金曜日の夜、いつものようにインターホンが鳴った。息子夫婦が孫を連れて、また週末の“無料宿泊”にやってきた。私は毎週十五万円分のタダ飯を振る舞い、家事も育児も全部引き受けていた。でもその日、台所で洗い物をしていると、リビングから息子夫婦の会話が聞こえてきた。「母さんには早めに老人ホームに入ってもらった方がいいかもな」「金は出してもらうけど、面倒は見たくないってのが本音だよ」――私が三十八年捧げ…
金曜日の夜、息子の怒鳴り声が私の携帯電話から響いてきた。 「俺たちはどこで寝ればいいんだよ」 その声を聞いて、私は思わず小さく微笑んでしまった。この日を迎えるまでに、本当に長い道のりがあったのだ。 時計の針が午後八時を指したちょうどその時、我が家のインターホンが鳴り響いた。モニターに映る見慣れた顔を見て、私は深くため息をついた。 「母さん、俺たちだよ。今週も来たから開けて」 息子の洋介の声に続いて、嫁のゆいさんも明るく言った。 「お母さん、お世話になります。今週もよろしくお願いします」 三歳の孫を抱いたゆいさんの隣には、大きなボストンバッグを二つも持った洋介が立っていた。まるで長期旅行にでも出かけるような大荷物だ。 私は玄関に向かいながら心の中でつぶやいた。 先週も、その前の週も、そのまた前の週も――いつから我が家は彼らの週末限定の無料ホテルになってしまったのだろうか。 ドアを開けると、当然のような顔をした息子夫婦がずかずかと上がり込んできた。 「ああ、疲れた。母さん、晩御飯まだでしょ? 腹減っちゃって」 私は何も言えず、ただ立ち尽くすばかりだった。 私の名前は坂木はら恵。六十五歳。長年パティシエとして働き、五年前に定年退職した。夫は十年前に病気で亡くなり、今は一人暮らしをしている。 息子の洋介は一人っ子だった。私たち夫婦はこの子のために全てを捧げてきた。小学校から大学まで、教育費だけで千二百万円。就職活動ではスーツ代や交通費、セミナー受講料などで二百万円を援助した。 「母さんのおかげでいい会社に就職できたよ」 あの時の洋介の笑顔を、私は今でも覚えている。 何年か前、洋介が結婚すると言った時も、私は喜んで結婚資金として三百万円を渡した。式場で洋介は涙を流しながら言ってくれた。 「母さん、本当にありがとう。母さんがいてくれたから俺は幸せになれた。これからは俺が母さんを支えるから」 ゆいさんも優しく寄り添ってくれた。 「お母さん、これからは家族としてよろしくお願いします」 あの頃は本当に幸せだった。息子夫婦が近くのマンションに住み始め、これから楽しい日々が待っていると信じていた。 しかし、結婚してから息子の態度は百八十度変わってしまった。あの感謝の言葉は一体何だったのだろうか。 最初は月に一回程度の訪問だった。 「母さん、今度の週末顔を見に行ってもいい?」 そんな洋介の電話に、私は嬉しくて仕方なかった。張り切って料理を作り、孫のために新しいおもちゃまで買い揃えた。 しかし訪問の頻度は徐々に増えていった。月一回が週に二回になり、やがて毎週週末になっていった。 「実家なんだから遠慮なんていらないよね」 洋介はそう言って、金曜日の夜に必ず現れるようになった。しかも日曜日の朝まで滞在するのが当たり前になっていった。 ある時、私は恐る恐る聞いてみた。 「洋介、毎週来てくれるのは嬉しいけど…マンションのお家は大丈夫なの?」 すると洋介は不機嫌そうに答えた。 「何言ってるの? 実家に帰って何が悪いの? 母さん、俺たちが来るのが迷惑なわけ?」 「そんなことは言ってないわ。ただ…お金もかかるし」 「お金? 母さん、俺たちマンションのローンで大変なんだよ。実家に来るくらい、いいじゃん」 ゆいさんも横から口を挟んだ。 「そうですよ、お母さん。私たち本当にカツカツで生活してるんです。実家があるって本当に助かります」 その日から、我が家は彼らの第二の家になってしまった。 金曜日の夜八時、決まってインターホンが鳴る。大きな洗濯物の袋を抱えてやってくるゆいさん。 「お母さん、洗濯機使わせてくださいね。うちの洗濯機調子悪くて」 冷蔵庫を勝手に開けて中身を物色する洋介。 「ビールないの? あ、これもらうね」 私が一週間分の食材として買っておいたものが、週末の三日間であっという間になくなってしまう。朝食、昼食、夕食、そして夜食まで全て私が用意し、もちろん費用も私持ちだ。 「お母さんの手料理、本当に美味しいです」 そう言いながら、ゆいさんは遠慮なく大盛りをよそう。洋介に至っては、 「母さん、豚とから揚げがいいな。あと刺身も食べたい」 まるでレストランに注文するような口調だった。 孫の世話も全て私の仕事になった。沐浴、お風呂、寝かしつけ。その間、洋介はリビングでテレビを見ながらビールを飲み、ゆいさんはスマートフォンをいじっているだけだ。 「お母さん、皿のおもちゃ、新しいの買ってもらえませんか? お友達が持ってて欲しがってるんです」 … Read more