母は便利な雪かき要員だろ?自分の息子にそう呼ばれた瞬間を、今でも鮮明に覚えている。私は瀬古節子、64歳。歯科助手として31年間、患者さんの笑顔のために働いてきた。誠実に、真剣に、一度も怠けたことはない。そんな私を、育てた息子の高弘はそう呼んだのだ。
「ああ、今年もお前の家に泊まるから、雪かき要員がいると楽でいいよ。ホテル代も浮くし、本当に助かるわ」
電話の向こうの高弘の声は、驚くほど楽しそうだった。後ろでは嫁の奈津の声も聞こえる。その瞬間、私は手から力が抜けるのを感じた。受話器を握る手が、震えていた。私は人間としてではなく、道具として見られている。母としてではなく、ただの労働力として。31年間働き、750万円をかけて大学まで出した息子に、そう呼ばれていたのだ。
私の人生は決して華やかなものではなかった。地元の歯科医院に勤めて31年、転職もせず働いてきた。月給は23万円。決して多くはない。それでも夫の雅則と力を合わせて高弘を大学に行かせた。教育費だけで750万円。私は給料のほとんどを息子の将来に注ぎ込んだ。
この北陸の町は、雪がひどいことで知られている。毎年12月から3月まで、雪との戦いが始まる。毎朝5時に起きて、夫と二人で3時間、汗だくになって家の周りの雪をかく。腰が痛くても、手がかじかんでも、休むことはできない。4ヶ月間、毎日だ。年間360時間。真っ暗な早朝の厳しい労働だ。
高弘は大学を卒業後、東京の大手IT企業に就職した。年収は600万円以上。3年前に結婚した奈津も同じ会社に勤めていて、二人の合計年収は1000万円を超えるという。なのに、親に対して感謝の言葉を一度も聞いたことがない。むしろ、私たちを「雪かき要員」と呼んでいた。
12月中旬、高弘から電話があった。
「母さん、今年も正月はお前の家に泊まらせてくれ」
「ああ、今回は長くいるからな。雪が溶けるまで」
「え?雪が溶けるまでって、3月までってこと?」
「ああ、そうだよ。リモートワークできるし、奈津も北陸の冬の観光を楽しみたいって言ってるんだ。ホテルは高いけど、実家なら無料だろ?」
「無料」という言葉が、刃のように私の胸に突き刺さった。
「ちょっと待って」
「高弘、3ヶ月も泊まったら、私たちの生活は——」
「大丈夫だよ、大丈夫」
「雪かきも母さんがやってくれよ。俺たちは慣れてないし、朝はゆっくり寝たいからさ」
「あと、ご飯も作ってくれない?外食ばかりで飽きてるんだ」
奈津の楽しそうな声も聞こえてくる。
「あ、お義母さん、温泉と美味しいお店のリストを作ってください」
「観光の案内もお願いしますね」
「車も使わせてもらえますよね?」
電話は一方的に切られた。耳には虚しいツー音だけが残った。私はしばらく動けず、受話器を握ったまま立ち尽くしていた。
その夜、夫の雅則に相談した。いつもは穏やかな雅則の顔が、話を聞くうちにみるみる怒りに染まっていく。
「3ヶ月?雪かきに、料理に、観光案内?私たちを何だと思ってるんだ」
「31年間働いて、750万円もかけて育てたのに、これが親に対する態度か?」
その夜、眠れずに高弘のSNSをなんとなく開いて、私はもっと衝撃的な投稿を見つけてしまった。
「今年の冬は北陸で過ごすことに決定。実家に3ヶ月無料で泊まれるのは最高。雪かきは親にやらせて、俺らは観光だ。ホテル代100万浮いた。ラッキー」
手が震える。スマホを握る指先から力が抜けていく。画面が滲んで見えた。必死に涙をこらえた。夏の投稿も見つけた。
「実家を無料ホテルとして活用する裏技。ご飯も作ってくれるし、母さん便利すぎる。贅沢旅行資金が50万浮いた。便利」
