「たった五百円でちゅか?迷惑なんですけど」――九歳の娘が、入院中の祖父のために三ヶ月間、お手伝いをして必死に貯めた五百円を、銀行員に貯金箱ごと叩き落とされ、小銭を床に散らばされた。周りの大人は誰も助けてくれず、娘は泣きながら小銭を拾った。私はその知らせを、病院のベッドで受けた。電話の向こうの銀行員は、まだ自分が誰に喧嘩を売っているのか気づいていない。私は静かに言った。「では、こう伝えてくださ…
銀行のロビーに、少女の小さな声が響いた。九歳の桃香は、真っ赤な顔をして、可愛いキャラクターの貯金箱を窓口の男に差し出していた。 「私、お手伝いをいっぱいして、お金を貯めました。だから、おじいちゃんのために通帳を作りに来たんです」 しかし、窓口の銀行員・高木は鼻で笑った。 「たった五百円で?迷惑なんですけど。貧乏人小僧が小銭なんか持ってこないでくれる?大人は忙しいんだよ。さあ、時間の無駄だから、さっさと帰ってお勉強しましょうね」 男は貯金箱を強く突き返した。カウンターから落ちた貯金箱は、床に激しくぶつかり、バラバラに割れた。桃香が三ヶ月かけてコツコツ貯めた五十円玉、十円玉、五円玉、一円玉が、派手に散乱した。 「ああ、もう、余計に時間かかっちまうじゃねえか。誰か箒持ってこい。さっさと掃除しろ」 周囲の客たちはチラチラと視線を向けるだけで、誰も声をあげなかった。見て見ぬふりをする大人たち。桃香は膝をついて、震える小さな手で小銭を拾い集めた。涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。 三年前の冬、桃香は両親を交通事故で失った。六歳の桃香を引き取ったのは、父方の祖父・健造だった。質素な二階建ての古い家で、二人暮らしが始まった。近所の人々は、年金暮らしの普通のおじいちゃんと思っていた。健造の生活は確かに質素だった。しかし、健造は桃香に惜しみない愛情を注いだ。毎朝一緒に朝食を食べ、学校まで送り迎えをしてくれた。 「桃香、パパとママは天国から見守ってくれているよ。だから、じいちゃんと一緒に元気に生きていこうな」 「うん。おじいちゃん、大好き」 桃香は毎朝、健造より早く起きて、ご飯をよそい、味噌汁を運んだ。 「おじいちゃん、今日も頑張ろうね」 健造の目には、いつも涙が滲んでいた。こんなに優しい子に育ってくれた。亡くなった息子夫婦に胸を張って報告できる。そう思っていた。 三ヶ月前、健造が突然倒れた。診断は重い病気で、入院となった。病院のベッドで、健造は桃香の手を握った。 「桃香、じいちゃんは大丈夫だからね。心配しないで、学校にちゃんと行くんだよ」 「おじいちゃん、早く元気になってね」 桃香は毎日学校の帰りに病院へ通った。祖父の好きなりんごを持っていき、学校での出来事を話した。しかし、桃香は気づいていた。病院の個室は高額だ。治療費も相当かかっているはずだ。自分には何もできない。それが悔しかった。 ある日、桃香は決心した。貯金箱を買い、お手伝いで貯めたお金を入れ始めた。お皿洗い十円、お掃除十円、お洗濯のお手伝い五十円。スーパーで一番安い卵を選ぶ。一番安いお米を選ぶ。友達がアイスを食べていても我慢した。欲しかったおもちゃも諦めた。全て、大好きなおじいちゃんのためだった。 そして今、貯金箱には五百円が溜まっていた。九歳の少女にとって、三ヶ月間の努力の結晶だった。健造は、自分がどれほどの資産を持っているか、桃香に一切話していなかった。お金があることで人が変わってしまうのを見てきた。桃香は、祖父を年金暮らしの普通のおじいちゃんだと信じていた。少女は知らなかった。自分の祖父が、二兆円を動かす力を持つ男であることを。 窓口の高木は、桃香を見下すような目で見つめている。 「で、何の用でちゅか。お父さんとお母さんはどこ?」 「と、とママは、天国に……」 桃香の声が震えた。 「そう。で、おばあちゃんとかはいるの?」 「いません。おじいちゃんと、二人です」 「じゃあ、そのおじいちゃんはどこ?」 「病院で、入院してて……」 桃香の目に涙が滲んだ。 「はいはい。で、五百円で何がしたいのかな?」 「あの、貯金したいんです。おじいちゃんのために」 その言葉に、高木は鼻で笑った。 「はあ。五百円で貯金。ここは銀行だよ。君みたいな子供の遊びに付き合ってる暇ないんだけどね」 高木の声は大きく、周囲の客たちが振り返った。皆が、小さな少女と傲慢な銀行員のやり取りを注視し始めた。 「おじいちゃんが病気で、少しでも……」 桃香の小さな手が、割れた貯金箱のかけらを握りしめた。三ヶ月、毎日頑張った。この五百円は、桃香にとって何よりも大切なもの。おじいちゃんの笑顔が見たくて、ずっとずっと貯めてきた。 「病気だからって、なんでちゅか。それとこれとは関係ないでしょ。五百円なんて、自動販売機の釣り銭レベルなんですけど」 桃香の顔が真っ赤になった。恥ずかしさと悔しさで、涙が溢れそうだった。窓口の隣にいた銀行員・佐々木恵が、困惑した表情で桃香を見ていた。 「あの、高木さん、何を……」 「佐々木さん、今しっかり仕事中なんだけど。余計な口出ししてる暇あったら、大口の客に営業かけてくれる?」 佐々木は口を閉じた。先輩の高木には逆らえなかった。しかし、その目には明らかに困惑の色があった。 「いいえ。ここはね、ちゃんとしたお金を預ける場所なの。五百円とか、正直迷惑なんですけど。事務処理の手間だけかかるし。それに、君みたいな子が一人で来ても、保護者の同意がないと口座作れないんだよね。お父さんかお母さんは、いないんだっけ?」 桃香の体が小さく震えた。周囲の客たちから、小さなざわめきが起こった。 「ひどい。あんな小さい子に」 「銀行員って、あんなに偉そうなの?」 しかし、高木は意に返さない。 「じゃあ、おじいちゃんに電話してみましょうか。保護者の同意書を持ってきてもらわないとね」 「で、でも、おじいちゃんは病院で……」 「確認するの。番号教えて」 桃香は小さなメモ用紙を取り出した。そこには祖父の携帯番号が書かれていた。 「これ、です……」 高木は電話をかけた。数コール後、健造が出た。 「もしもし。ああ、青葉銀行本店の高木と申しますけど。オタクのお孫さん、桃香ちゃんが来てるんですけど」 「桃香が、どうかしましたか?」 「いや、五百円で口座作りたいって言うんですけど。正直、手間だけかかって利益にならないんで、お断りしたいんですよね」 電話の向こうで、健造が沈黙した。 … Read more