同窓会で十年ぶりに再会した元カノは、売れっ子女優になっていた。彼女は皆の前で、俺の安物の服を指さして笑った。「相変わらず貧乏臭いわね」。その言葉で、俺は決めた。翌日、彼女が契約していた広告を、俺は全て破棄した。彼女は事務所に怒鳴り込んできて、「あなた、一体何者なの?」と問い詰めた。俺は答えなかった。俺が開発したAIで作った会社の年商は五百億円。彼女が俺を侮辱した場所で、彼女の未来を左右する決…
「ねえ、じ、まだそんな服着てるの?まさか学生の頃のまま」 笑い混じりのその声が、同窓会のざわめきを切り裂いた。振り返ると、そこにいたのは朝桐レナ。俺の元彼女だ。テレビで見慣れた華やかなドレス姿の彼女は、当時のままの美しさに加えて、今や超売れっ子の女優になっていた。 「いや、びっくりしちゃって。本当変わらないんだね」 「いや、変われなかったのかもな」 笑い声が広がる。誰かが飲みかけのシャンパンを手に、面白がるように言った。 「ていうか、レナが付き合ってたのがあの人ってマジ?無理でしょ。黒歴史じゃん」 俺は黙ってグラスを口元に運んだ。炭酸が喉を通る感覚だけが、やけに鮮明だった。 同窓会の会場を抜け出し、夜の街を歩いた。その翌日、契約は拍死にさせていただきます。そう告げたのは秘書だった。マネージャーと並んでいたレナが目を見開く。 「はあ?ちょっとどういうこと?」 「文字通りの意味です」 レナがゆっくりと俺の方を向いた。昨日とは違う目をしていた。困惑、恐れ、そしてどこか懐かしい色が混ざっていた。 「あなた、一体何者なの?」 俺は答えなかった。俺の正体を暴露した瞬間、彼女は自分のしたことの大きさを実感し、激しく後悔することになる。 俺の名前は夏目。未AI「ノスタルジア」の開発者で、スタートアップ「桜食堂」の社長をしている。具体的には、食事中の脳波や心拍、表情の変化をリアルタイムで解析し、食べた瞬間に起こる感情の動きを「喜び」「懐かしさ」「安心感」などの指標に分解して記録する。さらに嗅覚や温度、音の環境データも合わせて記憶のフレーバーを再現し、その人にとって特別な味をAIが学習、再構成してくれる。 面白いのは、例えば昔のアルバムに貼ってあるあの日の夕飯の写真。誰かが作ってくれた料理の一皿を、AIが画像から素材や盛り付け、食器の質感、周囲の光や空気の情報を読み取り、過去に近い条件で“あの時の味”を予測する。記憶が曖昧でも、表情や体の反応データをもとに、心が動いた瞬間をヒントに味のプロファイルを組み立てていく。 つまりノスタルジアは、ただ味を再現するだけじゃない。写真1枚からでも、人の心に残った思い出の味を掘り起こし、もう一度、今の食卓に蘇らせることができる。 俺たちはその技術を使って、ただ美味しいだけじゃない、心に残る味を届ける商品を作ってる。年商は500億円を超えたが、それを誇る気にはなれない。なぜなら、俺はいわゆる成り上がりだからだ。両親は地方の町場で働いていたが、父が倒れた時、生活は一気に傾いた。高校の頃からバイト三昧で、進学は奨学金と独学だけが頼りだった。学生時代はとにかく金がなかった。下宿先の風呂のボイラーが壊れてて、冬は水シャワー。食費を削っては実験機材に突っ込んでた。毎日がギリギリだったが、それでも研究だけはやめたくなかった。「美味しい」ってのは人それぞれで曖昧で、でも確かに心を動かす何かがある。俺はそれを数値化したかった。貧しかったからこそ、人の本質を見抜こうとする癖がついたのかもしれない。ブランドにも肩書きにも興味がない。だから今でも白Tにジーンズ、安いスニーカーで通している。見栄で生きていない証として、というより、俺の中じゃ今でもあの下宿の空気が色濃く残っているんだ。 そんな俺の元に、ある日、大学の同窓会の招待状が届いた。封筒の差出人に見覚えがあり、少しだけ胸がざわついた。もう10年以上前、あの研究室で出会った1人の特別な存在。朝桐レナ。今やテレビで見ない日はない女優だ。彼女は大学時代から、誰もが振り返るほどの美貌を持つ特別な存在だった。卒業と同時に別れ、あれから10年以上、一度も顔を合わせていない元彼女。もし同窓会で彼女と再会できるなら、そう考えただけで胸の奥がざわつき、呼吸が少し速くなる。普段は無関心を装っているくせに、こういう時だけ感傷的になるのは、昔から変わらない癖だ。俺はいつもの白Tにアイロンをかけ、ほんの少しだけきちんとした服装で会場へ向かうことにした。 ホテルの宴会場に一歩足を踏み入れると、懐かしい顔と、変わらない空気が迎えてくれた。誰かの笑い声、誰かの視線。そのどれもが、俺が大学時代に感じていた「所属できなさ」を思い出させた。あの頃、俺はただの地味な研究バカだった。みんなが恋やサークルや旅行に浮かれる中、白衣と実験器具とだけ向き合っていた。それでも顔ぶれの中には、懐かしい名前もあった。講義のノートを貸してくれた奴。昼休みに一緒に学食へ行ったことがある女子。そして、彼女の姿はまだ見えない。 会場の一角に立ち、あまり目立たぬようにグラスを手に取った。