「便利」。その言葉が頭の中で繰り返し響いた。コメント欄には友達からの書き込みもある。
「いいね。親を上手く使うのは大事だよね」
「実家は便利だよね、本当に使えるわ」
そして、嫁の返信が止めの一撃だった。
「そうでしょ?親は使い道があるのよ。特に田舎の親は従順で扱いやすいの。何も言わないから、本当に助かるわ」
田舎の親は従順。私は息子とその嫁の本心を知ってしまった。私たち親は、彼らにとって人間ではなく、単なる道具だったのだ。
12月15日、高弘からLINEが届いた。何もなかったかのような、明るいメッセージだった。
「母さん、準備はできてる?リスト送るから、全部用意しておいて」
添付されていた画像には、詳細な要求が列挙されていた。客室の布団、ヒーターのレンタル、Wi-Fiの速度確認。朝食は和食で、味噌汁と焼き魚。昼食はお弁当で冷蔵庫に入れておくこと。夕食は地元の食材で。雪かきは毎朝6時までに終わらせること。車の運転と、10箇所以上の観光プランの作成。温泉情報のリスト作成。それはまるで、ホテルへの注文書のようだった。いや、それ以上かもしれない。嫁からの追加メッセージも届いた。
「あ、それと私、アレルギーがあるので材料には気をつけてください。あと、毎日掃除もしてくださいね。ホテル並みのサービスを期待してますから」
「ホテル並みのサービス」。その瞬間、私の中で何かが音を立てて折れるのを感じた。私は限界だった。我慢の糸が、ついに切れたのだ。
12月16日の夜、高弘たちが来る前日。私はリビングのソファに座り、夫と一緒にいた。テレビはついていたが、何も頭に入ってこない。
「節子、顔色が悪いよ。大丈夫か?」
雅則が心配そうに聞いてきた。
「うん、でも明日、高弘が来るんだろ?3ヶ月も……」
ため息が自然と漏れた。すると、ちょうどその時、私のスマホが鳴った。高弘からの電話だ。もう夜の11時を過ぎている。嫌な予感がして、私は出なかった。代わりにスピーカーフォンにして、雅則にも聞こえるようにした。高弘はボイスメールにメッセージを残し始めた。
「あ、母さん、寝てる?伝言残しておくよ」
少し酔っているようだった。後ろからは居酒屋の騒がしい音が聞こえる。
「明日行くから、ちゃんと準備しておいてくれよ。リストのやつ、全部やっとけよ。あ、そうだ、友達に言われたんだけど——」
そのまま、高弘は友人との会話を始めてしまった。どうやらスマホを握ったまま、誰かと話しているらしい。
「いや、本当に楽勝なんだよ。実家なら何でも言うこと聞かせられるんだから。雪かきさせとけばいいんだよ。60過ぎてても働いてるから、体力はあるんだ」
私の手が震え始めた。雅則が私の手を握ってくれた。
「飯もただ、泊まるのもただ。ありえねぇほどおいしい話だよ」
「は?親の気持ち?そんなの興味ないね。親なんだから、子供のために犠牲になるのは当然だろ?」
「当然」。その言葉が心に深く突き刺さる。友人の声も聞こえる。
「でも、3ヶ月は長くない?大丈夫?」
「大丈夫だって、便利だし、いいだろ?」
高弘が笑う。その笑い声が、私の心を踏みつけているように感じられた。
「奈津の実家?そんなとこ頼んだりしないよ。あっちは金持ちだから、機嫌を損ねたらまずいだろ。俺の親は年金と安い給料だけだから、何言ってもいいんだよ。文句も言えないしな」
息子の口から、はっきりとした差別の言葉が聞こえた。
「育ててもらったんだから、それくらいして当然だろ。大学まで出してもらったんだから、その分返してもらわないとな」
私たちが注いだ愛情は、借金だったのか?返済が必要なローンだったのか?
