年末の買い物中、息子から電話がかかってきた。「今年も嫁の両親を連れて実家に行くから、よろしく頼むよ。母さん、暇でしょ?」──その言葉で、去年の悪夢が蘇った。朝から晩まで8人分の家事を押し付けられ、「保険のおばさんは学歴もないのに働き者ね」と使用人扱いされた5日間。それでも私は、もう一度だけ耐えるつもりだった。しかし、大晦日の夜、息子夫婦の会話を偶然聞いてしまった。「母さんを施設に入れて、貯金…
「母さん、今年も年末は嫁の両親も一緒に実家に行くから、よろしく頼むよ」 スーパーの買い物カートを押す手が止まった。年末の賑わいの中で、携帯から聞こえたのは息子・順からの一方的な通告だった。 「今年も…? 去年と同じように?」 震える声で聞き返すと、順は当然のように言った。「そうだよ。去年と同じ。母さん、どうせ保険の仕事も年末は休みでしょ。暇なんだから大丈夫だよね」 暇。その一言が胸に突き刺さった。39年間、雨の日も風の日も顧客のために走り続けてきた人生を、たった一言で否定された気がした。 去年の悪夢が鮮明に蘇る。朝早くから8人分の朝食準備。休む間もない家事と掃除。深夜1時まで続く後片付け。まるで無給の家政婦のように扱われた5日間。 電話を切った後、私はスーパーのベンチに座り込んだ。68歳の私が、なぜこんな扱いを受けなければならないのか。 思い返せば、順のために私は全てを捧げてきた。夫が病気で働けなくなってからは、保険外交員として必死に働き、順を大学まで行かせた。教育費だけで800万円。さらに結婚の時には、マイホームの頭金として500万円を援助した。 「お母さんのおかげで今の僕がある」 あの時は涙を流しながらそう言ってくれた。その言葉を信じて、私は老後の蓄えまで削って援助したのだ。 しかし、去年の記憶が全てを否定していた。 「お母さん、おせち料理まだできないの?」「洗濯物また溜まってるよ」「この味噌汁、薄くない?」 朝から晩まで、雇われ家政婦のような扱い。特に嫁の雪は、自分の両親には「お母様」と丁寧に接するのに、私には「ちょっとこれやっといて」と命令口調だった。 最も辛かったのは、雪の母親が言った言葉だった。 「藤子さんって、本当に働き者ね。うちにもこんな人がいたら助かるわ」 まるで使用人を褒めるような口調だった。39年間地域の人々の生活を支えてきた保険外交員としての誇りも、母としての尊厳も、あの5日間で完全に踏みにじられた。そして、今年もまた同じ屈辱が待っているのか。 12月19日の朝、約束通り息子一家が到着した。玄関のチャイムが鳴り、私が迎えると、大量の荷物を抱えた8人が立っていた。 「お母さん、荷物運んで」 順は挨拶もそこそこに、重いスーツケースを私に押し付けた。68歳の私には堪える重さだったが、誰も手伝おうとはしない。 「藤子さん、今年もよろしくね」 雪の両親、田中夫妻が上品な笑顔で言った。しかし、その笑顔の裏には明らかに私を見下すような冷たさがあった。 リビングに案内すると、雪の母親がソファに座るなり言い放った。 「藤子さん、コーヒーはブルーマウンテンでお願いね。インスタントなんて飲めないから」 私の家にブルーマウンテンなどあるはずもない。慌てて近所のコーヒー専門店まで走ったが、年末で品切れ。結局別の高級豆を買って戻ると、今度は雪の父親が不満げに言った。 「この家、随分狭いね。東京じゃこんなもんか」 我が家は決して豪邸ではないが、夫と2人で築いてきた大切な家だ。その思い出の詰まった家を、初対面の人間にけなされる屈辱。 夕食の準備を始めると、雪が台所にやってきた。 「お母さん、今日は8人分だから品数も多めにお願いしますね。あ、でも父は糖尿病だから薄味で、母が胃が弱いから油物は控えめに」 まるでレストランに注文するような口調だった。私は黙々と調理を続けた。 食卓に料理を並べ終えると、信じられない光景が広がった。雪の両親が上座に座り、順と雪がその隣。孫たちも中央の席。そして私の席は、一番端の補助椅子だった。 「いただきます」と食べ始めた時、順が急に言い出した。 「母さんの料理より、雪の実家の方が美味しいよね」 「そうね。やっぱりお母様は料理上手だから」 雪が母親を見ながら微笑んだ。田中夫人は得意げに頷いた。 「藤子さんも頑張ってるけど、やっぱり育ちの違いかしらね。うちは代々料理にはこだわってきたから」 その言葉が、鋭い刃物のように私の心を切り裂いた。 翌日、朝5時に起きて朝食の準備をしていると、雪の母親が起きてきた。 「あら、もう起きてるの? 年寄りは早起きね」 よりによって68歳の私と65歳の彼女。たった3歳の差で、まるで別世代のような扱いだ。 「藤子さんって、ずっと保険の外回りしてたんでしょ。大変だったでしょうね。学歴もないのに」 学歴もない。確かに私は高卒だ。でも保険外交員として39年間、誰よりも勉強し、信頼されてきた。その努力を、たった一言で否定された。 昼食の時、雪の父親が言った。 「藤子さん、息子さんは出世してるみたいだけど、お母さんの苦労があったからでしょうね。でもこれからは雪の実家の人脈も使えるから、もっと出世できるよ」 まるで私の存在は過去のもので、もう用済みだと言わんばかりだった。 3日目の夜、私は疲れ果てて台所の椅子に座り込んでいた。すると、リビングから雪の声が聞こえてきた。 「お母さんって本当に便利よね。文句も言わないし、何でもやってくれる」 「そうね。藤子さんみたいな人がいると助かるわ。うちにも欲しいくらい」 田中夫人の声に、皆が笑った。 「でも、ちょっと容儀悪いよな。もっとテキパキできないのかな?」 順の声だった。息子にまで、そんな風に思われていたのか。 「ま、しょうがないよ。お母さんも年だし」 「そうそう。認知症とかじゃないといいけどね」 雪の軽い口調で放たれた「認知症」という言葉に、私は凍りついた。 … Read more