スーツは最低限のビジネス用だが、周囲の男たちはやたらとブランドに身を包み、時計や靴を自慢し合っていた。「昔の容姿は大人になっても変わらないなあ」「あれ誰?」そんな声が聞こえた。どうやら俺のことを思い出せないらしい。確かに当時から目立つタイプじゃなかったし、今も会社名や肩書きを出していない。いいんだ。今の俺にとって必要なのは尊敬じゃない。理解だ。俺を形づくってきた努力や苦悩を、飾らないままに受け止めてくれる人がいれば、それでいい。 会場の空気が急に変わったのは、それから数分後だった。「誰かが来たぞ」。視線の先を追うと、まばゆい光のような存在感が入り口に現れた。レナだった。スレンダーな黒のドレスに落ち着いたハイヒール。派手すぎないのに、誰よりも目を引く。それが彼女の本物の華なのだと思った。俺はグラスの縁を指でなぞり、意識して視線を外へ流した。だが、その華やぎは視界の端でなおも強く波打ち、結局俺は氷の溶ける音ばかりを聞いていた。 ヒールがタイルを叩く乾いた足音が、一歩、また一歩と近づいてくる。 「じ?」 顔をあげると、レナが至近距離に立っていた。周囲の話し声がふっと遠のき、俺の胸だけで鼓動が響く。あの日、研究発表会の終盤のことを俺は思い出した。季節外れの温かい風がガラス窓に薄い曇りを残していた。最前列から見る舞台で、レナはレーザーポインターを握り、落ち着いた声でスライドをめくっていた。映し出されたのは、彼女が一から組み上げた映像合成アルゴリズムのデモ映像。発表が終わると、教室は「さすが天才」といった小さな声で満ちた。だが俺には、拍手の波の中で彼女の肩がわずかに震えるのが見えた。あの震えは、期待に応えるための笑顔の裏で、誰にも見せられない不安をこらえている証拠だ。片付けが済むと、窓際の席は誰もいなくなった。スクリーンの余熱がまだ残る講義室で、俺が資料の箱を抱えて廊下へ出ようとした瞬間、背中に小さな声が落ちた。 「じ、今、少し話せる?」 振り返ると、レナが窓際のベンチに腰かけ、名札の角を指先でいじっている。気配のない廊下は人影もなく、蛍光灯だけが白い光を投げていた。 「発表、良かったぞ」 声をかけると、彼女は苦笑して笑い、すぐに視線を落とした。 「みんな“さすが天才”とか“美貌にその頭脳は反則だよ”とか、そんなことばっかり言うの。褒められているはずなのに、まるで飾り物みたいで落ち着かないんだ」 「飾り物?」 俺は眉をあげた。 「コードを最後まで読んでくれた人なんて、きっといない。みんな、色合いとかスライドの見た目とか、外から見えることだけ感想をくれるんだよ」 廊下の静けさに、空調の低い音が混じる。俺は彼女と同じ高さに腰を下ろし、言った。 「レナが本当にすごいのは、誰かが困っている時、さりげなく手を伸ばせるところだと思うけどな」 レナが目をぱちぱちさせる。 「例えば、昨日の深夜、後輩のUSBが読めなくなって泣きそうだっただろ。君、黙ってデータ救出して返してたじゃないか」 彼女の目が輝いた。 「見てたんだ。あの子、卒論のファイルが全部入ってるって言うから。俺には絶対に真似できない。あの時の君は、自分の発表準備で疲れきってたはずなのに」 「気がつかなかっただけだよ」 「そこが大事なんだ。結果より先に、人を気遣える優しさ。それが君の一番の才能だと思う」 レナは目を細め、少しだけ視線をそらしてから俺を見た。 「そんな風に言ってくれるの、あなただけだよ」 ふっとレナの肩の力が抜け、夕日を受けた瞳に柔らかな光が宿る。 「ねえ、もう少し話してもいい?こんなにほっとしたの、久しぶりだから」 「もちろん。次の課題、何か手伝えることある?」 「うん。まずはさっきの発表のフィードバックをまとめなきゃ。でも、人にコーヒーをご馳走するくらいの余裕は残ってると思う」 「じゃあ、俺のおごりにさせてくれ。発表の成功祝いだ」 「成功ね」 レナは少し首をかしげたが、その頬には確かな安堵が差していた。蛍光灯へ続く廊下を歩きながら、俺たちは映像合成の未来やゼミ旅行の行き先について取りとめなく語り合った。やがて窓の外が暮れなずむ頃、始発前の冷たい風が研究棟の自動ドアを押し上げた。しばらく沈黙が流れた。窓の外で傾きかけた日がガラスを透かし、彼女の横顔に柔らかいオレンジを落とす。やがて、レナの肩から目に見えない重りがふっと溶けるのを感じた。 「ありがとう」 その一言は、白衣に染みついた薬品の匂いさえ柔らかく変えて、胸の奥まで染み込んだ。ほどなくして俺たちは付き合い始めたが、卒業を前に、別々の道を選んだ。 そして今、同窓会の会場で、一際美しくなった彼女と再び向き合っている。 「久しぶり」 レナは穏やかに微笑んだものの、瞳の奥に浮かぶ色は読み取りづらく、思わず背筋が伸びる。声の温度も距離の詰め方も、あの頃と同じだ。ほんのわずかに胸が高鳴り、過去が色づいて戻ってくる。だが、次の瞬間、そのとびらは容赦なく踏み消された。 「ねえ、せめて同窓会くらい、人に見せられる格好で来ればよかったのに。相変わらず貧乏臭いわね」 … Read more