「また来年も3ヶ月使ってやるよ。便利な無料ホテルだしな。正直、母さんは嬉しいだろ?息子が帰ってくるんだからさ」
友人が何か言っているようだが、聞き取れない。
「親孝行してるだろ?顔を見せてやってるんだから。これ以上何を望むんだよ」
高弘の声がだんだん遠ざかっていく。そして、留守番電話の録音は切れた。
部屋に静寂が戻ってきた。私は動けず、ただスマホを見つめていた。全身から力が抜けていく。
「節子」
雅則が私の名前を呼んだ。声が怒りで震えている。
「聞いたな?俺たちのことを『便利な無料ホテル』と呼んだんだぞ。身を粉にして働いて育てたのに」
「『育ててもらったんだから当然』?親の愛情を何だと思ってるんだ?」
彼の目は血走っていた。いつもは穏やかな夫が、こんなに怒ったのは初めてだ。私も涙を堪えきれなかった。頬を伝う涙が止まらない。
「節子、俺はもう限界だ。あれを自分の息子だとは思えない」
雅則の言葉が胸に響く。
「私も」
ようやく絞り出すように言葉が出た。
「30年以上、750万円もかけて育てて、これが報いか。もう、親をやめてもいいんだよね」
「ああ、もう十分だ。これ以上、あいつらのために何かをする必要はない」
雅則は私の肩を抱き寄せた。
「明日、思い知らせてやろう。親を便利な道具だと思ってるあいつらに、本当の痛みを」
私は黙って頷いた。
「でも、どうやって?」
「簡単だ。俺たちがいなくなりゃいいんだ。前に話してた、山の温泉街に引っ越す計画、覚えてるだろ?」
「うん、来年の春にやる予定だったよね?」
「あれを、明日やるんだ」
雅則の目は決意に満ちていた。
「組合の役員を来月辞める予定だったろ?俺はもう退職してる。いつでも動ける」
「そうだね。私も来月、31年間勤めた職場を円満退職する予定だった」
「新しい生活を始めよう。あいつらのいない、自由な生活を」
雅則の言葉に、何かが吹っ切れたような気がした。
「そうだね、そうしよう。もう我慢する必要はない」
私はゆっくりと立ち上がった。
「明日の午後3時にあいつらが来る。それまでに、全部片付けよう」
「ああ、完璧な計画を立てよう」
その夜、夫と二人で計画を練った。息子とその嫁に、忘れられない新年の思い出を残すための計画を。テーブルの上には富山の温泉街への引っ越しパンフレットが置かれ、ノートには明日の詳細なスケジュールが書き込まれていった。窓の外からは夜明けの光が差し込み始めていた。それは、新しい生活の始まりを告げる希望の光のように感じられた。
12月28日、朝6時。高弘たちが来るのは午後3時。残りわずかの時間だ。
「節子、起きてるか?」
雅則がリビングに降りてきた。二人とも一睡もしていないのに、妙に頭がすっきりしていた。むしろ、体に力がみなぎっている感じだ。
「うん、始めようか」
私は立ち上がり、ノートに書いた計画を確認した。まず、荷造り。長年住んだこの家を出る準備だ。必要なのは貴重品と、本当に大切なものだけ。新しい場所で新しいものを買えばいい。朝8時、荷造りがある程度済んだら、次の作業に移った。証拠の保存だ。念のため、高弘のSNSの投稿をすべてスクリーンショットした。スマホの画面を見るたびに心が痛んだ。でも、感傷に浸っている暇はない。昨日の留守番電話のメッセージも録音済みだ。何か言ってきたら、私たちにはすべての証拠がある。準備は冷静に、確実に進んでいく。
朝10時、私は医院の院長に電話をした。
「院長先生、今までありがとうございました。来月の退職の件、予定通りお願いします」
電話の向こうから、院長の優しい声が聞こえる。
「節子さん、今までありがとう。新しい生活、頑張ってくださいね」
「はい。新しい生活で、頑張ります」
電話を切った後、涙が少し出た。でも、それは悲しみの涙ではなく、長年支えてくれた人への感謝の涙だった。次に雅則が不動産会社に電話をする。
「富山の物件でお願いします。手付金は今すぐ振り込みます。急なお願いで申し訳ありませんが、今日中に決まってます。今日、出発しますので」
雅則の声には迷いがなかった。11時、オンラインバンキングで手付金の振込を完了した。これで新しい家が確保できた。
