうだ。あれは春やの企業秘密だからな」
「…教えてもらえませんか?」
「弟子入り志願か」
「はい、弟子入りです。一生の」
彼女はまっすぐ俺を見ていた。冗談の目ではなかった。俺は手にしていた布巾を置いた。心臓がうるさかった。33にもなって、何を緊張してるんだ。
「うちの弟子入りは、条件が厳しいぞ」
「何でも」
「朝が早い。休みは不定期だ。賄いは、俺と同じものしか出ない。それから…」
一度、息を吸った。
「一生、俺の隣で飯を食うことになる。それでもよければ」
みさんの目に、見る見る涙が盛り上がった。あの夜のラウンジと同じだった。でも、今度の涙は、悲しみの一滴もかぶっていない。喜びの涙だった。
「はい。喜んで。15年前から、そのつもりでした」
窓の外を、雪がまた降り始めていた。俺はあの冬の駅前を思い出していた。膝を抱えていた小さな影が、今、俺の隣で笑って泣いている。人生というのは、本当に分からない。捨てたもんじゃない。
後日、挨拶に行った俺に、誠一郎さんは開店一番こう言った。
「言ったでしょう。そう簡単には諦めないと」
「最初から、これが狙いでしたか?」
「まさか。ですが、期待はしていました。15年前からね」
誠一郎さんは大声で笑い、それから少しだけ涙を見せた。
「娘をお願いします。あの子の15年に、あなたが答えてくれて。本当に良かった」
式は、春の店の定休日に、二葉食堂でやった。ホテルの披露宴は2人で断った。カウンターに寿司と、大将の腕によりをかけた祝い膳を並べて、常連客と商店街の連中と桐生家の家族だけの、狭くて温かい宴だった。桐生さん…いや、相馬みは、白いエプロンをつけて、途中から自分で皿を運んでいた。花嫁が配膳する結婚式なんて、世界中でうちだけだったと思う。
店を移してから2年が過ぎた。二葉食堂は今日も、裏町の暖簾を出している。生姜焼き定食は、材料が上がったので850円になった。値上げの張り紙を出した日、常連たちは「もっとあげろ」と逆に怒った。熊さんに至っては、「950円までは出す用意がある」と謎の交渉を始めた。変な客ばかりの店だ。
「まず食べよう便」は、隣の市にも広がった。参加する食堂と弁当屋を超えた。届けた弁当は、この2年で10万食になったとみが教えてくれた。数字はすごいが、俺のやることは変わらない。朝、出汁を引いて、卵を割って、銅の鍋で出し巻きを巻く。夜、箱に弁当を入れて、店を閉める。それだけだ。木箱の弁当の蓋には、今は小さな判子が押してある。みが作ってくれた、あの言葉の判子だ。あの下手くそな手書きの文字を、そのまま彫ってもらった。俺の字は15年経っても下手くそなままだが、それが今ではうちの事業のロゴになっている。世間は本当に分からない。
あの日の掛け紙の実物は、額に入れて店のレジの奥に飾ってある。みが「原本は保存します」と言って、譲らなかったのだ。テープだらけの変色した紙が、うちの店で一番立派な額に入っている。事情を知らない客はみんな不思議そうな顔をするが、俺たちはそれでいい。あれは、うちの開店の由来書きみたいなものだから。
ケン太は去年、会社の同僚と結婚した。式の引き出物に「どうしても」というので、うちの弁当を100個作った。ホテルの披露宴の帰りに、弁当箱を提げて帰る客というのは、なかなかの眺めだった。あいつは今も月に一度「飯行こうぜ」と連絡してくる。今度は俺が断らない番だ。
大将は70歳になった。相変わらず昼だけ厨房に立ち、カウンターの橋で監督業に励んでいる。先月、俺とみに「折り入って話がある」というので身構えたら、「墓を買った」と。この店の隣だ。安心したら、腹が減ったという報告だった。その日の大将は、大盛りを平らげた。
ユウトは大学2年生になり、今もたまに店に来る。教育学部で、子供の貧困について勉強しているという。「まず食べよう便」のボランティアの学生班長でもある。あの合言葉を考えた高校生は、今は仕組みを回す側にいる。
「相馬さん、俺、将来は先生になって、腹減ってる生徒を見つけるのがうまい先生になります。気づいてもらえないのが、一番きついんで」
そう言ってユウトは今日も、配達の自転車で走っていく。あいつの背中は、随分大きくなった。
