夜9時、息子と嫁が私の前に座り、「もう家族じゃない」と言った。38年間、教師として働き、退職金も貯金も全て息子に注いできたのに、「お荷物」「老いぼれ」と平然と言い放った。嫁は「毎月5万円の援助なんて少なすぎる。私の実家は20万円くれる」と笑った。息子は「母さんがいるから恥ずかしい」と顔をしかめた。私は何も言い返さず、静かに笑った。心臓は凍りついていたけど、なぜか口元がほころんだ。あの瞬間、私…
夜の9時、薄暗いリビングに、息子の声が響いた。 「母さん、2度とうちに来るな。」 その言葉は、冬の夜風のように冷たく、私の心臓を凍らせた。38歳になる息子の俊介は、テーブルを挟んだ向かいに座り、真っ直ぐに私を見つめていた。隣には嫁のあずさが腕を組み、同じように冷たい視線を私に浴びせている。 「お母さん、はっきり言わせてもらいます。もう、私たちはあなたの家族じゃないんです」 あずさの言葉が、部屋に響いた。65歳の私、むつみは、二人の顔を交互に見つめた。38年間、小学校の先生として子供たちを教え、退職金の大半を息子の教育に注ぎ、この家の頭金も500万円出した。それなのに、今、目の前にいるのは、私を完全に拒絶する息子夫婦だった。 「そうなの」 私は静かにそう答えると、なぜか自然と口元が緩んだ。悲しみでも怒りでもない。不思議な微笑みが浮かんだのだ。俊介とあずさは、その表情に一瞬戸惑ったような顔を見せた。 「分かったわ。お望み通りにしてあげる」 私の声は、不思議なほど落ち着いていた。 「明日の朝、楽しみにしていてね」 思い返せば、3ヶ月前から兆候はあった。あずさの態度が、少しずつ変わり始めたのだ。 「お母さん、その服装、ちょっと古いんじゃないですか?」 「時代遅れの価値観を押し付けられても困ります」 食事の席で、私の手作り料理を前にして、あずさはため息をついた。 「また和食ですか? 子供たちには、もっとバランスの良い食事をさせたいんです」 私は38年間、教師として働き、退職金800万円を息子の医学部進学のために使った。結婚式には300万円、マイホームの頭金には500万円。全て、息子の幸せを願ってのことだった。俊介も次第にあずさの影響を受けるようになった。 「母さん、あずさがストレスを感じているんだ。少し距離を置いた方がいいと思う」 「でも、孫たちに会いたいの」 私がそう言うと、俊介は困ったような顔をした。 「月1回、30分だけなら。30分だけなら、子供たちの教育に母さんの古い考えは良くないって、あずさが言うんだ」 あずさが口を挟んだ。 「私の実家の両親は、現代的な考えを持っていますから。子供たちには、そういう環境が必要なんです」 私は黙って二人の言葉を聞いていた。息子を大切に育て、全てを捧げてきた38年間。それが今、「古い時代」という言葉で否定されている。でも、私の心の奥底では、ある計画が静かに形をなし始めていた。亡き夫が残してくれた、誰も知らない大切なものがあることを、二人はまだ知らない。 絶縁宣言の詳細を聞かされたのは、まさにその夜だった。俊介は深呼吸をしてから、まるで仕事の報告でもするかのように、淡々と話し始めた。 「母さん、はっきり言います。もう限界なんです。母さんの存在が、僕たち家族にとって、お荷物になっているんです」 「お荷物」――その言葉が、鋭い刃物のように私の心を切り裂いた。 「お荷物ですって?」 私は静かに聞き返した。あずさがすかさず続ける。 「そうです。お母さんは自覚がないかもしれませんが、私たちにとっては、まさにそれなんです。「老い」という言葉をご存知ですか?」 「老い」という、また新しい侮辱の言葉が投げつけられた。 「正直、恥ずかしいんです」 俊介が顔をしかめながら言った。 「会社の同僚の前で、母さんの話をするのが恥ずかしい。古臭い価値観、時代遅れの考え方。僕の評価にも影響するんです」 私は二人の顔を見つめた。この息子は、本当に私が育てた子供なのだろうか? 「それに、お金の問題もあります」 あずさが切り出した。 「毎月5万円の援助。当然だと思っていますけど、正直言って、少ないんです」 「少ない?」 「私の実家の両親は、毎月20万円は援助してくれています。それに比べたら、5万円なんて、取るに足らないわ」 俊介が補足する。 「母さん、親の義務ってものがあるでしょう。僕たちを育てたんだから、最後まで責任を持つべきです」 私は驚きを隠せなかった。毎月5万円、年間60万円。それを10年間続けてきた。退職金も使い果たし、年金から捻出している現状を、二人は知っているはずだ。 「でも、私の年金は月15万円しかないのよ」 「それは、母さんの問題でしょう」 あずさが冷たく言い放った。 「もっと稼げる仕事をしてこなかっただけです。私の父は会社経営者ですから、老後の心配なんてありません」 俊介も同調する。 「そうだよ、母さん。あずさの実家を見習ってほしい。向こうの両親は品があるし、教養もある。孫たちにとっても、良い影響を与えてくれる」 「でも、私は38年間、子供たちのために……」 「過去の話はもういいです」 あずさが遮った。 「今の話をしているんです。お母さんがいると、私たちの生活レベルが下がるんです。友人を家に呼ぶこともできません。なぜだって、お母さんがいたら、恥ずかしいじゃないですか。見すぼらしい格好で、古臭い話ばかり。私の友人たちはみんな、セレブな生活をしているんです」 俊介が畳みかける。 「母さん、分かってください。僕たちは、新しい生活を始めたいんです。あずさの実家の方が、僕たちにとって大事なんです」 … Read more