課長に「首だ。首」と怒鳴られた瞬間、私は逆に心がすっと冷めていくのが分かった。何もしていない課長の名前を企画書に書けと言われ、抗議しただけでこれだ。私たちが必死に作り上げた百枚を超える企画書も、私が構築した会社システムも、全部「パソコン頼みの無能」と言われて削除を命じられた。悔しさよりも、もうこの職場に未練はないと思った。私は言われた通り辞表を出した。だが、その直後、部長が課長室に飛び込んで…
「お前たちはパソコンに頼ってばかりで、自分の頭で考えることもしない。手を抜くためのシステムは全部削除しろ。それから辞表も持ってこい。首だ。首だ」 アナログ人間の桑田課長が、俺の提出した書類の束を机に叩きつけて怒鳴った。 俺は吉村。地方都市のテレビ局で働いている。入社時はシステム管理部で、システム構築や保守監視を一人で担当するデスクワーク中心の仕事だった。十年を過ぎた頃からスキルアップのため企画部への異動願いを出し続け、去年ようやく念願の異動が叶った。 俺の仕事ぶりは人並みで、大きなミスもなく、滞りなくこなすタイプだと思っている。だが、上司の桑田課長にはなぜか目をつけられていた。システム管理部から来た俺が気に入らないらしい。 「おい、お前の企画書が上がってないぞ。早くしろ」 桑田課長はアナログ大好き人間だった。今時いないくらいのアナログ至上主義で、データ提出は受け付けてもらえない。桑田課長のデスクにはPCすらなかった。そんな化石のような状態に、みんな辟易していた。 同僚たちと愚痴をこぼしていると、桑田課長が割って入ってくる。 「時間がかかるのはお前の容量が悪いからだろう。パソコンだ、システムだ、そんなもんに頼ってたせいで時間感覚も鈍ったのか」 そして、システム管理部やパソコンのことをけなすのも徹底して忘れない。今さら文句を言っても変わらないと分かっているので、俺は気の遠くなる案件のことを切り出した。 「桑田課長、今年のサマーフェスタですが」 サマーフェスタとは、毎年夏に開催される大規模イベントのことだ。駅前広場を中心に開かれ、グルメ、スポーツ、ミュージックの三本がテーマになっている。それぞれのテーマごとにスタッフの確保、音響、ライフラインの整備、店舗の確保など、やることが目白押しだった。 「ああ、それね。吉村、一ヶ月後までに企画書を書いて提出してくれ」 そう言うと、桑田課長が上からもらってきたであろう企画書の紙媒体フォーマットを、さも当たり前のように俺のデスクに滑らせた。 「提出? どういうことですか?」 一瞬意味が分からなかった。 「パソコンの使いすぎで頭が沸いたのか。書いて出せってことだ。それをコピーして使え。私は別件で忙しいんだ」 そう言うと、踵を返して課長室へ戻っていく。俺はしばらく呆然と、真っ白な企画書と去っていく課長の後ろ姿を交互に見つめるしかなかった。 「みんなでやるしかねえだろう」 そう言うと、同僚が俺のデスクにあった真っ白な企画書を手に取った。 「そっすね。俺、営業に顔聞くんで、店舗のこととか聞いてみますよ」 「俺も人事とか当たってみるわ」 プロジェクトチームを作り、今回のサマーフェスタの企画書を協力して作ることになった。俺は別部署との連絡用に、システム管理部にいた頃のスキルを利用して大規模な社内情報共有システムを構築した。その了承を得るため部長にお伺いを立てたところ、社内のシステム関連も同時に構築することになった。 「ほう。よくできてるね。さすが吉村君。私のところもこれを使わせてくれないか?」 そのシステムはかなり好評で、別部署でも使用されることになり、部長にも一目置かれるようになった。 「おい、吉村、サマーフェスタの企画書はいつ頃できるんだ?」 次の日、朝一番に桑田課長に聞かれた。 「あ、はい。期限までにはなんとか」 「なんとかじゃないだろう。きちんとやれ」 このやり取りが毎日繰り広げられた。桑田課長の嫌みは止まることを知らない。パソコンを使う俺のことを悪く言うこともセットだった。 「あんな機械を使うやつは信用できん。お前のことだ、吉村」 企画部の同僚は言い返すこともせず、桑田課長の言い方に呆気にとられるだけだった。 走行しているうちに、残業時間が百時間を超えていた。帰宅時間は午前様が当たり前。ひどいと会社に泊まる日々が続く。太陽の光が眩しくて目が痛い。疲れて体の感覚がなくなる。目を開けているのか閉じているのか分からなくなるほどの疲労感が支配していたのは、俺だけじゃなかった。 気づけば企画書の枚数は優に百枚を超えていた。 「おい、吉村。この企画書は何だ? 日本語がおかしいぞ。書き直せ」 「わかりました」 「パソコンに頼ってるからダメなんだ。頭も悪くなることに気づいてない」 ブツブツ言いながら課長室へ戻っていく後ろ姿を睨んだ。そして、期限ギリギリでなんとか分厚い企画書ができた。 「ありがとう、みんな」 後ろを振り向くと、ポンと肩に手を置かれた。 「俺たちのことはいい。早くそれをクソアナログ課長に渡してこい」 ボロボロになり、立っているのもやっとという有様の同僚にすまないと小さく謝罪し、よろめきながら桑田課長が鎮座する課長室へ一歩一歩歩き出した。 桑田課長は、満身創痍の俺から企画書をひったくると、パラパラと流し見するだけで、ねぎらいの言葉も何もなかった。どうやら期限通りに終わったことが面白くないようだ。 「ああ、ここ、お前の名前じゃないだろう。ここに責任者である私の名前を書いておくのが普通だろうが。書き直して提出しろ」 何もしなかったくせに、当たり前のように企画書の名前のところを指さし、自分の名前を書いてくるよう指示する桑田課長に、激しい怒りを感じた。疲労で頭が回らなくなっていた俺は、気がつけばその感情のまま口を開いていた。 「どうしてそんなことを平然と言えるんですか?」 「ああ? どういうことだ?」 「そもそも、この企画書は桑田課長、あなたが書くべき書類です。それを俺たち企画部の社員が書いたんです。どれだけの労力をかけて書き上げたのかお分かりですか? 通常の業務だってあるんですよ」 「んだと?」 「必死でみんなに頑張ってもらったのに、なぜいつも定期の桑田課長の名前を書かなければならないんですか? これでは頑張った同僚も俺も報われないじゃないか」 モヤモヤしていたことが、自然に口から滑り出た。それを聞いていた桑田課長は、見る見る顔を真っ赤にして怒り出した。 … Read more