「無能なあんたには難しい会議だ。だから、あんたは今日は不参加で頼むよ」──30年ぶりに本社へ復帰した初日から、最年少で課長に就任した年下の上司が、私にそう言い放ち、会議資料を奪い取った。彼は私を地方から来た落ちこぼれ扱いし、「これ、今日のプレゼンで使う俺の自作プログラムだ。せいぜい解読してみろ」と分厚いファイルを押し付けてきた。私は何も言わずにそれを受け取った。なぜなら、そのプログラムの真の…
「無能なあんたには難しい会議だ。だから、あんたは今日は不参加で頼むよ。」 年下の課長が、せせら笑いながら俺から会議資料を引ったくった。 俺は50歳を過ぎて、30年ぶりに本社へ復帰してきた。だが、この本社で最年少で課長に就任した若造は、俺のことを徹底的に見下し、馬鹿にしてくる。俺は胸に刺さる言葉を飲み込み、代わりに差し出された分厚いファイルを受け取った。 「それ、今日の会議でプレゼンする予定の、俺の自作プログラムなんだよ。せいぜい強がって解読してみてくれよ。できたら、少しは見る目を変えてやってもいいよ。まあ、無能な年寄りには無理だろうけどな」 そう言って、俺の肩を軽く叩き、嫌な笑顔を残して課長は会議室へ向かった。 その会議の結末がどうなるか。彼には申し訳ないが、俺にはもう見えていた。 だが、俺は何も言わず、黙って自分の持ち場に引き返した。嘘によって積み上げられた彼のキャリアが、崩れ落ちるのを見守ることにしたのだ。 俺の名前は春野。53歳になるサラリーマンで、長年システム関連の企業でSEをやってきた。高校で情報処理を学び、そこからずっとこの仕事に携わってきた。大学ではSEという職業を知り、いずれは自分の力だけで生きていける職人のような仕事だと感じて、真剣に勉強を続けた。 入社後は本社のシステム管理部門に所属し、その後、子会社の設立や地方のサーバーセンターの設置に伴い、応援として送り込まれた。それからというもの、いくつかの事業所でシステム管理の責任者を任され、本社と子会社、事業所の事情をすべて把握しながら対応してきた。 そんなある日、若手の岩崎君に呼び止められた。 「春野さん、少し相談に乗っていただけませんか?」 話を聞くと、彼は任されたシステムの初期設計に苦労しており、知識を持つ誰かの助けが必要だった。彼のパソコンの画面と資料を見て、俺は思わず顔をしかめた。それは、うちの会社がやるべき仕事というより、セキュリティやプログラミングに特化した会社が受けるような高度な案件だった。 「ああ、これはちょっと難しいね。初期設計は、別の部門が担当するような案件だと思うが」 俺が苦笑いを見せると、岩崎君も困ったように頷いた。 「実は、これ、本社の同期から振られた仕事なんですよ。和田君というんですが、彼が取引先に頼まれて、とりあえず引き受けたみたいで」 「それで、どうして君がやってるんだ?」 「和田君は今、営業も兼任していて、忙しいからって、こっちに依頼してきて」 本社の和田という名前が俺の頭に残った。若手のSEでありながら営業もこなす男。岩崎君に頼んだ仕事を見る限り、実力があるのかどうかは疑わしい。資料をしっかり読めば、自分たちでは手に余る案件だと分かるはずなのに。 俺は頭を抱えている岩崎君に助け舟を出し、この仕事を引き継ぐことを申し出た。岩崎君にはサポートを頼み、和田君が指定している納期までに自分が仕上げることにした。 「ありがとうございます。実は、他にも和田君に頼まれた案件があって、それは簡単なものなので、それも早く終わらせたいと思っていたんです」 俺の提案にほっとした岩崎君は、本音を漏らした。本社の和田君は、難しいものから簡単なものまで、岩崎君に頼りきりのようだった。元々二人は同期のSEで、最初は切磋琢磨していたが、次第に差が開いた。職人肌の岩崎君と、コミュニケーション能力に長けた和田君。和田君は顔を売って名前を上げ、営業もできるSEになったが、岩崎君は職人として地方のサーバーセンターに送り込まれていた。 「和田君は、花がありますからね。こうやって仕事を取ってくるのもそうですし」 「それでも、自分でやるわけじゃないんだね」 「それは、まあ、営業としても期待されてますから。