「さてと、じゃあ、これを書こうか」
テーブルに座り、紙とペンを取り出す。
「何を書く?」
「簡潔に、事実だけを書けばいい」
雅則が私の手に手を重ねた。私はペンを紙に置き、高弘が留守番電話に残した言葉を、一言一句、丁寧に書き出していった。心は痛む。だが、書きやめはしない。
「『便利な無料ホテルとして、自由に使ってください』」
「『親が援助するのは当然です』」
「750万円をかけて育てた息子から、こんな言葉を聞くことになるとは思わなかった」
涙が一滴、手紙に落ちた。すぐに拭いて、書き続ける。
「『私たちは疲れました』」
「『もう雪かきも、無料ホテルも、ごめんです』」
「『あなたたちの幸せを祈っています』」
手紙を書き終え、封筒に入れた。封はせず、テーブルの上に置いておく。これで十分だ。
午後1時、準備はすべて整った。ダンボールが玄関に積まれている。家の中を見回すと、思い出が蘇ってきた。初めて歩いた廊下。家族で囲った食卓。夫と二人で過ごした数え切れない夜。
「後悔はあるか?」
雅則が聞く。
「少しだけね。でも、もう戻れない」
私は家の中のすべての部屋を歩き、ヒーターを一つずつ消していった。北陸の冬に暖房を消した家がどうなるか、私はよく知っている。冷蔵庫も空にした。食べ物は何も残していない。布団はクローゼットの奥にしまい込んだ。完璧だ。
午後2時、出発の時間だった。車に荷物を積み、家を振り返る。30年以上住んだ家。しかし、もう私たちの家ではない。雅則が私の手を取る。
「これが新しい生活の始まりだ」
「本当の人生は、これから始まるんだ」
私たちは車に乗り込み、エンジンをかけた。バックミラーに、家が小さくなっていく。高弘から連絡が来るだろう。きっと来る。でも、出る必要はない。雅則はスマホの設定を確認する。
「着信拒否設定は完了。LINEもブロックした。メールもだ」
「完璧だ」
私も同じように設定した。これで、高弘たちからの連絡は一切届かない。車は富山へ向けて走り出した。窓の外には雪景色が広がる。でも、今日のこの白さは、希望の色のように見えた。
午後2時50分。高弘たちは新幹線を降りて、タクシーに乗っている頃だろう。あと10分で家に着く。そこには誰もいない。暖房もない。食べ物もない。凍てついた、空っぽの家が待っている。
「始まるな」
「ああ、私たちの勝利が、今始まるんだ」
雅則が力強く答えた。私たちの新しい生活は、この瞬間から動き出している。午後3時、高弘たちが家に着く頃、私たちは富山へ向かう高速道路を走っていた。車内には穏やかな音楽が流れている。すると、雅則のスマホが振動した。着信拒否設定のため、通知だけが表示された。高弘からの着信だ。もう始まったのか。私は深く息を吸った。胸の奥では複雑な感情が渦巻いていた。
一方その頃、私たちの家では、地獄が始まっていた。高弘は重い荷物を抱えて玄関に立っていたはずだ。
「母さん、開けてくれよ。この荷物、重いんだ」
「ねえ、寒いんだけど!早く出てきてよ」
奈津の声が冷たい空気に響く。しかし、返事はない。
「あれ?いないのか?まだ買い物に行ってるのか?」
高弘はインターホンを何度も押しただろう。でも、誰も出てこない。苛立った高弘は、予備の鍵で玄関のドアを開けたはずだ。そして、目にしたのは真っ暗で凍てついた家だった。人の気配がまったくない。
「は?何だこれ?寒すぎるだろ!」
家の中に入ると、冷気が二人を包む。暖房は切られ、室温はおそらく3度くらいだ。
「寒い!何だよこれ!暖房切れてるじゃん!母さん、どこにいるんだよ!」
奈津の不安そうな声が響く。リビングに入ると、テーブルの上に白い封筒があった。高弘は震える手で封筒を開けた。そこに書かれた言葉を読んだ瞬間、彼の顔から血の気が引いたに違いない。
「留守番電話、聞いたか?」
奈津は高弘の肩越しに手紙を覗き込んだ。
「『便利な無料ホテル』」
二人の間に重い沈黙が落ちた。
「ちょ、ちょっと待って、これ、私たちのこと?」
「やばい、全部聞かれてたんだ」
「SNSも見られてる」
高弘は手紙を強く握りしめた。
「待てよ、じゃあ母さんと父さんはどこに行ったんだ?」
