私は61歳。39年間、夫を支え続けてきた。浮気3回も許し、借金2000万円も肩代わりした。そんな私に夫が言った。「お前なんかよりずっといい女と、明日再婚する。家柄も性格も金も最高の女性だ」そして離婚届を叩きつけた。でも、私は涙を拭う代わりに、腹を抱えて笑った。夫は言った。「何がおかしい!」私は笑いながら、こう言った。「本当に、本当に最高よ。健二さん」夫は、私がその「最高の女性」の正体を知って…
「お前なんかよりずっといい女と、明日再婚する」 夕食の準備をしていた私の手が止まった。振り返ると、そこには見たこともない冷たい表情で私を見下ろす夫、健二の姿があった。 私は加藤さと子、61歳。39年間銀行員として働きながら、この男を支え続けてきた。今日もいつものように疲れた顔で帰ってきて、「飯はまだか」と催促するから、急いで支度をしていたところだった。 「何を言っているの?」私の声は震えていた。信じられない。いや、信じたくなかった。 「聞こえなかったのか。離婚だよ。離婚。もう決めたんだ」 健二は書類を机に叩きつけるように置いた。離婚届。そこにはすでに健二の署名と印鑑が押されていた。 「相手はな、お前とは比べ物にならない女性だ。家柄も最高。性格も最高。その上金も持ってる。お前みたいな平凡な女とは格が違うんだよ」 耳を疑った。39年間、浮気を3度も許し、2000万円の借金を肩代わりしてきた。それでも支え続けてきた私に向かって、この男は今、何を言っているのか。 胸の奥で何かが音を立てて崩れていく感覚があった。しかし、なぜだろう。その瞬間、私の頭の片隅にある考えが浮かんでいた。 健二は勝ち誇ったような笑みを浮かべながらソファに深く腰を下ろした。まるで勝利宣言でもするかのように両手を広げて私を見上げた。 「相手の名前は松永玲子。名門・松永家の令嬢だ。都内に複数の不動産を所有していて資産は5億を超える。教養も品格もお前とは天と地の差だよ」 私は黙って聞いていた。怒りなのか悲しみなのか、自分でも分からない感情が渦巻いていた。 「39年間我慢してきたんだ。お前の貧乏臭い実家。センスのない服装。つまらない会話。銀行員だからって偉そうにしてるけど、所詮は庶民じゃないか」 健二の言葉は鋭い刃物のように私の心を切り裂いていく。 「玲子さんはな、フランス留学の経験もある。ワインの知識も豊富で芸術の話もできる。お前みたいにスーパーの特売品の話ばかりする女とは違うんだ」 私の手が小刻みに震え始めた。毎朝5時に起きて弁当を作り、残業で遅くなっても温かい夕食を用意し、休日も家事に追われながらこの家庭を守ってきた。その全てが今、ゴミのように扱われている。 「明日には籍を入れる。もう全て決まってるんだ。慰謝料?そんなものいらないだろう。39年も一緒にいられたんだから感謝しろよ」 その瞬間、私の中で何かがふつふつと湧き上がってきた。それは怒りでも悲しみでもない。もっと別の何かだった。 私は深く息を吸い込み、健二の顔をじっと見つめた。39年前、お見合いで出会った頃の優しかった夫は、もうどこにもなかった。 思い返せば、結婚してすぐに健二の本性は現れていた。新婚3ヶ月目、私の給料日に「さと子、今月も頼むよ」と手を出してきた。当時、健二は小さな商社に勤めていたが、給料は私の半分以下。生活費のほとんどを私が負担していた。 「覚えてる?健二さん。あなたが会社をやめたいと言い出した時のこと」 私は静かに口を開いた。健二の表情が一瞬、強張った。 結婚5年目、健二は突然独立したいと言い出した。反対する私を押し切って会社を辞め、起業すると息巻いていた。結果は惨憺たるものだった。1年で500万円の赤字。その穴埋めをしたのは、他でもない私だった。 「それから、美咲さんのことも覚えてるわよね」 健二の顔が青ざめた。 結婚10年目。健二の最初の浮気相手、会社の後輩だった美咲さんと半年間も関係を持っていた。