まずは成績を上げるのも大事なんじゃないでしょうか」 岩崎君は人が良いのだろう。仕事があれば真面目に取り組み、スケジュール管理も完璧だ。しかし、彼のことを利用しているとしか思えない和田君のやり方に、俺は嫌な感覚を覚えた。 1週間ほどでシステムを完成させ、納期を少し余らせて和田君に報告した。報告は岩崎君に任せ、俺は彼の影に隠れていた。 それから間もなく、俺の上司が異動の話を持ちかけてきた。近々、本社で大規模なシステム変更に伴う新規プロジェクトが始動するらしい。それに合わせて、俺を本社に呼びたいという声が上がっているという。 「もう30年ぶりぐらいじゃないのか?」 「そうですね。そのくらいです」 「戻ったところで、ついていけますかね」 「やることは変わらないよ。本社オフィスは新しくなってるけどな」 「ああ、それが心配ですね」 上司と笑い合いながら、俺は異動の話を受けることにした。突然の話だったが、特に緊張はしなかった。ところが、上司は思い出したように付け加えた。 「ああ、そうだ。本社に戻るにあたって、管理部長のポストを用意したいって言われてるんだが、どうする?」 「システム部門の課長には、若手が抜擢されるらしい。ここの岩崎君の同期だとか。しばらく営業もやってたらしい。やり手みたいだぞ」 上司の口から、和田君の名前が出た。その評判と人物像を並べて、俺は耳を傾けた。和田君は本社でも期待の若手として見られているらしい。いずれはシステム部と営業部を束ねるようなモンスター級の社員になると言われている。俺が過去に彼から受けた印象との違いに、まだ顔も知らない和田君を警戒した。 「これでどうする? 管理部長、引き受けるか?」 「いや、それは保留でいいですか?」 「ああ、そうか。じゃあ、他の人に話がいくけど」 「はい。僕はこのままで」 俺は役職者になる誘いを断った。和田君の上司になるというのが引っかかったのもあったが、これまで通りのSEとして仕事をしていたかったのだ。 本社に合流したその日、俺は上司となる和田君と顔を合わせた。SEというより、やり手営業マンの雰囲気をまとった彼は、俺の顔を見ると薄笑いを浮かべた。 「まあ、あなたの話は聞いてますよ。これまで地方を飛び回っていたとか。とりあえず、頑張ってください」 和田君の顔には、「めんどくさい」という言葉が張り付いているようだった。突然現れた年上の部下を、嫌々受け入れている様子だった。 「春野さん、あなた、何考えてるんですか? 今時、こんな分厚い本なんか持ち出して」 和田君は、次第に俺の仕事のやり方に文句をつけるようになった。昔気質の人間らしく、俺はプログラミング関連の学術書や本を見ながら作業をする。コンピューターに計算させるのとは別に、設計や理論を整理するために本を見て、パソコンなしでの作業も行う。それが彼には気に入らないらしかった。 「今時、そんなことされたら困るんですよ。効率も悪ければ、生産性もゼロです」 「ああ、すみません。けれど、時にはこういった作業も必要でしてね。SEだからといって、一日中パソコンに向き合っていればいいわけではない。現に、今でも学術書は出版されています。現役のSEや研究者はそれを手に取って、仕事の資料にしていますから」 「そうやって、わけのわからないことして、周りを振り回さないでください。僕は、あなたを雑用係のつもりで引き受けたのに、余計なことばかりしようとするんだから」 和田君の口から、本音が飛び出した。俺にとって、彼は上層部から押し付けられたお荷物社員だったらしい。昔は本社にいたが、今は地方の事業所に追いやられていたはずの、落ちこぼれ。プロジェクトに関わらせて、これまでの苦労話を聞いてやっている。そのためにわざわざ机を用意してやった。それが、和田君にとっての俺という人間だった。 「僕はね、会社があなたに思い出作りをさせようとするのも、気に食わないんですよ」 「ああ、そうなんですか」 「ええ。僕もそうですよ。僕は最年少で課長に任命された。他のメンバーも若手が揃ってる。そういう、寄せ集めの人の中に、みたいな年上がいるなんてね」 … Read more