早苗さんは看護師長になった。今も夜勤明けには、カウンターの橋で味噌汁を両手で包んでいる。熊さんは新しい店の回廊をやたらと自慢するので、たまに材料費以上の飯を黙っておまけしている。みは桐生グループをやめなかった。「まず食べよう便」の責任者として平日はスーツで飛び回り、週末はエプロンで俺の隣に立つ。夫婦になって分かったが、この人は俺よりよほど頑固で、よほど働き者だ。そして、うちの朝の食卓には毎朝、2種類の卵焼きが並ぶ。俺の巻いた出し巻きと、みの巻いた出し巻きだ。弟子入りから2年、みの腕は随分上がった。この前、ついにほとんど同じ味まで来た。悔しがる顔がおかしくて、俺は「あと10年だな」と言っておいた。本当は、あと1年で追いつかれると思っている。
桐生子さんは月に一度、夫婦で店に来る。体は本調子ではないなりに、顔色は会うたびに良くなっていく。誠一郎さんは相変わらず味噌フライ定食で、飯を2回お代わりする。大病したら店を手伝わせてくれと言い出して、みに「お父さんは皿を割るからだめ」と却下されていた。
去年の夏には、こんなこともあった。「まず食べよう」の弁当を受け取っていた母親が、店を尋ねてきたのだ。彼女は働き口が決まったと報告に来て、封筒を差し出した。弁当代をまとめて払いたいという。俺は封筒を押し返して、店の壁の紙切れを指さした。
「うちの支払いは、あれで済んでます」
壁には、子供たちからの手紙や絵が、もう20枚以上張ってある。母親はしばらくその壁を見上げて、号泣して、頭を下げて帰っていった。数日後、木箱の上に、折り紙の花束が置いてあった。
それから最近、うちの店には新しい常連が増えた。学校帰りに、ランドセルの子供が2人、3人と店に来る。「まず食べよう」でお願いしますと教わった通りの合言葉を言う子もいれば、何も言えずに入り口で立っている子もいる。どっちでもいい。うちはどっちでも、飯が出る店だ。先週、そのうちの一人の女の子が、帰り際に俺を見上げて聞いた。
「ねえ、おじちゃん、どうしてただでくれるの?」
「ただじゃないぞ。大人になったら、返してもらう約束だ」
「私、お金ないよ」
「金じゃなくていい。大人になってな。もし、お腹を空かせた子に会ったら、何か食わせてやってくれ。それでチャラだ」
女の子はしばらく考えて、それから真剣な顔で頷いた。
「分かった。約束する」
その顔が、15年前の駅前の少女とそっくりで、俺は思わず笑ってしまった。厨房の奥で、みも笑っていた。
夜、店を閉めて、木箱に弁当を入れる。今日は3つ。出し巻き卵と、鮭のほぐし身と、キンピラと、梅干と、小さなおにぎり。あの夜と同じ、地味で不細工な弁当だ。ふと、考えることがある。あの日、俺は誰かを口説くために弁当を作ったんじゃない。誰かに自慢するためでも、名を挙げるためでもない。ただ、誰かに食べて欲しくて作った。それだけの弁当だった。あの冬の夜、泣きながら弁当を食べていた少女が、15年後に俺の味を覚えていてくれた。俺の書いた下手くそな一言を、宝物だと言ってくれた。そして今、俺の隣で同じ弁当を一緒に詰めてくれている。料理人として、これ以上の幸せがあるだろうか。
トロフィーは、今も段ボールの中で眠っている。捨てたわけじゃない。あれはあれで、俺の一部だ。ただ、俺の店の壁に飾るものは、もう決まっている。子供たちの絵と手紙と、「ご馳走様」の紙切れ。壁、だいぶ埋まってきた。鉄道さん。あんたの弟子は、てっぺんの景色より、湯気の立つ飯を選んだよ。「世界一うまい飯」が何か、やっと自分の舌で確かめられた。それはな、腹をすかせた誰かと一緒に食う、あったかい飯だ。
明日も、いい卵が入る。市場の魚屋は「二葉の兄ちゃん」と俺を呼び、八百屋のおばちゃんは曲がったキュウリを袋に押し込んでくる。大将はカウンターの橋で監督をやり、常連たちは今日もそれぞれの1日を抱えて、暖簾をくぐってくる。
俺は今日も出汁を引く。卵を割る。銅の鍋を火にかける。じゅわっと音がして、出汁の匂いが厨房に広がる。この繰り返しの中に、俺の人生の全部がある。
俺は店の明かりを消して、みと並んで、雪の散らつく商店街を歩き出した。
「ねえ、今日のお弁当、誰が食べてくれるのかな」
「さあな。誰でもいいさ。腹が減った誰かなら」
振り返ると、木箱の上に、街灯の明かりがちょうど落ちていた。あの冬の駅前の、自動販売機の明かりに、少しだけ似ていた。