慌ててスマホを取り出す。
「母さん、出てくれよ!」
電話をかけるが、つながらない。
「おかけになった電話番号は、お客様のご都合により、おつなぎできません」
機械音声が繰り返される。両親の両方から着信拒否されていた。高弘の手が震えていた。奈津は冷蔵庫を開ける。
「食料がない!マジで?飲み物すらないんだけど!」
パニックになった奈津の声が家に響く。高弘は寝室に飛び込んだ。
「布団もない!」
「全部ない!」
「全部持って行かれた!」
玄関には、自分たちの荷物だけが山積みになっていた。3ヶ月分の大量の荷物。今や、それは重荷に変わっていた。
「ねえ、どうするのよ!寒いし、お腹空いたし!」
奈津がヒステリックに叫ぶ。
「わ、わからない!ホテルを探すか?」
高弘は震える手でスマホを操作した。「年末 ホテル 空室」で検索する。画面に表示されるのは「満室」の文字ばかり。
「全部埋まってる!」
「ど、どうするんだよ!」
「3ヶ月分の荷物、どうするんだ!」
奈津の悲鳴は虚しく響いた。一方その頃、私たちは富山の温泉旅館に到着していた。チェックインを済ませ、部屋に入る。窓からは美しい景色が見えた。
「きれいだね」
私は窓際に立って外を見た。雅則のスマホがまた振動する。画面を見ると、着信拒否の通知が50件以上表示されていた。
「たくさん来てるな」
「無視でいいんだろ?」
雅則が確認するように聞く。
「うん、もう私たちには関係ないから」
私は穏やかに答えた。温泉に浸かりながら、目を閉じる。温かいお湯が、全身の疲れを癒していく。31年間、懸命に働いてきた体。雪かきで痛めた腰。冷たい水で荒れた手。すべてを、このお湯が包んでくれる。
「節子、本当にこの選択で良かったのか?」
雅則が隣で聞く。
「うん、今、本当に解放された気分だよ」
一方、高弘たちの地獄は深まっていた。着信は100件、150件と増えていく。しかし、誰も出ることはない。高弘は諦めて、メッセージを送った。
「母さん、父さん、本当にごめんなさい」
「軽率な発言を、深く反省しています」
「どうか、帰ってきてください」
「本当に困っています」
しかし、返事はない。既読すらつかない。
「これからは、ちゃんと親孝行します」
「だから、お願いです」
「雪かきも自分たちでやります」
「ご飯も外で食べます」
「観光案内もいりません」
「だから、お願いです、やめてください」
必死のメッセージを送り続けるが、返事は来ない。奈津の怒りがついに爆発した。
「もういい加減にしてよ!出ないんだろ!私、東京に帰るから!」
「待って、お願い!」
「もう少しだけ!」
「もう少しって、何?帰ってくると思ってるの?そんなわけないでしょ!」
凍てつく家の中で、二人の喧嘩は続いた。翌日、12月29日、高弘は仕方なく会社に電話した。
「申し訳ありません。リモートワークのキャンセルをお願いします」
「家庭の事情で」
上司の怒鳴り声が受話器から響く。
「おい、正気か?」
「もうクライアントには全部説明してあるんだぞ!」
「今さら何を言ってるんだ!」
「本当に申し訳ございません」
高弘の声は震え、力がなかった。結局、二人は東京に戻ることにした。12月30日、新幹線の中で奈津が冷たく宣言した。
「結局、ホテル代も電車代も全部無駄だったね」
「往復で20万、荷物の送料で5万」
「SNSも炎上してるし、会社での評判も最悪。最悪の年末だよ」
高弘は何も言えず、項垂れていた。
「全部、お前のせいだぞ」
「親を無料ホテル扱いした、俺が悪かった」
高弘が小さな声で呟いた。一方その頃、私たちは富山の新しい家で、新生活を始めていた。小さなアパートだが、二人には十分だ。窓からは温泉街の美しい景色が見える。
「これを見て」
雅則がスマホを見せてくれた。高弘のSNSの投稿だ。12月31日の投稿。
「最悪の年末だった」
「自分の軽率な言葉で、大切な両親を失ってしまった」
「本当に後悔している」
「後悔?」私はそっと微笑んだ。「でも、もう遅いよね。もう二度と、あの人たちには会わない」
