「お母さんは留守番していてくれる」――その朝、嫁が言い放った一言で、私は三年間必死に繕ってきた家族の仮面が崩れ落ちるのを感じた。六畳の離れに追いやられ、朝5時から炊事洗濯の全てをこなしても「邪魔者」と切り捨てられ、孫からは「汚いから近づかないで」と言われた。それでも家族のためだと我慢してきた。なのに、家族で行くはずだった温泉旅行から、私だけが外されていた。あの日、私は静かに決めた。もう誰の言…
「お母さんは留守番していてくれる?」 その朝、リビングに響いた嫁の一言に、私は手にしていた旅行用の着替えをそっと置いた。思わず聞き返してしまった。家族みんなで行くものだと思っていた温泉旅行。昨夜まで私も一緒に楽しそうに計画を立てていたはずだった。 「だって、お母さんがいると気を使うし」 嫁は当然のように続ける。息子の優一も横で頷きながら言った。 「そうだね。正直、母さんがいると邪魔なんだよ。僕たち家族だけで行きたいんだ」 家族だけ。その言葉が刃のように私の心に突き刺さった。私は家族ではないというのか。朝の日差しが差し込むリビングで、楽しそうに出発の準備をする三人。息子夫婦と中学生の孫。その輪の中に、私の居場所はないようだった。 「……わかりました」 私はそう答えるしかなかった。 夫を亡くして五年。息子家族と暮らすようになって三年。初めて、自分がこの家で邪魔者なのだということをはっきりと突きつけられた瞬間だった。 玄関で靴を履く息子の背中を見送りながら、私の心に静かな決意が芽生えていた。 私は石橋この子、67歳。かつては夫と共に不動産会社を経営していた。小さいながらも地域に根差した会社で、多くのお客様に支えられて成長してきた。夫が亡くなったのは五年前。その後、会社は信頼できる後輩に譲り、私は引退した。 一人暮らしは寂しいだろうという息子の言葉に甘えて、三年前からこの家で同居を始めたのだ。 この家の土地も建物も、全て私の名義。息子が結婚した時、私たち夫婦が購入して贈ったものだった。頭金の1500万円も私たちが用意した。孫の教育費も、私立中学の入学金や学費、塾や習い事の費用も喜んで援助してきた。 けれど、いつからだろうか。私への態度が変わり始めたのは。 「お母さん、朝は5時に起きて朝食の準備をお願いしますね」 「この離れを使ってください」 気がつけば私は母屋から追い出され、古い離れで暮らすようになっていた。朝ごはんから炊事、洗濯、掃除全般をこなし、住み込みのお手伝いのような扱いだった。それでも家族だからと我慢してきた。いつか分かってくれると信じて。 でも、今朝の一言で、はっきりと分かったのだ。私はこの家族にとって、邪魔者でしかないということが。 息子家族が旅行に出かけた後、私は離れに戻った。六畳一間の古い和室。ここが今の私の居場所だ。思えばこの三年間、少しずつ理不尽な扱いが積み重なっていった。 最初は些細なことから始まった。 「お母さん、この煮物、味が薄いわ。もっとしっかり味付けしてください」 嫁の言葉に私は味見をし直した。いつもと同じ味のはずだったが、言われた通り調味料を足した。 「今度は濃すぎます。料理下手になりましたね」 どうやっても文句を言われるようになった。掃除についても同じだ。 「ここ、埃が残ってます」 「拭き跡が残ってるじゃないですか。やり直してください」 朝5時に起きて朝食の準備、洗濯、掃除、全てをこなしても、感謝の言葉ひとつない。ある日、優一が言った。 「母さん、最近もの忘れがひどくない? 認知症なんじゃない?」 そんなことありません。必死に否定しても、優一は続けた。 「さっき言ったこと、もう忘れてるじゃないか。病院行った方がいいよ」 私が何か言い間違えるたびに「ほら、また忘れてる。認知症の症状だ」と言われるようになった。 経済的な圧迫もどんどんひどくなっていった。 「お母さん、今月から生活費10万円でお願いします」 でも年金は18万円しかない。病院代や薬もかかる。 「住ませてもらってるんですから、当然でしょう」 嫁の冷たい視線に、私は黙って頷くしかなかった。 さらに光熱費も私が払うことになった。離れの電気代、ガス代は別メーターだから、と。お風呂は母屋を使わせてもらっているが、週に三回だけ。食費も私の分は別会計にされた。スーパーで買い物をする時、私の分だけレシートを分けられる。 「お母さんの分はこれですね。1250円です」 財布から小銭を数えては恥をかく。まるで下宿人のような扱いだった。 孫の大和に対しても制限が設けられた。 「おばあちゃんには近づかないで」 「どうして?」 「汚いから、ばい菌が移るかもしれないでしょ」 目の前でそんなことを言われ、大和も私を避けるようになった。せっかく編んであげたマフラーも「いらない。おばあちゃんの編み物ダサい」と言われ、ゴミ箱に捨てられているのを見つけた時は、涙が止まらなかった。 家族写真を撮る時も、私は入れてもらえない。 「お母さんはいいです。家族だけで撮りますから」 「でも私も家族じゃないの?」 「遺影みたいで老けるんです」 嫁のその言葉に、優一も何も言わなかった。 来客がある時はさらにひどい扱いを受けた。 「お母さん、今日はお客様が来るから部屋から出ないでくださいね」 「どうしてですか?」 「恥ずかしいからです。年寄りくさい姿を見られたくないんです」 まるで私の存在自体が恥ずかしいと言われているようだった。ある時、嫁の友人が遊びに来た際、私がお茶を出そうとキッチンに入ると、 … Read more