「支払いよろしくね。」息子の高志が、まるで当然のように言い放った。67歳の私に、月10万円の家賃請求書を突きつけながら。「嫌なら出ていけばいいんだよ。俺たちの家なんだからさ」と、嫁の佐枝子さんが続けた。私は言葉を失った。だって3ヶ月前に、私たち夫婦は自分の意思でこの家を出て、マンションに引っ越したのだから。そして何より、この家は15年前、8000万円を出して私たちが建てたもの。名義も全て夫の…
「支払いよろしくね。」 息子の高志がまるで当然のように言い放った瞬間、私は頭が真っ白になった。支払い?何のことだろう。 私は竹本住子、67歳。介護士として32年間、人の命と尊厳に向き合ってきた。 リビングのソファには息子夫婦が並んで座っている。嫁の佐枝子さんが1枚の紙を私の目の前に差し出した。 「お母さん、今月から家賃10万円いただきますね。」 家賃?私は震える手でその紙を受け取り、目を疑った。 「同居費用請求書」――そこには「月10万円」と書かれている。 高志が腕を組みながら続ける。 「嫌なら出ていけばいいんだよ。俺たちの家なんだからさ。」 私は深い困惑を覚えた。なぜなら、私はこの家に同居していないからだ。3ヶ月前、私たち夫婦はすでにこの家を出て、近くのマンションで暮らしている。夫の巌は元警察官で、膝を悪くしてから階段の昇り降りが辛くなったのだ。 それなのに、息子夫婦は私に家賃を払えと言っている。一体、この子たちは何を勘違いしているのだろう。 私たち竹本家は、元々別々に暮らしていた。夫の巌が退職金と貯金を合わせて土地を購入したのは15年前のこと。広い敷地に家を建てた。 1階が息子夫婦の居住スペース。2階が私たち夫婦の居住スペース。ただし、土地も建物も名義は全て夫の巌になっている。高志は当時まだ若く、住宅ローンを組む信用がなかったからだ。だから私たちが全額負担した。 土地代3500万円。建物は4500万円。合計8000万円。 「いつか落ち着いたら名義変更してあげるから。」 そう約束していた。 最初の数年は息子夫婦とも良好な関係だった。私は毎日1階に降りて家事を手伝い、孫の世話もしていた。 しかし5年ほど前から佐枝子さんの態度が変わり始めた。 「お母さん、2階から降りてこなくていいですから。私たちのプライバシーを尊重してください。」 いつの間にか、私は1階に行くことを遠慮するようになり、食事も生活も完全に別になった。同じ建物にいながら、まるで他人のような暮らし。 そして3ヶ月前、私たち夫婦は家から近くのマンションに引っ越した。夫の膝が悪くなり、階段の昇り降りが辛くなったのだ。 つまり、今この家に住んでいるのは息子夫婦だけ。それなのに家賃を払えとは、一体どういうことなのか。 佐枝子さんが腕を組んで言った。 「お母さん、当然ですよね。この家に住んでるんですから、家賃は払ってもらわないと。」 「佐枝子さん、私は今この家には住んでいませんよ。3ヶ月前にマンションに引っ越したでしょう。」 「何言ってるんですか?2階にお母さんたちの荷物、まだ残ってますよね。荷物があるってことは、住んでるってことでしょう。」 「そうだよ、母さん。荷物を置いてる以上、同居してるのと同じだ。だから家賃を払うのは当然だろう。」 私は言葉を失った。荷物を置いているだけで同居扱い。それが彼らの理論なのだ。 思い出すのは、2年前の孫の入学式のこと。 「お母さんは来なくていいですから。席が限られてるので、身内だけで。」 身内だけ?私は孫の祖母なのに、身内ではないのだろうか。結局入学式には佐枝子さんのご両親だけが参加した。私は家でお祝いの料理を作って待っていたのに、誰も食べに帰ってきてくれなかった。 さらに忘れられないのは、私の仕事を侮辱された日のこと。 「お母さんの仕事って介護士でしたっけ?おむつ替えたり、お風呂入れたり。正直、あまり人に言える仕事じゃないですよね。」 32年間、人の命と尊厳を守ってきた仕事を、彼女は「人に言えない仕事」と呼んだ。 昨年の正月もひどいものだった。 「正月は私の実家で過ごすので、お母さんたちは2階でゆっくりしててください。でも1階のリビングは使わないでくださいね。私たちが帰ってきた時に散らかってると困るので。」 自分たちの家のリビングも使えない。私たちはまるで厄介者のような扱いだった。 さらに許せなかったのは、夫への態度だ。 「お父さん、足が悪いなら施設に入ったらどうですか?階段の昇り降り、危ないですし。」 元警察官として40年、地域の安全を守ってきた夫に「施設に入れ」とは、何という言い草だろう。 夫の膝が悪化したのは4ヶ月前のこと。医者からは階段の昇り降りを控えるようにと言われた。私たちは悩み、息子夫婦に相談したが、帰ってきたのは冷たい言葉だった。 「1階と2階を入れ替える?無理だよ。俺たちの生活があるんだから。お父さんの都合で私たちが入れ替わるなんてありえない。」 結局私たちは自分たちでマンションを探し、3ヶ月前に引っ越した。家賃は月8万円。年金からやりくりしている。 そして今日、息子夫婦が渡してきたのが、家賃請求書だった。 「2階の荷物、早く片付けてもらえませんか。あそこを物置きとして使いたいんです。それまでは家賃10万円払ってくださいね。嫌なら荷物を全部持って出ていけばいいでしょう。まあ、荷物があろうがなかろうが、土地代として月5万円はもらうけどな。」 土地代として月5万円。 私は心の中で叫んでいた。この土地は誰のものだと思っているのだろう。この家は誰が建てたと思っているのだろう。8000万円を出したのは私たち夫婦だ。名義も全て夫の巌になっている。 それなのに、家賃を払え、土地代を払えとは。一体この子たちは何を勘違いしているのか。 私は静かに深呼吸をし、そしてある決意を固めた。この勘違いを正してあげなければならない。法律という、確実な方法で。 その日の夕方、私は2階に残していた荷物を少し整理しようと、久しぶりにこの家を訪れた。玄関の鍵はまだ私の手元にある。静かにドアを開け、2階へ続く階段に向かおうとした時、リビングから息子夫婦の会話が聞こえてきた。 「ねえ、あの2人、いつまで生きるのかしら?」 佐枝子さんの声。私は思わず足を止めた。 「さあ、でも母さんはまだ67だから、後10年は生きるんじゃないか。」 「冗談じゃないわよ。早くこの家を私たちのものにしたいのに。」 私の心臓が凍りついた。いつまで生きるのか。早くこの家を自分たちのものにしたい。つまり、私たちの死を待っているということだろう。 … Read more