雅則が温かいお茶を注いでくれた。新しい生活は、本当に心地よい。窓の外の景色を眺めた。雪はまだ降っている。でも、その雪はもう私たちの負担ではない。ただの、美しい冬の贈り物だ。
1月5日、富山の温泉街は穏やかな冬の朝を迎えた。私たち夫婦は、小さなアパートのリビングで朝食を食べている。窓から差し込む柔らかな光が、テーブルを照らしていた。
「ねえ、今日は何をしようか?温泉?それとも観光?」
私は明るい気持ちで聞く。
「どっちもいいね。今日から、私たちの時間だ」
雅則が微笑んで答えた。その笑顔を見て、私はこの決断が正しかったと心から思う。31年間勤めた仕事を円満退職した。退職金と貯蓄があれば、二人で暮らしていくには十分だ。何より、毎日が自由だ。誰かの要求に応える必要も、雪かきを強制されることも、便利な道具として扱われることもない。散歩に出かけると、温泉街の人々が温かく挨拶してくれる。
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
こんなに単純な挨拶が、こんなにも心地よいなんて知らなかった。
1月15日、スマホに見知らぬ番号から着信があった。雅則のアドバイスに従い、一度だけ出てみることにした。
「もしもし?」
聞き覚えのある声が、電話の向こうから聞こえた。高弘だ。
「母さん、やっと出てくれた!」
「ごめん、俺が悪かった」
「もう一度チャンスをくれないか?今度こそ、ちゃんとした息子になるから」
泣きそうな声だった。私は深呼吸をし、心を落ち着けて、言葉を選んだ。
「高弘。あなたは私たちのことを『便利な無料ホテル』と呼んだわね」
「ごめん、本当にごめん。調子に乗ってたんだ」
「31年間働いて、750万円をかけて育てた息子に、親を道具としか見られなかった。その事実は変わらないわ」
電話の向こうで、高弘の嗚咽が聞こえる。
「あなたは私たちの尊厳を完全に踏みにじった」
「もう、親子の関係を修復することはできない」
「母さん、どうか、幸せでいてください。さようなら」
私は静かに電話を切った。雅則が私の肩を抱き寄せる。
「言いたいことは、全部言えたか?」
「うん、もう何の後悔もない」
これが、高弘との最後の会話だった。振り返ってみると、私は31年間、彼のために自分を犠牲にしてきた。しかし、本当に親が子のためにすべてを捧げるのが当然なのだろうか?親にも人生がある。親にも尊厳がある。子どものためにすべてを我慢する必要はない。現代社会には、親は子のために犠牲になって当然だという価値観が根強い。しかし、それは親を道具として使うこととは別問題だ。感謝の気持ちを忘れ、ただ利用するだけの関係は、もう家族とは呼べない。私は、そのような関係を断ち切る勇気を持った。そして今、私は本当の自由と幸せを手に入れた。もし理不尽な扱いを受けているなら、あなたも我慢し続ける必要はない。どうか、声を上げる勇気を持って。自分を守るための行動を起こして。あなたには、幸せになる権利があるのだから。
2月、温泉街の雪は一段と美しくなった。雅則と手をつないで散歩する。
「ねえ、お父さん。私たち、この選択をして本当に良かったね」
「もし息子家族の雪かき労働者になっていたら、大変だったよ」
「私たちの決断は正しかった。私たちは今、本当に自由だ」
31年間働いて、ようやく手に入れたこの自由。理不尽さに抗い、尊厳を守って勝ち取ったこの生活。私は心の底から幸せを感じていた。息子とその嫁への復讐は、完全な成功だった。彼らは、親を道具として扱った代償を、生涯忘れることはないだろう。そして、私は残りの人生を、自分のために生きることを選んだ。これこそが、本当の勝利だ。あなたも、きっと自分の勝利を勝ち取ることができる。理不尽に負けないで。自分を大切に。幸せになる権利を主張して。それは、私たち全員に与えられた権利なのだから。温泉街の夕日は、本当に美しかった。オレンジ色の光が雪に反射して、キラキラと輝いている。雅則と私はベンチに座り、その景色を眺めた。
「節子、幸せか?」
「うん。今、本当に幸せ」
私は雅則の手を握った。31年間の重荷を降ろした私たちの人生は、ようやく本格的に始まったのだ。