発覚した時、健二は土下座をして謝った。「もう2度としない」「小百合がいないと生きていけない」と泣きながら懇願した。 私は許した。子供たちのためだと自分に言い聞かせて。 でも、それは始まりに過ぎなかった。結婚15年目には取引先の受付嬢と、20年目には行きつけのスナックのママと。その度に健二は謝り、私は許した。なぜなら、私は健二を愛していたから。いや、愛していると思い込もうとしていたのかもしれない。 「2000万円の借金のことも忘れたの?」 私の言葉に健二はうつむいた。 結婚15年目、健二が友人の連帯保証人になったことで背負った借金。友人は夜逃げし、全額が健二にのしかかってきた。住宅ローンもまだ残っていた。我が家は破産寸前まで追い込まれた。 その時も私が動いた。銀行員としての信用と人脈を総動員し、低金利での借り替えを実現。さらに私の両親が残してくれた実家を売却し、1000万円を工面した。残りの1000万円は私が10年かけて返済した。毎月の返済額は10万円。私の給料の4分の1が消えていった。 「あの時、私の両親の前でなんて言った?『一生頭が上がらない』『絶対に幸せにする』って言ったわよね」 健二は不機嫌そうに顔を背けた。 「昔のことを持ち出すから嫌なんだよ、お前は」 私は微笑んだ。毎朝5時に起床し、健二と子供たちの弁当を作り、満員電車で1時間かけて銀行へ。1日中、数字と格闘し、クレーム対応に追われ、それでも定時で帰ることはできない。残業を終えて帰宅するのは夜9時過ぎ。そこから夕食の支度、洗濯、掃除。週末も休みなどなかった。健二の実家への顔出し、子供たちの学校行事、町内会の活動。自分の時間などほとんどなかった。 「さと子さん、最近疲れてるみたい」 同僚にそう言われたことが何度あっただろう。でも、私は笑顔で「大丈夫」と答え続けた。家族のために、健二のために。 そんな私に対して、健二は何をしてくれただろうか。結婚記念日を忘れ、誕生日には「忙しくて」の一言。母の日もクリスマスも、私への感謝の言葉ひとつない。それどころか「飯がまずい」「部屋が汚い」「もっと女らしくしろ」と文句ばかり。 「お前、本当に鈍いな。玲子さんはな、俺を理解してくれるんだ。俺の夢を応援してくれる。お前みたいに金のことばかり心配する女じゃない」 健二の言葉を聞きながら、私は静かに微笑んだ。この男は本当に何も分かっていない。 「それで、いつから松永玲子さんとお付き合いを?」 私は離婚届を手に取りながら、さりげなく訪ねた。健二の顔に得意げな表情が浮かんだ。 「3ヶ月前だ。高級ホテルのラウンジで偶然出会ってな。向こうから声をかけてきたんだ。「素敵な方ですね」って」 3ヶ月前。私は手帳を思い出していた。確かその頃、健二は急に見た目を気にするようになった。新しいスーツを買い、高級な腕時計を欲しがり、車も会社に乗り換えたいと言い出した。 「玲子さんはな、俺の内面を見てくれたんだ。「健二さんは本当は大物になれる器を持っている。今の環境が健二さんの才能を埋もれさせている」って」 私は健二の言葉を聞きながら、徐々に込み上げてくるものを感じていた。それは怒りでも悲しみでもない。もっと別の感情だった。 「彼女の実家は代々続く資産家でな、不動産収入だけで年間数千万。それに玲子さん自身も投資で成功していて、個人資産は5億を超えるそうだ」 5億。健二は高揚した表情でその数字を口にした。 「俺たちは来月、ハワイで式を挙げる。もちろん費用は全額玲子さん持ちだ。ファーストクラスで行って、最高級ホテルのスイートルームに泊まる。お前とは1度も行けなかった海外旅行だよ」 その瞬間、私の中で何かが弾けた。 「ぷっ」 最初は小さな笑い声だった。健二が軽蔑そうな顔で私を見つめる。 「あははは」 私は腹を抱えて笑い始めた。涙が出るほど笑った。テーブルを叩きながら、体を折り曲げて笑い続けた。 … Read more