義母の喜寿のお祝いで、13人の親戚が集まった夜のこと。みんなで笑い合い、食事を楽しむ中、夫の友彦のスマホだけが鳴り続けていた。義父が「最近の調子はどうだ?」と話を振っても、友彦は上の空。そしてついに「ちょっとトイレに」と席を外した。その数秒後、私のスマホが震えた。私は義父と目を合わせ、頷き合うと、立ち上がって声を上げた。「友彦からLINEが来たので、読ませてもらいますね。“俺は雪野を愛してる”って、ハートマーク付きで。」
数分後、戻ってきた友彦は顔面蒼白だった。「ど、どうしたんだよ…」と動揺する彼に、義妹のメイが吐き捨てた。「キモいおっさん。」その瞬間、親戚全員の冷たい視線が友彦に突き刺さった。
私は雪野、33歳。保険の外交員をしながら、4歳年上の夫・友彦と義両親との4人暮らし。出会いは4年前、営業先の企業で声をかけてくれたのが友彦だった。彼は役員で「保険の切り替えを考えている」と私にプランニングを依頼してきた。何度も面談を重ね、契約寸前のあの日、彼は突然言ったのだ。「俺の嫁にならないか。」
冗談だと聞き流した私に、彼は「本気だよ。君を見かけた瞬間から心を奪われた」と言い放った。イケメンではないけれど、甘い言葉で女性を口説くタイプだと思っていた。しかし彼は本気で、何度もプロポーズを繰り返した。その必死さに根負けし、「お互いにいいと思えたら」と条件付きで交際を始めた。
交際中、友彦は断るたびに高級ブランドのバッグやアクセサリーをプレゼントしてくれた。「これは僕の気持ちだ」と言って。周りの友達は「社長の息子との結婚なんて玉の輿だ」と羨んだが、私は彼の熱意に逃げたくなる気持ちを抑えられなかった。彼の恋愛体質が、どこか信用できなかったからだ。
結婚後も、彼の“愛情表現”は止まらない。でも、それは私へのものだけじゃなかった。彼の母、つまり義母は、いつもこう言って友彦を擁護した。「あの子は天才よ。世間が気づいていないだけ。」私が「何か賞を取ったことはあるんですか?」と尋ねると、義母は鼻で笑いながら言った。「まだだけど、あの子が怠けるのは、妻であるあなたがちゃんと支えていないからよ。」
私は黙って耐えてきた。平穏な暮らしを守るために。でもあの日、義母の喜寿祝いで、友彦のスマホが鳴り続けた時、私はなぜか直感した。あれは“愛人”からの連絡だと。そして、私は親戚全員の前で、彼のLINEを読み上げたのだ。
「俺は雪野を愛してる」——そのメッセージの送信先は、私ではなかった。あれは、浮気相手に送るための“定型文”。宛先を間違えて、私に送ってしまったのだ。親戚たちの沈黙の中、私はただ立っていた。友彦は何も言い訳ができず、義父母も顔を真っ青にして固まっている。その時、私はひとつの決意を固めていた。この家を出ていく、と。
今は実家に身を寄せ、離婚に向けて準備を進めている。友彦は何度も「謝るから戻ってきて」と連絡をよこすが、もう遅い。あの日のLINEが、偶然じゃなくて良かった。あれが“最後の愛の証明”だと思えば、気持ちは軽くなったから。私はこれから、自分の人生を生きていく。誰かの“天才”を支えるためじゃなく、私自身のために。



